宇宙戦艦『チンエン』1
「総員、戦闘配置」
「各クルーは持ち場へ」
コンピュータによるガイダンス音声が、鳴り響く。
デッキ通路では、惑星連邦の赤と濃緑の配色の士官服を着た者たちが持ち場へ急ぐ。
銀河系惑星連邦所属の宇宙戦艦『鎮遠』。
ブリッジでは、艦長席に座るビエアラン人の艦長ゼッド・ビ・アランド大佐がコース・スクリーンを睨みつけている。
「どこから来る?」
「コース2451マーク63」
レーダー要員のリークス中尉が短く答える。
ビ・アランド艦長はそこにコースをセットした。
「相手は何だ?」
「『キダー・スフィア』小型だが、3基いる」
『キダー・スフィア』3基か。いつもながら厄介な相手だ。
「可視領域に入ります」
「フルスクリーンに出してくれ」
前方の映像スクリーンに宇宙空間が映し出される。
その中央に、小型の『キダー・スフィア』が3基見えていた。小型だとはいえ、1基が全長740mの『チンエン』とほぼ同等の大きさがある。
青銅色の球体物体。中は様々な武器類で一杯のはずだ。『キダー・スフィア』は球形の戦闘機械なのだ。
「ガリアル・オーバードライブ砲を準備」
ビ・アランド艦長の命令が響く。
艦長命令はすぐさま、戦闘実戦部隊に伝えられた。
「まだ、射程外です」
副長のチュルク・ガリアル中佐が意見具申を行う。
合理的思考の高い『ガリアラング人』であるチュルク中佐は、ビ・アランド艦長のビエアラン人の資質である直情径行を心配している。
ゼッド・ビ・アランド艦長は血気盛んな、『ビエアラン人』だ。この『チンエン』の最大の武器であるガリアル・オーバードライブをいきなり使おうとしている。
ガリアル・オーバードライブは一撃必殺が絶対条件。外すとこちらがしばらく動けなくなる。少し様子を見たほうが良い。
「それは、相手も同じだろう。リークス、奴らの武装はわかるか?」
「真ん中の1基に中距離砲。他の2基に距離砲はない」
「距離砲を持っていない? 斥候部隊か?
長距離砲を持っていないとすると、こちらはアウトレンジで攻撃出来るってことだな。
マジャール!」
「こちら、マジャール」
機関室のマジャール・ガリアル少佐の返事があった。
「ビ・アランドだ。作戦を説明する。
我々の敵は3基のキダー・スフィア。
真ん中の1基だけが距離砲を持っている。
向こうの距離砲は、射程外だ。
こちらのガリアル・オーバードライブはもうすぐ射程内に入る。
射程に入ると同時にロック少佐が照準してすぐにぶっ放す。
同時に奴らの座標マイナス90°の位置にワープして曲射光子砲で残り2基を片付ける。
オーバードライブとワープエンジンの準備を頼む」
「こちら、マジャール。作戦、了解」
「チュルク、意見は?」
チュルク・ガリアル中佐は、その雌に近い容貌でビ・アランド艦長の作戦を分析していた。
いかにも戦闘意欲が非常に高いビエアラン人らしい勇敢な作戦だ。男らしい作戦である。
しかし、投機的でもあった。
危なっかしい。こちらの作戦が読まれている可能性がある。
戦いを回避したほうが良いかもしれない。
「まだ、相手のキダー・スフィアに敵意があるか確認されていません。まず、こちらから問い合わせてみるべきです」
「惑星連邦規約によれば……」
ビ・アランド艦長は即座に答える。
「相手が『キダー』の場合は、いかなる説得その他、それへの問い掛け行為は無駄なのですぐに戦闘態勢に移行せよ。とある」
確かに、その規約はある。
『戦闘生物キダー』は、自分以外のどんな生物に対しても戦闘的で有無をいわさず、ともかく攻撃する。
手段が目的となっているのだ。攻撃することが彼らの目的だった。そして相手を撃破するまで攻撃を止めない。
だから、厄介な相手だった。
「わかりました。艦長の作戦を支持します」
「ありがとう……チュルク」
ビ・アランド艦長は、片目をつぶってみせた。地球人のいうウインクというものか?
