エンディングの先
睨み合う3人。
刺すような緊張感の中で、俺はどうしてもシュバルツに確認しないといけないことがあった。
シュバルツは依然として影の巨大な腕を天に伸ばしている。油断すると一気に襲ってきそうだったので、電磁フィールドは全開にしておく。
「シュバルツ、ちょっといいか? 聞きたいことがあるんだが……」
「……うるさい……ああうるさい……」
(聞いてんのかコイツ……)
相変わらず独り言か分からんことをブツブツと呟いている。聞いているか凄まじく微妙だったが、とりあえず確認してみた。
「お前さ、レギオロス諸国連合で部下に何やらせてたんだ?」
「………」
ここに来て、シュバルツはようやく表情に変化を見せた。どこ見てるか分からなかった視線は、真っ直ぐに俺に向けられていた。
表情は真顔。コイツの差し金で間違いはないだろうが、真意は見えない。慌てるわけでもなく、薄ら笑いを浮かべるわけでもない。氷のように表情を固め、ただ一直線に俺を見ていた。
「教会で何かを探してたみたいだが……何を探してるんだ?」
「………」
(無視かよ……)
シュバルツは一切何も言わなかった。その代わりに、その視線の鋭さは強くなっていた。
そんな俺とシュバルツの会話に、理解できない表情を見せるダグザは、警戒しながらも俺に聞いてきた。
「……魔王、何の話だ?」
……話そうかどうか迷った。でも、ここでダグザに話せば、また面倒なことになりかねない。黙っておく方が面倒事は少なくて済みそうだし。
もっとも、アンネイにセントモル公国への警戒を依頼したわけで、話が行くのは時間の問題だったが……
「別に……こっちの話だよ」
ここは、取り敢えず黙っておくことにした。
「ふん。まあいい」
ダグザはいかにも不機嫌そうに言葉を吐き捨てる。
そんなダグザを確認した後、再びシュバルツに視線を戻した。
「……で? どうなんだよ、シュバルツ」
「……めんどくさ……ああめんどくさ……」
シュバルツは再び気怠そうな目と態度に戻っていた。首をカクカクと振り、まるで首の運動をするかのようだった。
「……答える気0ってわけか。だったら、仕方ねえ……」
足の雷を強める。
俺の言葉と行動に、ダグザは身構えた。一方シュバルツは愉悦の表情を浮かべ、影の腕を更に揺らし始めた。
「――俺は、帰る!!」
「……は?」
「………」
2人は、きょとんとしていた。どうやら俺が力づくで聞き出そうとするかと思ったらしい。
でも、シュバルツに鉄拳制裁をしたところで、どうせ何もしゃべらないと思うし、労力の無駄ってやつだ。
それに、俺の目的は既に達成している。長居は無用だ。
「よく見りゃ、双方の軍もシュバルツの魔法のおかげで完全に戦意を失ってるみたいだしな。これ以上戦いを続けるのは無理だろう。既に逃げちまった奴もけっこういるみたいだしな」
両崖に避難した兵士の数は、すっかりこじんまりとしていた。見る限り、後方の兵士が次々と逃げていた。
「ま、俺の想像と違う形にはなったが、結果として“戦争を止める”っていう目的は達成したんだ。
で、最後にシュバルツに聞こうと思ったことも答えないときたもんだ。
つまり、俺がこれ以上ここで事を構える必要もないってことだ。
……双方に生きて帰れなかった奴が出たのは残念だけどな。
でもそれが、戦争ってやつなんだろ? これだけの規模の戦いなんだ。悔しいが、全部が全部無事に返すってのは俺一人じゃ無理だったんだ。
まだ納得出来ないことは多いけど、それが現実なんだ。今は、それを受け止める。
全てを救うには、今の俺の力じゃ無理だったが、それでも救える命があったんだ。……それだけでも、良かったって思っておくさ」
俺は空中で反転する。そして背中越しに2人に別れを告げた。
「じゃあな。――次は、戦場以外で会えるといいな」
「逃がすか……!!」
ダグザは飛び去ろうとする俺に周囲の大地を歪に隆起させ始めた。
(……やれやれ)
ダグザは、どうしても俺を無事に帰したくないようだ。少々気が進まないが、ここは一つ、思いっきり殴りつけて……
「……ふざけるなよ!!??」
突然、それまで黙っていたシュバルツが叫び声を上げた。あまりの怒りに声が震えている。死んだようにしていた目には、ハッキリと憤怒の炎が見えるかのようだった。
「僕は……期待したんだよ!! お前なら、いい暇つぶしになるって!! それを帰るだって!?
