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プロローグ

 25歳にして無職。結婚なんてしていないし、彼女すらいない。大学なんて行ってないし、地元のバカ高校を卒業した俺にいい就職先なんてあるわけもなし。


 まさにこの世の中の底辺をひた走る俺は、ゴミと呼べる逸材だろう。


 俺以外の家族はみんなエリートと呼ばれる部類だった。

 大企業の会社役員の親父。爆発的ヒット商品を次々と開発する敏腕OLのおふくろ。一流大学を卒業後、親父の後釜として期待されその期待に沿う活躍を続ける兄貴。同じく一流大学を卒業後、国家公務員のキャリア組として将来を約束されている妹。

 俺以外の全員が、優秀過ぎる家庭だ。


 そんな家庭で、俺が如何に蔑まれた視線を送られてきたかは想像しやすいだろう。

 小学生の時から出来が悪いと罵られ、中学受験に失敗した段階から、俺の家での立ち位置は、ペットのチワワのオモチャ以下と成り下がった。

 飯は俺の分だけなく、自分で調理する。“家族旅行”には普通に頭数には入ってなくて、朝起きたら無人の家のテーブルに金だけが置かれている。親族が集う会合にはいつも欠席させられ、親父達は“4人家族”と言い切る始末。


 問題を起こされたら自分達の地位が危うくなるからと、法に触れるようなことをしないことを条件に金だけを与えられているから飢えることはないが、ボロボロのアパートに追いやられた生活を高校中盤くらいから続けている。


 今の俺に生きる価値があるのかは微妙なところだ。これ以上生きたところで何が変わるとも思わない。

 ……だけど、仮に自殺でもしようものなら、アイツらは両手を上げて喜ぶだろう。アイツらの中で、俺は寄生虫以外の何者でもないんだ。だから、それだけはしてやらねぇ。


 生きる価値も見出だせず、惰性に満ちた人生を歩き続ける俺は、一体何者なのだろうか………



 そんな俺でも、たった一つだけ楽しみなことがあった。

 それが、ゲームだ。

 ゲームの世界では、俺は世界中から必要とされている。勇者と讃えられ、悪の魔王を討ち滅ぼし、世界に光を与える。美人なヒロインにも好意を抱かれ、話し掛ける全ての人が尊敬と感謝の意を示す。

 それが偽りの、作られたデータ上の話であることは分かっている。だけど、ゲームの中の主人公(おれ)は、俺が最も憧れる立ち位置に常に居続けている。

 それは余りにも心地よすぎるものだ。余りにも喜ばしいことだ。

 偽りであるはずの仮想空間は、いつしか俺の全てになっていた。



 そんな中、いつも通りにコンビニの弁当を買って家に帰ると、部屋がぐちゃぐちゃになっていた。切り刻まれた服や布団。破り捨てられた本。叩き壊された家電製品と……ゲーム。

 犯人は分かってる。兄貴だ。

 兄貴は、特に俺への嫌悪感が激しい。

 人前では人格者と色んな人に言われる兄貴だが、その本性は全くの別物。ゴミと思った人間はとことん追い詰める。価値がないと断定した人間はバッサリとなんの躊躇もなく切り捨てる。

 とても冷酷で残忍。自分の考えや価値観こそ、この世の摂理と考えていることだろう。

 そんな兄貴の、“不要人間リスト”のトップに君臨し続けるのは、もちろん俺だ。

 事実、こんなことは以前から度々あった。最初の方は文句を言いもしたが、両親は兄貴を全面的に擁護し、逆に俺が凄まじい勢いで4人から責められる。周囲も兄貴の外面に騙され、俺が頭がオカシイと陰口を叩かれる始末。

 ……俺は、黙り混むしかなかった。



 時間は深夜。今から部屋を片付ける気力なんてないし、ラスボス手前まで行っていたゲームが壊れた喪失感は半端ないものだった。

 フラフラと、夜の街を意味もなく歩く。

 そんな俺に追い討ちをかけるかのように、冷たい雨まで降り始めた。


「……ありがとよ」


 無情な御天道様に皮肉の言葉を言ってみたが、雨は更に強まり、雷まで鳴り響き始めた。

 どうやら、俺は神様にまで嫌われてしまったようだ。

 とりあえず雨風を凌げる場所を探した。でも、こんな時間に開いてるのはコンビニくらいだが、今は人と会うことすら嫌だった。

 だから俺は公園に行った。そこにはデッカイ木があって、茂る枝がある程度の雨を遮断してくれる。

 俺は、雷雨が吹き荒れる誰もいない深夜の公園で、その木の袂に座り込んだ。


 もちろん体はずぶ濡れだった。肌寒くて体が震える。

 暴風に流される雨粒をボーッと見ていたら、何だか泣けてきた。無性に悲しくなってきた。自分が何なのか、何のために生きているのか分からなくなってきた。

 他人からはニートとして軽蔑され、味方であるはずの家族からはゴミ扱いされ、俺は、たった1人だった。


 俺だって俺なりに頑張ってきた。親父達の期待に応えようと必死に努力してきた。テスト前には朝まで机にかじり付いて、運動だって毎日筋トレや走り込みをしてきた。

 ……それでも、結果はいつも中の下。当たり障りもない。平凡。

 あの家庭においては、トップは当たり前。平凡はクズ。ゴミ。


 なぜ俺はあの家に生まれたのだろうか。なぜ俺は普通の家庭に生まれなかったのだろうか。なぜ俺だけがあの家で凡人以下なのだろうか……

 この世の理不尽が俺を急激に襲う。心を圧迫する。胸を締め付ける。


 気付けば、俺は泣きじゃくっていた。25歳にもなって、恥ずかしいくらい泣いていた。鼻水もダラダラと流れる。ヨダレも糸を引く。

 吹き荒れる暴風の中、俺はその音に同調させるかのように泣いた。


 しばらく泣くと、何だか眠たくなってきた。

 俺はアパートに帰って寝ようと思い、無言で立ち上がり、未だに激しく吹き荒れる雷雨の中を歩き出した。



 その時、突然辺りが光に包まれた。その光は空から降ってきた。全ての動きがスローモーションになった。雨粒の1粒1粒がはっきり見える。その光がゆっくりと体に向かってくる。

 光が体に降り注いだとき、俺の体はあり得ないほどの衝撃を受けた。


 ………光の正体は、雷だった。


 全身の痛みを感じる前に、俺の意識はテレビのコンセントを抜いたかのようにブツリと途切れ、目の前は真っ暗になった。



 そして俺は、この世から消えた。

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