プロローグ 2
「稲荷神様って美人なんだね!」
あれ? 自分で言った言葉に違和感を感じた。
稲荷神様は狐である。なのにどうして人間の少女がいるんだろうか?
僕は普通の男子だし、在り得ない光景なのだ。
もう、一度鏡を見ると、癖の無いストーレートな金髪が腰の辺りまで伸び、印象的な青い瞳が神秘的なものを感じさせている。ツンと尖った鼻、薄いピンク色の唇は驚いたように少し開いて、白い歯を見せていた。整った容姿は見る者を魅了しそうな程だ。
しかし、その絶世とも言える美少女が着ている服には見覚えがあった。
僕の部屋着であるスウットの上下なのだ。
そう思考の渦に捉えられていると、
「中々じゃろ?」
背後から稲荷神様の声がした。振り向くとどこか自慢気な狐が居る。
ならば、鏡の正体は……僕しかいない。
「ちょっと! これどういうことなの!」
「うん? さっきも言ったじゃろうに、記憶力が無いのぉ。神族の姿を与えただけじゃ」
「……与えたってことは、元の姿に戻すことも出来るんだよね?」
「ははは、出来ん!」
きっぱりと断られた。
「なんでだよ! こんな姿にすることが可能なんだから、元にだって戻せるでしょ!」
「ふふふ、甘いな。簡単な例を出すと、お主の目の前にあるその机でいいか、それは加工されたモノだな。ではそれを寸分違わず元の原材料に戻せるか? 答えは不可能だろうよ」
上手く誤魔化されてる気がする。
「じゃーなんで女の子なんだよ!」
稲荷神様は判ってないとでもいうようにヤレヤレと首を振る。
「お主は馬鹿だなぁ。稲荷神の正体が雄なんて期待を裏切る真似出来ないじゃろ? ああ、お主も稲荷神になったことだし、ワシのことは紛らわしいから玉藻様と呼ぶがよいぞ」
それ、何か違う!
「じゃー、玉ちゃん! なんで玉ちゃんは雄なんだよ! その声でマサカ雌ですーとか無いよね?」
「玉……まぁ良い。残念ながらワシは雄じゃの。だが、ワシは雄で苦労したんじゃ……九尾の狐の姿で現れると皆美女を想像するんじゃ。そして、現れるのが美男子のワシ、このなんとも言えない空気? お主に判るのか?」
どうやら、この質問は地雷を踏んだらしい。玉ちゃんは怒りが収まらないという感じだ。
「判らないけど、でも、人の許可も得ないで勝手に神族にするなんて理不尽だよ!」
「何を言う、お主の希望通り、尻尾も手に入るではないか? それに、神って言うものは理不尽なモノなのだ。いや、言い換えても良いじゃろう。理不尽だから神なのじゃ!」
ドドーンと背後に雷が鳴るような勢いで断言された。
「ううう、でも酷いよー」自然と涙目になった。
「そうか? お主自分の見た目をどう思うのじゃ?」
鏡に映っていた自分の姿を思い出す。
「美少女……」
「じゃろ? それに比べて以前のお主は?」
「美少年……」
「そうだったか? うーん。ワシの血が混じってるからのぉ」
全く覚えてないのか、この狐は!
でも、今気になることを言われたような。
「なんで僕に玉ちゃんの血が流れてるのさ!」
「そりゃそうじゃろ。ワシの子孫じゃからな。そうでも無ければ赤の他人なんぞ後継者にするもんかい」
「がーん。もういい……なんで僕なのさ!」
「そりゃお主の神力が高いからじゃな。ワシからみても中々のもんじゃぞ、コレばっかりは先天的なものだからのぉ。後々どうしようもないのじゃ」
「またまたぁ。僕は生まれてからそんな素敵スキル使ったことないよ?」
「使い方を知らなければ意味が無いものだからじゃ。赤ん坊にお金を持たせても何も買えんじゃろが」
むぅ、正論だ、神様だけのことはあるな。
「だいたいお主、自分の名前に疑問を持たんかったのか? ワシが名付け親じゃぞ?」
「え! てっきり父さんか母さんだと思ってた……」
「それは無いじゃろ。男の子に桃香なんてつける親はいないじゃろ。桃香は当て字での、稲荷のことじゃ」
なっ! つまりは玉ちゃんのせいで僕は今迄ずっと苦労してきたのか。
幼少の頃からモモカちゃん、と言われ続けて馬鹿にされた真犯人が此処にいるとは。
「理不尽だ!」
「だから、神は理不尽じゃと何度言えば……」
僕が駄々捏ねてる設定になってる気がするよ!
「大体さ、玉ちゃんは狐だよね。どうして僕は人間のままなのさ!」
「それは簡単なことじゃな。ワシは元が狐だったから狐の格好の方が楽なのじゃ。勿論、人間の形態にもなれるぞ。そして、お主は元が人間だからそのままなのじゃ。神格が上がれば、いずれ狐の姿にもなれる筈じゃ」
ふむふむ、狐になるには修行が足りないということか、もふもふ尻尾はやはり欲しいよね。
「疑問なんだけど、その神格ってどうやったら上がるの?」
「それは、徳を積むことじゃ。その点、稲荷神はいいぞ。食物、農業、商業、工業、屋敷、福徳開運、等の万能の神じゃから徳を増やすのは楽なもんじゃ。なんせ国内だけで約三万二千程のワシに関連する神社等があるんじゃぞ。個人のを入れたらその数は計りしれん。それだけ崇められてるワシって結構偉いんじゃ!」
確かにそうかもしれない……でも、目の前の玉ちゃんがそれ程の神とはどうも思えないんだけどね。
「世の中って不思議が一杯だなぁ……」
「どういう意味じゃ!」
玉ちゃんにジロリと睨まれた。
「いや、なんとなく……」
「まぁ、ええわ、これからはビシバシ教育してやるからな、感謝するんじゃぞ!」
「ええええ! なんでそうなるの!」
プロローグ終了になります。