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心の弱さ

 ここは、城の中。そう、いつもの城だ。

 その中で、俺は少しおかしな状況に見舞われている。

 城内の使用人たちは口を手で覆いながらザワザワとどよめく。

 グランはひたすらに顔をひきつらせる。ホルドマンは凄まじく哀れむような表情をしながら、可哀想なものをみるかのような視線を俺に送り続けている。ムウは、たった一言だけ残してどこかへ行ってしまった。


「………臨終」


 臨終……終わりに臨む。確かに、ピッタリかもしれない。

 俺の生命は、一歩一歩終わりに向かっていた。


「……サラ、魔族の力、見せてやるよ」


「フン、人間の力を舐めるな。貴様なんぞ、私の足元にも及ばない」


 火花を散らすサラとソフィア。睨み合う視線の交差点ではバチバチと見えない光が音を立てているようだ。

 そして、そんな2人の間には俺。用意された椅子に小さく座り、頭を抱える。


(何でこんなことに……)


 頭の中は、それでいっぱいだった。その原因は、俺にある。全て俺の責任だ。

 だからこそ! 頭を抱えることしか出来ないのだ……


「……なあ、別にもういいだろ? どっちにも良さがあってだな……」


「大志は黙ってろ!!」


「これは私たちの戦いだ! 口を出すな!!」


「……はい」


 2人の迫力は、想像を絶するものだった。なぜか、とても勝てる気がしねえ……


「そろそろいいかのぉ……」


 ホルドマンは、目を瞑り呟いた。俺からの助けを求める視線と目を合わせないようにするためなのだろうか……


「それでは、姫様対捕虜による、“料理”対決を開催する!!」


 ……ことの発端は、2時間程前に(さかのぼ)る。





 ~~~~~~~~~~





「腹減ったな~。そろそろ飯時かな……」


「大志、みっともないぞ。もう少し品格を持てないのか」


 城の中の廊下を歩く俺とサラ。時間はもうすぐ正午を迎える。

 城内の廊下には、どこからともなく料理の美味しそうな匂いが漂っている。廊下を行きかう使用人の足取りはどこか小走りで、間もなく昼ご飯が出来ることを教えてくれているようだ。

 当然俺の腹は、そんな匂いと光景にすでに臨戦態勢となっている。警備のため城の周囲に常に電磁フィールドを張っているから、余計に腹が減ってくる。


 ……あれから1日経ったが、サラ以外の追手は来てない。そもそも、人間界側も人数を集めるために時間がかかるだろうから、それは当たり前なのだが……

 やはりそれなら、なぜサラをたった1人で俺の元へ向かわせたのかが分からない。

 サラを捨て駒に何かの策を? それとも、端っから俺がサラを殺さないことを予知し、スパイとして手元に置かせるため?


(いや、もうやめとこう)


 それまで散々考えたことだ。だけど、一向に答えが出る気配はない。それなら、俺に出来ることは、ひたすらに周囲を警戒することだけだ……


 とりあえず、疑惑の一つは解消しておきたかった。ダメ元で聞いてみることにした。


「なあサラ、お前、スパイなのか?」


「……そういうのは、普通本人には聞かないことだと思うぞ?」


 サラは、溜め息を出しながら言葉を返す。今にも心の中の“コイツ、バカか?”という声が聞こえてきそうだ。


「いや、ダメ元で聞いただけなんだ。気にするなよ」


「仮に、私が本当はスパイだとしよう。

 “いいえ違います”と言えば、お前は信じるのか? “はいそうです”と答えれば、お前は私をどうするんだ?」


「……そういうわけじゃないが……」


 サラは真剣な表情で立ち止まり、振り向く俺に向け少しだけ声に力を入れて話してきた。


「何か分からないことがあった時、むやみにそれを口にしたり、容易く人に言うな。それは、付け入る隙を自ら作るきっかけにもなる」


「あ、ああ……」


「大志、貴様は確かに強い。だが、貴様は決して戦士ではないし魔王でもない。甘すぎるんだ。全てが。

 戦士とは、常に隙を見せてはならない。王とは、時には冷酷な判断も必要となる。

 甘いことが全て悪いとは言わない。だが、それが全て正しいことは決してない。優しさ、情の深さ……色々な言い方があるが、その根本にあるのは変わらない。甘さは、心の弱さだ。

 特に魔王――魔界の王を名乗るのであれば尚更のこと。貴様が甘さに流されれば、それだけで民を危険に晒し、自らを追い詰めることにもなる。

