一応これも修行らしい 2
「きゃは」華麗に部屋の鏡の前でターンした。
サラサラの金髪が後を追うように揺れ、シャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。
「えへ」満面の笑顔を想像し形作る。
絶世の美少女の照れたような表情は、一見の価値があるに違いない。
胸元に当てられている黄色いワンピースは、僕の髪と白い肌によく映えるものだった。
これぞ、金髪だけに黄金比率というものだろう――
「なんて、思うか!」持っていたワンピースをベットの上に投げ捨てた。
「ノリノリだったじゃろうに」
それを見ていた玉ちゃんからは呆れた声を出された。
何時ものようにお気に入りのクッションに座っている。
もうこの場所が定位置と言っても過言では無い。
あの後、母さんに負けた僕は部屋に戻り着替えせられることになったのだ。
その結果、鏡の前で悶え苦しんでいる最中である。
本当、酷いよね。どこでシナリオを間違えたんだろ……
「ノリノリじゃなくて、嫌々の間違いだよ!」
「そうか? 我が娘ながら可愛いものじゃと和んでおったのじゃがな」
「誉めても何も出ないけどね……大体さ、女物なんて着なくても何の支障もないんだよ。玉ちゃんもそう思わない?」
「支障は大有りじゃろ?」
僕が憤りながら同意を求めると、玉ちゃんに冷たく即答された。
そもそも、この原因を作ったのは玉ちゃんなんだよね。少しは味方してくれてもいいんじゃないかな。
「玉ちゃんは、いつも裸のままだから判らないんだよ。僕だけ苦労するなんて不公平だ!」
「それなら、桃香も裸で過ごすか? 稲荷神じゃし問題なかろうて」
「そ、それは嫌かな。僕には羞恥心ってモノがあるし」
「ワシにだってあるぞ。まぁワシの場合は元が狐だから、この姿が当たり前なのじゃがな。それに、桃香もこの形の方がええじゃろ?」
玉ちゃんが人の悪い表情をした。
「むぅ」
確かにそのもふもふは捨てがたいものがあるんだよね。
玉ちゃんが居ればお布団も要らないぐらいだし、特に九本ある尻尾に包まれると幸せな気持ちになれるんだよ。
「色んな服で変化を楽しめるのは良いことじゃろうて」
「男モノなら僕も何の不満もないんだけどね」
「その容姿では女物の方が自然じゃろ? どうせなら似合う方がええと思うがの」
正論だね。神様が正論を語ると、従わない方が悪いような気にさせられるのがズルいよ。
「はぁ……もういいや。玉ちゃん今迄の中でどれが良かったと思う?」
どうせ、着なくてはいけないのだ。
僕に決めれないのなら、さっきからずっと見物してた玉ちゃんに任せた方がマシだよね。
神の慧眼を見せてもらうよ。
「おお、桃香がワシの見立てた服を着てくれるのか、嬉しいのぉー」
玉ちゃんは喜びを表すように、尻尾を揺らして大きな目を輝かせている。
その姿がとても可愛くて、抱きしめてしまうのは自然のことだよね。
玉ちゃん推薦の服に着替え、僕は鬼の居場所に向かうことにした。
お供に玉ちゃんも付いてくる。
まるで桃太郎が舟に乗って、鬼が島に向かう気分だ。
ちなみに、玉ちゃんの前で着替えるのは恥かしくない。
神様というのもあるけど、動物の前で着替えてもなんとも思わないしね。
一階に降りてリビングに顔を出すと、赤鬼と青鬼がお昼ご飯を食べないで僕の登場を待っていた。
通常ならば、桃太郎が勝つ筈なのに、逆に懲らしめられる気がするのは何故だろうか?
これがアレか、現実は物語よりも奇也という奴なのか。
「桃香ちゃんならやれば出来ると思ってたわ!」
「お姉ちゃん、素敵!」
僕を見た鬼達は絶賛して、拍手までしている。
全然嬉しく無いんだけどね。
リボンのついた水色のブラウスに、濃紺のフレアスカートという組み合わせは、僕にとても似合っていた。
玉ちゃんは名前のセンスは無いけど、美的センスはあるみたいだ。
しかし、足元はすーすーするし、凄く恥かしい……
二人の視線を浴びて頬が赤くなってくるのを感じた。
「照れてるお姉ちゃんも可愛い!」
「桃香ちゃんは、華があるわね」
……どうみても罰ゲームだ。
今になって思えば、玉ちゃんに幻術をかけてもらえば良かった気もする。
以前そんなことが出来ると言ってたしね。
でもなぁ……相手には僕が着てる姿が見えてるから、結局は同じことなんだよね。
ようはこの女装? みたいな状況が辛いんだから。
はぁ……こうなったら、サクッと食べて撤収するしかない!
