勇者の覚悟
レギオロス諸国連合、筆頭国ヘッドアイランド。
島国の中では、割と都会の部類に入る。この島が他の島と最大に違う点は、中央講議塔があることだ。中央講議塔は、レギオロス諸国の代表が集まり会議をする場所だ。
つまり、この国は諸国に認められたリーダーと言えるのかもしれない。
そんな国の外れ、広大な海が見渡せる崖の上。そこに、勇者アンネイの家があった。
少し大きい家だが、普通の家とほとんど変わりない。勇者の家って言うくらいだから、もっと豪華絢爛な家を想像していたのだが……
「さあ、入ってぇ」
アンネイは、優しい笑顔とおっとりした声で俺を招き入れる。そこには一切の警戒心も見えない。
だからこそ、俺は逆に警戒していた。
「……どういうつもりだ?」
「何がぁ?」
アンネイはキョトンとしていた。
状況を分かってるのだろうか……
「俺は、魔王だぞ? お前は、勇者なんだろ? 何で家に案内するんだよ」
俺の質問に、アンネイは再び思考に入る。上を見上げ、腕を組み、少し困った顔をしていた。
その顔からは真意は見えない。いや、言ってしまえば、本当に何も考えていないように見える。
(そんなわけがないだろう。アンネイは、一応勇者なんだぞ?)
油断しそうになる自分を律する。
油断した途端に斬りかかられたらたまったもんじゃない。
「……私ねぇ、どうしても、あなたのことを“魔王”って思えないのよねぇ」
相変わらず素っ頓狂なことを言ってくれる。
「聖礼議場でのこと、忘れたのか? 俺は、お前の敵になったんだぞ?」
そうだ。俺は、コイツの敵になったんだよ。あの時、俺が世界を救うと誓ったんだ。
(……俺、何してんだろうな)
何だか自分が小さく思えた。あの時誓ったはずなのに、今の俺はむしろ世界を破壊してしまうような存在だ。
「敵、ねぇ……なら、あなたは一度でも人間界を攻撃したこと、ある?」
ニッコリとしたまま逆に質問を返すアンネイ。その声は、穏やかだが、どこか強い芯のようなものを感じる。
「いや……それは……」
「つまり、そういうことよぉ。いくら魔王になるって言っても、あなたは何も覚悟してないのよぉ」
図星を突かれた。アンネイの言葉は、鋭い刃になって、心を刺してきた。
だからこそ、少し頭にきた。
「そ、そんなことねえよ!! 俺だって……」
「あなたが魔王になるって宣言したとき、私はあなたがどんな恐ろしい行動を取るか考えてたわぁ。でも、結局あなたは何もしなかった。あなたを討伐するって飛び出して行ったサラだって、こうして無事にいるしぃ」
そう言って、サラの方を向いてクスクス笑っていた。
サラは、顔を赤くして冷や汗をかいていた。
「ね、姉さん!!」
アンネイは、一度サラに手を振る。そして、再び俺の方を向いた。
「……つまりねぇ、今の段階で、私にとって、あなたは危険なんかじゃないのよぉ。国の上層部の方は違うみたいだけどぉ。
まあ、魔法の制御が出来なくなってることは問題だけどねぇ。でもそれは、穏やかに生活していれば大丈夫だし、特別慌てることでもないわぁ。
あなたなんかよりぃ、魔界の実力者“虚無の残影”の方が問題ねぇ……」
「虚無の残影?」
確か、ソフィアが言っていたな……
魔王の座を狙う魔界トップクラスの実力者、“爆炎の魔人”と並ぶ実力者。名前は、確か……
「……そう、シュバルツよぉ。最近、レギオロス諸国連合にちょっかい出して来るのよねぇ。魔族に港が襲撃されるしぃ、漁船が沈没させられるし……」
アンネイの瞳は揺れていた。
表情こそ変わらないが、シュバルツへの憤怒が見える。それは、勇者としてと言うより、諸国連合の一員としての感情なのかもしれない。
「私はねぇ、世界じゃ“勇者”って言われてるけど、そんなつもりはないのよぉ」
「どういうことだ?」
「私は、この国を守りたいのよぉ。生まれ育ったこの国を、愛してるから……
だから、もしこの国を狙う輩がいるならぁ、たとえ相手の命を奪うことになっても躊躇わないわぁ。
それこそ、世界中を敵に回しても、私はこの国を――国の皆を、守りたいの……
――それが、私の“覚悟”よ」
……心が震えた気がする。この人は、本気だ。それがよく分かった。
本気で、世界を敵に回しても、守るべきものを守ろうとする決意が見えた。
その言葉を聞いたサラが、アンネイに続くように俺に言葉を放つ。
「……覚悟とは、何かを成すと決めただけで生まれるものではない。強靭な心と、何者にも曲げられない信念、そして、自らが背負う“何か”を理解することで生まれるものだ。
大志、お前が決めた、成すべきこととは何だ? お前が背負うものは何だ?」
「……俺は、世界を救いたい。そう、思ってる」
「それは、容易いことではないぞ? 勇者である姉さんですら、一国を想うだけで、守るだけで精一杯なんだ。
それが世界全てとなると、並大抵の覚悟では足りない。それを、理解しているのか?」
「……」
俺は、何も答えられなかった。所詮、俺の考え何てもんは、ゲームか何かの受け売りなのかもしれない。自分の意志で、何一つ決めていないのかもしれない。
だからこそ、俺は沈黙を選択することしか出来なかった。
そんな沈黙の中、アンネイは何かを思いついたような表情を見せた。
「……ねえ魔王? 少しの間ぁ、ここに住んでみない?」
「は!?」
「そうよぉ、それがいいわぁ!」
アンネイは、何かとんでもないことを言い始めた。
一人で突っ走って、ポワポワと軽い桃色の空気を周囲に撒き散らし始めた。
「ちょ、ちょっと姉さん!!」
慌ててアンネイに声をかけるサラ。
焦りと恥ずかしさを同時に出しているかのようだった。
「いや、俺、魔王だし……さすがにそれはマズいと思うぞ?」
「それもそうねぇ……だったらこうしましょう!」
アンネイは、一度手をパンと叩いた。そして再び笑顔で告げる。
「あなたのことは、これから“大志”って呼ぶわぁ。それなら、誰も魔王って思わないでしょうしぃ」
(何か、話がズレてないか?)
俺の話のベクトルと、アンネイの話のベクトルは大きくズレていた。
それでもアンネイはホワホワとした空気を出し続ける。
「今日は歓迎会でぇ……明日は買い物に行ってぇ……それから……」
「……なあ、サラ」
「何だ?」
「お前の姉さん、変わってるって、言われないか?」
「決まってるだろ? ……もう慣れたよ」
「そうか……」
サラは、ヤレヤレといった様子で目頭を手で摘みながら首を振っていた。
俺はどうするか迷ったが、行く宛てもなかったことだし、少しの間だけ世話になることにした。
その状況に、少しだけホッとする自分がいた。そんな自分に対してか、アンネイに対してか分からない。
だけど、俺は溜め息が出てしまっていた。




