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遅れすぎた救世主

(………なんてな、そんなわけあるはずがない)


 さすがに25歳にもなればそんな妄想とはオサラバしてるわけで、痛々しい仮説を立てた自分がアホらしく感じた。


(異世界? ないない。あり得ない。たぶん何かの撮影現場に紛れ込んだんだろう。で、たまたま台本に近いセリフが出たもんだから、そのまま撮影されてる、と…………

 カメラはどこだ~?)


 周囲をキョロキョロと見渡す。よほど凝ってるのか、全くスタッフが見えない。これぞ、プロの所業だろう。


 そんな洗練された技術に感心していると、村長は俺に言ってきた。


「記憶喪失ということは、魔法も忘れてるのかもしれないの……」


「いや村長さん、実は僕は俳優さんではなくてですね……」


「よし!! ワシに任せるがいい!!」


 村長は俺の話を聞かずに急に胸を張り始めた。


「ちょっと村長?」


「ちょっとこっちに来なされ」


 村長はやっぱり俺の話を聞かずにズンズンどこかへ歩き始めた。


「村長~、聞いてますか~?」


「ああ聞いとる! ワシに任せろ!!」


「いや聞けよ!!!!」



 俺の呼び掛けは、村長の耳には一切入ってないようだ。しょうがなく、俺は溜め息をつきながら後に続いた。





 ~~~~~~~~~~





 案内された場所は、村の外れの森の中。周りには木々しかない。

 その内の1本に、村長は丸印を付けた和紙のような紙を張り付けた。


(何するんだ?)


「……お前さんが忘れたことは、余りにも多い。それを全て思い出させるのは、ワシには出来ん。

 だが、その身を守るために、魔法は思い出さねばならんだろう。

 ――ワシが、今からお前さんにもう一度魔法を教える。まずは、よく見ておくがいい」


 そう言って、村長は右手の掌を紙に向けた。


(おいおい、まだ撮影続いてるのか? いい加減気付けよ……)


 そうは思いつつ、俺は村長に目をやる。

 村長は目を瞑り、『むん……』みたいな言葉を漏らしていた。そんな村長からは、妙な迫力を感じた。


(……何か、本格的だな)


 無意識に唾を飲み込む。喉仏が上下に動いたことで、自分を包む緊張感みたいなものにようやく気付いた。



 村長は、しばらく閉じていた瞳をカッと開き、気合いを込めた声を張り上げる。


「――はぁ!!!!」


 その瞬間、村長の右手から火の玉みたいな塊が爆音のような音と共に飛び出した。


「な、なんだあああ!!??」


 その固まりはそこそこの速度で的に向かって飛んでいき、ぶつかると共に炎を上げて的の紙を燃やした。



「はあ……はあ……これが、魔法じゃ……」


 村長は息切れ切れで、手を膝につけ、汗を流しながら言ってきた。


(……すっげえ特撮……どんな原理なんだ? ホログラムか?)


 撮影技術に称賛を送っていると、村長は手を肩にかけてきた。


「さあ、お前さんもやってみろ」


「いや、やってみろって言われても……」


「……そうじゃったな。お前さん、記憶喪失だったの……

 ということは、先天魔法が何かも分かるまい」


「先天魔法?」


「生まれもった属性みたいなものじゃ。ワシは炎。だが、お前さんは分からんから、とりあえずぶっつけ本番でやってみろ」


「いやだから……」


「ならまずは右手をかざせ。ワシがしたようにな」


(とことん無視かよ……耳悪いのか?)


 なんだか釈然としないまま、俺は言われた通り右の掌を前にかざした。


「イメージするんじゃ。全身を流れるエネルギーを右手に集めるのじゃ」


「……はいはい。イメージ、ね……」


 村長の真似をして、目を閉じる。実際の心境は、ヤレヤレといった感じだ。


(凄まじく恥ずかしい……)


「体の芯に丸い球体を思い浮かべろ。そしてその球体が光出すイメージだ。その光は強大になる。眩く光る」


(球体……光……眩い、光……)


 何だか、右手が熱くなってきた気がする。何かが手を包んでいるかのような感覚だった。


(なんだ? 何か変な感じが……)


「今じゃ!! 目を開けて解き放て!!!」


「え!?」


 村長の怒鳴り声に近い叫びに驚いた俺は、思わず目を開けてしまった。


 ――その、瞬間だった。


 俺の右手から眩い光が放たれる。その光は、俺が公園で受けた雷だった。


「なっ――――!!??」


 放たれた雷は、1つのドデカイ光の束になり、森を駆け抜けた。

 耳にはとてつもない轟音が轟く。その音は落雷の音。いや、落雷の数倍はあろうかと思うほどの轟音だった。


