表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/54

異世界よ、こんにちは

 俺は死んだのか? 当たり前か。雷が直撃したのだから当然だろう。

 雷が直撃する確率は約0.0000001%、直撃すれば即死する確率は実に約80%オーバーという……

 鉄板も鉄板ではないか。パチンコで80%オーバーの演出が起きれば、両手を上げて勝利宣言をするところだろう。

 俺は選ばれたのだ。その0.0000001%の奇跡に。


(全然嬉しくねえ……)


 どうせ当たるなら宝くじにでも当たりたかった。しょうもない人生の中で、少しの幸福を得たかった。


 ……いや、ある意味幸福だったのかもしれない。このまま無様に生き恥をさらし続けるよりも、いっそこうやって死んだ方がマシなのかもしれない。そういう意味では、神様は俺に最初で最後の幸福を与えてくれたのだろう。


(ありがたいねえ……)


 皮肉の笑みを浮かべているのが分かった。


 ………笑みを浮かべる? あれ? 死んだのに?

 幽霊になってもそういうことが出来るのだろうか……


 四肢は動く感覚がある。目は閉じているようだ。全身は……別に痛くない。


(……生きているのか?)


 おそるおそる目を開けてみる。そおっとそおっと……



 少しずつ眼前に景色が広がる。

 揺れる緑色の木々。空から差し込む木漏れ日。聞こえる小鳥の囀り。どうやら、森の中だった。


(なんでこんなところに? 俺、公園にいたよな……)


 まさか拉致られた? ハン! あり得ないな。こんな無職のゴミのような俺を拉致したところで、何のメリットがあると言うのだろう……

 ちなみに、俺の家族に身代金を要求したところで無意味だ。奴らのことだ。おそらく、どうぞどうぞと言わんばかりに、のし付で俺の命を差し出すだろう。

 誘拐犯に負けない強い意志を示し、俺は無残に殺され、奴らは悲劇の主人公として注目を集める。そしてそれを使ってさらに名を上げるだろう……


 しかし、誘拐にしては俺の体を自由にし過ぎだ。手足を縛ってなくて、自由に行動できる。発信機でも埋め込めば話は別だろうが……いや、結局俺が警察に駆け込めば同じことだろう……

