学校が始まった…… 6
「お、ね、え、ちゃ、ん!」
美夏の目が恐い。
「な、何?」
僕は学校へ行ってきたし、普通に制服も着ている。
美華を怒られるようなことはして無いはずだ……よね?
にも拘らず、特徴の垂れ目が逆三角形になっていた。
「なんで、八雲さんと一緒なの!」
絶妙な声量で他の人には聞こえず僕にだけ届くように尋問してくる。
「ええとさ……学校の帰りに、カラオケに行くことになって……三人で遊んだ帰りだからかな?」
「お姉ちゃん! そういう時は美華も誘ってっていつも言ってるよね?」
「き、急に帰る途中で決まった訳だしね……僕が呼ぶのも変だろ?」
「ぼ、く?」逆三角形の目がジロリと動いた。
ひぃ! 今母さんと同じものを見たよ!
親娘だから似たのかな。でも僕には出来そうにないんだけど……なんでだろう。
「わたし、そう、わたしね」
「はぁ……もういい! お姉ちゃん、ちゃんと協力してよね!」
「あ、うん、判ったよ……」
「約束だからね!」
美華は一方的にそう捲くし立てると時間が勿体ないとばかりに戻っていった。
ううう、恐かったよ!
普段子供っぽくおっとりしてるのに、八雲が絡むとこうなるんだよね。
昔っから美華は八雲に懐いているのだ。
「八雲さんも今帰りなんですか?」
「おう、そうだぞ、久々にカラオケに行ったんだ」
美華と八雲の楽しそうな会話が始まった。
とりあえず、僕も戻ることにしよう。
流石に、このまま此処にいると不審がられるし、触らぬ美華に祟り無しっていうぐらいだからね。
まだ困惑している美華の友達に挨拶しようとして誰か気付いた。
美華の親友である、祐徳 舞菜ちゃんだ。
美華よりも体が小さく、ボブカットの可愛らしい女の子である。
大人しい性格に合う清楚な黄色のワンピースを着ていた。
「こんにちわ、舞菜ちゃん」
突然僕に名前を呼ばれた舞菜ちゃんは戸惑うように小首を傾げている。
なるほど、この姿になったことを知らないのか……
「あ、姉の桃香だよ」エヘっとばかりに笑ってみた。
決して、この格好が恥かしいから笑顔で誤魔化しちゃえとかいうことじゃないよ!
「え、ええええええええ? 桃香お兄さん? でも、その……」
舞菜ちゃんが驚愕している。
確かに長い金髪で目が青いから見た目が全然違う。
それに、む、胸も出てるのも認めよう。女子の制服? はぁ……
悲しくなってくるね。
「あ、うん。その桃香お兄さんだよ。美華から聞いてない? わたしね稲荷神様のせいで女の子の体になっちゃったんだよ」
「そうなのですか……」
舞菜ちゃんはまだ頭が混乱しているようで、どこか疑うような目を向けてくる。
それも無理が無いだろう、これが普通の反応だと僕も思うから。
八雲とか怜みたいに何の疑いもせず喜んでるのがオカシイんだよね。
僕は男のままの方が良かったのに!
「うん、ああそうだ、これなら信じてくれるかな。舞菜ちゃんから大きなハートの義理チョコ貰ったこともあるよ?」
「え! それって――」
舞菜ちゃんが目を大きく広げて、今迄の中で一番衝撃を受けたように見えた。
顔を真っ赤にして震える手で渡してくれたのを今でもちゃんと覚えている。
貴重な女の子からのものだったしね。
お返しにハンカチをプレゼントしたらとても喜んでくれたなぁ。
「あのチョコは美味しかったよ。美華も何故か強奪しなかったから、全部食べれたしね」
「嬉しいです」
あれ? 美華ちゃんが貰った時のように頬を染めて照れている。
でも、これだけ証拠を出せば僕と判るよね。
「ということでこんな姿だけど桃香なのだ。これからもヨロシクね。美華が迷惑かけてない?」
「そんなことないですよ。美華ちゃんにはいつも私がドジばかりして助けて貰っていますから」
「そうなの? 美華は子供っぽいから舞菜ちゃんに迷惑ばかりかけてそうな気がしてたよ」
「全然違いますよ」舞菜ちゃんがアハハと笑っている。
良い娘だよね。美華なんて実の兄を脅してくるし、酷い扱いだよ本当。
「桃ちゃん? 美華ちゃんと八雲は放っておいていいのですか?」
丁度話が一区切りしたのを見越して怜が話しに加わってきた。
舞菜ちゃんは怜にお久しぶりですとばかりに頭を下げた。
「あ、うん、いいと思うよ。僕はまだ死にたくないしね!」
美香は八雲と楽しそうにしている。それを邪魔するなんて……無理!
