三剣勇者
セントモル公国の首都、聖都グランレイ。
この国の全ての中心であり、この国の始まりの地でもあるらしい。
らしいと言うのは、本来俺は知るわけもなく、知識は全て村長の受け売りだからだ。
村長によれば、そもそもこの国は、昔はジェノスロスト帝国の領地だったらしい。だが、ジェノスロスト帝国とレギオロス諸国連合が戦争になった折、当時のこの地区の代表者が帝国に反乱を起こし、見事成功。その代表者が国王となり、セントモル公国と名乗ったのだそうだ。
それが、約150年前の話。つまり、この国はまだ出来たばかりの国と言えるのかもしれない。
国発足当時から盛んだったのが、魔法を使った造形術らしい。この国の魔術師は、どうも器用な者が多いらしく、鉱石を使った細工品だとか、岩を使った建物の作成だとかを積極的に他国に売り、国益を伸ばし続けてきた。もちろんジェノスロスト帝国とはあまり仲がよくないが、帝国側も台頭してきた大国相手に商売しないわけにもいかず、注意深く牽制し合いながらも公国との貿易を始めた。
そして公国は、今やジェノスロスト帝国、レギオロス諸国連合と並ぶ三大国家の一国にまで昇り詰めたという。
それも、首都の様子を見れば、それも納得する。
まず、建物が圧倒的に多い。そしていずれも高い。等間隔に区間分けされた状態で建物が立てられている。高層ビルのような建物ばかりだが、日本と違い、全て石で出来ているから驚きだ。
建物に繋ぎ目はない。全て一枚岩を加工されたように出来ている。おそらく、これも魔法によるものなのだろう。
次に、人が桁違いに多い。幅員が凄まじく広い大通りに人がみっちりと詰まっている。街の端から端まで人、人、人。こんなに大勢、いったい何をしているのだろうか。毎日何か祭りでも開催されているのだろうか。
人が多いところが苦手な人なら、おそらく1分も持たないだろう……
……ちなみに、俺はもう既に限界が近い。見てるだけで具合が悪くなってきた……
「……おい大志、大丈夫か?」
「な、なんとか……」
……やっぱ無理。限界。
色々紹介したいものは多い。バカみたいにデカい図書館とか、何とも珍妙な骨董品が集まる怪しい店とか、様々なギルドが集まるギルド本部とか……
だが、ここは涙を飲んで、さっさと目的地に行くとしよう……
街に着いた時に待ち構えていたフードの男に言われたが、俺たちが向かうべきは、国立聖礼議場という建物らしい。
そこは国際会議だとか公国の議会だとかが行われる政治の中心地、つまりは日本で言う国会議事堂みたいなもの。
しかし、まさか元の世界でニートの俺が、そんな国の中枢部に足を踏み入れるとは……
親父たちが知ったら、泡を吹いて倒れるだろう。
だんだんと建物が見えてきた。それは仰々しいくらいに立派な建物だった。
真っ白な外壁。幾重にも並べられた建物。そして一番高い塔の頂上には、剣と盾が描かれた赤い旗が立てられ、風を受け靡いていた。おそらく、この国の国旗だと思う。
「……うわぁ」
実に神々しいその佇まいに、自然と口から声が漏れた。やはり、俺とは到底無縁過ぎる場所だ。
「何してんだよ。さっさと行くぞ」
ソフィアは、そんな建物に一切動じることなく、とっとと中に入っていく。度胸は、相変わらずのようだ。
そんなソフィアに感心しつつ、俺も建物の中に入って行った。
~~~~~~~~~~
中は、これまた無駄に広かった。
道路と間違うほどにデカい通路と、数えきれないほどの部屋。そして、中にはつい見惚れてしまうほど綺麗な庭園まであった。壁の至る所には国旗が掲げられていて、白い甲冑を着た兵士がたくさん往来していた。
俺たちはローブを着た女性に案内されて歩いているが、もし自分たちだけで歩いたら、目的の部屋に着くまで迷いまくり、おそらく数時間はかかるだろう。
しばらく建物の中を歩くと、その部屋に辿り着いた。そこは、巨大な石の門がある部屋だった。高さは3メートルはありそうだ。巨人でもいるのだろうか。
案内の女性がその扉に掌をかざすと、門には青く光る紋章のような模様が浮かび上がり、扉は、重々しい音を立てゆっくりと開いた。
(……これも、魔法の一つなんだろうな)
俺は、今日一日で一体いくつ感心してしまったのだろうか……
開かれた扉の中は、広々とした空間が広がっていた。
石の隙間から射し込んだ日の光は、どこか神々しく見える。その光に照らされた部屋の中央には、四角のテーブルがあり、そこには、椅子に座る3人と、部屋の机の俺のいる位置の対面、窓の傍、壁際に立つ3人がいた。
椅子に座る人はそれぞれ違う格好をしていたが、立つ人は、皆同じ服を身に纏っていた。上下真っ白な服。襟が立ち、長いスカートのような裾がある服。一番近いのは、そう、修道服だ。
