異世界よ、こんにちは
俺は死んだのか? 当たり前か。雷が直撃したのだから当然だろう。
雷が直撃する確率は約0.0000001%、直撃すれば即死する確率は実に約80%オーバーという……
鉄板も鉄板ではないか。パチンコで80%オーバーの演出が起きれば、両手を上げて勝利宣言をするところだろう。
俺は選ばれたのだ。その0.0000001%の奇跡に。
(全然嬉しくねえ……)
どうせ当たるなら宝くじにでも当たりたかった。しょうもない人生の中で、少しの幸福を得たかった。
……いや、ある意味幸福だったのかもしれない。このまま無様に生き恥をさらし続けるよりも、いっそこうやって死んだ方がマシなのかもしれない。そういう意味では、神様は俺に最初で最後の幸福を与えてくれたのだろう。
(ありがたいねえ……)
皮肉の笑みを浮かべているのが分かった。
………笑みを浮かべる? あれ? 死んだのに?
幽霊になってもそういうことが出来るのだろうか……
四肢は動く感覚がある。目は閉じているようだ。全身は……別に痛くない。
(……生きているのか?)
おそるおそる目を開けてみる。そおっとそおっと……
少しずつ眼前に景色が広がる。
揺れる緑色の木々。空から差し込む木漏れ日。聞こえる小鳥の囀り。どうやら、森の中だった。
(なんでこんなところに? 俺、公園にいたよな……)
まさか拉致られた? ハン! あり得ないな。こんな無職のゴミのような俺を拉致したところで、何のメリットがあると言うのだろう……
ちなみに、俺の家族に身代金を要求したところで無意味だ。奴らのことだ。おそらく、どうぞどうぞと言わんばかりに、のし付で俺の命を差し出すだろう。
誘拐犯に負けない強い意志を示し、俺は無残に殺され、奴らは悲劇の主人公として注目を集める。そしてそれを使ってさらに名を上げるだろう……
しかし、誘拐にしては俺の体を自由にし過ぎだ。手足を縛ってなくて、自由に行動できる。発信機でも埋め込めば話は別だろうが……いや、結局俺が警察に駆け込めば同じことだろう……
無計画すぎる。余りに幼稚。誘拐の線はないだろう……
「じゃあ、ここは、いったい……」
とりあえず森を抜け出して、外の様子を見ることにした。
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森は意外とすぐに抜け出すことが出来た。
森を抜けた先に広がったのは、何もない、ただの農村地帯だった。田畑が広がり、仄かに花の香りが漂ってくる。鍬を片手に歩く人々は、年配の人ばっかりのようだ。まあ、こんなド田舎に若者が面白味を見出すことは難しいだろう。
……しかし、こうして見ると、益々ここがどこか分からん。少なくとも俺のいた町ではない。ていうか、そもそも日本なのか?
道行く人は一見すると普通の人だ。だが、髪は赤だったり青だったり……とてつもなく奇抜な色をしている。服装もどこかみずぼらしい。しかし、彼らはそれがさも当然のように普通に過ごしている。かなり異様だ。TシャツにGパンの俺が逆に浮いてしまっている。
それでもこんなところに立ち尽くし続けるわけにもいかず、俺は村に降りて行った。
農道を歩く俺。両脇には田んぼのようなものがあるが……写真ですら見たこともない、たくさんの粒が実った紫色の植物がたくさん生えている。稲ではないようだ。それもまた異様な光景だった。
ちょうどそこに、人が良さそうな年配の爺さんが歩いてきた。話しかけても大丈夫そうだ。
(ていうか、日本語通じるのか?)
それでも話しかけないと何も始まらない。俺は、意を決し話しかけた。
白髪の男性だが、どこか白人の面影も見える。よって、俺は瞬時に英語を選択する。
「な、ないすちゅーみーちゅうー??」
中学にして英語を諦めた俺にとって、それが精いっぱいの欧米式挨拶だった。
爺さんは何か得体のしれない物体を見るかのような視線を送る。俺の足元から頭の先まで、舐める様にじっくりと。
「……お前さん、何言ってんじゃ?」
「あれ? 日本語?」
「ニホンゴ?」
「い、いや……何でもないです……」
(通じるのかよっ!!!)