僕は、自分の席に素早く座り込んだ。
その際に、一挙一動を見逃すまいとする二人の視線が痛かった。
「ええとさ、いつまで見てるのかな? ご飯食べようよ」
「お姉ちゃんが来るのを待ってたんだよ!」
「別に待ってなくてもいいのに……」
「はいはい、皆揃ったので、いただきましょう」
母さんが僕達を抑えてご飯の合図をした。
それによりお昼を食べ始める。
玉ちゃんの方を横目で見ると――思わず目を見張ってしまう。
お膳に乗せられたお皿には、特大の稲荷寿司がドンと置かれていたからである。
まるで、お礼でもされているみたいだ。
お礼? その言葉が妙に引っ掛かった。だけど、理由が判らない。
僕はもやもやした気持ちになりながらも、自分のご飯、今日はカルボナーラを頂くことにした。
パスタにフォークを絡めて黙々と食べていると、
「さて、ご飯食べ終わったらお姉ちゃんを扱かないとね!」
美華が僕を見てムフフと笑った。
どうみても遊ばれてる気がするよ。
その光景を母さんは機嫌よさそうに眺めている。
「うーん。あれかな? 美華なら僕の方が女の子っぽく見える気がするし、何も教わることないかな?」
「お姉ちゃん、どういう意味よ!」
「その通りなんだけどね。美華は中学ジャージ、そして僕はこの格好、どっちが女子力があるだろうね? 普通は教える方が優れてる筈なんだけどな」
僕にこんな格好をさせたんだから、有効に利用させてもらうよ。
恨むなら、部屋着で楽をしてる自分に文句言うべきだね。
「むぅ、お姉ちゃんは言動が女の子っぽくないの。美華とは全然違うんだよ!」
「ふーん。例えば?」」
美華に言われなくても判ってるけど、認める訳にはいかないんだよ。
「え、笑顔とか!」
「ふむふむ。そこまで言うなら、試しにやってみな」
出来ないだろうと小馬鹿にするおまけ付きだ。
美華が一瞬、むっとした表情をしたが、このままやらなければ負けを認めたに等しいと考えたのだろう、
「えへ」両一指し指を自分の頬に当てて微笑んだ。
その後、どうだとばかりに此方を見ている。
美華の同級生あたりならイチコロだろうけど、僕には通用しないよ。
正直、まだまだだと思うのだ。
しかし、美華がやったからには、僕もやらねばならないだろう。
僕は軽く首を振って準備を整えた――そして、
「きゃは」首を傾げながら、渾身のスマイル0円をした。
「……なっ!」美夏は、頬の当たりをヒクつかせながら目を白黒させている。
負けを悟ったらしいね。
――まさか、さっきやってた練習? がこんな処で役に立つとは、人生色んな経験をしとくものだね。
「全く、美華さんたらわたしの方が可愛いじゃないですの。コレでは何も教わることなんてありませんわね。それに、今はお食事の時間ですわ。はしたないので、大人しく食べなさい」ふふんとからかいながら追い討ちを掛けてやった。
そして、これ見よがしに、僕の分のカルボナーラを食べ始める。
チーズのとろける食管と香りが、とても美味しかった。
「お姉ちゃん。もぉ……ううう」
美華は咄嗟のことで上手く反論が出来ないみたいだ。
此処まで完膚無き迄叩きのめしたら、この後は僕の自由時間になるだろうね。
そう肩の荷が下りた瞬間、
「あら桃香ちゃん。わたしって一人称使えるじゃないの。今日からそれにしなさいな」
今迄黙っていた母さんが、僕の台詞を逆手に取って攻撃を開始してきた。
今度は、僕の頬がヒクついてしまう。
「か、母さんは、部外者だから口を出しちゃ駄目だよ」
「どうしてかしら? 子供を教育するのは親の務めですよ?」
又このパターンか、中ボス(美華)を倒すと、大ボス(母さん)が現れる。
どこの定番RPGだと言いたい。
「だって、美華に任せたんだから、最後まで美華を信じて何もしないというのが、子供の成長を促す手段だよ。母さんが口出しするのは論外だね」
「それは変な話ね。私は一言も美華ちゃんに、だけ、任せるとは言って無いわよ? 桃香ちゃんは何か勘違いしてるんじゃないの。本当に私から聞いたのかしらね?」
確かに……僕を女らしくするのを任されたとは言っていたけど、それは美華の発言だったのだ。
母さんから言われてないことを思い出した。
「……き、聞いてない」ぼそっと呟くしかなかった。
「あらあら、声が小さいわね?」
母さんの、勝ち誇った顔がむかつく。
「聞いてないよ! これでいいの!」
「桃香ちゃん、食事中は大声を出しちゃ駄目よ。はしたないでしょ?」
絶対母さんって苛めっ子だよね!
玉ちゃんも少しは助けてよ! 最後の希望にすがって玉ちゃんの方を見ると、ホクホク顔で稲荷寿司に夢中になっている狐が目に入った。
全然今の話を聞いてないよ……役立たず!
仕方ないので、従順になったフリをしてホクホクのカルボナーラを頂くことにした。
食べ物だけが僕に暖かいよ。
もう美華はこれでいいですよね!