学校が始まった…… 2
前話のサブタイトルに 1 を追加しました。
非常に下らない内容でクラス内の騒ぎが広がり、それが収拾する頃には、僕は聞き耳なんて立てなければ良かったと後悔していた。
素直に呼ばれる迄、廊下の主をしてるべきだったのである。
精神的にかなり疲れてしまったよ。
「はぁ……」
本日何度目かの溜息をついた頃、
「伏見入ってこ~い」
モナカの声が聞こえた。
再び緊張が甦り、ゴクリと喉を鳴らす。
頭には、笑われるのかな、不気味に思われたり、嫌われるのは勘弁して欲しい等の暗い状況が浮かび、それを何度も首を振って否定する。
教室のドアに手をかけても、力を込めることが出来ない。
うう、僕はこんなに意気地無しだったのだろうか?
知ってる人間が居る中にこの姿で飛び込むのは勇気がいる。
でも、母さん達は可愛いとか言ってくれていたし、それなら好意的に受け入れてくれる可能性だってある。
可愛い? 何かそれは嬉しくない響きだ……
不毛な思考の迷路に再び迷い込みそうになった時、
「おーい、早く入ってこーい」
再びモナカに催促された。
このまま逃げたいよ。
でも、そんな訳にもいかず、唯、時間だけが経っていく――
「ふぅ……」
軽く深呼吸をして心を落ち着かせた。
残された道は開き直るしかないのだから、それを実行するしかないのだ。
深く考えると行動出来なくなる、それならと、無心でドアを開けて中に入ることにした。
「な!」「うわ!」「おお!」「ええ!」
各種驚愕する声が流れ、クラスメイトの視線が痛い程僕に突き刺さってくるのを感じた。
その視線から逃げるように、後ろを向いてドアを閉めると、なるべく皆に顔が見えないように手招きしているモナカの横まで歩いていく。
モナカはうんうんと笑顔を見せていた。
「どうだ! 俺の嫁は可愛いだろ!」
モナカはそう言うと、僕の肩に両手を乗せて全員に披露するように前に突き出した。
ええ! 予想外な行動に慌てる。
その動きに釣られて僕は俯いていた顔を上げてしまい、皆と視線が交差した。
「うわ! 桃香ちゃん可愛い!」
「金髪、碧眼って……」
「やばい、俺惚れそう」
「桃香ちゃんに俺見つめられたし!」
「アホか俺に決まってるだろうが!」
「違う俺だ俺!」
「はぅわ、桃香君がこうなるんだね」
「元も可愛かったけど、これは、うふふ」
一斉にクラス中をマシンガンの如く言葉が飛び交った。
その声量には驚くが、少しホッとしてもいた。
否定的な意見が一つも無かったのだ。
も、も、か、ちゃんはムっとするし、うふふみたいな一部恐い発言も聞こえたけど、その部分はつっこまない方が正解な気がする。
「ほら、お前等煩いぞ、伏見が困っているだろ」
この騒ぎを収めたのはやはりモナカだった。
瞬時に音が止み、再び僕に興味津々な視線が飛んできた。
特に、髪とか、む、胸とか、太ももが多い気がする。
正直、そんなに見ないで欲しい。
思わず赤面して、俯いてしまった。
「うわぁ、美少女の恥じらう姿、絵になるな!」
「てか、モナカ、いつまで俺の桃香ちゃんに触れているんだ!」
「そうよ、先生セクハラ!」
「「「離せ、離せ、離せ、離せ」」」
「判った、判ったから、これでいいんだろ!」
全生徒からのダンダンと床を足で鳴らしたコールに、モナカの手が慌てたように離れた。
肩が少し軽くなった気がする。
「え、ええとだな……という訳で、伏見はこうなってしまったが、これからも仲良くしてやって欲しい」
「「「当然だよ(わ)」」」
肩の件をはぐらかすようにモナカが説明すると、クラスメイト達は笑顔で頷いた。
今の反応でモナカも少し落ち着いたようだ。
「さて、伏見、折角だし何か挨拶でもあるか?」
「待ってました!」
「モナカもう消えていいぞ!」
「そそ、邪魔よ。桃香君と一緒の視界に入らないで、汚らわしいわ」
「モナカ菌がついたし、桃香ちゃん、後で消毒するんだぞ」
「その時は、手取り足取り、俺が落としてあげるからね」
「男子死ね、いや、死体になると邪魔だから、塵になって消えろ」
皆の迫力に僕は不安気にキョロキョロ周りを見てしまう。
困ったよ。このまま一箇所だけ空いてる席に行きたいんだけど、こう騒ぎになってしまうと僕が何か言うまで大人しくならないと思う。
現に最初に話したモナカが、「お前等俺をなんだと思っているんだ……」とぼやいた後、僕を見ながら片手を垂直に出して何か話してくれみたいにお願いしている。
ううう、恥かしいのに……仕方ないよね――
「ええと……こんな格好になっちゃいましたけど、伏見です。これからもよろしく、でふ」
痛っ、噛んだ! 嫌々させるからこうなるんだよ!
