神秘の森の姫君
魔界とはどんなところなんだろうか……
元の世界で俺はそんなことを考えたことがある。
血の池があったり、刺々しい岩や山があって、黒い雲が年がら年中空を漂う、そんなどんよりした世界。
その世界の獣は全てが獰猛で血と肉を好み、住民は好戦的で残虐非道。
それが、俺のイメージだった。
「…………」
今俺の目の前には摩訶不思議な生物がいて、鼻でクンクン俺の匂いを嗅いでいた。
見た目は、黄色い子豚。立派な渦巻き状の角が2本生えているが。
「こらジュリエッタ!! 知らない人の匂いを嗅いだらダメだって、いつも言ってるでしょ!!」
農作業をしていたオジサンがそれに気付き、慌ててジュリエッタなる子豚を抱きかかえ、俺に一礼した後どこかへ連れていった。
鼻をヒクヒク動かしながら連れてかれるジュリエッタ。
“プギープギー”という高い鳴き声が段々と離れていく。
(………)
一応、確認のため、ソフィアに聞いてみることに。
「なあソフィア」
「何だよ」
「……ここ、魔界だよな?」
「当たり前だろ? お前の魔法で海を渡ったんじゃないか」
「いや、でも………」
目の前には、何の面白みもない田舎の風景が広がっていた。
田畑には作物が実り 、そこに住まう耳が尖った人々はそれを収穫する。雲1つない青空は、陽光が優しく降り注ぎ、大空を綺麗な白い鳥が自由気ままに飛んでいた。
およそ、俺が考えていた魔界とは全然違う景色だった。
用心のため電磁フィールドを常にかけているのがアホらしいくらいに、実にのどかな風景だった。
「……何だか、平和だな。人も少ないし」
「ここは魔界でも僻地だからな。もっと行けば街があって、大勢の魔族が生活してるよ」
(生活、か………)
変わらない。全く変わらなかった。魔界だとか魔族だとか、どこか恐々しい名前で呼ばれているが、そこは、人間界と、俺がいた世界と全く同じだった。
そんな光景を見て、悲しくなった。
闘技場の街で、人々は魔族を化物と罵っていた。
だけど、いったいこの景色のどこに“化物”と呼ばれる所以があるのだろうか。魔法なら人間だって使えるし、見た目も違うところと言えば耳が尖ってるところだけだ。
見た目もほとんど変わらない。中身に至っては全く同じ。泣き、笑い、悲しみ、喜び……
なのに2つの種族は罵り合う。恨み合う。殺し合う。
それは、とても悲しいことのように思えた。
そんな思いを抱きながら、俺とソフィアは城を目指した。
~~~~~~~~~~
俺とソフィアは川のせせらぎが聞こえる森の中にいた。
木々は多いが、その枝の隙間からは光が溢れ、どこか幻想的な光景だった。
「着いたぞ」
そんな森の中で、ソフィアは立ち止まった。
「……ここは…………」
俺とソフィアの目の前には、確かに城があった。
少し小さな白い城。壁にはヒビも入り、植物の蔓が絡み付いている。旗もなく、音も聞こえない。
不思議な雰囲気の森にひっそりと佇む城は周囲の景色と同化し、その外壁に照らされた光は白い光を反射する。
その城は、神秘的だった。
「大志、中に入るぞ」
俺を置いてとっとと中に入るソフィア。
「あ、ああ 」
ソフィアに導かれるように、俺は神秘の城に足を踏み入れようと――
「――!!」
電磁フィールドに何か反応があった。
「何者だ!!!」
突然叫び声と共に、空から人が降ってくる。そして、着地と同時に剣を降り下ろす。
俺はそれを避け、一旦距離を置いた。
相手は、魔族の男だった。茶髪のオールバック、動きやすそうなウェアを来ていた。
相手は更に剣を構え、俺に向かって叫ぶ。
「貴様、人間だな!? 何をしに来た!!」
「……いや、ソフィアに連れてこられて――」
「ソフィア様だと!?」
その言葉を聞いた男は、ワナワナと震え始めた。
「………貴っっっ様ああああ!!!」
男は怒り狂い、その猛る心に身を任せ、俺に突撃してきた。
「ソフィア様に、何をした!!」
「ちょ、ちょっと落ち着けって……」
「黙れえええ!!!」
男は俺の呼び掛けに応えることなく、剣を何度も何度も俺に降り下ろす。降り下ろされた刃は閃となり、一瞬の迷いもなく俺の体を、頭を、首を狙い続けた。
だが俺は電磁フィールドを使いそれを避け続けていた。
「チッ!!!」
男は触れることのない刃を見て舌打ちをし、後ろへ跳ぶ。
そして手を空に向け、力を込め始めた。
(魔法か!?)
「はああああ……!!」
掛け声とともに、その手の上には黒い光の塊が集まり始める。
その塊の周囲の景色は歪み始めた。
(……何の魔法だ?)
「いくぞ!!!」
男は、前のめりになって、足に力を込めている。今すぐにでも、突っ込んで来そうだった。
「クソッ!!」
仕方なく、俺も手足に雷を帯電させ、相手の攻撃に備える。
男は更に上体を屈めた。そして足を踏み出す。
「――止めろグラン!!!」
――と同時に、城の方から叫び声が響いた。
「――!!??」
男――グランは足を止め、その方向に目をやる。そして俺も視線を送る。
そこにいたのは、ソフィアだった。
「ソフィア様!!」
グランは喜びの表情を浮かべ、剣を鞘に納めるや否や、ソフィアに駆け寄った。
そして、ソフィアの前で跪き、涙を浮かべた。
「………ソフィア様。よくぞ……よくぞご無事で……」
「心配かけたな、グラン」
そんなグランを、優しく表情で見つめるソフィア。
ソフィアは、普段とは何か違う雰囲気だった。
「……ソフィア、そいつはいったい……」
「――貴様!!」
俺の言葉を聞いた瞬間、再びグランは俺に詰め寄った。
「ソフィア様を呼び捨てにするとは!! 無礼者めが!!
――ソフィア様は、この魔界の姫君であらせられるぞ!!」
「………魔界の姫?」
(まさか……いやいや、あり得ない。ないない)
少しぶっ飛んだ予想をしてしまった。
しかし、このグランの言動を見れば、そういう結論に達してしまうわけで………
「ソフィア、まさかお前…………」
ソフィアは、少し困った顔で微笑んでいた。
そして、言葉を口にする。
「隠すつもりはなかったんだけどな……
魔王は、アタシの父なんだ」
「…………」
本当にお姫様だった。
お姫様。ご令嬢。プリンセス………
(……プリンセス、ソフィア?)
「嘘おおおおおお!!??」
静かな森な中、小鳥の囀りと揺れる葉の音。
そんな森に、俺の悲鳴は響き渡っていた。