勇者と騎士と魔王
「ほら」
すっかりと薄暗くなった街道。人の姿は見えない。いや、“分からない”と言った方がいいのかもしれない。
そんな道で、サラは歩きながら俺に果物を差し出した。無表情のまま、黄色い実を俺に手渡そうとする。
「なんだよ、これ」
「さっき木から取った。疲れたろ。食べろ」
「いらねえよ」
俺はそれを受け取ることなく歩き続ける。
それはサラなりの気遣いだったのかもしれない。本当はそれを分かってて、そんなサラに感謝をしている。だけど、それを表に出すと、益々コイツはどこへも行ってくれなくなる気がした。
俺といる限り、サラにも危険が及び続ける。
今の俺は、自分の力が制御出来ない。故に、電磁フィールドが使えない。
いつ来るかも分からない刺客に狙われ、俺の力の暴走に巻き込まれ……
何とか、サラを遠ざけたかった。
「………」
サラは、それ以上俺に言葉をかけることなく、渡そうとした果実を食べ始めた。
そんな姿に、少しだけ心が痛む。
俺はサラに縋ってるのかもしれない。25にもなって、十代後半ほどの女に心の拠り所を求めているのかもしれない。
そんな自分が、とても惨めに感じた。
(でも、俺の近くにいるのは危険すぎる……)
そういう言葉が、繰り返し繰り返し頭を巡り続けていた。
俺が無意識に全てを壊すのは、もしかしたら俺自身の意志なのかもしれない。
俺自身、全てを壊したくなったのかもしれない。
少なくとも、俺が雷を放つ度に周囲にいた人は恐れをなし、固まり、俺の一言を忠実に守る。立ち去れと言えば立ち去り、動くなと言えば石のように動かなくなる。
力で支配する。そっちの方が簡単なように思える。
でも、本当は分かってる。抑え込まれた意志はバネのように力を溜め続け、抑えれば抑えるほど、一気に噴き出した時のエネルギーが強くなる。
それで本当に救うと言えるのだろうか……いや、もしかしたら言えないのかもしれない。
それは全てを救う道とは、違うのかもしれない。
だが、今までのやり方なんかじゃダメなんだ。そのせいで、あの村は壊滅した。
俺の甘さが、あの村を滅ぼした。
そのことが重くのしかかる。考えると、また雷が出そうになる。
甘くもなく、理想の世界を作るためには、やはり一つしか思いつかなかった。
(世界征服……か)
素人の俺には、それがどういう状態なのか分からない。ゲームでは、魔王はその兵力と力で世界を我が物にしようとしていた。
だが、俺にあるのは力だけだ。兵力もない。繋がりもない。俺には、俺しかいない。しかも今の俺は、暴走する力を制御出来てすらいない。
こんな状態で、世界征服なんてものは出来るのだろうか……
(いや、無理だな……)
諦めが頭を過る。それが無理なら、だったら俺の存在価値は何なのだろうか。
――ただの殺戮兵器。
そんな称号が、ぴったりだと思ってしまった。
「まさか、本当に魔王がこんなところにいたとはねぇ……」
突然、前方の木の陰から声が聞こえた。
おっとりとした声。その声は、どこかで聞いたことがある声だった。
(この声は……)
「………」
サラは険しい顔で身構える。剣に手をかけ、いつでも抜けるような状態になる。
「なんだかぁ、すっかり別人みたいになってるわねぇ。何があったのかしら、魔王……」
その影から出てきたのは、レギオロス諸国連合の勇者……
「アンネイ……!!」
(なぜ勇者がこんなところに!!??)
瞬時に俺も身構える。
まさか、こんなところで待ち伏せされるとは思わなかった。周囲を見渡すが、他に人の姿はない。隠れているだけかもしれないが、今の俺には分かりようもない。
いざとなれば、玉砕覚悟で雷をぶつけることしか出来ない。
再び、無意識に電気が光り始める。放出のカウントダウンが始まりつつあった。
そんな俺の姿を見て、アンネイは顎に指をつけ、何かを考え込み始めた。
「……ええとぉ、魔王? 勘違いしてなぁい?」
「勘違い?」
「私はねぇ、別に、あなたを討ちに来たわけじゃないのよぉ。
……その子に用事があるのよぉ」
そう言って、アンネイはサラを指さした。
「……そんなところで、何をしてるのぉ? サラ?」
(この2人、知り合いなのか?)
