表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/54

成すべきこと

 戦の知らせを受けたアンネイの家は、重苦しい雰囲気に包まれていた。


「まさか、こんなに早く仕掛けて来るなんてねぇ……」


 アンネイは、未だに信じられないかのように繰り返し呟いていた。

 壁にもたれかかれ、爪を噛んでいる。傍から見ても、かなり動揺していることが分かる。


 サラは机に座り、肘を立てた手に顔を埋めている。


 俺もまた机にもたれ掛り、天井を茫然と見ていた。


 戦争……俺には遠い世界の話だった。教科書やテレビ、雑誌では何度も見てきた言葉、写真、話……

 それが、今俺がいる世界で、再び起ころうとしている。

 正直な話、実感はない。戦場に立つわけじゃないし、衝突するのもジェノスロスト帝国領内。ここからは遠い。

 完全に他人事のように思えてしまう。でも、それじゃダメなんだ。

 この世界は意外と小さい。その中で、魔界の勢力と人間界を代表する勢力がぶつかろうとしている。それは、もはや国と国との戦争ではない。このエバーグリーンという世界そのものを巻き込むものだ。

 それについて、この世界で今を生きてる俺には全然他人事なんかじゃない。もしここで魔界の軍勢が勝利すれば、次はセントモル公国かレギオロス諸国連合を狙うだろう。

 世界は、いずれ戦火に包まれる。



「……まだ、その時じゃないと思ってたのよぉ」


 アンネイは誰かに話しかけるかのように、言葉を言った。俺に対して、サラに対して、自らの思考を(さら)け出すかのように言葉を続ける。


「魔界は今、次の魔王を決める睨み合いの最中だからぁ、人間界に手を伸ばすことはないって読んでいたのぉ。2人の実力者も、どちらかが倒れた方が倒しやすいしねぇ」


「おそらく、どちらかの勢力が功を得ようとしたのだろう。人間界を侵略したという事実を魔界に突きつけ、更に勢力を伸ばす。それが、目的だ」


「そして、あわよくばその勢いで人間界を……ってところか」


 俺たちは沈んでいた。現実を受け入れ、それでもことの大きさに呑まれていた。


 そんな中、アンネイが口を開く。


「私はぁ、ジェノスロスト帝国に行くわぁ。さすがに、手を貸さない訳にはいかないしぃ……」


「姉さん、私も行く。これは、もはや帝国だけの話じゃなくなってる。私も、人間界の一員として戦う」


 姉妹は微笑み合っていた。普通なら、姉のアンネイがサラが戦場に行くことを反対でもしそうなのだが……この2人には、2人にしか分からない絆があるのだろう。


「俺も――」


「大志はだめよぉ」


 アンネイは手を出し、俺の提案を静止した。


「何でだよ! 俺も一緒に――」


「大志、お前は今、力の制御が出来なくなってるんだぞ? そのまま戦場へ行ったらどうなる? 両軍の兵士の多数が消滅してしまう。

 制御出来ない強すぎる力は、返って邪魔なだけだ」


「邪魔――!!」


 ……カッと来そうになった自分を戒めた。サラが言ってるのは、正しい。今の俺が行ったところで、むやみに戦火を広げるだけだ。下手をすれば、サラ達を消しかねない。

 だけど、俺は納得できなかった。理屈じゃない感情が、俺の中に広がっていた。


 俺は黙り込むしかなかった。そんな自分が不甲斐なかった。



「……じゃあ、さっそく行こうかしらねぇ」


 アンネイとサラは家の外に出た。

 俺も見送りに外に出たが、一つ疑問があった。


「行くって……どうやって?」


 時間は夜遅い。こんな時間に船なんてない。


 しかしサラは、不思議そうな顔をしていた。


「あれ? 大志、姉さんの先天魔法を知らないのか?」


「いや、知らないけど……」


 アンネイを見た。アンネイは目を閉じ、全身に力を込めていた。


 その時、海風が吹いた。その風は強く、周囲の木々を激しくざわつかせ始めた。

 そしてその風は、一カ所に収束される。


「か、風が……!!」


 その場所は、アンネイの体だった。風を受けたアンネイは、ふわりと宙に上がる。


「アンネイの先天魔法って……」


「ああ。“風”だ」


 そう言って、サラはアンネイの手を掴む。


「大人しく待っていろ大志!! すぐ戻る!!」


「じゃあねえ大志、行ってきまぁす」


 2人は、風になって飛び去って行った。残った俺は、振っていた手を降ろし、拳を握り締めることしか出来なかった。





 ~~~~~~~~~~





 残った俺は、しばらく茫然と空を見ていた。

 空は星々が煌めき、実に綺麗だった。でも、そんな空も、今の俺には空しく思えた。


