魔王の世界征服
「サラ!!」
レギオロス諸国連合、ヘッドアイランド。
そこにある勇者アンネイの自宅。その扉を勢いよく開け、中に叫んだ。
「な、何だ大志か……。いきなり大声出すな!」
「あらあら大志、無事だったのねぇ」
アンネイとサラは、自宅のテーブルに座っていた。
勢いよくドアを開けたもんだから、サラは体をビクッとさせていた。
アンネイは……いつも通りだった。これぞ、勇者の余裕かもしれない。
(今はそれはどうでもいいとして……)
「サラ、行くぞ!!」
サラの手を掴む。その瞬間、サラは顔を真っ赤にして慌て始めた。
「な、なな、何だ急に!!」
「いいから! アンネイ、サラを借りてくぞ!」
「いってらっしゃぁい」
ヒラヒラと手を振るアンネイ。表情は穏やかなままだった。旅立つサラに向け、全てを理解し見守るかのように微笑むアンネイ。
もしかしたら、アンネイは俺の考えを分かってるのかもしれない。魔王と勇者の関係ではなく、アンネイと須藤大志の関係で、見送ってるんだと思う。
最後にアンネイは、家を出ようとする俺に声をかけてきた。
「何か、“見えた”のかしらぁ?」
その言葉には、色んな意味があったんだと思う。
勇者として、アンネイ個人として、サラの姉として……
それを全部ひっくるめての言葉のように思えた。
だから俺も、しっかりとアンネイの目を見つめながら答える。答えないといけない気がした。
「まあな。それが正しいかは分からないけど、やりたいこと、進みたい道がようやく分かった。
――後は、それを信じてみるさ」
「そう……。戦場で会わないことを祈ってるわぁ」
「それは、俺からも頼むよ」
「ちょ、ちょっと待て大志! 訳が分からないぞ! 私は蚊帳の外か!?」
サラは俺に手を引かれながら、状況が飲み込めず、戸惑っていた。
「んなわけあるか。お前には、最後まで付き合ってもらうからな」
「何だそれは!? 理由になってないぞ!」
「いいから行くぞ。じゃあな、アンネイ」
「はぁい」
「ちょっと大志――!!」
喚き散らすサラの言葉を聞き流しながら、再び空を駆け出した。
次に向かう場所はただ一つ。
ただ、アイツらとの最後の光景を思い出すと、生半可な言葉じゃダメだと思う。どうやって説得するか……
(……とにかく、やってみるしかないな)
「大志! どこに行くつもりだ!?」
サラはまだ騒いでいた。まあ、大した説明もなく連れ出したから当たり前かもしれない。
「魔界だよ。ソフィア達にも、力を貸してもらうんだよ」
その瞬間、サラの表情は固くなった。
その理由は分かってる。むしろ、それしか考えられない。
「……それは、難しいと思うぞ? 何しろ……」
サラは言葉を濁し、話の語尾を胸の奥にしまい込んでいた。
“あんな別れ方をしたのだから”
そう言いたいのだろう。
それでも、俺はアイツらの力を借りないといけない。
俺にあるのは力だけだ。この世界の知識や情勢は知らないし、人脈は極めて乏しい。
そんな状態じゃ、世界征服なんて出来やしない。
片っ端から街を壊しまくって従わせるのは出来るかもしれないが、それはただの侵略者、破壊者でしかない。俺が目指すものは、そこにはない。
だからこそ、俺には助けが必要だった。サラやソフィア達のような。
(何とも情けない魔王だな……)
自分への皮肉を思い浮かべてしまう。そんな自分が何だかおかしくて、つい苦笑いが溢れる。
「……少し飛ばすぞ。舌噛むなよ」
「え? ちょっと――」
照れ隠しをするように、更に速度をあげ、魔界に飛んだ。
~~~~~~~~~~
魔界の僻地にある深い森。そこに俺とサラは降り立った。
ほんの数週間ぶりだというのに、ここに来たのが昔のように感じる。
城は相変わらずの風貌だった。変わらないその光景は、あれから誰も攻めてきていないことを物語る。そのことを何となく理解した俺は、一人静かに胸を撫で下ろしていた。
サラは、ここに来て更に顔を険しくさせていた。
「行くぞ、サラ」
そんなサラに声をかけ、俺は城の中に入ろうとした。
「――何をしに来た」
ふと、頭上から声が聞こえた。その声の主は知っている。
その人物は、建物上部から飛び降り、俺達の前に立つ。
「……久しぶりだな、グラン」
グランは、初めて会った時のように、敵意を剥き出した顔で俺を見ていた。
「質問に答えろ! ……何をしに来た」
まず最初の壁。いや、最初にして最大の壁かもしれない。
下手な言い訳や、遠回しな言葉じゃ到底納得しないだろう。だから俺は、ありのままの言葉を告げる。しっかりとグランを見て、飾らない自分の言葉で当たる。
「――力を貸してほしい。世界を、変えるために」
「……何を言うかと思えば、そんな夢物語を……」
グランは鼻で笑う。そして、すぐに表情に力を入れ、叫ぶ。
「貴様が何をしたか、忘れたとは言わせんぞ!! 村を壊滅させた貴様に、誰が力など貸すものか!!」
辺りを、静寂が包む。気持ちの全てを表すかのようなグランの叫びは、静かな森に響き渡った。
「……グラン、どうしたんだ?」
グランの叫び声を聞いたのか、中からソフィア、ムウ、ホルドマンが出てきた。ソフィア達は俺を見つけるや、驚いた表情を浮かべた。
「ソフィア、ムウ、ホルドマン……久しぶりだな」
「大志!! お前、今までどこに――」
「いけませんソフィア様!!」
グランは近づこうとするソフィアを一喝し、晴司させる。
「其奴は、村を滅ぼした男! 気を許してはなりません!」
「で、でもグラン……」
ソフィアは、グランと俺の顔を交互に見ながら戸惑っていた。
しかし、図らずとも、この場に全員が集まったことは好都合だった。
それぞれが様々な顔を浮かべる5人の前で、改めて声を出す。
「ソフィア、サラ、グラン、ムウ、ホルドマン……頼みがある」
全員が、その視線を俺に向ける。
俺の声と表情に、何かを感じ取ってくれたのかもしれない。
「……まず最初に、話すことがある。
俺は、元々この世界の人じゃない。別の世界から来た、異世界人だ」
「な、何だと!?」
「「「「…………」」」」
(あ、あれ?)