チュルク・ガリアルは何故かゾクっとする悪寒を背ビレに感じた。
退化しているが、水中生物だった頃の名残である小さな器官としての背ビレがガリアラング人にはあった。
「艦長、射程に入る。5、4、3、……」
リークス中尉が照準有効になるまでの秒読みを開始する。
「ロック少佐。照準しろ」
リークス中尉の秒読みが続く。
「2、1、照準可能領域」
「ロック少佐?」
「照準完了です」
「オーバー・ドライブ砲、発射! 派手に頼むぜ」
尾翼部に設けられているオーバー・ドライブ砲の砲身がオレンジ色に輝き、砲口から太い光の束が前方に向かって発射される。
「マジャール、ワープだ」
「了解」
鎮遠の船体がゆらぎ、消えた。
立体映像で考えた時、『オーバー・ドライブ砲』で攻撃した真ん中のキダー・スフィアの真下にすぐに鎮遠が出現することになる。
鎮遠が前にいた位置から発射されたオーバー・ドライブ砲は、3基のキダー・スフィアの真ん中の一基に正確に突き刺さり、それを破壊していく。
惑星を吹き飛ばすほどの威力を持つオーバー・ドライブ砲である。パワーを落としているとはいえ、大変な破壊力だ。一撃必殺の名に相応しい。
「ロック少佐! 曲射光子砲の照準は?」
「出来ています」
「よろしい、曲射光子砲発射」
今度は、円盤部の各所に設けられた光子砲の砲台から光子パルスが発射される。
それらは、途中で射線が曲線的に変化し左右のキダー・スフィアに吸い込まれるように命中した。
オーバー・ドライブ砲に比較すれば威力が小さいが、確実にキダー・スフィアを引き裂く。
あくまでも、比較すればの話であって、パルス砲に使われる光子パルスは銀河系内の知られているほとんどの物質を分子レベルまで分解することが出来た。
「リークス、敵の生命反応はあるか?」
「ない……完全に殲滅した」
「よろしい」
『キダー・スフィア』の脅威は粉砕した。
近くに敵はもういない。
ビ・アランド艦長のアドレナリン分泌量が減っていくのがわかる。
実際、ビ・アランド艦長の属するビエアラン人たちの興奮度合いの測定は簡単だった。
直情径行型の彼らは、見た目のままですぐわかる。
戦闘生物『キダー』は、不気味な存在だが、戦闘を好むビエアラン人たちは単純でわかり易い。
「戦闘配置解除。各員は通常勤務へ。
チュルク。戦闘経過を艦隊本部へ送ってくれ」
ブリッジに弛緩した空気が流れる。
宇宙戦艦『鎮遠』。
機関部と武器類を搭載した円盤部とそれを貫くように直線的な推進部から構成されている。
全長740m、円盤部長径420m、短径310m。
メートル法が正式単位では無いが、地球の影響範囲にある星域では一般化されている。
乗員定数128名。
すべてヒューマノイド型の乗員で構成されていた。
「さて、諸君。敵も退治したし、宇宙は平和になった。
私は、少し休ませて貰うよ。夢の続きが見たいものでね。
チュルク、ブリッジを頼む」
ビ・アランド艦長は、ブリッジから自室である艦長室に引き上げていった。
敵も退治したし、宇宙は平和になった……
実際は、宇宙はまだ危険に満ちているし、『キダー』はまだまだ脅威だ。
地球的ジョークなのだろうが、気が知れない。
ビ・アランド艦長が地球文明に興味を持ち、それに入れ上げているのは艦内の誰もが知っている。
しかし、ビ・アランド艦長は『ビエアラン人』なのだ。どこまでいっても『地球人』にはなれない。
チュルク中佐は、艦長のそんな気持ちが理解できないでいる。
『ガリアラング人』である自分には何かを模倣するという気持ちが理解できない。
ビ・アランド艦長は、宇宙は平和になった。とジョークで言ったが、銀河系は戦争状態だった。
相手は、先ほどの『キダー』である。
戦闘生物『キダー』
自分以外のどんな生物に対しても戦闘的。ともかく攻撃してから相手を認識する。
攻撃し占領すること以外に目的はない。