「………」


 言葉を出すことはない。ただただ、空の色を確かめる様に、上を見上げていた。


(……散歩でも、するか)


 ジッとしていられなかった。あの2人は戦場へ向かった。だけど、俺はここにいる。この戦場とは程遠い、綺麗な夜空を楽しめる場所にいる。それが、我慢できなかった。

 油断すると雷が出そうになる。心を静め、それを必死に抑える。


 歩き続けた俺は、気が付けば、昼間に来た教会の近くに来ていた。

 外壁にかけられた紋章をボンヤリと見つめる。


(約束、したんだけどな……)


 2人を守る。成り行きでした約束だったが、あの子はそれを信じた。でも、今の俺には到底守れそうもない。むしろ傷付けるだけだろう。


 何だか笑えてきた。

 魔王を名乗りながら、人間界と魔界の戦場にすら行かないなんて……無様。無様すぎて、笑うことしか出来ない。



 ふと、教会の外壁に人影が見えた。まるで隠れる様にしながら外壁にへばり付き、周囲を見渡している。


(こんな時間に誰だ? 何をしてるんだ?)


 やがて、人影は月明かりに照らされる位置まで移動した。

 その人影は、耳が尖っていた。


(―――魔族だと!?)


 俺は身を伏せた。そして、ゆっくりとそいつらの様子を伺う。人数は5人。周囲の様子を注意深くうかがい、そして、教会の中に入って行った。


(あそこには子供たちが!!)


 俺は慌てて走り出す。そして、入り口ドアから中の様子を見た。

 中で魔族達は、何かを探しているようだった。


「あったか?」


「いや、ない」


「どこにあるんだよ……」


(何を探してるんだ?)


 俺は、奴らの狙いを探った。だが、分からない。薄暗く、よく見えないこともある。



「………誰?」


 その時、教会の中で、女の子の声が響いた。


「―――!!!」


 魔族達と俺は、その方向に視線をやる。そこには、昼間約束の儀式を交わした、あの女の子がいた。


「チッ―――!!!」


 一人の魔族が、ナイフを光らせ、女の子の方に走って行った。


「え? ―――キャアア!!」


(マズイ!!!)


「お前ら待て!!!」


 ドアを勢いよく開け、中に向けて叫んだ。


「誰だ!!」


 少女を襲おうとした魔族は、ナイフを振りかざしたまま止まっていた。


「その子に手を出すな!!」


「お前、誰だよ!!!」


「……ただの、通りすがりの魔王だよ!!」


「お前が、魔王?」


 魔族たちは、声を出して笑い始めた。その不気味な声は、薄暗い教会に響き渡っていた。


「笑わせるな!! 我らが魔王は、“シュバルツ様”ただ一人だ!!」


(シュバルツ? 虚無の絶影の?)


 なぜ、その配下がこんなところに来ているのだろう……

 こんな教会に、何を探しに……


 いや、それは今はどうでもよかった。


「大人しく立ち去れ!! 命までは取ろうとは思わない!!」


「お前、立場分かってるのか?」


 そう言うと、ナイフを所持した魔族は、震える少女の体を抱き上げ、喉元にナイフを突きつけた。


「な―――!!??」


「お前こそ動くなよ? 妙なことすると、このガキを殺すぞ?」


「………クソ!!」


 今魔法を使えば、女の子もろとも灰にしてしまう。


「お前ら!! その子はまだ子供なんだぞ!!??」


「だから何だ!!」


 魔族が叫ぶ。その声に、女の子は小さく悲鳴を上げる。


「薄汚い人間のガキが何人死のうが、知ったことじゃないんだよ!!」


(何だと………クソが!!!)


 手に力が入る。少しでも気を抜けば、暴走した雷が全てを吹き飛ばしそうになる。


「ほら、さっさと出ていけ」


 ニタニタと笑いながら手を振る魔族。


(どうする!? どうする!?)

 

 俺は必死に打開策を考えていた。暴走した雷を放つとしても、何とか女の子を奴らから引き離さないといけない。しかしその子は奴らの手中。


(クソ!! 制御さえ出来れば!!)


 力を制御できない自分に歯ぎしりする。悔しい。憎い。情けない。

 あらゆる自分への嫌悪感が五感を支配していく。



「痛ッ――――!!??」


 突然、魔族の声が響いた。慌てて顔を上げると、女の子が自分を掴む魔族の腕に噛み付いていた。

 魔族の腕から解放された女の子は、一直線に俺の元に駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん!!」


「この――クソガキがあああ!!!」


 しかし、すぐに追いつかれ、腕を掴まれる。魔族は女の子を振り向かせ、鈍く光るナイフを振り上げた。


