一応これも修行らしい 1
8/21日、本文の表現を一部改稿しました。
翌日、買って来た服をクローゼットの中に押し込みつつ、後ろで興味深そうに見ている玉ちゃんに少し気になっていたことを質問してみた。
「ねー、玉ちゃん。昨日、くじ引きみたいなものがあって二等賞を当てたのだけど、それは僕が無意識に神力を使ったのかな?」
「ほぉ、そんなことがあったのか、きっとアレじゃな――唯運が良かっただけじゃろ」
「そうだよね……」
期待外れな答えだった。でも理由がそれなら問題ないかな。
疑問も晴れたので、改めて服を仕舞う事に専念する。
ワンピースにブラウス、スカートやキュロット、良くもまぁこんなに女物の服ばかり買い込んだと驚くよ。
その殆どが、母さんと美華の趣味で構成されているんだから、やっぱり僕が一緒に行く必要なんてなかったんじゃないかと疑いたくなる。
挙句に、母さん達だけ得をしたとなると、これはもう格差社会を家の中で感じるね。
大体さ、僕が神力を使いこなせれば携帯ゲーム機が――って、
「そういえばさ、いつになったら僕に神力の使い方教えてくれるの?」
僕が振り返って玉ちゃんの反応を伺うと、丁度手に持っていた湯呑みで緑茶を飲み終えた処だった。玉ちゃんはそのまま湯のみをテーブルに置いた。
狐の手で持っているのだから、とても器用だよね。
「なんじゃい藪から棒に、まだ体が馴染んでないから、慌てるなと言うておろうが」
「だってさー、もしその力が使えたら僕の欲しいモノが手に入ったかもしれないんだもん」
「はぁ……神の力をそんなしょーもないことに使ってどうするんじゃ。罰が当たっても知らんぞ」
「嘘、駄目なんだ」
役立たずな能力なのかな?
「駄目ってことは無いのじゃが、余り欲望に忠実に活きていると、体に穢れが蓄積してしまうのじゃ」
「ふーん、それって問題あるの?」
「勿論じゃ、神が穢れてしまうと、そのまま理性を失い、狂化して穢れ神になってしまうからの」
「何だか、嫌な呼び名だね」
「そうじゃぞ、心に良く刻みつけておくのじゃ、だが桃香の場合はワシが付いておるから心配することは無い。大事に育ててやるからのぉ」
「ありがと、玉ちゃん」
神の力は万能ではあるけど、不便なものなのかもしれないね。
まだ、神としての修行が出来ないということなので、女としての修業をすることに……した。
というよりも、強制的に約束させられたの方が正しいかもしれない。
母さん曰く、「これから女の子として生きていくのだから、少しは覚えておかないと恥を掻くのは桃香ちゃんよ!」だそうだ。
言いたいことは良く判る。そして、その通りなのだろうけど、何故僕がしないといけないのかが納得出来ない。
リビングに下りて行くと、気軽なジャージ姿の美華が人の悪い顔をして待っていた。
普通にソファーに座って待っているようにも見えるけど、僕にはそう感じてならないのだ。
「お姉ちゃん! なんでその格好なの!」
早速僕を見た美華から駄目出しがきた。
「部屋着だから仕方が無いだろ?」
いつものスウェットの上下の何が不満なのだと言いたい。
でも声に出す程、僕は愚かじゃないよ!
「お母さんから、美華がお姉ちゃんの教育係に任命されたんだからね。昨日買ってきた洋服はどうしたのよ」
「アレか? さっきクローゼットに収納したぞ。我ながら綺麗に封印出来たと思う」
「なんで封印なのよ! さっさと着替えてくるように!」
オカシイ、僕は着るとは一言も口にして無い筈だ。それに、
「美華だって似たようなモノじゃないか、どうみても中学のジャージだろ」
「美華は良いんだよ。家で学生の本分を真っ当してるだけだもの」
「もう卒業したじゃないか」
「美華はね、卒業したけど中学の時の思い出を大事にしたいだけなの。お姉ちゃんとは違うんだよ!」
我が妹ながら屁理屈が上手いね。普段ほわわんとしてる癖に、どうしてこう余計なところだけは張り切るかな。
「じゃー僕も高校のジャージを着てくればいいんだよな」
「お姉ちゃんは、駄目に決まってるでしょ!」
「なんでだよ。美華と同じ理屈じゃないか」
ふふふ、さぁなんて答えるのかな。
しかし、ここで予想外な展開が待っていた。
「お母さん。お姉ちゃんが我が侭言って全然従ってくれないよ!」
美華はキッチンでお昼ご飯を作っている母さんに告げ口をしたのだ。
ええええ、何それ、チートだよ!
リビングとキッチンの間には受け渡しカウンターがある為、良く声が届くのだ。
「あらあら、桃香ちゃん駄目よ。折角女の子の先輩である美華ちゃんが教えてくれるんだから」
母さんは手を休めないで、そのまま会話している。
僕にとっては非常に有り難かった。だって、母さんの目を見ないで済むのだから。
正面向いての話だと、絶対僕が負ける自信があるからね。これだけは断言出来るよ!