部屋の中を見渡していると、机の対面に立つ白い服を着た男が話し出した。
「初めまして、スドウ・タイシ。大志でいいかな? 今日はよく来てくれたね。
――僕は、この国、セントモル公国を加護する勇者、リヒト。よろしく頼むよ」
実に爽やかな挨拶だった。
そこそこ長いサラサラとした金髪、女性と見間違えるほどに綺麗に整った顔立ち。細い眉に優しそうな瞳。身長も中背でモデルのような体格だった。声は透き通っていて、俺に向ける笑顔はキラキラと光輝いているように見える。
まさに勇者。ザ・勇者。鉄板的な勇者。見るからに勇者だった。確かゲームでもこういうヤツいたような気がする。まさか実物を目の当たりにするとは……
「ど、どうも。俺は……」
「ああ、キミたちの自己紹介は必要ないよ。ある程度“知っている”からね。
代わりに、こっちの方を紹介するから」
そう言って、リヒトは、自分の隣に座る女性の背もたれに手を掛けた。
その女性、凄まじく美人だった。身を包むローブは、他とは比べ物にならないほどの気品と輝きを放っている。長い金色の髪には艶があり、触り心地が良さそうだ。整いすぎたその表情は笑みをこぼしており、見ているだけで引き込まれそうになる。
特徴的なのが、その額に刻まれた紋章だった。それは、この部屋の入り口で見たのと同じものだった。
「――彼女は、このセントモル公国の皇女、ミネルヴァだ」
「よろしくお願いしますね」
めちゃめちゃ綺麗な声だった。ヤバい。声だけでホレそう。
……しかし、皇女って言うくらいだから、女王のことなのか?
そんな女性を呼び捨てにするとは……
(さすがは勇者だ……ていうか、それでいいのか?)
「次に、キミから見て右に座る御方」
そこに目をやると、何ともゴツいオッサンがいた。
頭から足まで赤い西洋風の鎧、緑色のマント。太い黒色の眉毛と鼻の下には整えられた黒いヒゲ。眉間にシワを寄せ、腕を組みながら俺の方を睨んでいた。
「その御方は、ジェノスロスト帝国の王、アレクサンドロス三世閣下だ」
「…………」
全く何も話さない閣下。むしろ俺を睨み続ける。何か言いたげに。
(何だよ。言いたいことがあるなら、後で付き人にでも伝言を頼んでくれ。面と向かって話すと疲れそうだし……)
「そして、キミから見て右にいるご老人は、レギオロス諸国連合の統括代表、ネリウス殿」
「………」
その老人もまた、癖のありそうな人だった。
長い白毛の眉で視線は分からない。頭はハゲていて、仙人様のように上に長い。緑色の着物のような服を着ており、手には木製の杖があった。
爺さんは首を上下に振り、何かを合図するかのように………って、
(居眠りしてるだけじゃねえかあああ!!)
俺の心の中での壮大な突っ込みなんて知るわけもないリヒトは、その御三方にそれぞれ視線を送り続けた。
「彼らが、この世界の三大国家の長達だ」
(この人たちが……)
更にリヒトは話す。
「次に、“僕ら”を紹介しよう。
まず、今窓際にいる彼――」
そうリヒトが話すと、今まで窓の外を見ていた男が、こちらを見てきた。
かなりの長身だった。銀色の刈り上げられた短髪に、色黒の肌。ガッチリとした筋肉質な体格をしている。視線は鋭く、威圧感を感じる。
「……ダグザだ」
……どうも話すのが嫌いなようだ。名前だけ告げ、さっさと外に視線を戻した。
そんなダグザを見たリヒトは困ったような笑顔を見せた。
「すまないね。彼に悪気はないんだよ。ただ、少し寡黙なだけなんだ」
(それだけじゃない気がするが……)
「彼はジェノスロスト帝国を加護する勇者だ。
……次が彼女――」
壁際の女性が俺に微笑みながら手を振る。青く長い髪が特徴的だった。布のようなものにまとめられた髪は、右肩から前に垂れ下っている。その人もまた美人だった。そして、全てを包むような暖かい微笑みを浮かべていた。
「アンネイよぉ。よろしくねぇ」
(……かなりおっとりした女性だ。ダグザとは正反対だな)
「彼女は、レギオロス諸国連合を加護してる勇者だ」
そう話したリヒトは、ゆっくりと俺の方に歩いてきた。
「そして僕、リヒト。知っていると思うが、僕達3人は、“三剣勇者”と呼ばれている。
この世界の護り手、3つの剣。まあ、大げさな話だと思うけどね」
(コイツらが……勇者……)
「三大国家の代表、三剣勇者……これだけのメンバーが一同に揃うことなんて、滅多にあることなんかじゃない。それが、なぜこんなところにいるのか……
――答えは簡単だよ」
俺の前で止まったリヒトは、ニッコリと笑みを浮かべながら右手を俺に差し出してきた。
「大志、みんなキミに会いに来たんだよ。僕らには、キミが必要なんだ。
――僕らと一緒に、世界を救ってくれ」