嵐を駆ける雷①
高速で空を飛ぶ。久々の爽快感が全身を包んでいた。
通り過ぎる景色は、遠くのものがゆっくりと近付き、真下に来ると光のように線を描く。向風らしく、風の音が耳に入り続け、目が少し乾いてくる。
しばらく飛ぶと、やがて俺の前方を飛ぶ人影に追い付いた。
言うまでもなく、アンネイとサラだった。やはり人二人だと速度も落ちるようだ。
帝国領土までもうすぐの位置だったが、とにかく声をかけることにした。
「アンネイ! サラ!」
声を受けたアンネイは、風を帯びたまま、その場でホバリングのようにして静止し、ゆっくりと体をこちらに向けた。
「大志!! お前、どうして――!?」
サラは驚いた顔で叫んだ。アンネイは不思議なものを見るかのような表情で、首を傾げていた。
「その説明は後だ! 今すぐレギオロスに戻れ!」
「何があったのぉ?」
「お前らが飛び立った後、シュバルツの配下の魔族か町に入ったんだよ!」
「何だと!?」
2人は更に表情を険しくさせた。アンネイは目を細め、サラは顔を青くする。
「安心しろ。そいつらは片付けた。
……でも、まだ油断できない。サラはレギオロスに戻れ。軍を起こして、周辺の警戒に当たるんだ」
「わ、分かった!」
「アンネイ、サラをレギオロスに送った後、セントモル公国に向かえ。もしかしたら、そっちにも魔族が送られてるかもしれない。
公国のお偉いさんに話をつけてくれ」
「分かったわぁ。でも、ジェノスロストが心配だし……」
「それは俺が何とかする。お前らは各国の守りを固めろ。
奴らは何かを探していた。それが何かは分からないが、嫌な予感がする………
アンネイ、サラ、頼むぞ!」
そう告げた後、俺は2人の横を通り抜けようとした。
それを見たサラは、慌てるように声を出した。
「おい大志! どうするんだ!?」
「決まってるだろ? 戦いを止めに行くんだよ!」
「……そんなこと、出来ると思ってるのぉ?
一度動き出した戦争は、あなた1人が足掻いたところで変わらないわよ?」
アンネイはおっとりとした口調ながらも、芯のある問いをぶつけた。
(出来るかは分からない。もしかしたら止まらないかもしれない。だけど…………)
「出来るか出来ないかじゃない……やるんだよ!」
そう言い残し、俺はジェノスロストに向け、再び空を駆けた。
その言葉もまた、俺自身に言った言葉だ。未だに迷う自分に鞭を入れる言葉。心を奮い立たせる言葉。
(やるんだ! やらなきゃいけないんだ!
俺は……魔王だ!!)
歯を食い縛り、更に速度を上げる。
目を見開き、しっかりと前を見る。道を見失わないように。目を逸らさないように。自分の進む先を睨み付けた。
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フェルド平原は、帝国の海岸近くに位置する。
地形は荒野、岩や草が目立つが、木々は少ない。周囲を岩場が囲んでいて、ドームがいったいいくつ入るのかも分からないほどの広大な大地は、正に天然の決戦場とも言える。
「ここか………」
俺は、そんな決戦場の上空にいた。
西の崖に本陣を構えるのが人間界。
東の崖に本陣を構えるのが魔界。
指揮官はさすがに見えないが、おそらく人間界は勇者ダグザ、魔界は虚無の残影シュバルツだろう。
双方の軍とも、勢力は数万単位だ。人がまるで浜辺の砂のように見える。
嫌な風が吹いていた。重々しい空気が辺りを包み、他の生き物の姿は一切ない。
空は夜明けだというのに暗雲が広がり、薄暗く不気味な景色を作っている。
双方の軍にも、松明の灯りが点々と灯っていた。
「何とか間に合ったな。とにかく、双方の将に話を――」
プオオオオオオン
プオオオオオオン
突然、人間界から法螺貝のような音が響いた。
音は平原を駆け抜け崖に当たり、山彦となって繰り返し共鳴する。
「何だ?」
その音と共に、人間界の軍が、一斉に雄叫びを上げ移動し始めた。
ウオオオオオオオ!!!
それを受けた魔界の勢力も、同じく雄叫びを上げ突っ込んでいく。
ウオオオオオオオ!!!
雄叫びと雄叫びは地響きのように同調し、止まることのない嵐のように吹き荒れていた。
「そ、そんな! もう始まるのか!?」
いくらなんでも開戦が早すぎる。アンネイの家に来た兵士の話からすると、人間界側は今しがた到着したばかりだろう。
普通なら互いに睨み合い、万全の体制を立ててからの開戦だ。
それなのに、双方の軍が、相手軍勢に向かい土煙を上げながら猛進している。
まるで、お互いに相手を殺すのを待ちきれないかのようだった。
「クソッ!! そんなに殺し合いがしたいのかよ!!」
俺は両手に力を込める。両手は光り、バチバチと電気音を響かせていた。
そして俺は、双方の衝突地点にめがけ、最大限の雷を放つ。
「止まれええええええええ!!! 」
放たれた雷の光は、轟音を鳴らし大地と衝突する。
凄まじい程の衝撃音と共に大地は抉られ、崩壊し、付近一帯に土煙と共に衝撃波が巻き起こる。
その光の柱を目に焼き付けた双方の大軍は歩を止め、ざわついていた。
パラパラと細かい岩の欠片が辺りに降り注ぎ、土煙が風に流されると、そこにはクレーターが出来ていた。
俺はその中心に舞い降り、大声を上げる。
「――双方軍を引け!!」
大軍は俺の姿を見つけ、たじろぐようにどよめいている。
「俺は世界の魔王だ!! この場は、俺が預かる!!
軍を引くならよし!! 引かないなら、喧嘩両成敗だ!!
どっちも叩き潰す!!!」
(あれ? 喧嘩両成敗はちょっと違うか?)
静まり返る平原、ざわざわと小声で話す声だけが聞こえる。
(……止まったか?)
そう思ったのも束の間、再び両軍の一部から雄叫びが聞こえ初め、やがて巨大なうねりとなり、薄暗い平原にいた。
ウオオオオオオオ!!!
両軍は、止まらなかった。
両サイドから人の波が押し寄せる。近付く怒号。
その光景は圧巻だった。手足が震え出す。
「やるしかねえか………」
小さく舌打ちをして、手足に雷を纏う。
死ぬかもしれない。
そんな言葉が頭を過る。
雄叫びが吹き荒れる嵐の中、その言葉を掻き消すかのように、両手から雷を放射した。




