水流の騎士
「魔王須藤大志!! 姿を現せ!!」
城の外から、声が聞こえてきた。
声の感じから、女だ。
(俺を魔王って呼ぶなら、やっぱ人間界の奴かな……)
そう思うと、溜め息が出てしまう。それでも、このまま無視するのも魔王としてどうかと思うので、とりあえず城の外に出た。
「!! ……来たな、魔王!!」
その女は、俺の姿を見るなり、俺を鋭い目で睨み付けた。
「アンタは?」
その問いに、女は一歩前に出て、高らかに言う。
「私は、レギオロス諸国連合の騎士、サラ!!
……貴様に、決闘を申し出に来た!!」
その女は白いコートと動きやすそうな白い鎧を着ていた。髪は青く長髪で、髪を布で2束にまとめ、背中に垂らしていた。恐ろしく美人な容姿とは違い、その瞳は強い意志を持つように力強く輝いているように見えた。
「決闘?」
「そうだ!! 私以外には誰もいない!!
魔王!! 私と戦え!!」
女――サラは、腰にかけた剣を鞘から抜き、その刃先を俺に向けた。
「……たった1人でこの俺に挑むとはな……舐められたもんだ……」
(あれ? なんか悪役っぽくね?)
「私は、貴様に勝つ!! そして、人間界に本当の平和をもたらす!!」
(アイツの方が、なんかカッコよくね?)
少しだけ羨ましくなった。
「……分かった分かった。で? 何するんだ?」
「何って……だから、決闘だ!!」
「いや、そうじゃなくて、決闘って何するんだ?」
「何って、戦うに決まってるだろ!!」
「シバキ合えばいいのか?」
「し、しばき?」
「あ、分かんねえか……ケンカってことだよ」
「き、貴様!! 神聖な決闘の申し出を、け、ケンカだと!!??」
何だかとっても怒り始めてしまったサラ。手を必死に握り締め、俺に向ける刃先がプルプル揺れている。
(何かマズイこと言ったかな……)
「許さない……許さない!!」
サラは俺に向かって駆け出した。
……俺は、まだ躊躇していた。さすがに女と戦うのは気が引けた。
「なあ、本当に戦わないといけないのか?」
「戦え!! そして、倒れろ!!」
「そんな無茶苦茶な……」
「黙れえええ!!!」
サラはその剣を俺に向け薙ぎ払う。体勢を低くし、それを紙一重で避ける。サラは返す刃で再度俺の首を狙うが、それも読んでいた俺は後ろに跳び距離を取る。
「ちょこまかと……!!」
距離を置いた俺に、サラはまたしても距離を詰める。
(しょうがねえな……)
距離を詰めると同時にサラは俺の体めがけ刃の先端を突いてくる。それを顔を逸らし避ける。
俺の顔の横を通る銀色の筋を横目に見ながら、力を込めるサラの顔を確認し、タイミングを合わせ握る右拳をサラの顔の前に置いた。
「―――!!」
「……まずは、一発だな」
「――な、舐めるな!!」
サラは剣を前方に突いたままの体勢で固まる体を逸らせ、俺の体に刃を向ける。剣が振られる前にサラの剣を持つ手を握る。
「な――!!」
「ちょっと痛ぇぞ」
そして強引にサラの体を放り投げた。
サラは土煙を上げながら地面を滑った。それでもすぐに体勢を立て直し、立ち上がる。サラが来ていた白いコートと白い鎧は、土で黄土色の汚れが付着していた。
そんなサラを見つめる俺に、サラは険しい顔で唇を噛み締めていた。
「もういいだろ……」
「……貴様、本物の化物か? この私が子供扱いとは……」
「化物なんかじゃねえよ。ただの、魔王だ」
その言葉を聞いたサラは、何かを決意した表情を浮かべた。
「……貴様を討つには、剣技だけでは不可能のようだ。悔しいが、貴様の力――魔王の力を認めざるを得ないな」
サラは、剣を空に向けた。
「――ならば、私は全てを尽くす!!」
サラは全身に力を込めているようだった。
そして次の瞬間、サラの足元から水が湧き出てきた。その水は、掲げる剣に蛇のように伸びながら巻き付き始めた。
「……魔法か?」
「そうだ。――私は、レギオロス諸国連合の騎士……
――水流の騎士、サラだ!!」
その言葉と共に、サラは剣を振りかざす。剣から放たれた水蛇は俺の体に向かい地を這うように迫る。
「うおっ!?」
俺は慌てて宙に飛び、それを躱す。しかし水蛇は俺の体を執拗に狙い続ける。
「くそっ!! しゃあねえな!!」
空宙でそれを躱し続けながら、サラに向け手をかざす。サラは何かに気付き、自分の周囲に水の膜を張った。
「そんな水くらい!!」
俺はかまわず雷を放つ。光は、一瞬にしてサラの体を包む。
「もういいだろ!! さっさと負けを――」
「――負けを、なんだ?」
雷に包まれたはずのサラから、余裕の声が聞こえた。
光が消えると、そこにはニヤリと笑うサラが立っていた。
「雷が――!!」
「水に雷を通させた。――もはや、貴様の雷撃は通じない!!」
その言葉と共に、呆ける俺の体の周囲を水が取り囲んでいた。その水は、次々と夥しい数の棘を形成し、俺を狙う。
(串刺しにする気かよ!!)
