戸惑い
「困った……」
僕は机の上に肘を付き、両手で頬を支えながら朝の出来事を整理していた。
現在は古典の授業中である。
この先生は基本煩く無く、のんびりした授業の内容と合わさって眠っている生徒もチラホラ居る程、考え事をするのに適していた。
――あの後、僕は作戦を一時中断して八雲と一緒に学校に向かうことにした。
それを見ていた佐賀さんがやりきれなさそうな表情を浮べていたのに心が痛む。
動揺してしまった僕は、その場で告白を受けるなんて無理だったのだ。
世の中の半数は女性なのに……なんで僕を選らんだのか?
理不尽すぎる現実を恨むばかりである。
となると僕が告白を受けなければ作戦は終了にならない。
今回の願い事には結果がどうなるかまでは含まれていないのが唯一の救いではあるが、告白しても、僕の気持ちは断るの一択しかないのだから、相手を傷つけることになるだろう。
僕自身、好きな人に告白出来るのかと言われれば何とも言えない。
まだそこまで好きになった相手と巡り会えていないからだ。
そんな勇気を振り絞った告白なのに、その先は決まっている。
お仕事としてはやらなければならないのは判るが、その結果は相手の気持ちを傷つけるだけ……
この願い事を叶えるのが、本当に相手の為なのか?
――仕事と感情の板挟みで堂々巡りになっていた。
遂、日向さんの時みたいに『友達からで』という安易な言葉で妥協してしまいそうな勢いだ。
「はぅ……」
溜息がばかり出てしまう。今日何度目だろうか……
あれだけ修行をやる気満々だったのに、なんで恋愛の絡んだ願い事を選らんだのか、当時の自分を殴りたいぐらいだよ!
優柔不断な僕はそのまま結論を出すことも出来ず、ずるずると放課後になってしまった。
八雲も僕の態度に不審を抱いて犬のように構ってくるのだが、あの本能で生きている生物に相談しても悪化するだけと思い自制した。
何故なら、佐賀さんに文句言うぐらいは軽いモノで、それを機に他の奴等は危ないとかなんとか屁理屈を捏ねて、他人に盗まれるよりはと僕を攻略してくるかもしれない。
幼馴染の僕は八雲という人間を良く理解しているのだ。
頼るべき人に襲われる? 本末転倒だよね!
本当に、怜の不在が痛いところだよ。
こういう時、優しくて知的な怜が居れば僕の相談相手になってくれたのは間違いないのだから……
本日休みである怜の机を恨めしそうに眺めるしかなかった。
「愚痴ってても仕方ない……か」
生徒も大分教室から減っており、僕も帰宅する為に席から立ち上がる。
そんな時、お気軽な声が掛かった。
「おーい、桃香この後デートしようぜ!」
声だけで判る八雲だ。
何時の間にか八雲は僕の真横に居て妙に嬉しそうだ。
「行かない」
気が滅入りそうな状態の僕は躊躇せずに断った。
八雲は僕の返答を聞くや不満そうに頬を膨らませる。
とても可愛くないね。
「なんでだよ! 桃香に用事とかある訳ないだろ!」
……失礼な!
「ボクだって忙しいんだよ!」
実際、思考しないといけないことが山積みで八雲に構っている暇は無いのだ。
それに、八雲の言い方が気に入らない。まるで、僕が年がら年中暇みたいじゃないか。
放課後を有意義に使う会、所属の僕だから、人より多少は時間に余裕があると言われたら頷くしかないだろう。
だが、用事はあるのだ! 玉ちゃんの尻尾を撫でたりするのだって忙しいんだからね。
そんな不届きなこと言う奴と絶対デートなんてしないよ。
「で、何処行く?」
……全然、聞いてないよ!
「だ、か、ら、行かないの!」
「またまたぁ、本当は行きたいんだろ?」
しつこい……
「これっぽっちも行きたくないよ!」
「桃香はツンデレだから、実は行きたいんだよな?」
まだ諦めない、耳が付いないのか?
うん、付いてるね。最近頭の上も見る癖が……
もふもふは正義だよね――って、
「誰が、ツンデレだ。行きたくないの!」
「行きたい!」
「行きたくない!」
「行きたくない!」
「行きたい! ってあれ?」
八雲はしめしめと人の悪い顔をする。
「それじゃ、桃香が行きたいみたいだし、俺が付き合ってやるからな」
「……てかね幾らそんな小細工しても無駄だから。ボクは怜の調子が悪いのに二人だけで遊ぶなんて不義理な真似出来ないの。怜が元気になったら三人で遊びに行こうよ」
いつも三人で遊びには出かけているので、仲間外れは可哀想だよね。
八雲はその考えがオカシイとばかりに納得しない。
「だからいいんじゃないか! 怜が要るとアレをしてはいけません。コレをしてはいけません、禁則事項だらけになって何もこなせないだろうが」
「八雲のしたいことが不純なモノばかりだからでしょ。ボクは反対されたことなんてないよ」
「それは怜が桃香に対してだけ甘いからだ!」
「いいや、違うね。ボクの意見が全て正しいの!」
八雲にフッと鼻で笑われた。
「桃香みたいなおっちょこちょい、いや天然のやることが正しかったら、家に帰れる者が誰も居なくなるってことさ」
「どういう意味だよ!」
ジロリと八雲を睨む。意味は判らないけど嫌な雰囲気だけは伝わってくる。
「そのまんまだ。つまりな、桃香のやることを模範にしていると、迷子になった挙句に帰りの電車賃すら消え、家出娘よろしく悪い人に騙されて美味しく頂かれちゃうってことだ」
「ボクはそんなにドジじゃないよ!」
「うむ、幾ら桃香でもそこまでは無い――よな?」
「なんで疑問系なんだよ!」
「いやだって桃香だし、仕方ないだろ?」
八雲はウンウン頷いて一人満足している。
その正しいと信じて疑わない感じが気に入らない。
これでもボクは女子……いや高校生で神様なんだよ?