 どれだけ理不尽でも、どれだけ恨まれても、王は、それら全てを背負い国を守らねばならん。

 ……大志、甘さに呑まれるなよ」


「………」


 サラの言葉は、俺の胸に突き刺さった。

 人間も魔族も守りたい。その想いは疑ったことがない。だけど言われた通り、今の俺は甘すぎる。それがいつか取り返しのつかないことになるかもしれないと思うこともある。

 だけど、俺は人は殺したくない。理不尽に人を傷つけたくない。力ある者は、全てを守る責任と義務があると思う。そんな義務や責任を放り投げて、自分の思うままにするのは嫌だ。


(それが、甘いってことなんだろうけどな)


 自分の思いに、肩を落としてしまった。


 そんな俺を見たサラは、少しだけ迷う表情を見せた。そして咳払いをした後、俺の横を通り抜け、先を歩き始めた。



「……もっとも、貴様のその甘さで生かされている私が言えたことではないがな……」

 

 俺の前で、サラは小さく呟いた。それはサラなりのフォローのようだった。少し照れ臭そうに無駄に咳をしている。



(……お前も甘いじゃないかよ)


 そう思ったが、それとは対照的に、俺の表情には自然と笑みが出ていた。

 どうやら、俺はサラの言葉に少しだけホッとしたらしい。サラの不器用なフォローは、心に刺さる棘を少しだけ引き抜いてくれたような気がした。



「大志!! 飯の準備が出来ただってよ!!」


 廊下の奥から、ソフィアの声が聞こえた。その方向を見ると、ソフィアは俺に手を振っていた。


「おう! サンキュー!!」


 俺は小走りでソフィアの方に駆け寄る。そんな俺にサラも続く。


「今日の飯は、魔界豚の漬け焼きらしいぞ」


「おお! 美味そうではないか!!」


 はしゃぐ俺の隣で、サラはどこか怪しんだ目をしていた。


「……それ、美味しいのか?」


 その言葉が、サラの心情を示してるように思った。確かに、サラがパン以外を食べるのは、この飯が初めてだ。生粋の人間界の住民であるサラにとって、魔界の飯はまさに未知との遭遇なのだろう。


「当たり前だ。人間界にはない味なんだ!!」


 ソフィアは胸を張って自信満々に話した。確かに魔界の飯は美味い。人間界、俺のいた世界となんら変わりない。美味いものには国境はないという言葉を聞いたことがあるが、美味いものには全空間共通なのかもしれない。


 ……そこで、素朴な疑問が一つ浮かんだ。特別深い意味はなかった。何気なく、言っただけだった。



「……魔界と人間界の料理って、どっちが美味いんだろうな……」 



 しかしその一言は、まさに地雷だった。

 ソフィアとサラの顔がピクッと動いた。そして、2人一斉に声を揃えて断言した。


「魔界の料理に決まってる!」

「人間界の料理に決まってる!」


 その瞬間、2人は睨み合いを始めた。ソフィアは腕を組み、サラをガン付けるように睨みつける。サラは右手を腰に置き、冷たい視線で見下す。


「……サラ、寝ぼけたことを言うなよ? 魔界の料理こそ、このエバーグリーン最高なんだよ」


「それは初耳だな。人間界の料理は、魔界のとは別次元のものなのだがな……」


 怖いくらいの殺気を感じる。両者譲れない想いがあるようだ。

 それぞれの看板を背負うように見える両者は、激しい視線と視線の撃ち合いをしていた。決して目を逸らすことはない。ただひたすらに、相手の射殺すかのように視線を送り続けていた。



「……おい、2人とも一旦落ち着いて――」


「――決着、付けるしかないな」


「――そうだな。魔界の者たちに、分からせないといけないな」


 そう言った2人は急に俺の腕を一本ずつ掴み、ズルズルとどこかへ引きずり始めた。


「え? ちょ、ちょっと?」


 何か、言いようがない恐怖を感じる。身の危険を感じる。このままどこかへ逃げて行きたい……そう、思ってしまう。


 俺は、無言で俺を引きずる2人に、おそるおそる質問をしてみた。



「……あの、どこに行くんでしょうか……」


「厨房だよ!!」

「厨房だ!!」


「何をしに?」


「勝負だよ!!」

「勝負だ!!」


「ああね……なぜ俺まで?」


「審査員だよ!!」

「審査員だ!!」


 2人はひたすらに声を揃えていた。この2人、双子じゃなかろうかと疑ってしまう。



 そして俺は、そのままズルズルと暗闇に包まれた負の空間――厨房に、強制連行された。




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