危険な存在
暗い闇の中。プカプカと力なく宙に浮く俺。
ここがどこかなんて分からない。何をしているのかも分からない。
――お前は誰だ?――
暗闇の中、ふと声が聞こえた。酷く濁っている声だ。まるでボイスレコーダーでスロー再生したかのように太く伸びのある、不気味な声だった。
(俺か? 俺は須藤大志……魔王だ)
――魔王? その様でか? 笑わせる――
声は失笑する。まるで俺を朝笑うかのように、笑いながら語る。
そんな声は、俺の神経を逆撫でする。頭の中で、熱が起こることを感じた。
(……俺の何が分かるんだよ。だいたい、お前誰だよ)
――お前、分からないのか?――
(知るわけねえだろ……ここ、どこだよ)
――さあね。それより、何で魔王なんてやってるんだ?――
(自分で振っといてそれかよ……)
――いいから答えろよ――
声は、少しだけイライラしているように感じた。
(……さあ、何でだろうな)
――分かんねえのかよ。そんな様だから、人を殺すんだよ――
(……黙れ)
――いいや、黙らないね。お前があの村を滅ぼしたんだよ――
(違う……俺じゃない……!!)
――逃げんなよ。お前だよ。お前が――
(黙れ!! 黙れよ!!)
必死に耳を抑える。目を瞑る。聞きたくない言葉を必死に遮ろうとする。
――お前だ。お前が殺したんだよ――
それでも声は俺の中に入ってくる。心に響いてくる。
(俺は……俺は………)
――お前は、人殺しだ――
「――違う!!!!」
寝ていた俺は飛び起きた。自分の居場所を確かめる様に辺りを見渡す。
そこは、薄暗い街道の途中。目の前には燻る焚火の跡。そして土と草の道。
……その奥には、剣を抱えたまま座るサラがいた。
サラは、驚いた表情で俺を見ていた。剣の柄を握り、身構えていた。
(……そう言えば、ここで野宿してたんだよな……)
俺は、サラの顔を見てようやく思い出した。
「悪い、サラ。起こしたな……」
「いや……」
サラは、俺の声を聞いてようやく安心したのか、体の力を抜き、剣の柄から手を離した。
「……お前、大丈夫か? ここのところ、ずっと魘されてるぞ?」
「あ、ああ……」
……あれから、数日が経過していた。俺はソフィア達の元を離れ、あてもなく放浪をしていた。
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俺は海を渡り、再び人間界に来ていた。
もしかしたら、逃げたかったのかもしれない。
自分の行動で人が死んだこと、そして、自分が人を殺したこと……
その全てから逃げ出したかったのもしれない。
ここはレギオロス諸国連合の島の一つ、トランド島。
レギオロス諸国連合とは、小さな国家の集合体らしい。海に浮かぶ小さな島国が巨大な国家に対抗するために連携を組み、一つの国のような立場取っている。
(帝国への対抗策か……)
確かに、そうでもしないとこんな小さな島国なら、一晩で制圧されてしまうだろう。世界が違っても、国と国の争いは変わらないんだろうな。
トランド島は、その中でも少し外れに位置する。青い海に囲まれ、温暖な気候。元の世界で言う、ハワイのようなところだ。
そんな島の街道を歩く俺……と、サラ。サラは、あの日から俺と行動を共にしていた。
何度もどっかへ行くように言ったが、いつも不思議な笑みを浮かべて話をはぐらかしている。
「……お前さ、何で俺に付いてくるんだ?」
「……何度も言わせるな。私は、お前の捕虜なんだろ? お前は私に、いつも傍にいろと言ったはずだが?」
「あれはもう無効だよ、無効」
「そんな身勝手に決めるな。一度言ったことは、最後まで責任を持て」
サラは、いつも通り冷静な態度のまま、どこか微笑んだ顔で俺の先を歩いて行った。
何だか、とてもばつが悪い気分だ。意味もなく頭をかき、サラの後ろを歩いていた。
「獣だ!! 獣が出たぞ!!」
遠くから、誰かの叫び声が聞こえた。
獣……この世界の野生動物のことだ。獣と言っても、その姿形は様々のようだ。鳥型であったり四足歩行型であったり、人型であったり……
元の世界にいた動物に似ているが、獰猛性は桁違いに高い。
大概の獣が雑食で、腹が減れば何でも食べる。……無論、人も例外ではない。
「獣……」
遠くから、地を駆ける足音が聞こえてきた。
その音と共に、猪にも似た鳴き声が聞こえてきた。
プギイイイイ!!!
そして、やがてその姿を現した。
体長は約3メートルはあるだろうか。全身が白い体毛に覆われ、モヒカンのような赤い毛が頭部から尻尾まで続いていて、四足歩行。巨大な猪だった。しかしその牙は鋭利で、巨大な額には立派な角が2本生えていた。4本の脚はとても太く強靭で、地面を蹴り飛ばすように俺たちの方向に一直線に走り込んで来ている。
サラは剣を抜き、猛然と突進してくる獣に向け構える。
「大志!! お前は何もするな!!」
「………」
「大志!! 聞いているのか!!??」
身震いがする。顔が熱くなる。意識もしてないのに、稲光の柱が周囲に現れる。
それを見たサラは表情を曇らせ、小さく舌打ちをした。そして構えを解き、俺の方に走ってきた。
「大志!! ダメだ!!!」
手を伸ばすサラ。サラがもうすぐ俺に触れようとした時、俺の中で何かが弾けた。
「ああ……ああああ……ああああああああ!!!!」
手をかざしていないにも関わらず、獣に巨大な雷の光が迸った。
放たれた光は、瞬く間に獣を包み、消滅させた。それでも光は止まることなく、その先に広がる海を、波を裂きながら駆け抜けた。
徐々に収まる光。息が上がる。汗が大量に流れる。とても、疲れた。
「はあ……はあ……」
俺の息に合わせる様に、Vの字に割かれた海が、音を立てて元の形に戻っていった。
「……大志……」
サラは、哀れむような視線を俺に送り、俺の名前を小さく呟いた。
(……またか……また、俺は……)
あの日から、感情が高まると無意識に雷が放出されるようになっていた。様々な場面で雷は放たれ、時には盗賊を、時には山を、とにかく、近くにある何かを消滅させ続けた。
俺は完全に、動く無差別破壊兵器になっていた。とても危険な存在に。人間界と魔界の両方から危険視される存在に。
これまでも、何度も俺の命を狙った刺客に襲われた。その度に、俺はソイツらを消滅させ続けた。俺の意志とは無関係に。
……俺は、自分の力を制御出来なくなっていた。