雷鳴の魔王
城の外は、一見すると誰もいなかった。
実に静かに、木々のざわめきだけが聞こえる。
それでも、俺には敵がはっきりと分かっていた。
「茂みに隠れてるな……」
俺の後ろには、ムウがいた。
グラ ンは城に残りソフィアの警護、ソフィア、ホルドマンは避難誘導をしていて、フォワードは俺とムウが担当する。
ムウはいつも通り眠そうな顔だが、その雰囲気はどこかピリピリとしている。
「………人数」
「85ってところだな」
「………種類」
「たぶんだが、指揮官が1、剣士が48、弓兵が21、魔道師が15ってところだ」
「………把握」
小声で話すムウ。
ソフィアが言っていた。ムウも戦士だと。
ムウの質問は、まさに戦士のものだった。
敵戦力の把握は、戦いにおいては重要だと思う。ゲームでも、敵の技とか属性を把握してないと苦戦を強いられることが多い。
規模や緊迫感は違えど、それと同じなのだろう。
そう考えていると、ムウが背中をトンと叩いた。
「………右」
「右に行くってことか?」
ムウはコクリと小さく頷く。
正直、心配だった。ムウがいかに戦士とは言え、まだ少女。心配しないわけがなかった。
「……分かったけど、ヤバくなったらすぐ逃げろよ?」
「………不要」
そう呟き、ムウは2本のナイフを見せた。柄の部分にはそれぞれ小さな盾が装着され、ナイフを構えると攻防一体の武器になりそうだった。ナイフ自体も小さく、扱い易そうだ。
ムウがそのナイフを構え、前傾姿勢になる。
今すぐ飛び出して行きそうなムウに、俺は慌てて声をかけた。
「あ、ムウ!!」
「………?」
「頼みがある。相手は、殺すな」
「………」
「言いたいことは分かる。奴らは俺を殺しに来てるんだしな。
……でも、それでも俺は誰かが死ぬのなんて嫌なんだよ」
「……………御意」
いつもよりも、言葉の溜めが長く感じた。たぶん呆れてるんだと思う。
命を狙われ、取り囲まれても、未だに覚悟が決まらない。
“むやみに殺すのはダメだ”という綺麗事が頭を過る。
これでムウに何かあったらどうするんだ?
ムウよりも襲ってきた奴の方が大切なのか?
そんな自分への疑問が頭を巡る。
今の俺は、この世の終わりみたいな顔をしていたのだろう。
ムウは急に俺の頭に手を置いた。
「………大志」
「え?」
「………大丈夫」
いつも通りの小さな声だった。でも、力強くもあった。
そしてムウは外に飛び出す。眠そうな顔のまま、両手にはナイフ。
「敵が出てきたぞ!!」
指揮官らしき人物の声が響く。その瞬間、草むらの中から一斉に赤い鎧の集団が飛び出した。
その兵の姿は、誰かに似ていた。
……いや、誰かではない。俺は、知っている。
(アレクサンドロスと同じ鎧……ジェノスロスト帝国か?)
「弓兵!!!」
指揮官の声に、更に弓を構えた兵が顔を出した。
(マズイ!!)
このままだと雨のような矢がムウを襲う。俺は手に雷を纏わせ――
「………無駄」
ムウの呟きが聞こえた。そして僅かにムウの体がボヤけ始める。ムウの周囲だけ霞がかったかのように、ムウの体は朧に包まれた。
(何だ?)
「放てぇ!!!」
一斉に矢がムウに飛ぶ。
「チッ!!!」
雷を放ち、矢を吹き飛ばした。次々と宙を舞う矢。
しかしその一本がムウに飛ぶ。慌てて手を向けるが、ムウの体が重なり狙いがつかない。
「ムウ避けろ!!」
ムウはそれでも進む。そして、矢はムウの体に触れ………その瞬間、ムウの体の一部が霧となり、矢は空を切るように貫通した。
「なっ―――!!??」
矢が通り抜けると、ムウの体は再び実体となり、前列の剣士の前で止まる。
「化物めが――!!」
敵の兵士が言葉を溢す。
その言葉に少しムッと来たようだ。直ぐ様その兵士の足を斬りつけた。
「ギャアア!!」
悲鳴を上げ倒れる兵士。それを見た別の兵士がムウに背後から斬りかかる。
しかし、再びムウは体を霧にし、兵士の剣は音を立てて空を切った。
「こ、コイツ、まさか……!!」
「魔女だ!! 霧の魔女が出たぞ!!」
口々に叫び出す兵士達。その言葉には畏怖の念を感じる。
(霧の魔女?)
