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深く刺さる言葉の刺

 厨房は、熱気に包まれていた。

 使用人たちは怯えながらその様子を見ている。

 グランとホルドマンは完全に目を背けていた。まるで、見るに堪えない“何か”を恐れるかのように……

 その理由は、聞かなくてもわかっていた。


 途轍もなく豪快な包丁捌きを見せるソフィア。力の限り包丁を振り下ろし、目の前の食材は一刀両断されていく。


(皮、剥かねぇのかな?)


 その様子は、俺の不安をひたすらに増幅していく。


 せめて死なない程度のものを食べたい。

 そんな淡い期待をもって、今度はサラの方に目をやった。


(サラは大丈夫だろう……)


 何となく、イメージ的にそう思った。

 思ったんだけどな………


 鍋の前でほくそ笑むサラ。目の前にはデッカイ寸胴鍋が。グツグツと煮えたぎるお湯からは、紫の水玉模様がある得たいの知れない生物の脚が飛び出していた。

 それをお玉で笑いながらかき混ぜるサラ。もやは黒魔術の儀式にしか見えない。


(……ここ、厨房で、これ、料理対決だよな?)


 そう疑いたくなるほど、厨房からは本来であればあり得ない音が聞こえていた。


 ガッチャン ドッカン

 ガンガンガンガン……


 工事現場のような音が永遠と聞こえてくる。昔テレビで見たマグロの解体ショーの方がよっぽど優雅に見えてしまう。


「うおりゃああああああ!!!」


「フフフフ……フフフフフフ………」


 気合の叫び声を上げるソフィア。

 不気味に笑い声を漏らすサラ。

 とにかく、凄まじく怖い。俺の知ってる料理ってのは、黙って、素材と向き合いながら調理を進めるのだが……

 向き合うと言うより、蹂躙しているように見える…… 


 そんな2人の様子を見て、とりあえず現状を確認してみることにした。


「……なあ、お前らって、料理作ったことあるのか?」


 まずはソフィアが、歯を食いしばりながら答える。


「あ!? ねえよ!!!」


(……ダヨネー。そうだよねー。聞くまでもなかったよ)


 そしてサラは、そんなソフィアの言葉に一笑した後、自慢げに語る。


「私はあるぞ。というより、料理は私の趣味だ」


「おお! 本当か!!」


 少しだけ安心した。ある程度下手でも、何度か作れば自然と食べられる味に落ち着くはずだろう。


「ああ本当だ。以前、騎士の宿舎で仲間に振舞ったことがある。皆感動してくれたよ。

 ……でも、よほど疲れていたのか、一口食べたらその場で全員眠り込んでしまってな。いくら起こしても起きないから大変だったよ」


 ピシッという何かにヒビが入る音が聞こえた。

 期待を持っていた自分の何かが、音を立てて崩壊し始めた気がする。


「……サラさん。もしかして、その後、作ろうとしたら止められなかった?」


「よく分かったな。皆遠慮して、作ろうとしたら稽古を始めたり、私に用件をお願いしたりしてきたんだよ。……まったく、遠慮なんてする必要はないのにな」


(サラ、それ、遠慮じゃない……)


 それは護身。身を守る術。窮地からの脱出…… 


 しかし、今の俺には最大のヒントとなった。


(先人の知恵、しかと受け止めた)


 まずは料理という名の絶望が完成するまでの時間を調べる。


「……あと、どのくらいで出来そうなんだ?」


「あと半刻くらいだよ!!」


「私もそのくらいだ。フフフ……」


(いちいち笑うなよ。コエーって……)


 半刻……つまり約15分ってことか……

 あと15分で、俺はこの場をエスケープすることにした。



 ~作戦その1『仮病』~


「……何だか、体調が悪くなってきたな……」


 俺は気怠そうに呟いた。

 これならば、普通なら心配くらいするだろう。


「本当か大志!!」


「ああ、本当だ……」


 それを聞いた瞬間、ソフィアは瞳をさらに燃え上がらせた。


「だったら、体力付く料理にしないとな!!」


「え? ちょっと……」


 ソフィアは新たに不気味な野菜(?)を取りだし、無惨に切り刻み始めた。相変わらず皮は剥かない。


(おいおい、ちょっと待てって……)


 俺の予想とは真逆の発想だった。次々とぶつ切りされる何か。奴らの悲鳴が聞こえてきそうだ。



「フフフ……これで、元気になれるぞ……」


 背後から、サラの声が聞こえた。

 恐る恐る振り返り、サラの手元を注視すると、これまた見たこともない草やら生物をヒョイヒョイ鍋に投入していた。

 鍋からはモクモクと緑色と青色が混じった煙が立ち上ぼり、鼻には仄かに刺激臭のような香りも漂ってくる。


(悪化したああああ!!)