「……終わりだ、魔王。貴様は、確かに強かったよ」
棘は、サラの言葉を皮切りに、一斉に俺に向かい伸び始めた。
「――だから、舐めんなってんだよ!!!」
雷撃を周囲一帯に放出した。俺に向かう棘は次々と姿を消していき、やがて俺を包む水自体が気体となって消えた。
「なん――だと!!??」
驚きに目を大きく見開くサラ。俺はさらに全身に雷を帯びさせる。
「雷が届かないなら……直接打ち込むまでだ!!」
そして一気加速し、サラに突撃した。
「直接突っ込むつもりか!!??」
サラは自らの前に水の障壁を作り出す。
「無駄だあああ!!!」
「魔王おおおお!!!」
水の障壁と、雷そのものになった俺が衝突する。周囲には眩い稲光と激しい衝突音が響き渡った。
……パラパラと小雨のように水の欠片が降り注ぐ中、俺は立ち尽くしていた。
俺の目の前には、力なく地面にへたり込むサラがいた。
「……勝負、ありだな」
「はあ……はあ……」
サラは息が切れ切れになっている。顔を伏せながら、懸命に息を整えていた。
その手を見ると、土を力いっぱい握り締めていた。
「……なぜ、だ」
サラから、わずかに声が漏れた。
「ん?」
「……なぜなんだ!!」
叫びながら、サラは顔を上げた。その顔に余裕などは見えず、理解できないことを俺にぶつけるように、サラは叫び続けた。
「なぜ、それほどまでの力がありながら、魔族なんかに肩入れをする!! 貴様も人間だろ!! なぜ、貴様は魔族側にいるんだ!!」
「………」
「貴様は、人間か!!?? 魔族か!!?? どっちなんだ!!!
――答えろ!! 須藤大志!!」
「………」
(……俺、どっちなんだろうな)
俺自身、魔王だと宣言したのは成り行きだし、魔王がこの世界でどんな立ち位置にいるのかさえ分からない。
でも、勇者達の話には到底納得できないし、かと言って全面的に魔族を擁護するつもりもない。
人間を傷つけたくない。魔族だって傷つけたくない。
……それは、本当に甘いことだと思う。俺は、人間にも魔族にもなりきれない、余りにも中途半端な存在かもしれない。
(だけど……だけど俺は……)
「……俺は、人間でも、魔族でもないよ」
「そんな答えに、納得すると思ってるのか?」
「そうは思わないけどな。だけど、本当なんだよ。
サラ達が言う人間ってのは、魔族を無条件に憎むものみたいだしな。それには、なりたくない。
かと言って、お前らの敵にもなりたくないんだ。
だから、全部ひっくるめて救える世界を作ってみたい」
「甘い……甘過ぎる!! そんな夢物語、不可能だ!!」
「だろうな。だけど、それでも俺は、そんな世界を目指すんだよ。わがままに。どこまでも。
――俺は、魔王だから」
「………」
サラは、もう一度目を伏せ、黙り込んだ。
しばらくすると、疲れた声で話した。
「……そうか。それなら、もう何も言わない」
サラは全身の力を抜き、俺たちに投降した。