「ほら、お母さんも言ってるんだから、お姉ちゃんは美華の指示に従うべきなんだよ」
「ふふん。なら、クイズをしよう。それに勝ったら言う事を聞いてやるぞ?」
「なんで、教わる方のお姉ちゃんがそんなに偉そうなのよ!」
「別に僕はいいんだぞ? 正直、このままでも困ると思えないからな」
「むー。お姉ちゃんは可愛いんだから、美華好みの女の子にするの!」
少し煽ったら、本音が出たよ。大体、何が悲しくてそんな女の子にならなければいけないんだ。
「よし、クイズに参加しないみたいだし、僕は部屋に戻って玉ちゃんのもふもふを堪能することにしよう。約束を健気に守って降りてきた僕って偉いね」
「なんでそうなるの。もぉ、いいよ、受ける! そのクイズってどんなのよ」
美華が単純で助かった。このまま押し切るしかないね。
「よし、行くぞ――問題、あるところに、とうか君とみかちゃんが居ました。みかちゃんはとても横暴で、良くとうか君に難癖をつけてきます。そこで、とうか君はどうやったらみかちゃんを納得させれるのかを考えました。さて、その方法は?」
「……お、ね、え、ちゃ、ん」美華が肩をぷるぷる震わせ必死に怒りを抑えている。
「うん、どうしたんだい?」僕は爽やかな笑顔を向けて、そ知らぬふりをした。
「そんなの、クイズでもなんでもないじゃない。真面目にやってよ!」
「十分真面目じゃないか。美華が未熟だからそう感じるんだって、こんなの自分に置き換えてみればすぐ判ることだろ?」
「むぅ……美華ならどうするかかぁ」そのままあーだこーだ呟きながら考えだした。
ふっ、僕にかかればこんなものだよ。まだまだ美華は子供だね。
仮に、答えが出たとしてもその美華の意見を参考にすればいいんだから楽勝だ。
さて、僕はさっさと部屋に戻ることにしよう。ここは危険地帯だからね。
そうほくそ笑んだ瞬間、
「あらあら、やっぱり美華ちゃんでは、まだ桃香ちゃんには敵わないわね」
何時の間にか近くに来ていた母さんに僕は真横から声を掛けられたのだ。
まだエプロンで手の水っ気を拭いている。
うそ! まさか瞬間移動? でなければ、さっきまでキッチンに居た人が、こんな短時間で来れる訳が無いよ。
混乱する僕に母さんは言葉を続ける。
「さて、桃香ちゃんは、か、あ、さんとの約束を破るつもりなのかしらね?」
母さんの目が怪しく光ったような。美華と違って微笑のままなのが恐さを倍増させている。
「ぼ、僕はそんな気は無いよ。うん。美華がクイズに正解すればやるからね」
「あら、クイズなんて要らないわよ、ね?」
えええ、ここまで頑張ってこの状況を作りだしたのに、それはあんまりだよ。
「ゆ、ユーモアを忘れちゃだめだと思うんだ。ほら、笑い声の絶えない家とか、正に円満の象徴だよね!」
「確かにそれはあるわね。桃香ちゃんが家のことを心配してくれてるなんて、母さん感激だわ。それなら、我が娘が変な行動してるのを許せる訳ないことも理解出来てるわよね」
「それは、別だと思うんだけど……世の中には男っぽい女の子なんて一杯いるよ」
「だから何かしら?」母さんの目が本気です。
これはもう駄目なのか……そう諦めモードになった時、
「とうか君が、みかちゃんに優しくすれば、みかちゃんの横暴は起きないと思うよ!」
美華が見当外れな持論を展開した。
「うんうん、妹には優しくしないと駄目よね」
母さんまで頷きだした。話が変ったけど救われた気がしない……
「いやいや、そのとうか君とみかちゃんは架空の人物だからね。いわばフィクションなんだよ。僕と一緒にしちゃ駄目!」
「そう? だったら、良いこと考えたわ。桃香ちゃんが大人しくすれば良いと思う人!」
母さんはそう言うと、いきなり右手を斜め上に挙げて多数決を採りだした。
まるで、選手宣誓のようなポーズで一部の隙もないね。
「はいはーい、美華もそれに賛成!」
美華も同じように手を挙げる。そこには二本のタワーがあった。
東京タワーとスカイツリーか!
いやいや、変なボケとかいらないからね。
「多数決って、この三人でやったら絶対僕が負けるじゃないか。不公平だ!」
「そうかしら? それならお父さんも仲間に入れてもいいわよ? どうせ同じ結果だろうけどね」クスクスクスと母さんが笑いだす。まるで小悪魔のようだ。
「お母さんすごーい! お姉ちゃんをあっさり説得したよ」
美華も感嘆してぴょんぴょん跳ねてるが、それどころじゃない。
まだ僕のライフポイントは残っているのだ。
幾ら母さん達が手を組もうとも僕には切り札が……
「た、玉ちゃんが、必要無いって言ってたよ!」
「あら、オカシイわね。玉藻様にも必要だと賛同頂いているのだけどね」
「え! 玉ちゃんにも聞いたの!」
僕の慌てる様子を見て、母さんの顔がしてやったりという風に変った。
やれれた……それで気付く、まんまと罠に引っ掛かってしまったのだ。
今更口元を押さえてももう遅い。口に出してしまった言葉はもう戻らないのだ。
そして、最初に嘘を付いたのが僕なのだから、文句を言える筈がない。
くぅ……
「さて、もう終わりかしら? あっけない抵抗だったわね」
母さんに逃げ道を完璧に封鎖された僕は、参りましたお母様と頭を下げるしなかった。
美華がアホな子になってる気がする!




