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約束の儀式

 島の街は、さすが島国と言ったところか、漁業が盛んなようだ。

 道に並べられた店頭には魚介類が多く並べられ、傘、不気味な木彫りの人形などの民芸品が所狭しと陳列されている。

 人々は賑わい、そんな喧噪の中、ふわりと潮の香りが風に運ばれてきていた。


「相変わらず活気があるなぁ」


 この島で生活をして3日。何度見ても気持ちよさを感じるほど、人々からは活力が溢れていた。

 全員が生を実感してるような、そんな雰囲気だった。


「そうよぉ。ここは、この街でも有数の商店街なのよぉ」


 アンネイは自慢げにニッコリと笑いながら話した。

 そんなアンネイを微笑みながら見つめるサラ。


 この2人は、本当に仲がいいようだ。おっとりと落ち着いた性格の姉と、厳しくも優しい不器用な妹。足して割るとちょうどいいかもしれない。兄弟や姉妹ってのは、本来こんな形なのかもしれない。

 ふと、遠くにいる兄貴と妹のことを思い出した。


(今頃、何してるんだろうな……)


 確かめることもないだろう。お荷物の俺がいなくなって清々してることだろう。


 少しだけ、寂しく感じた。

 それを誤魔化すように、わざとらしく周囲を見渡した。


「色々と美味しそうなものが多いな……腹、減ってきた」


「大志、そろそろ昼食の時間だ。我慢しろ」


 サラは厳しく俺を律する。まるで姉のようだ。……年下なのに。


「そうだぁ。ねえ大志? ちょっと違うところでご飯食べない?」


「違うところ?」


「そうよぉ」


(いったいどこなんだ?)


