強襲
「姫様!!」
「姫様が帰ってこられた!!」
城の中は、歓喜の渦だった。
城内には意外とたくさんの人がいた。ほとんどが使用人だったり、どう見ても一般人だったりしたが、みんな、ソフィアの姿を見るなり彼女の元に駆け寄っていた。
この城で、ソフィアは人気者だった。
「……先程はすまなかった」
ソフィアを見ている俺の横には、いつの間にかグランが立っていた。
「ソフィア様の恩人とは知らず、あんな態度を取ってしまった……
許してほしい」
グランは深々と頭を下げていた。
仰々しく謝罪された俺は、何だか照れてしまった。
「……恩人って言っても、家来になってるらしいがな」
「家来?」
「そうそう。ソフィア助けたら、いきなり殴られて“家来になれ”だって凄まれたんだよ。
アンタには悪いが、とんでもないお姫様だよ」
もしかしたら、また怒り出すかもしれないと思った。
チラッとグランの顔を見ると、凄まじく驚いた表情をしていた。
かと思いきや、意外にも頬を緩め、優しく微笑んだ。
「……そうか。それは、驚いた」
「そんなに驚くことなのか?」
それを聞かれたグランは、表情を真剣なものに変化させた。
「……なぜ、ソフィア様が人間に捕らえられたか聞いているか?」
「聞いてない」
「そうか………ソフィア様はな、民のために、自ら捕まったんだ」
「自ら?」
「ああ。魔王様が倒れてから、この居城が人間側に把握されてな、ある日、人間は大群を率いてこの城に進軍してきたんだ。
当時城で戦えるのは、俺を含め数名程度でな。とても、勝てるものではなかった」
「こんな森の深くにあるのにバレたのか?」
「人間達は知らなかったさ。
……だが、当時の城の家臣の1人が、人間側に密告したんだ」
「それって、裏切ったってことか?」
「そうだ。ソイツは、人間側に取り入るために、同族を売ったんだ。
恥も外聞も捨てて、保身に走ったんだ」
(……えげつねえな)
「ソフィア様は愕然とされていた。信じていた家臣に裏切られたことに、大変心を痛めていた」
(ソフィア……)
「そして、家臣の失態は主人の責任と言って、止める皆を押し切り、人間の元へ投降したんだ」
「ソフィアが……」
「聞けば封印石を付けられていたそうだが、さぞや不自由だったことだろう」
「封印石ってそんなにマズイのか?」
「封印石は封魔の石。魔法はもちろん、その者の魂まで封印すると言われている。
一度身に付ければ、たちまち精神は闇に閉ざされ、ろくに話すことも出来なくなるそうだ」
(……それで大人しかったのか)
「家臣に裏切られ、人間にいいように扱われ……おそらく、地獄のような生活を送ったのだろう。
そんなソフィア様を思うと、俺の胸は張り裂けそうになる」
「……それは、分かる」
「……だからこそ、とても驚いた。そんなソフィア様が、会ったばかりのお前を家来にしたことに。
お前はその意味をよく考え、そのことを自覚するべきだ」
「……肝に命じておくよ」
グランは、フッと少しだけ笑い、ソフィアの方へ歩いていった。
(ソフィアにとって、家来っていうのは特別な位置なのかもな……)
そう思うと、少し恥ずかしくなった。そんな自分を誤魔化すように、ほほを数回指でかいた。
「大志! ちょっとこっちに来い!!」
ソフィアは、手を振って俺を呼ぶ。
その表情は、輝くような笑顔だった。
そんなソフィアを見て、グランの話を思い出す。
俺もまた、胸が張り裂けそうになった。
「……今行くよ!!」
俺の声は、いつもより大きかった。そして、急ぎ足でソフィアの元に駆け寄り、何気無く、ソフィアの頭に手をポンと置いた。
「な、なんだよ!?」
ソフィアは顔を赤くして戸惑っていた。
そんなソフィアを見て、何だか微笑ましく思えた俺は、再びそれを誤魔化すように言う。
「何でもねえよ!!」
~~~~~~~~~~
城の奥に案内された俺は、とある部屋にいた。
窓から射し込む光で部屋は明るく、蝋燭に火を灯す必要はなかった。
その部屋の中央には丸い大きめの机が置かれ、それに座るのは俺とソフィアとグラン。それと、残り2人。