 ……作戦その1、失敗。



 ~作戦その2『替え玉』~


 このままいけば、おそらく彼岸へ直行することだろう。

 よって、俺は代わりに誰かを生け贄に差し向けることにした。

 その人物の反応を見れば、おそらく2人もその危険性に気付くだろう。

 ここは手堅くグラン辺りでも…………


(……あれ?)


 気が付けば、料理をする2人と俺以外厨房は誰もいなくなっていた。

 どうやら、サラの謎の煙を見た瞬間逃亡したようだ。

 ……俺を、生け贄にして。


(出遅れたあああ!!!)


 ……作戦その2、失敗。



 ~作戦その3『味見』~


 もちろん奴らにやらせる。自らの出来映えを自ら試させ、現実を教えるのだ。

 そうすれば奴らも気付くはず。


(……ていうか、一度も味見しないってどうよ)


 そんなことを思いつつ、とりあえず声を――


「大志!! 出来たぞ!!」


「私も完成だ!!!」


 俺の思考を遮断するかのように、2人の声が誰もいない厨房に響き渡る。


(お、遅かったか………)


 俺は、椅子に座ったまま、肩を落とし項垂れることしか出来なかった。


 ……作戦その3、始まる前に失敗。





 ~~~~~~~~~~





 テーブルに座る俺。目の前には料理“らしき”物体が存在していた。


 向かって右側はソフィアの料理。

 実に豪快な料理だ。皮そのままのぶつ切りした食材が、さっとお湯に通され、黒くてドロドロした液体がかけられている。

 強いて言えば、風呂吹き大根みたいにも見える。

 何万倍も危険に見えるが………


 左側はサラの料理。

 何と言うか、鮮やかだ。名付けるなら、“レインボー鍋”。七色に次々と変化させていく。化学物質でも入ってるのだろうか……

 もしかしたら、得たいの知れない食材(??)同士が化学反応を起こしたのかもしれない。


 とにかく臭いが強烈だ。2つの奇跡の料理から出る香りが空中で融合し、ハウリング現象のように共鳴しているのかもしれない。


「おいサラ。お前の料理臭いぞ。大丈夫なのか?」


「貴様のこそ凄まじい臭いがしてるぞ。ちゃんと料理の基本を守ってるのか?」


(お前ら2人とも同罪だよ………!!!)


 なぜ作ってる最中に臭いに気付かないのか分からない。

 集中し過ぎて分からないのか?

 ……耳鼻科への受診を推奨する。


「さあ食え!!」


「判断してもらおうか!!」


 2人が料理を俺の目の前にズイッと押しやる。近くに来ると、なお強烈だった。臭いだけで気を失いそうだ。


 たじろぐ俺に、2人はキラキラ輝くような視線を送る。俺に何かを期待するかのようだった。


(……クソッ)


 俺は、静かに料理にスプーンを伸ばす。




「――――!!!」


 突然、電磁フィールドに反応があった。


 俺は椅子を蹴って立ち上がる。

 数は多数。武装もしている。

 たくさんの気配が、城の周囲を取り囲んでいた。


(……人間界の兵だろうな)


「大志、もしかして………」


「……来たのか?」


 2人は俺が感じたものを理解したようだ。

 表情を険しくさせ、俺の顔を見る。


「ああ………今度は、団体さんで来やがった」


 ピリピリと空気が締まり始める。

 そんな空気を吹き飛ばすように、叫んだ。


「ソフィア!! グラン達を呼んでこい!!

 それと、使用人達の避難を誘導しろ!!」


「わ、わかった!!」


 ソフィアは慌てて部屋を飛び出す。

 残されたサラは、どこか戸惑う表情をしていた。

 このままいれば、反逆者として罵られるかもしれない。彼女の騎士としての誇りは失墜し、下手すれば国にいるであろう家族にも迷惑がかかる可能性もある。


「……サラ、お前はこのまま元の軍に戻れ」


「……え?」


「今から奴らを迎え撃つ。その混乱に乗じて、人間界の兵に駆け込むんだ。

 “捕虜として捕らえられていた”ってな。悪いようにはならないだろう」


「……しかし……」


 何を躊躇してるのだろうか。危険なく元の国に帰ることが出来るかも知れないのに。


「グダグタ考えるな。もう一度言う。元の軍に戻れ」


「………」


 何も答えないサラ。

 俯いたまま立ち尽くすサラの返事を待つことなく、部屋を飛び出した。


「数が多いな……」


 廊下を走りながら、そう呟く。

 殺さずに防ぎきれるか分からない。


 サラからの警告が頭の中で再現される。

 それまで忘れていたはずの、心に刺さった言葉の刺は、なぜか徐々に深く刺さっていく。


(……それでも、俺は!!)


 そう強く思いながら、自然と体に力が入る。


 殺さず、殺されず、殺させない………


 俺はそう出来ることを、目に見えない何かに懸命に祈っていた。

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