学校が始まった…… 3
「てかさ、近くだと可愛さが良く判るなぁ」
「それ誉めてるの? 全然嬉しくないんだけど」
じっくりと僕を観察している八雲を軽く睨みつけた。
「いや、本心からの台詞なんだがな、元から女の子ぽかったけど、本来の姿を取り戻したって感じだろ?」
「「「「そうそう」」」」
八雲の感想に、周りの男子も首を縦に振って頷いている。
「何処が女の子ぽかったんだよ!」
僕の中では多少中性的だとは思っていたけど、立派な男だったんだぞ!
「桃香ちゃんの容姿に決まってるだろうが」
八雲は僕の批判なんてものともしない風でニヤリと口元を歪めた。
めっちゃムカツクよ。それに――
「誰がモモカだ!」
「そう、怒るなって桃香。名前に体がついにマッチしたんだからさ」
……名は体を表すとは聞いたことあるけど、この場合は適用しないと思うんだ。
「はぁ、それで何? わたしに喧嘩でも売りにきたの?」
女子だけで疲れてるんだから、もういい加減にして欲しいんだけど。
「うん? 今わたしって言ったか? ――ちょっと萌えるものがあるな」
……やっぱり気付いたか、人前ではこの呼び方にしなさいと母さんに強制されてるんだよね。
「……それについては余り追求しないで――ええとさ、この見た目じゃない? 女の子たるもの僕とか言うのは駄目なんだそうだよ」
「ああ、ひょっとして桃香のおばさんの言い付けか、なら仕方ないな」
僕の家によく遊びに来ている八雲はすぐ納得したようだ。
あの個性の人はそうは居ないだろうからね。
「じゃー、用件も済んだみたいだし、あっち行ってよ。わたしも帰るから」
このまま囲まれていたら、何時になっても帰宅出来ないよ。
「おいおい、まだ用件は済んでないぜ!」
八雲が何を馬鹿なこといってる、という感じで口を開き、
「「「その通りだ!」」」
他の男子までも一斉に身を乗り出すように喚きだした。
今迄妙に静かだと思ったら、僕達の会話を聞いて判断していただけなのね――
「な、何?」
思わず、言いよどんでしまった。
ガタイの良い男子に囲まれているだけでも十分なのに、ズイっと迫ってこられると少し恐いよ。
「ふふふ、そんなに難しいことじゃない」
八雲の思わせぶりな台詞が余計不安感を煽ってくる。
「……だから、何なんだよ!」
余裕が無い僕は癇癪を起したように怒鳴りつけてしまった。
「いやな、ちょっと俺達にも胸を揉ませて欲しいんだ」
「言った!」
「勇者だ!」
「さすが、豊川!」
「きもっ! だがそこがイイ!」
一斉に男子から賞賛? のような声が飛び交った。
中にはハイタッチをしている奴等までいる始末だ。
「……八雲さ、馬鹿なの、死ぬの? アホで変態とは知っていたけど、そこまでだとは思わなかったよ!」
怒りで肩が自然と震えている。
恐怖なんて一瞬で消えていた。
「ふっ、男子たるものそこに偉大なる二つの山があるなら、挑まずにはいられないだろう! 尚且つ桃香とは裸を見せ合った仲、遠慮は要らない!」
「「「おお」」」
男子達も歓声を上げている。
うっ、確かに一理ある――って無いだろ!
小学校からの腐れ縁だし、一緒にプールや、学校の修学旅行等でお風呂にも入ったことがあるけど……今の体は普通に女の子なんだから、あり得ないよ。
「御託はそれでおしまい? わたしの体をなんだと思ってるのさ!」
「勿論、理想郷だ。美少女の裸を見たり、触れたいと夢みるのは正常な感覚である!」
八雲は言い切った後、ウンウン頷いて自分の台詞に酔っているみたいだ。
やはり馬鹿だ。
「同じ台詞を、うちのクラスの女子に言ってみれば?」
めんどくさくなって素っ気なく相手することにした。
「はっ、何て愚かな質問だろう。うちのクラスの女子が幾ら集まろうが、桃香の方が可愛いに決まっている。金髪美少女は漢のロマンだ!」
「ふーん、そのロマンはわたし以外にしてね。捕まらないことを祈っているよ」
「……そ、そう言うなよ――助けると思ってさ、この通りだ」
八雲はすがるように僕を見て、今度はペコリと頭を下げて泣き落としにきた。
次から次へとよくもまぁ……
「却下!」
「そこを何とか、俺と桃香の仲だろ?」
「駄目なものは駄目!」
「お前等何を黙ってる、ほらお願いするんだ!」
八雲は物量作戦に切り替えて、周りを扇動しだした。何人でも同じだけどね。
「桃香ちゃん、いえ、桃香様お願いします!」
「哀れな俺らにお慈悲を!」
「「「「お慈悲を~」」」」
幾らお参りしても無理、これだから男は危険なんだよ!