その後もギャーギャー喧しい八雲の熱意に負け、僕はとりあえずデートに応じることにした。
その条件は僕の好きな場所に行っても良いこと。
僕ってば凄い妥協してるよね!
二人で電車に乗って、歩くこと十数分、
「って! なんで此処なんだよ! 桃香があっさり承知するからこんなこっちゃねーかと思ってたわ!」
現地についた八雲が怒鳴った。八つ当たり気味にガンガン足で地面を蹴っている。
僕達の目の前には笠間という名前の表札の付いた、二階建てのこじゃれた家があった。
「うん? 別に文句言われる筋合いは無いよね? 目的地は僕の好きな場所、つまり怜の家だってだけだよ。それに、途中でお見舞い用のプリンを買っているのに気付かない方が鈍いんだよ」
八雲はウッと言葉に詰まる。
「だってアレはさ、桃香の好物じゃないか、二人で仲良く公園あたりで食べるものだと思うだろうが!」
「半分正解してるじゃない。勿論僕も食べる為に買ったんだからね」
ニッコリ笑う。
僕は途中の洋菓子店で合計六個のプリンを購入していた。
気前よく八雲も半額出してくれたのはそういうつもりだったらしい。
一個百九十円の高級プリン、お見舞いじゃなければ僕だって買うのを躊躇するものである。
「怜の為だったら、半額出さなかったのに……ライバルに塩を送るみたいなものだろうが」
「そういうこと言っちゃ駄目だよ。幼馴染なんだから皆で一緒に食べたほうが美味しいじゃない」
八雲はまだブツブツ恨めしそうに僕を見ている。
うーん、困ったものだね。そうだ!
「だったらこう思えばいいんだよ。半額ってことはプリンにして三個ってことだよね。僕と八雲の分は四個なんだから、八雲が僕の分二個と自分の分を一個買って、僕が一個八雲に買ったことにする、そうすれば当初の八雲の予定通りじゃない」
「おお、それなら桃香に恩も売れるよな! ってあれ? うーん」
八雲は腕を組んで考えだした。
ピンポーン、僕は今がチャンスとばかりにインターフォンを鳴らす。
「おい、まだ話は終わってないぞ!」
僕の行動に気付いた八雲が文句言うがもう遅い。
しかし……反応が無い。
うーん、これは病院にでも行ってるのだろうか?
ピンポーン、八雲を無視して再び僕はインターフォンを鳴らした。
……またもや、無反応。
その途端八雲がニンマリする。
「よし、これは怜の奴留守だな! 二人で今から駅前デートとでもしゃれこもうぜ!」
「えー、折角家の近くまで帰ってきたのに、戻るのは嫌だよ。八雲にプリンニ個あげるから自分の家で食べなよ」
「……おい、それはあんまりじゃないか? 桃香とデートだと思って楽しみにしてた挙句、ついてきたら怜の家、そこを妥協したのだから、今度は俺に付き合ってくれてもいいだろうが」
そう言われてしまうと僕も弱い。
「むぅ、じゃー近所の公園で食べる? ほら、八雲も公園デートとか言ってたじゃない。それなら文句ないでしょ?」
「誰だそんな余計なこと言ったのは!」八雲はチッと舌を鳴らす。
「嫌ならいいんだよ?」
「判った、それでいいって! 桃香の横暴、これが惚れた者の弱さって奴なのか……」
八雲は恨めしそうに僕を見ている。
僕は少し赤面していた。良く本人を目の前にして惚れた者とか言えると感心するよ。
「もう、そういうこと簡単に言わないの。それじゃ最後に一回鳴らして居なかったら諦めるよ」
ピンポーン、三度目の正直とばかりにインターフォンを鳴らす。
八雲はもう居ないと決めかかっているようで、余裕綽々だ。
数秒が経ち……
「うーん、居ないかな?」
「だろ? よしさっさと行こうぜ!」
八雲が僕の手を取ろうとした、その瞬間、、
「す、すいません遅くなりました。どちら様でしょうか?」
怜の声が聞こえてきた。
「のぉーーー!!」
八雲の絶叫が辺りに響き、近所迷惑だろと僕は八雲の頭をコツンと殴りつけた。
風邪で、熱、眩暈、吐き気のトリプルコンボでしんどいことになっています。
皆様も風邪にはお気をつけ下さい。
本来なら、先週の内には更新できたのですが……