壮大な肩透かしを食らった気分だ。しかし日本語が通じるとなると、ここはやはり日本なのだろうか……
「あの……ここ、何県ですか?」
「ナニケン? 何じゃそれ?」
「へ? 県ですよ県」
「ケン? 食い物か?」
「いや違うから!!」
「食い物じゃないケン?」
「そうそう……」
「ワシは武器屋じゃないぞ」
「そっちの“剣”でもないです!!!」
(……は、話にならん。もしかして、県を知らない? ということは、やっぱり日本じゃないのか? どんだけ日本語が浸透してるんだよ……)
取り敢えず、ここが日本である線は捨てるとしよう。
やはり海外だ。日本じゃない。
……初めての海外を、こんな形で迎えるとは……
当然だが、親父達は普通に海外に行っている。俺が置いていかれてただけだ。改めて、俺と親父達の溝を感じてしまった。
「……あの、この国は何て言う国なんですか?」
「ああ、国の名前を聞いとったんか……
ここはな、セントモル公国じゃ。お前さん、知らんかったのか?」
「セント……?」
(聞いたことねえな……)
「どの辺りにある国なんです?」
「なんじゃ、本当に何も知らんとは……いったいどこから来たんじゃ………」
「日本ですよ。日本」
「ニホン? 聞いたことないのぉ」
少しだけ、日本人としてのプライドが傷付いた。日本は世界的に有名だと思っていたのに………
(……世界って広いな)
世界の広さを染々と実感する俺に、爺さんは更に続けてきた。
「ここはの、ジェノスロスト帝国の南西、レギオロス諸国連合の真北に位置する、“勇者”リヒト様の御加護を受ける国じゃよ」
「へえ…………」
(全く分からねえ…………ん?)
「爺さん、今、“勇者”とか言わなかったか?」
「言ったが、何を驚いた顔してるのじゃ? 当然じゃろ……」
「いや、当然って…………」
(勇者? 勇者って、あの勇者?)
戸惑う俺。当然だろ? いきなり真顔で勇者とか言われてもな……
何かの通称か?
そんな俺の様子を見て、爺さんは溜め息をついていた。
「……お前さん、本当に何も知らんのぉ。いったいどんなとこに住んでいたんじゃ」
「いや……あ、ありがと爺さん!!!」
何かを疑い始めた爺さんの目を見て、俺は取り敢えず立ち去ることにした。不法入国とか言われかねない。
「ちょっと待ちなさい!!」
「な、何ですか?」
「お前さん、余りにも知らなさすぎる。どこから来たのかを聞こうとは思わん。しかしの、この村の村長として、今のお主をこのまま帰せん。無知は、時に命を脅かすものじゃ」
「は、はあ……」
(爺さん、村長だったのか………)
「……まさかとは思うが、“魔法”まで知らんのか?」
「ま、魔法…………」
(いよいよもってわけがわからん。村長も嘘言ってる様子でもないし……
勇者に魔法……とくれば、もしかして……)
「……まさか、魔王もいたり?」
「なんじゃ、知っとることもあったのか……」
「ま、まあ……」
(マジかよ…………)
何かの特撮会場? カメラはないが………
さっきから、中二病くさい用語が連続して飛び出してくる。ここまでこんな言葉をあっさり言うということは、普段から使っているか、本当に常識じゃないと無理だ。真顔では言えない。恥ずかしすぎて悶絶するだろう。
(……てことは、もしかして、ここって…………)
「村長、この星の名前は?」
「ホシ?」
「ああ、ええと………この世界の名前は?」
「……お前さん、もしかして記憶喪失か何かか?」
「そ、そうなんです!! 実はいっさいがっさい何も覚えてないんですよ!!」
そういうことにした方が、都合がいい気がした。
「やっぱりの……魔王との戦いの被害者か……可哀想に……」
村長は涙を流し始めた。その涙を見て、凄まじい罪悪感に苛まれる。
(あああああ……ゴメンよ村長……)
「この世界はな、“エバーグリーン”という……
3人の勇者の加護を受ける世界じゃ。どうじゃ? 思い出したか?」
………俺は、確信した。にわかには信じられない。だが、現にここは全てが違う。俺の世界の常識が通じず、俺の世界の非常識が平然と存在し過ぎている。あまりにも。
だからこそ、全てを納得するには、たった1つの仮定を立てる必要があった。それは到底信じられないことだ。だが、そうじゃなければ説明出来ない。
そう、ここは………
(ここは………異世界だ………)