もっと驚くかと思っていた。
驚愕の事実に、全員が呆気にとられるような、さしずめ、正体を告白したウルト◯マンのような展開を想像していたのだが………驚きの声を出したのは、グランだけだった。
「……何となく、そんな気がしてた。大志は、余りにも世界のことを知らなすぎるからな」
ソフィアは冷静に話す。
「大志の態度や行動を見てたら分かるぞ。今さら、という感じだな」
サラがやや呆れながら話す。
「………同感」
ムウもいつも以上に眠そうな顔をしている。
「大志殿、ワシらもそこまでバカじゃないぞ?」
ホルドマンは笑いながら話す。
……それは、驚いたグランも含まれてるのだろうか……
グランに目をやると、凄まじく落ち込んだ顔をしていた。
……その心中は察する。トドメはホルドマンの言葉だろうな。
「………うぉっほん」
わざとらしく咳をしてみた。
場を仕切り直し、自分の想いをぶつける。
「……俺なりに世界を見て回って、改めて分かったことがある。いや、正確には、確信したって言えるな。
この世界は、まだ何一つ終わってない世界なんだ。
ソフィア達には悪いが、俺の世界じゃ、絵本やゲームの中では魔王が勇者に倒されると、全てがハッピーエンドを迎えてるんだ。
でも、この世界は全く違う。……むしろ、こっちの方が現実的なのかもしれない。
終わることがない嘆きや戦いの連鎖。俺には、あまり分からなかった。どこか違う世界のように思っていた。
その結果、俺は色んな不幸を呼んでしまったんだ」
「………」
「俺はこの世界を変えたい。連鎖を絶ち切りたい。
……でもそれは、俺一人じゃ無理なんだ。
そんな俺に、魔王の器はないかもしれない。
でも、だからこそ、お前達に頼みたい。
俺に、力を貸してくれ。一緒に、世界を変えてくれ」
深々と、頭を下げる。自分でも、都合がいい話だと思う。村一つを壊滅させて、俺は逃げた。全てから。
そんな俺に説得力はないかもしれない。
でも、だからといって俺は諦めたくない。今度こそ、逃げない。
「………ソフィア様」
「分かってる」
グランの言葉に、ソフィアは一歩前に出る。そして、真剣な表情のまま言葉を放つ。
「この場にいる魔族の代表として問う。お前は、何をするつもりだ?」
それは、それまでとは全く違うソフィアだった。威圧感や責任感が込められたかのような話し方だった。
なるほど、ソフィアは前魔王の娘、その立場からの言葉なのだろう。
俺もまた、言葉に力を込める。想いを込める。ソフィアの言葉に、俺の言葉をもって返答する。
「人間界でも魔界でもない、新しい世界を作る。そしてそれを、この世界の新しい形にする。
――それが俺の、世界征服だ」
「人間界でも魔界でもない、新しい世界………」
ソフィアは言葉を復唱する。そして、高らかに笑い始めた。
「面白そうじゃないか! アタシは気に入ったよ!
グラン、ムウ、ホルドマン! これから忙しくなるぞ!」
「………御意」
「かしこまりました」
ムウとホルドマンは、ソフィアに賛同していた。グランは、やはり納得出来ない表情だった。
「………」
「グラン、アタシは、大志の目指す世界を見てみたくなった。多分、父も同じことを言うはずだ。
そのためにも、お前の力を借りたい。アタシからも頼むよ。大志に、力を貸してくれないか?」
ソフィアの言葉に、グランは少しだけ表情を和らげた。
「……俺は、ソフィア様の護衛です。全ては、ソフィア様の御心のままに……」
ソフィアに跪くグラン。そんなグランに笑顔を見せるソフィア。
「ありがとう、グラン」
その光景を見た後、サラに視線を送る。
サラは、どこか困った顔をしていた。
「……正直、世界征服なんて物騒なことに、協力したくはないがな。それでも、お前が言う世界征服は、どこか違うものに感じる。
それに、私は大志の捕虜なんだろ? 捕虜の私に、何も言うことはない」
「捕虜として……じゃないんだ。俺の、友人として頼みたいんだよ」
その言葉に、サラは少しだけ驚いた表情を見せた。でも、すぐに笑みを浮かべ直す。
「……それなら尚更、何も言うことはない」
そんなサラの言葉に、自然と笑顔が出た。
「助かるよ、サラ」
「おい大志!! 詳しくは中で話すぞ!!」
城からソフィアの声が響く。
「ああ! 分かったよ!」
俺とサラは、小走りで城に入った。
これから、どうなるか分からない。問題は山積みだし、何から手をつけていいのやら。
それでも、俺は進んでいく。それが、俺がこの世界に来た意味だと思うから。偶然でも、力を持った者の義務だと思うから。
俺の世界征服は、これから始まるんだ。
第3章 完