――そんなのは認めない! 認められない!! 今すぐ、僕と戦え!! 殺しあえ!!」
シュバルツは顔を歪ませていた。それほどまでに、俺と殺し合いをしたかったのだろうか。
戦うことに快楽を覚える人が存在するという話を聞いたことがあるが、コイツはまさしくそれなのだろう。
そう思うと、少し哀れに思えてしまった。
それにしても、ダグザといいシュバルツといい、どうも地位のトップに立つ奴は戦闘狂が多いようだ。
そりゃ、相手が攻めてきたなら守るのが当然だが、ダグザの場合、守るって言うより攻めている感じがする。
(……しゃあねえ、か)
「さあ! 早く僕と――!!」
「……おい。図に乗るなよ?」
右手から全力の雷を一気に放出する。光の閃となった雷は、シュバルツの横を駆け抜け、暗雲を散らすかのように地面から生えた漆黒の腕を切り裂いた。そしてそのまま轟音を響かせ、誰もいない大地を派手に崩壊させた。
「な―――!?」
「―――!!」
ダグザは絶句していた。シュバルツもまた、散り散りとなった影の欠片を呆然と見つめた。
そんな2人に、俺は言い放つ。
「お前ら、忘れていないだろうな?」
空中で雷を両手の周囲に帯電させる。手の周りにはバチバチと稲光が走る。
それを見たダグザは、再び構えを取る。しかし、そこにさっきまでの威圧感はないように感じた。
「俺は、雷鳴の魔王。影を散らし、大地を壊すことが出来る者。お前ら程度、本気を出せば瞬きする間に塵に出来るぞ?
それでもやるなら構わんが……どうする?」
正直なところ、俺はクタクタだった。まずここまでの長時間高速飛行、着いて最初の全力魔法、人間界、魔界の軍勢相手の戦闘……けっこうキツい。
とにかく一旦帰りたかった俺は、取り敢えずシュバルツの影の腕を散らしてみたが、さらに体が重くなった気がする。
(頼むから今日は勘弁してくれ……)
そんなことを考えながらも、表情は余裕の笑みを浮かべる。
2人の様子を改めて見てみた。
ダグザは、歯ぎしりをしながら、構えに更に力を入れていた。OK、コイツは何とかなりそうだ。
問題はシュバルツだった。散らされた影の方向を呆然と見ていた。何を考えているか理解出来ない。だからこそ、一番注意が必要だった。
再び、永い沈黙と重苦しい空気が辺りを包み込んでいた。
「……3人とも、そこまでだ」
そんな沈黙を破るかのように、いきなり声が聞こえた。
俺とダグザがその方向に目をやると、そこにいたのは俺が知る人物だった。
「……リヒト」
セントモル公国の勇者、リヒト。彼は、悠然とした立ち姿でそこにいた。
「ダグザ、シュバルツ、双方軍を引け。今日のところは痛み分けでいいだろう。さっき魔王が言ったとおり、キミたちの軍勢にもはや戦意はない。
これ以上は、命の無駄遣いだ」
……俺と同じようなことを言っているが、リヒトが言うと様になってるのはどうしてだろうか……
もしかして、勇者補正とかがあるのか?
……ぜひとも魔王補正を導入してもらいたい。
「しかし、リヒト……」
「ダグザ、頼むよ……」
リヒトは、困ったような笑顔を浮かべていた。それを見たダグザは、それから先の言葉を飲み込んでいた。
「……まあ、いいだろう」
ダグザは、ようやく体の力を抜いた。
この2人のやり取りもそうだが、三剣勇者の中のリーダー的な存在はリヒトのようだ。
あのダグザも、リヒトには頭が上がらないようだった。
そんなダグザを見たリヒトは、表情を柔らかくした。そしてすぐに視線をシュバルツに向ける。
「シュバルツ、キミも引くんだ。もしこれ以上続けるなら、僕も相手になるよ。
いくらキミと言えど、勇者2人が相手だと分が悪いだろう?」
「………」
シュバルツは視線をリヒトに向けた。その眼は、やはり死人のような目をしていた。
「……うるさい……ああうるさい……」
再び独り言を始めるシュバルツ。
だが、奴はふらりと背を向け、ユラユラと揺れながら歩き去っていった。
それを見た魔界の軍勢も、その後に続くかのように撤退を始めた。
(やっと帰ったか……)
俺は、少しだけ安堵した。
それでもここには2人の勇者が残っている。俺はすぐに気持ちを切り替え、2人に注意を払っていた。
「さて、俺もそろそろ行くけど……リヒト、最後に一つ聞いていいか?」
「……なんだい?」
俺は平原を見渡す。亡骸となったたくさんの兵士たち。きっと、それぞれにそれぞれの家庭があって、夢があって、正義があって……
でもそれらは、これから未来を見ることはない。
「……これが、お前が…お前らが、魔王を倒した先に見た世界なのか?」
「………」
リヒトは、何も答えなかった。ただ真剣な表情で口を閉ざし、俺の目を見ていた。
「俺はな、あれから色んなもんを見たんだ。
……グダグダ考えはしたけど、やっぱり俺は嫌だ。勇者が魔王を倒した後の世界が、こんな世界なんて嫌だ。終われないんだ。こんなエンディングじゃ、到底終われないんだよ。
だったら、エンディングの先は俺が作る。勇者であるお前らが“世界”を変えないなら、魔王である俺が変えてやる。
この世界がお前らの正義だというなら、喜んで悪に染まってやる」
「……それは、改めての宣戦布告と捉えていいのかな?」
「そうじゃない。世界を見た結果の、改めての所信表明だ」
そう言い残し、俺は平原を飛び去った。
リヒトもダグザも、それ以上俺に何かをしてくることはなかった。
いずれにしても、今の俺には足りないものが多すぎる。人材、拠点、方策……
それは、俺一人が頭を抱えても到底解決できないだろう。
だから俺は、あの場所を目指した。アイツらに会うために。