 無計画すぎる。余りに幼稚。誘拐の線はないだろう……


「じゃあ、ここは、いったい……」


 とりあえず森を抜け出して、外の様子を見ることにした。





 ~~~~~~~~~~~





 森は意外とすぐに抜け出すことが出来た。

 森を抜けた先に広がったのは、何もない、ただの農村地帯だった。田畑が広がり、仄かに花の香りが漂ってくる。鍬を片手に歩く人々は、年配の人ばっかりのようだ。まあ、こんなド田舎に若者が面白味を見出すことは難しいだろう。


 ……しかし、こうして見ると、益々ここがどこか分からん。少なくとも俺のいた町ではない。ていうか、そもそも日本なのか?

 道行く人は一見すると普通の人だ。だが、髪は赤だったり青だったり……とてつもなく奇抜な色をしている。服装もどこかみずぼらしい。しかし、彼らはそれがさも当然のように普通に過ごしている。かなり異様だ。TシャツにGパンの俺が逆に浮いてしまっている。

 それでもこんなところに立ち尽くし続けるわけにもいかず、俺は村に降りて行った。


 農道を歩く俺。両脇には田んぼのようなものがあるが……写真ですら見たこともない、たくさんの粒が実った紫色の植物がたくさん生えている。稲ではないようだ。それもまた異様な光景だった。



 ちょうどそこに、人が良さそうな年配の爺さんが歩いてきた。話しかけても大丈夫そうだ。


(ていうか、日本語通じるのか?)


 それでも話しかけないと何も始まらない。俺は、意を決し話しかけた。

 白髪の男性だが、どこか白人の面影も見える。よって、俺は瞬時に英語を選択する。


「な、ないすちゅーみーちゅうー??」


 中学にして英語を諦めた俺にとって、それが精いっぱいの欧米式挨拶だった。

 爺さんは何か得体のしれない物体を見るかのような視線を送る。俺の足元から頭の先まで、舐める様にじっくりと。


「……お前さん、何言ってんじゃ?」


「あれ? 日本語?」


「ニホンゴ?」


「い、いや……何でもないです……」


(通じるのかよっ!!!)


 壮大な肩透かしを食らった気分だ。しかし日本語が通じるとなると、ここはやはり日本なのだろうか……


「あの……ここ、何県ですか?」


「ナニケン? 何じゃそれ?」


「へ? 県ですよ県」


「ケン? 食い物か?」


「いや違うから!!」


「食い物じゃないケン?」


「そうそう……」


「ワシは武器屋じゃないぞ」


「そっちの“剣”でもないです!!!」


(……は、話にならん。もしかして、県を知らない? ということは、やっぱり日本じゃないのか? どんだけ日本語が浸透してるんだよ……)


 取り敢えず、ここが日本である線は捨てるとしよう。

 やはり海外だ。日本じゃない。

 ……初めての海外を、こんな形で迎えるとは……

 当然だが、親父達は普通に海外に行っている。俺が置いていかれてただけだ。改めて、俺と親父達の溝を感じてしまった。


「……あの、この国は何て言う国なんですか?」


「ああ、国の名前を聞いとったんか……

 ここはな、セントモル公国じゃ。お前さん、知らんかったのか?」


「セント……?」


(聞いたことねえな……)


「どの辺りにある国なんです?」


「なんじゃ、本当に何も知らんとは……いったいどこから来たんじゃ………」


「日本ですよ。日本」


「ニホン? 聞いたことないのぉ」


 少しだけ、日本人としてのプライドが傷付いた。日本は世界的に有名だと思っていたのに………


(……世界って広いな)


 世界の広さを染々と実感する俺に、爺さんは更に続けてきた。


「ここはの、ジェノスロスト帝国の南西、レギオロス諸国連合の真北に位置する、“勇者”リヒト様の御加護を受ける国じゃよ」


「へえ…………」


(全く分からねえ…………ん?)


「爺さん、今、“勇者”とか言わなかったか?」


「言ったが、何を驚いた顔してるのじゃ? 当然じゃろ……」


「いや、当然って…………」


(勇者? 勇者って、あの勇者?)



 戸惑う俺。当然だろ? いきなり真顔で勇者とか言われてもな……

 何かの通称か?

 そんな俺の様子を見て、爺さんは溜め息をついていた。


「……お前さん、本当に何も知らんのぉ。いったいどんなとこに住んでいたんじゃ」


「いや……あ、ありがと爺さん!!!」


 何かを疑い始めた爺さんの目を見て、俺は取り敢えず立ち去ることにした。不法入国とか言われかねない。


「ちょっと待ちなさい!!」


「な、何ですか?」


「お前さん、余りにも知らなさすぎる。どこから来たのかを聞こうとは思わん。しかしの、この村の村長として、今のお主をこのまま帰せん。無知は、時に命を脅かすものじゃ」


「は、はあ……」


(爺さん、村長だったのか………)


「……まさかとは思うが、“魔法”まで知らんのか?」


「ま、魔法…………」


(いよいよもってわけがわからん。村長も嘘言ってる様子でもないし……

 勇者に魔法……とくれば、もしかして……)


「……まさか、魔王もいたり?」


「なんじゃ、知っとることもあったのか……」


「ま、まあ……」


(マジかよ…………)


 何かの特撮会場? カメラはないが………

 さっきから、中二病くさい用語が連続して飛び出してくる。ここまでこんな言葉をあっさり言うということは、普段から使っているか、本当に常識じゃないと無理だ。真顔では言えない。恥ずかしすぎて悶絶するだろう。


(……てことは、もしかして、ここって…………)


「村長、この星の名前は?」


「ホシ?」


「ああ、ええと………この世界の名前は?」


「……お前さん、もしかして記憶喪失か何かか?」


「そ、そうなんです!! 実はいっさいがっさい何も覚えてないんですよ!!」


 そういうことにした方が、都合がいい気がした。


「やっぱりの……魔王との戦いの被害者か……可哀想に……」


 村長は涙を流し始めた。その涙を見て、凄まじい罪悪感に苛まれる。


(あああああ……ゴメンよ村長……)


「この世界はな、“エバーグリーン”という……

 3人の勇者の加護を受ける世界じゃ。どうじゃ? 思い出したか?」



 ………俺は、確信した。にわかには信じられない。だが、現にここは全てが違う。俺の世界の常識が通じず、俺の世界の非常識が平然と存在し過ぎている。あまりにも。

 だからこそ、全てを納得するには、たった1つの仮定を立てる必要があった。それは到底信じられないことだ。だが、そうじゃなければ説明出来ない。

 そう、ここは………



(ここは………異世界だ………)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