ムウのことのようだ。どうやら、ムウは人間界で有名らしい。
体を霧に変え、攻撃を全て無効にし、兵士の背後で実体に戻り斬りつける。
……圧倒的だった。まさしく、霧の魔女だった。
悲鳴のような叫び声を上げながら次々と倒れていく兵士達。怖じ気づき後退りする指揮官。
ムウは、緑髪の小さな少女は、戦場を完全に掌握していた。
「……強ぇ」
その余りの強さに、つい呆けてしまっていた。
霧の先天魔法、だと思う。さすがは前魔王の家臣といったところか。
(……無用な心配だったようだな)
少しだけ笑みが溢れた。
そして俺は前へと歩く。手足に雷を帯びて。
「!! 魔王だ!! “雷鳴の魔王”が現れたぞ!!!」
兵士の一人が叫んだ。その声に反応し、それまでムウの方ばかりを見ていた兵士は、俺の方に体を返した。
(雷鳴の魔王? 何だそれ?)
どうやら、俺の通り名みたいなものが出来ていたようだ。
(雷鳴の魔王……カッコいいじゃねえか!!)
体が興奮で震えていた。その震えに呼応するように、口元は緩み笑んでいる。
そんな俺を見た兵士は、どこか絶望に伏すような表情を浮かべていた。奴らからすると、魔王の名を持つ俺が、ニタリと笑いながら近付いてきてるように見えてるだろう。
それは、やはり絶望してしまうような光景なのかもしれない。
「う、うわああああ!!」
兵士達がヤケクソ気味に突っ込んできた。剣を振り上げ、まるで素人のように斬りかかる。その顔は、やはり絶望の色をしていた。
「まったく……しゃあねえな!!」
右手を出し、力を抑えた雷を放つ。広がる雷は兵士達を捉え、それぞれの体を電撃が包む。
「ギャアアアアア!!」
バタバタと倒れていく兵士達。その奥から、今度は魔術師が一斉に炎、氷の塊を飛ばしてきた。更には後方より大量の矢が放物線を描きながら俺に迫る。
「へっ……効かねえな!!」
俺は両手で雷を放出し、空中を飛翔するそれらの攻撃を全て弾き飛ばした。
そして、放出した雷を、今度は奥に潜む魔術師、弓兵に降り注がせた。
バリバリと電気が走る音を響かせながら、森がチカチカと短い光を放ち続ける。
光が収まった時、その場で立っているのは、俺とムウだけだった。
俺は地面に伏せる指揮官の前に立った。
俺に気付いた指揮官は、“ヒッ!!”と短い悲鳴を上げる。
止めを刺しに来た。そう思っているようだ。頭を両手で覆い、身を小さくしてガタガタと全身を震えさせていた。
そんな指揮官の姿を見て、少し哀れに思った。
今、コイツらを包んでいるのは、間違いなく恐怖だろう。力ある者に怯え、何も出来ないでいる。まるで、少し前の自分のようだった。
「……さっさと倒れた兵士連れて帰れ。そして、二度とここに来るな。
俺は、これから旅に出る。ここに来ても誰もいないと、国の偉い奴に言っとけ」
「……え?」
「返事は!!」
「は、はひ!!!」
再び身を小さくして震える指揮官。
「よし、じゃあとっとと行けよ」
指揮官はフラフラと立ち上がり、震える手を上げた。
「て、撤収!!」
その言葉を受け、倒れていた兵士達もまたフラフラと立ち上がる。動けなくなった者は、他の者の肩をかり、ゾロゾロと、森の奥へと消えていった。
そんな兵士達を見つめる俺とムウ。
ムウは、相変わらず眠そうな顔をしていて、さっきまでの張り詰めた雰囲気は姿を消していた。
俺は、兵士が去った森を見ながら、自分の判断の正しさを信じようとしていた。
襲ってきた兵士を殺さずに帰す。実に甘いと思う。
……それでも、俺は自分を信じたかった。信じ抜きたかった。
(二度と来るなよ……)
そう、切に祈りながら、俺は拳を握り締めていた。