「なんじゃとおおおおお!!!???」


 轟音の中、村長の叫びがかすかに聞こえた。


 放たれた光は、少しずつ収束され、やがて消えた。

 辺りには雷の電気後がバチバチと音を立て光の筋を作る。

 ……光が抜けた後は、遥か先まで焼け野原となっていた。所々から煙が昇る。


「な、な、な、な…………!!!!」


 俺は、ワナワナと震える。目の前が霞む。揺れる。


(なんだよこれ!! 何でこんな……!!)


 頭の中はパニックの渦中だった。

 あり得ない!!!!

 その言葉だけが、頭を駆け巡り続ける。


「村長!! 何だよこれ!!!」


 俺は村長に詰め寄る。村長は目を点にして呆然としていた。村長の肩を掴み、ユサユサと体を前後に揺らした。


「今の何だよ!! 俺の体に何かしたのか!!??」


 しばらく叫び続けると、村長はようやく我に帰った。そして、逆に俺の肩を震える手で掴んだ。


「お、お前さん!! 何者じゃ!? 今のは、雷の光じゃぞ!?」


「知らねえよ! 俺だって分かんねえよ!!」


 混乱する俺の様子を見た村長は、一度大きく深呼吸をした。

 そして、冷静さを取り戻し、静かに話し出した。


「……お前さんは、今の魔法の凄さを分かってるのか?」


「す、凄さ?」


「この世界には、数多くの先天魔法が存在する。

 ……その中でも、雷は最強とされていてな……伝説上の先天魔法なんじゃよ……」


「伝説上の……魔法……!!!」


 俺は、果てしなく興奮した。

 信じていなかった。だけど、今目の前で実際に魔法を見た。しかも、“俺が”魔法を使った。


(信じるしか……ねえだろ!!!!)


 ここは、異世界だ! 魔法が本物なら、勇者もいる!!

 ……つまり!!!


(魔王もいて、俺は伝説の魔法が使える!!)


 俺は……俺が、勇者になれる!!!



 でも、色々考えることもある。何でこの世界に来たのか、何で俺が魔法を使えるのか、どうやって帰るのか……

 もしかしたら、帰る方法なんてないのかもしれない。俺は、ずっとこの世界にいるのかもしれない。


(だとしたら………最っ高じゃねえか!!!)


 あのゴミのような生活とはオサラバ出来る上に、憧れ続けていた仮想空間が現実のものになった。

 ――俺の、物語だ!!!


 俺は興奮する心を落ち着かせていた。


(勇者らしく……勇者らしく……)


「……村長、俺が、今アンタに約束するよ……」


「や、約束?」


 俺は拳を握り締め、村長に突き付けた。


「――俺が、魔王を倒す!!!!」



 ……完璧だった。完璧な演出だった。


 ちなみに、このセリフは俺がこよなく愛したRPGゲームのワンシーンから参照した。

 本来はヒロインに対して言う言葉なのだが……この際、このヨボヨボの村長で我慢するとしよう。


 勇者とは、細かいことを気にしないのだ!!


 ゲームでは、この後村長(本来はヒロイン)が涙ながらに抱きついてくる。

 それは勘弁してほしいので、『勇者よ……』みたいなベタな言葉を送ってほしい。


(さあ村長!! さあさあ!!!)



 しかし、俺の思いとは裏腹に、村長は頭をかいて、実に言いにくそうに話し出した。



「……記憶喪失のお前さんは忘れてるとは思うが……」


「ん?」


「……魔王はな、もうおらんのじゃ」



「……………………はい?」


「今から5年前、猛威を奮っていた魔王に、各国から3人の人物が討伐に名乗り出てな。

 その3人が、魔王を倒したんじゃよ…………」



「……………………はい~?」


「その3人こそ、この世界の勇者となり、世界を加護する“三剣勇者”と呼ばれるようになったのじゃ。

 ………お前さんが記憶さえ無くしていなければ、もっと早く決着がついてただろうに…………」


 村長は、実に残念そうな声の呟きで、言葉を締め括った。



(……え? え? どゆこと?

 俺は伝説の魔法が使えて……勇者になれて……

 でも、肝心の魔王はもういなくて…………)


 俺は、頭の中を必死に整理していた。バラバラになった情報をパズルのように組み合わせる。


(つまり……つまり……)


 やがて、パズルはピシャッと組合わさった。



(………全部、終わってるわけね…………)



「………………」



 小鳥の囀りが聞こえる。木漏れ日が優しく降り注ぐ。少しだけ焦げ臭いが、森のいい香りが漂う。


 ……そんな森で、俺は項垂れ、悲鳴のような叫びを上げるしかなかった。



「そりゃねえよおおおおおお!!!!」



 

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