サラは、相変わらず険しい顔のままだった。そして、ゆっくりと口を開く。
「別に……私の勝手だと思いますが? 姉さん?」
(………姉さん?)
姉さんって、あの姉さん?
………ってことは……
「ええええええ!!??」
思わず叫び声を上げてしまった。それと同時に、俺の体から放たれた雷の光が、天を昇った。
「あらあら、綺麗ねぇ」
その様子を見ても、アンネイは全く動じなかった。これが勇者の余裕なのか。
(ただの天然かもしれないが……)
それにしても、サラがアンネイの妹だったとは……
確かに言われてみれば、色々と似ている。表情、髪の色、結い方、服装……
何だか力が抜けてしまった。自分で言うのも何だが、俺は一応魔王を名乗ってるわけで、この人は勇者。何もしなくていいのだろうか……
「姉さん、何か用事でも?」
そのサラの言葉に、アンネイは何かを思い出したようだ。頭の上に豆電球が見えそう。
「そうだったわぁ。ねえサラ? いい加減に帰りなさい? そこは、あなたの居場所じゃないわよぉ?」
「私の居場所は、私が決める。今、私はここにいる。だから、姉さんのところには帰らない」
サラは、力強く答えた。凛々しく、毅然として。
「サラ……そんなことを言うの……」
そんなサラの言葉に、それまで微笑んでいたアンネイは表情を曇らせた。その目には鋭さが宿る。
空気が張りつめる。息がし辛い。
(やるしか、ねえか……)
俺は、自然と手に力が入った。
そして、アンネイは一歩前に踏み出し……
「ひどぉぉぉぉいぃ!!」
……その場で、泣き始めてしまった。
(ええええええええ……)
地面にしゃがみこみ、全力で泣いていた。ワンワンと声を上げ、恥ずかし気もなく泣き続けていた。
「ね、姉さん! 何も泣かなくても……」
サラはすっかり慌てていた。あたふたとしながら、アンネイの元に駆け寄る。
「だってぇ……だってぇ……」
……何だか、想像していた勇者像と、随分と誤差があったようだ。構えを取っていた自分が途方もなくマヌケに感じる……
(俺、一応魔王なんだけど……)
魔王の目の前でワンワンと泣く勇者。
実に不思議な光景だ。油断し過ぎだろ。
(……これ、攻撃していいのかなぁ)
今攻撃したら、あっさり決着が付きそうだった。でも、その近くにはサラもいるわけだし、何より、とてもそんな気分じゃない。
泣きじゃくる勇者に、それを慰める騎士。そして茫然とその様子を見つめる魔王。
何なのだろうか、この構図は……
「なあ……どうすんだよ、それ……」
呆れ顔でアンネイを指さしながらサラに訊ねてみる。
「んん……姉さんのことだから、放っておいても大丈夫だと思うけど……」
「そんなぁ、お姉ちゃんを放っておくなんて言わないでよぉ!」
アンネイはさらに泣き出した。
そんな勇者を見て、俺とサラは深々と溜め息をついた。
(勇者……頼むよ……)
サラは、再び溜め息をついて、アンネイに言う。
「姉さん、分かったから。一度家に帰ろう」
その言葉を聞いたアンネイは、涙を浮かべたまま顔を上げ、パアッと笑顔を見せた。
「なら、行って来いよ、サラ」
「あ、ああ……お前はここで待ってるんだぞ?」
「分かってるよ。早く行けよ」
そのまま、バックれるつもりだった。ちょうどいい機会だと思った。
「あぁ、魔王?」
突然、アンネイが俺を呼ぶ。
「何だよ」
すると、ニッコリと笑って、あり得ない一言を言った。
「あなたもぉ、家に来たらぁ?」
一瞬、時間が止まった。何を言ってるのか理解できない。
(もしかして、俺、招待されてるのか?)
勇者が……魔王を家に……?
魔王が……勇者の家に……?
「ええええええええ!!??」