嵐を駆ける雷②
黒い雲に覆われた大地では、人々が剣を、或は矢を、魔法を、それぞれが持つ武器を、殺意に満ちた表情で敵に対し向けていた。
聞こえるのは、悲鳴、血飛沫の音、そして敵を討った歓喜の声が入り混じる、混沌とも呼べる共鳴だった。
その中にいる俺は、双方の軍から狙われていた。
「クソッ―――!!」
手から雷を放ち、周囲の敵を吹き飛ばす。受けた者は宙を舞い、力なく地に伏せ、動けず痙攣していた。
それでも次から次へと凶戦士と化した兵達が押し寄せる。その光景は波。狂気を帯びた者達の留まることない波。
(キリがねえな……)
そう思いながらも命を差し出すわけにもいかず、次々と向けられる剣を躱し、拳と蹴りを交互に叩き込み続ける。
拳を受け吹き飛ぶ兵士。蹴りを受けて悶絶する兵士。それを見ながらも、雄叫びを上げながら突っ込んでくる兵士達。
もう何度繰り返したことか分からない。どれくらいの敵を戦闘不能にしたのだろうか。それでも倒れた者達を踏みつけて兵は迫る。
槍を突き立て迫る兵達を跳躍で躱す。その俺に向けて上空から雨のような矢が降り注ぐ。
雷を撒き散らし矢を全て叩き落とす。着地すると同時に全方位に雷を放ち、周囲の兵士が次々と吹き飛んでいく。
「はあ……はあ……きっつ……」
さすがに疲れてきた。どれほど時間が経ったことか。倒しても倒しても、全然兵が減ってない気がする
あまり長引くと俺の方が持たない。調子に乗って最初に全力攻撃したのが間違いだった。
(あれ、キツかったからなぁ……)
「こうなったら……」
死なない程度に力上げて雷を手当たり次第撒き散らせば、ある程度は減るだろう。更に疲れるだろうけど……このままだとジリ貧だ。
手足に雷を更に帯びさせる。バチバチと音を立てて、光が集まる。
「これで終わりに……」
「――待て」
その言葉と同時に地面から岩が飛び出してくる。
「―――!!」
瞬時に空に飛び上がり、それを躱す。すると地上から岩の塊の弾丸が迫る。それを避けつつ、発射源である地上に雷を放つ。
雷は地上にぶつかるが、岩の壁に覆われた“ソイツ”には届かなかった。
「お前の雷は俺には届かん。諦めろ」
そこには、白い服に包まれた人物が腕を組み立っていた。そして俺は、ソイツを知っていた。
「ダグザ……」
(自在に大地を操るのか……)
「久しいな、魔王……。お前の相手は、並の兵士では務まらんだろう。
――三剣勇者が一人、このダグザがお前の相手をしよう。
俺の先天魔法は大地。お前の目の前に広がる大地全てが、お前を狙う武器となる」
「いいのかよ、総大将がこんなところにいて」
「お前を放置すれば、こちらの被害も甚大になるんでな……」
ダグザは腕を解き、構えを取る。その目には殺気と威圧感を感じる。
「……お前は、どこに向かってるんだ?」
「どこにって……」
「世界征服、そう言っておきながら、お前は何をしているんだ?」
「………」
「人間界、魔界の双方を敵に回し、味方もいない。
そんなお前は、何を成そうとしているんだ?」
「……それは……」
ダグザは、フッと笑みを浮かべた。そして構える手に力を込める。
「――いや、そのような問答は、もはや無用だな……行くぞ!!」
(来るのか!?)
その時だった。突然地上が影に覆われた。どよめく兵士達。
「な、なんだ?」
「これは……!!」
ダグザは何かを察知したようだ。そして人間界の軍勢に向けて大声を出す。
「下がれ!! 影が届かぬ位置まで下がれ!!」
その声を受け、一斉に退避する人間界の軍勢。
「……逃がさないよ」
「く――!!」
ダグザは地面を隆起させ、自らを高い位置まで上げる。
そして人間界の足元を上昇させるが……
「う、うわあああああああ!!!」
「な、なんだよ!!」
それに間に合わなかった兵士が、次々と影に飲み込まれていく。……しかしそれは、魔界の軍勢も同じだった。
「お、お止め下さい!! 我々まで巻き添えに!!」
「た、助けてください!! シュバルツ様!!」
阿鼻叫喚の中、影から一人の男が浮かび上がってくる。
紫色の髪は、前に長く垂れ顔の半分を隠す。体を丸め、ひたすらに親指の爪を噛み続けていた。
「……うるさい……ああうるさい……」
ブツブツと独り言を呟く男。
「そこにいるの、もしかして勇者とかいうヤツ? もう一人は……知らないなぁ」
男はフラフラと上体を揺らしながら歩いてくる。
その男を見たダグザは、目に力を込める。
「……シュバルツ。貴様が、前線に出るとはな」
(シュバルツ? コイツが、“虚無の残影”なのか?)
「……ウザい……ああウザい……」
シュバルツの周囲の影が伸びる。そしてそれは、漆黒の巨大な腕を作り出した。
「さっさと死んでくれよ……僕はもう寝たいんだよ……」
シュバルツの顔には生気が見えなかった。目の下には巨大なクマがあり、眉はなく、目もぼやけている。
漆黒の腕はユラユラと揺れ、相手を探すかのように方向を変えていた。
それを見たダグザは、俺に注意を払いつつシュバルツの方向に体を向け、話しかける。
「魔王……お前は、初めてみるだろうな」
「あれは、先天魔法なのか?」
「あれこそ、虚無の残影の先天魔法、“影”だ。見ての通り、不気味なものだ……」
ユラユラと揺れていたシュバルツと影は、突然俺たちの方を正対する。
「……めんどくさい……ああめんどくさい……
さっさと終わらせるからさぁ、死んでくんない?」
そして影の腕は俺たちに向かい伸びて来る。
俺は上空でそれを躱す。ダグザは大地を飛び出させ、それを防ぐ。
ダグザはそれでも俺への警戒を怠らない。俺もまた、2人に注意を払い、手足の雷を強める。
三つ巴……まさにその状態となっていた。
空気が痛く感じる。締め付ける。周囲には兵士たちの姿はない。
あるのは、いずれも力を纏わせる、俺たち3人だけだった。