1人はかなりのご高齢のおじいちゃん。
白髪の長髪、髭は長く、眉も太く凛々しい。体格は割と小柄で腰は曲がり、杖も付いている。
だが、その老人からは得たいのしれない威圧感のようなものを感じる。
もう1人は小さな女の子。
年は俺の世界で言う中学生くらいだろうか……
緑色のサラサラとした髪は少しだけカールがかかり、肩まで伸びていた。表情は子供らしからぬほど無。ひたすらに無表情。少し眠そうな視線で俺をジッと見ていた。
ソフィアは、その2人を俺に紹介してきた。
「大志、この者達をお前に紹介したい。
まずこっちの爺は、ホルドマン。父の相談役だった者だ」
「お初にお目にかかる、ホルドマンじゃ」
声は、雰囲気とは違いかなりヨボヨボだった。
「そして、その子はムウ。私の世話役の1人だが、戦士でもある」
「………ども」
とても小さい声の挨拶だった。物静かな性格のようだ。
(ていうか、戦士ってマジかよ………)
「そして、グラン。戦士長だ。頼りになる男だ」
「改めて、グランと申す」
「あ、どうも……」
「皆、父の家臣だ。そして、アタシの家族でもある。
実に優秀で、アタシにはもったいないくらいだ」
ソフィアは、3人を見ながら話す。その表情は、とても柔らかいものだった。
「そんな姫様……もったいのうございます」
「………うん」
ホルドマンとムウは恥ずかしがりながら話していた。
(俺は、もったいなくないのか?)
「……それでソフィア様、話とは?」
逸れた話を戻すように、グランが切り出した。
それを聞いたソフィアも思い出したかのように話す。
「……そうだった。実は、皆に聞いてほしいことがあるんだ。
この大志という男、雷の先天魔法を使うんだよ」
「な、何と!!」
「………驚き」
「まさか……」
全員、驚愕で固まる。
「……しかも、人間の王と三剣勇者の前で、魔王を名乗ったんだよ」
「……何と」
「………バカ」
「愚かな……」
今度は全員、可哀想なものを見るかのような表情を浮かべた。
(上げて下げんなよ。ヘコむだろ)
「――そこで、だ。今後のアタシらの行動について、どうすればいいか相談したくてな。
……ホルドマン、何から始めればいい?」
ホルドマンは、長い髭を手で撫でながら長考した。
そして、口を開いた。
「……可及的速やかにすべきは、兵力の増強でしょう。
万が一、人間界の三大国家と三剣勇者が一度に攻めて来ることがあれば、いかに雷の先天魔法とは言え、勝てはせんでしょうな。
ならば、それまでにどれだけ兵を集めれるかが、一つのポイントになるかと」
「……だが、もはやほとんどの魔族は、爆炎の魔人と虚無の残影側についている。
いったいどれだけ集まることか……」
「………窮地」
「だよな…………」
俺を除く4人は、凄まじく暗い表情をしていた。状況は、かなりマズイようだった。
「……なあソフィア、1つ思ったんだが……」
俺が、思い付いたことを話そうとした瞬間だった。
「――――」
電磁フィールドに、何かの気配を感じた。
数は1人、武器も持ってるようだ。一直線に、この城に向かっている。
「……ソフィア、ここを動くな」
「大志?」
「グラン、ムウ、ホルドマン。ソフィアと城内の人の警護を頼む。
……おそらく、俺の客だ」
「敵なのか?」
グランは厳しい顔で確認してきた。
「まだ分からない。だが、武装してるところを見ると、あんましいい客じゃねえな………
とにかく、ソフィアを頼んだ。
……俺が行く」
「………ああ!」
俺は部屋の扉を開ける。
「――大志!!」
ソフィアは、そんな俺を呼び止めた。
振り返ると、そこには不安そうに瞳を揺らすソフィアがいた。
そんなソフィアに笑顔を向ける。
「大丈夫だって。――俺は、魔王だ」
「――うん!」
笑顔を取り戻したソフィアに軽く手を振り、城の外を目指す。
……1つだけ、気になることがあった。
だが、今はそれは後回しにしよう。
駆ける俺は手足に雷を帯びさせ、拳を強く握り締めた。