「はぁ……桃ちゃんがそれでいいなら気にしませんが、美華ちゃんが大丈夫か心配です」
「それは問題ないよ。そう思うよね舞菜ちゃん?」
「え? そ、そうですね。美華ちゃんは喜んでそうですし、いいと思いますよ」
急に僕から話を振られた舞菜ちゃんは少し慌てたが、美華達の様子を伺って頷いてくれた。
「ほら、舞華ちゃんも言ってるじゃない。怜も気にするだけ損だよ」
「そうですか、二人がそれでいいならボクも気にするのをやめます」
「うんそうしよう!」
又、お姉ちゃん! とか叫ばれて、体育館裏(公園)まで連れていかれたくないよ。
「そうだ、桃香お兄ちゃん? あ、今は女の子になってしまったからお姉さんって呼ばないといけないんですよね――」
そう言った舞華ちゃんは何処か寂しそうだ。
「うん? 舞菜ちゃんが呼びにくいならお兄さんでも構わないよ?」
僕は断然そっちの方がいいしね!
「え、本当ですか! でも……」
一瞬元気になったけど、舞華ちゃんはすぐ沈んだ表情をみせた。
うーん、迷ってるなぁ、実際この見た目で兄は無いのかもしれない。
ならば、後一押し。
「ほら、怜は僕のことを桃ちゃんって昔からの呼び方だし、八雲も桃香って呼び捨てだよ。舞菜ちゃんだって普段通りでいいんじゃないかな」
一瞬名前が出た怜がキョトンとしている。
八雲は聞こえてないようだ。
まぁ、何を言い出す判らないから、このまま黙っててもらったほうがいい。
そして、僕のこの一言が予想通りの効果をもたらした。
「でしたら、私は桃香お兄さんって呼びますね!」
舞菜ちゃんが顔を上気させてそう宣言してくれたからだ。
ふふふ、なんだろこの嬉しい気持ちは!
「舞菜ちゃんにご褒美だ」頭をなでなでしてあげる。
「きゃ、桃香お兄ちゃん、くすぐったいよ!」
「いいのいいの。もう美華じゃなくて舞菜ちゃんがうちの妹だったら良かったよ」
舞菜ちゃんは目を細めて撫でられるのが気持ち良さそうだ。
うん、これだよね!
やれ、女の子っぽくない! とか、言葉遣いがオカシイとか文句言われないんだよ!
理想の妹じゃないか!
「お姉ちゃん! なーに言ってるのかな?」
「え!」
その一言により、僕の幸福はあっさり過ぎ去ることになった。
さっきまで八雲に夢中になっていた筈の美華が僕にジト目を向けていたからだ。
八雲何してるんだ! お前の役目は美華の隔離だろうが!
「美華もお姉ちゃんのこと大好きなんだよ? それなのに舞菜ちゃんだけ可愛がるってオカシイよね?」
「そうだぞ桃香、美華ちゃんも十分可愛いじゃないか」
八雲にまで説教される。
怜に助けてと目を向けてみたら、
「さっきのは言い過ぎだと思います。美華ちゃんが怒っても仕方ないですよ」
怜にまで小言を言われた。
ならば、心の妹、舞菜ちゃんしか居ない! キラキラ目を輝かせて見つめてみた。
「桃香お兄ちゃん。照れます」
……どういう訳か目を潤ませているよ。
この展開は何?
「ああ、でも美華は心配しなくてもいいぞ? 俺が桃香と結婚すれば、戸籍上は俺の妹になるしな、桃香の代わりに大事な妹として可愛がってやるからな!」
「え、な、ええええ、お姉ちゃん!!」
八雲は善意で言ってるのだろうが、その軽い言葉により美華の戦闘値が計測不能に陥った。
脅威の力を手に入れた美華により――
ぐすん。その後のことは聞かないで下さい。
これで、第一章終了になります。
第二章のメインテーマは、稲荷神編の予定です。