 アンネイの真意を探るにも、いつも通りの雰囲気しか感じられず、何一つ分からない。

 助け舟を求め、チラッとサラに視線を送ってみる。


「……私に答えを求めても無駄だ。何も答えないぞ?」


 サラまでもがニッコリと笑い、俺に何も教えてくれない。何だかのけ者にされた気分だ。

 そんな俺を見て、2人は声を出して笑っていた。


「別に怖いところじゃないわぁ。さあ、行きましょう」


 俺は、どこに行くか分からないまま、歩く2人の後に付いて行った。





 ~~~~~~~~~~


 


 

 そこは、小さな教会だった。この世界にも宗教はあるようで、見た目は、キリスト教の教会だった。でも、十字架の代わりに日輪のような紋章が掲げられていた。

 重い木製の扉を開け、中に入る。たくさんの椅子が並べられ、奥には虹色のステンドグラスがあった。そして、ステンドグラスから射し込む色鮮やかな光を受けるのは、やはり教会の外壁に掲げられた紋章だった。


「お姉ちゃーん!!」


 俺たちが中に入ると、奥から十数人の小さな子供が走ってきた。

 その子たちは一斉にアンネイを囲む。


「お姉ちゃん、見て見て! お花を取ってきたんだよ!」


「僕は綺麗な石を見つけたんだ! ほらほら!」


「あらぁ、みんなすごいわねぇ」


 たくさんの子供に、優しい木漏れ日のような笑顔を振りまくアンネイ。その姿は、聖母と呼べるかのように神々しかった。



「……あの子たちは、孤児なんだ」


 その様子を見ていると、サラがゆっくりと話しかけてきた。


「孤児?」


「ああ。前魔王との戦いで、両親を失った子供たちなんだ」


「……そうなのか」


 前の戦いの傷跡は、こんなところにもあった。両親を失ってなお笑顔を見せる子供たち。この子たちは、きっとアンネイに救われたんだろう。

 そう思うと、アンネイがこの国を守りたいと言った気持ちが、よく理解できた。


 俺が殺した兵士にも、もしかしたらこの子たちみたいな子供がいたのかもしれない。その子たちは、きっと俺を恨んでいることだろう。


 笑顔を向けられる勇者。

 憎しみを向けられる魔王。


 魔王を名乗るには、その(そし)りを受けるだけの覚悟が必要なんだろう。


(俺に、その覚悟があるか?)


 その自らの問いに、答えることが出来なかった。自分自身への疑問は、心の中で響き渡る。それは一方通行で、返ってくる言葉はなかった。そんな心の中は、ただただざわつくだけだった。



 アンネイが言っていた違う場所とは、この教会のことだった。

 子供達の中心に座るサラとアンネイ。

 テーブルの上にはスープとパン。一見物寂しい昼食に見えるが、子供達は美味しそうに、懸命に食べていた。


 少し離れたところで、そんな子供達を見ながらスープをすする。味が薄く、水っぽい。でも、不思議と体に沁み渡る味だった。



「ねえねえ、お兄ちゃん!」


 気が付くと、すぐ横に女の子が立っていた。


「ん? どうした?」


 その女の子は、元気な声で訊ねてきた。小さな女の子の顔を見ながら、スープを口に入れる……



「お兄ちゃんは、アンネイお姉ちゃんの恋人なの!?」


「ブホッ!!」



 ……スープを吹き出してしまった。遠くの席ではサラが咳き込んでいる。奴も吹いたか……


「な、なんでそうなるんだい?」


 引きつった笑顔を見せ、聞いてみた。


「だって、最近ずっと一緒にいるでしょ?」


「まあ、そうだけど、アンネイとはそんなんじゃないよ」


(勇者と魔王の関係なんて言えねえ……)


「そっかぁ……」


 女の子は、凄まじく残念そうな表情をしていた。かと思いきや、再び元気を取り戻し、更に大声で聞いてくる。


「じゃあ、サラお姉ちゃんの恋人!!??」


「ブッ!!」


 遠くで、サラがもう一度吹き出した。


「な、なな、な………!!」


 立ち上がり、たじろぐサラ。顔を真っ赤にさせ、冷や汗をかいている。


(動揺し過ぎだろ……)



 一度溜め息をつき、ゆっくりと話した。


「サラとも、そんなんじゃないよ」


「ふうん……サラとはお似合いなのにねぇ……」


 再び引きつった笑い声を出す俺。


(子供って、容赦ねえな……)


 純真無垢の恐ろしさを垣間見た気がする。


「ねえ、お兄ちゃんって、魔法使えるの?」


 女の子は、それまでとは違う表情になり、おそるおそる聞いてきた。

 上目づかいで、頭のリボンが揺れていた。


「……まあ、な。少しだけだが……」


「ほ、本当!!??」


 女の子は、今度は太陽のような笑顔を見せる。何かの希望を見つけたかのような視線を、俺に送り続けていた。

 その笑顔に、少しだけ後ろめたさを感じてしまった。


「じゃあ、お兄ちゃん! お願い!」


「お願い? 何を?」


「アンネイお姉ちゃんと、サラお姉ちゃんを守ってあげて!」


「――――」


(守る? あの二人を?)


 少女は、切実に話していた。目を必死に閉じ、祈る様に俺の裾を掴んでいた。


「お姉ちゃんたちは、私達の家族なの! “ゆうしゃ”って呼ばれてるのは知ってるけど、大切な家族なの!

 だから、私達の代わりに、お姉ちゃん達を守って! ね!?」


 どう答えるべきか、迷った。


 アンネイは勇者で、サラはその妹。

 俺は魔王で、彼女らの敵。


 本来であれば、一緒にいていい間柄ではない。それでも、少女は俺に願うのか。守ってくれと。


 もちろん、その少女は俺が魔王であることを知らない。他の子ども、街の人々……全員が、俺が魔王であることを知らない。知るわけがない。


 少女の目は懇願していた。俺に、縋っていた。そんな顔をされたら、俺の答えれることは一つしかなかった。



「……分かったよ。俺が、2人を守るよ」


「ほ、本当!!??」


「ああ。本当だ」


「じゃあ、約束の儀式をしよ!!」


「儀式?」


 そう言って、女の子は左手の掌を俺に向けた。


「この手に、お兄ちゃんの掌を合わせて、残った手は胸に置くの。

 合わせた掌は、心と心を繋ぐ架け橋。胸に置いた手は、心を開く鍵。

 心と心でする、特別な約束の儀式だよ」


「こうか?」


 少女の掌に、俺の右の掌を合わせる。そして、左手を胸に置いた。

 すると少女は目を閉じた。お祈りを捧げる様に。


「―――はい、終わり!」


(指切り、みたいなものか)


「じゃあね、お兄ちゃん!!」


 少女は、俺に手を振りながら走って行った。サラとアンネイは、微笑んだ表情で俺を見ている。どうやら、一部始終を見られていたようだ。


 何だか無性に照れ臭くなり、頬を数回手でかく。そして、残ったスープとパンを食べた。





 ~~~~~~~~~~





 アンネイの家に帰った頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 町の通路には松明(たいまつ)が炊かれ、炎が揺れるたびに景色も揺れるようだった。とても幻想的な、不思議な街並みだった。


「今日はどうだったぁ?」


「ああ、楽しかったよ」


「そう。良かったわぁ」


 アンネイは、すごく嬉しそうに微笑む。その姿に、どこか癒される自分がいた。


「なあ大志、あの子といったい何の約束をしたんだ?」


「あれ? 聞こえなかったのか?」


「当たり前だ。それで、どうなんだ?」


(まあ、言っちゃダメだとは言われてないしな……)


「ああ、それは―――」


「アンネイ様!!」 


 家までもうすぐというところで、1人の兵士が全速力で近寄ってきた。

 息を切らせ、汗をかき、見るからに何かしらの事態が起きたことを予想させた。


「あらあら、どうしたのぉ?」


 兵士は息を整える間もなくその場で跪き、大声を出す。



「ほ、報告します!! 魔界の大軍が、ジェノスロスト帝国に攻め入りました!!!」



「!!!」

「!!!」


「――それは、本当なの?」


「はい!! 帝国は現在、大軍を率いて敵軍を迎え撃つため、帝国内フェルド平原へ移動中……衝突は、時間の問題かと!!」



 一瞬にして空気が凍り付いた。

 俺とサラは言葉を失っていた。アンネイは、普段では絶対見せない険しい表情をしている。


「なぜ……なぜこのタイミングで……」


 アンネイは、そう呟いていた。焦り、絶望……そんな思いが感じられる言葉だった。

 そんなアンネイは、俺に事態の深刻さを十二分に理解させた。



 魔界の大軍と帝国の大軍の衝突。


 

 ……戦が、始まろうとしていた。


  

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