「死ねえええええ!!!」


「止めろおおおおお!!!」


 手を伸ばし、女の子の元に走り出す。だが、とても間に合わない。

 スローモーションのように時が流れる。鮮明に聞こえる心臓の音。徐々にナイフが女の子の体に近付く。


(クソ!! またか!! また、俺は―――!!)


 その女の子が、壊滅した村で見た少女の亡骸と重なる。胸が熱くなる。目が痛いほど開く。


 ――また、殺すのか?――


 そんな自分の声が聞こえた。


(嫌だ!! もう嫌だ!! ――救いたい!! 救いたいんだ!!)


 胸に想いが込み上げる。感情が爆発しそうになる。

 今なら、俺が成すべきことを、高らかに言える。叫べる。


(俺は、救うんだ!! あの子を!! 世界を!!!)





 ――今からお前さんにもう一度魔法を教える――


 ふいに、最初に出会った村長の言葉が(よみがえ)った。



 ――まずは右手をかざせ――


(右手を……)


 緩やかに進む時間の中、俺はナイフを振り上げる魔族に右手をかざした。 



 ――イメージするんじゃ。全身を流れるエネルギーを右手に集めるのじゃ――


(全身のエネルギーを、右手に……)


 右手が熱くなってきた。少し朧に光り始める。



 ――体の芯に丸い球体を思い浮かべろ。そしてその球体が光出すイメージだ――


(体の芯に、球体……)



 ――その光は強大になる。眩く光る――


(強い、光………眩く、光る……!!!)



「うぉおおおあああああ!!!!」



 その瞬間、右手から光が放たれた。その光は少女を躱し、正確に魔族だけを狙う。



「ギャアアアアアア!!!」


 魔族達は一瞬にして光に包まれ、そして、消えた。


 稲光がバチバチと音を立てる教会の中、俺は自分の手を見つめていた。


「はあ……はあ……制御……出来た……!!」


 俺は手を握り締め、体で包み込む。


「……お兄ちゃん?」


 目の前を見ると、女の子が立っていた。

 心配そうに見つめる女の子。俺は、思わず抱きしめた。


「よかった……本当によかった!!」


「お兄ちゃん! 苦しいよ!」


 女の子は、俺の腕の中でジタバタと暴れていた。


「ああ、ごめん!」


 すぐに女の子を解放する。息を整える女の子を見て、俺の顔にふと笑顔が戻った。


「……なあ、あの約束の儀式、もう一度していいか?」


「え?」


「頼むよ……な?」


「う、うん……」


 少し戸惑いながら、少女は手を差し出した。

 それに合わせ、俺も手を差し出し、胸に残りの手を当てる。そして、目を閉じる。


「……もう一度約束だ。俺は、あの2人を……いや、この世界を救うんだ。必ず」


 ちっぽけだった自分。ゴミだと思っていた自分。卑屈になり、周囲を恨み、自分の弱さや責を棚に上げていた自分。


 そんな自分が、初めてやろうと思った。やらなくちゃいけないと思った。

 時間がかかるかもしれない。誰かを不幸にするかもしれない。


 それでも、俺は前に進む。この世界を照らす、光になる。


(サラ……それが、俺が決めた成すべきこと。世界が、俺の背負うものだ)


 俺は静かに目を開け、手を女の子から離す。


「ありがとう。キミのおかげで吹っ切れたよ」


 女の子は、首を傾げていた。そんな女の子の頭を撫でる。

 奥から、他の子たちの声が聞こえてきた。


「そろそろ行くよ。また、会えるといいな」


 教会の入り口を開ける。外の月明かりが俺を照らしていた。


「お兄ちゃん! 行くって、何をしに?」


 女の子が不思議そうな顔をしながら聞いてきた。

 

 その質問に、ニッコリと笑顔で答える。



「……世界征服」



「え?」


「じゃあな」


 挨拶もそこそこに扉を締め、すぐに足に雷を纏わせる。バリバリと音を出しながら、俺の体は宙を浮く。


「この感覚も、久々だな……」


 制御が戻ったことを噛み締める。体が震える。心が震える。


 俺は、星空が輝く空を見上げた。


(綺麗だな……)


 急上昇し、そんな星の光が降り注ぐ大空へ飛び出す。ほんのり香る潮の匂い。少し肌寒い。

 そんな空気を、大きく体の中に入れる。



「――行くか!!」


 俺は、アンネイ達が飛び去った方向に向かい、全速力で飛翔した。


 目指す場所は、もちろん一つ。


 俺は手足に雷を帯びさせ、電磁フィールドを展開する。そして、高鳴る鼓動を抑え、戦場を目指した。


 






 






 




 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