それを誤魔化すようにペコリと頭を下げ、長い金色の髪が目に掛かった。
「声も綺麗!」
「さすが、神よね。天上の美しさだわ」
「癒されるわ」
「最後の舌ったらずな感じも可愛い」
なんだろう、誉められてる気がするのだけど、ちょっと反応が過激なような――
一部の男子と女子なんて呆けたようにしているよ。
大体最後のは噛んだだけなのに……
「よし、挨拶もすんだし、その空いている自分の席につくように、何かあったら先生に遠慮なく言うんだぞ。(そして、ごにょごにょごにょ)」
「あ、はい……」
最後のモナカの言葉はよく聞き取れなかったけど、世の中には知らない方がいいこともあるに違いないよね。
僕は素直に廊下側から三つ、前から四つ目という手頃な位置の席に座るのだった。
その後、モナカから始業式の内容を聞き、僕らは体育館に移動した。
空白の時間が出来ると質問攻めされそうなので、これは助かった。
勿論、移動中とかにも少しは話したけどね。
瞬く間に始業式が終わってしまい、流れ作業のように帰宅時間が来ると、それまで抑えていた反動が現れたかのように、僕の席の周りには女子軍団が黒山を作っていた。
その山の向こうには更に男子の輪が囲んでいる。
「近くで見ると、目が透き通る蒼い宝石みたいに綺麗」
「まつ毛も長くて、羨ましいなぁ」
「肌も白くてすべすべだよ」
急に一人の女子に頬を触られた。
「く、くすぐったいよ!」
「それに、髪も金色に輝いていてサラサラ」
「本当?」
「はぅ、引っ張らないで……」
手櫛をされるように髪を複数人に弄られる。
これは結構気持ちがいいかもしれない。
「胸も適度な大きさで柔らかいわ!」
「ひゃん、それやぁ!」
新たな女子にブレザーの中に両手を入れられ、ブラウスの上から二つの頂を揉まれてしまう。
体に刺激が走り、一瞬だけ体がビクっとなった。
「感度も良好だわ!」
「太ももも触り心地最高だよ!」
「はぅうん、や、やだ!」
むき出しの太ももを、小さな手が動きまわっていた。
凄い、むずむずしてくる。
「それに、お尻も小さいよね」
「や、やーん」
数人の手がお尻の形を確認するようにじっとりと撫でている。
まるで、珍獣に触れるみたいな扱いだった。
ああ、僕はお稲荷様だからあってるのかもしれない。
――この女子の行いは僕がぐったりするまで続けられるのだった。
なんで、僕がこんな目に合わないといけないの! 女の集団って恐い……
「さ、災難だったな」
僕が灰になっていると、頭上から慰めるように話しかけられた。
声の質から八雲だと判る。
ガバッと顔を上げて睨むと、そこには苦笑する八雲を中心に、男子生徒が集まっていた。
「何で助けてくれないの!」
八雲は判ってないないなぁと肩を竦める。
「女子の群れの中にか弱い男子が紛れ込める訳ないだろうが!」 周りの男子もその通りと頷いていた。
不覚にもさっきのを味わった僕としては真理かもしれないと思ってしまった。