――って、僕もその男だったような……
実際、柔らかくて癖になる触り心地だし、夢中になるのは判らないでもない……少しぐらいなら――
ハッと我に返る。あ、危なかった流されかけたよ。
母さんの顔が急に浮かんできたから助かったのだ。
「桃香ちゃんは隙が多いから気をつけるように!」これは散々言われたことだった。
それこそ、一番初めに怒られて、最後までくどく説教されたぐらいだ。
その後、男子達が諦めるまでに20分以上も付き合わせられた。
男の執念の凄さを肌身に感じて、女子とは別の意味でぐったりしたのである。
やっと開放された僕は、そそくさと帰宅することにした。
これ以上余計なフラグが立つのを回避したかったのだ。
しかし、何故か僕の左右を二人の男子が固めるように歩いている。
帰宅時に横に広がってはいけないと習わなかったのだろうか。
その二人とは、八雲と、怜のことである。
僕と豊川 八雲、笠間 怜、は仲の良い幼馴染であり、この学校でもそれは続いていた。
八雲が短く硬い頭髪の野性味のある健康児だとすると、怜は猫っ毛の肩に届かないぐらいの長髪であり、眼鏡を掛けて理知的な雰囲気をさせている。
どちらも身長がそこそこあり、現在の僕からすると頭一個分ぐらい上の高さだ。
黙っていれば、中の上から上の下ぐらいの見た目だし、結構モテルのではないかと思う。
「おい、怜、なんでお前迄此処にいる?」
「ボクから言わせてもらうと、八雲の方こそどうして此処にいるんですか?」
僕の頭越しで、睨み合うのは止めてくれないかな。
バチバチと火花が飛び散り、その火の粉が僕に落ちてくる気がするよ。
「そんなの決まっている。俺の桃香と一緒に帰る為だ」
「ほぉ、いつから、八雲のになったのです。桃ちゃんは誰のモノでもないですよ」
怜が静かに凄み、その冷たい雰囲気に八雲は一瞬気圧されたように身構えた。
心にヤマシイことがあったからだろう。
「ふん、怜は知らないのか。桃香の澄んだアクアブルーの瞳は俺だけを見ているのだ!」
「――寝言は寝てから、否、死んでから言いなさい……」
「死んだら言えねーよ!」
「はぁ……桃ちゃん気をつけて下さいね。なんなら、ボクが排除しても構いませんよ?」
怜は付き合ってられないとばかりに、今度は僕を気遣ってくれている
「うん、それも一つの手かもしれないね。でもさ、八雲が変なのは今に始まったことじゃないし、どうせ冗談だと思うよ?」
「桃ちゃんは優しいですね」怜が微笑んだ。
眼鏡の奥の視線がとても暖かく感じる。
「冗談な訳あるか! 幼馴染で俺の好みは知り尽くしてるし、尚且つ、この見た目、理想の彼女そのものだ!」
折角誤魔化したのに……本心から言ってるのが判るから性質が悪いよ。
うん、この話題は拙いからスルーだね。
「そうそう、怜はなんでさっきの輪に加わらなかったの?」
クラス中の男女が僕の周りにいたけど、同じ教室に居た筈の怜の姿が無いことに疑問を感じていたのだ。
「ああ、そのことですか。どうせ八雲の馬鹿あたりがはしゃぐのが判ってましたから。それなら、落ち着いたところで話したほうが効率的じゃないですか」
「なるほどね」
「誰が馬鹿だ!」
僕が頷くのと、八雲が喚くのが同時だった。
「…………」
何も発言しないところをみると、怜も八雲の発言はスルーするみたいだね。
「桃ちゃんはこれから大変でしょうし、何かあった時は遠慮せずボクを頼って下さい」
「うん、ありがと怜」
「あのぉ、もしもし――」
「…………」
聞こえないね。世の中は平和だよ。
「いえいえ、お礼なんて要りませんよ。幼馴染として当然ですから」
「……いいんだ、いいんだ。そうやって無視するんだな、俺なんて要らない子なんだよ……」
八雲は遂にイジケだしてしまった。なんだかんだで寂しがり屋なんだよね。
アホなこと言わなければ、放置しないのに少しは頭を使って欲しいよ。
「まったく、八雲も少しは大人になってよ」
「お! それは、アレか? 桃香が大人にしてくれるということでいいのか?」
やっと僕が話掛けたことで八雲は元気を取り戻した。
しかし、恩をあだで返されるように僕は三秒で後悔することになった。
何故って八雲の言ってることは――ああ、もう! 顔が少し赤くなっているよ!
「……桃ちゃん、馬鹿はほっときましょう。それがいいです。桃ちゃんが優しいから図に乗るのです」
今回に限った訳じゃないけど、怜の言うことはシミジミと納得させられるね。
「そんなに馬鹿馬鹿言うな! 大体さ、こんな可愛い子が目の前に居て、やりたいと思わない男なんて居ない! 俺は間違ってないぞ。実際、怜はどう思っているんだ。桃香が女だったらな? とか一度も考えたこと無いのか? 正直に言ってみろよ!」
「それは……」
八雲の反撃に怜が口ごもった。それが真実だからだろう。
というか、二人ともそんなこと思ってたの! 信じられない!
僕が憤ってる間にも二人の会話は続く、
「好きなことは何も悪いことじゃない。己の価値観を信じれなくてどうするよ」
「くっ、悔しいですが八雲の意見にも納得すべき点がありますね。ボクは何を難しく考えていたのでしょう。桃ちゃんは可愛い! それだけのことなのに。何の遠慮も要らないじゃないですか!」
うわっ、あっさり八雲なんかに説得されたよ。お互いに握手なんてしだしている。
僕の前でしてるから、とても歩き辛いよ。
それと、さっきから気になってることが――
「ねー、わたしの意思はどこに行ったの?」
「「無いぞ(です)」」
二人に爽やかな顔で断言された。
……オカシイよ。何処からこの流れになったのだろうか?
僕の行動を思い出してみる。
そして、気付く、八雲を構ったのが失敗だったのだ。
くぅ、八雲め! 僕に何の恨みがあるんだよ!