捕獲した武器は必ず自分のものとし大量生産する。
捕虜は、独自に洗脳し、攻撃本能だけを活性化させて手足として使う。
意志の統一は完全に出来ている。
攻撃、占領、捕虜の確保以外に目的が無いからである。
これほど、戦闘に特化した生命体はいない。
洗脳した捕虜を戦闘要員にした『キダー・スフィア』で攻撃してくる。
『キダー・スフィア』は至る所に出没するが『キダー』の本体はどこにいるかわからなかった。
銀河系の深淵部にいるらしいが、誰も見たことがない。
このような生物であるため、その総体的な戦闘力は驚異的に大きい。
実際に銀河系の半分近くは既に『キダー』に占領されている
チュルク・ガリアル中佐の故郷である、ガリアラング星もそんな中の一つだった。
実は、惑星連邦の結成も『キダー』の攻撃に起因する。
『キダー』の攻撃に逃げ惑った銀河系の知的生命体がファースト・コンタクトもそこそこに『キダー』に対して共同戦線を張った。
それが、銀河系惑星連邦だったのである。
以来100年以上も惑星連邦と『キダー』は互いに占領地区を拡げようと戦争状態に陥ちいっている。
艦長室に戻ったゼッド・ビ・アランド艦長は、解放された気持ちになっていた。
確かに自分は戦闘意欲十分なビエアラン人としての資質を強く残している。
しかし、ビエアラン人とていつも戦闘状態ではないのだ。
息抜く間も必要だ。特に自分はビエアラン人としての直情径行は少なく内省的で冷静沈着に対応できる自信があった。
だからこそ、惑星連邦士官として資質を認められ宇宙戦艦の艦長としての職責を担うことが出来るのだ。
そんな自負があった。
ビ・アランド艦長は地球に興味を持っていた。
銀河系外縁部 太陽系3番惑星
宇宙暦にいたるのが非常に遅れた、銀河系惑星連邦の新参者。
その知的レベルを疑う者も、惑星連邦内には多い。
しかし、ビ・アランド艦長はこの地球文明に多大な興味を抱いたのである。
地球は不思議な惑星だった。
それが生成されて既に45億年経過していた。
その間に、様々な優占種となる生物が現れるがどれも知的生命体となり得なかった。
恐竜網という当時の優占種の中からただ1種だけかろうじて宇宙まで進出した種がいたが、彼らは宇宙に出たまま地球に戻らなかった。
その後、ホモ・サピエンスという知的生命体をやっと生み出す。
そのホモ・サピエンスたちが250万年掛かってやっと自分たちを恒星間宇宙探査が出来る段階まで進歩させ、宇宙暦が使用出来るレベルに達した。
250万年という膨大な年月である。他の銀河系の知的種族と較べると時間が掛かりすぎている。
よく知的遺伝子の退行が起こり、進化の袋小路に陥らなかったものだと感心もしていた。
彼らは250万年も掛かってゆっくりとその知的レベルを向上させていったのか?
否、それが違うのだ。彼らは地球という惑星の表面を統一するのに250万年も掛けたのだ。
驚異的なことだ。自分たちの意志を統一するという、ただそれだけの事に地球人はそれだけの時間をかけたのだ。
他の星では、考えられないことだった。
ビ・アランド艦長は、そこに興味を持った。
地球には250万年に渡る地球人の歴史があった。その量は膨大である。
艦長室のライブラリィにはビ・アランド艦長が収集した地球文明の歴史遺産が豊富にある。
そんなライブラリィを彼は、特に気に入っていた。
地球の歴史の重みというか、深い含蓄がある。
それに、抱かれながら瞑想に耽るのが最近のビ・アランド艦長の息抜きになっていた。
ソファに深く身を屈め、少しづつ瞑想を深めていく。
何かが聞こえてくる……
『何だ……』
その声が段々大きくなってきた。
唸り声。そのように聞こえる。何だ?
猛獣の唸り声だ。すぐそこにいるように感じるが姿が見えない。
相当大きい。息使いさえ聞こえてきそうだが見えない。
しかし、ここは艦長室だ。巨大な怪獣が存在できるほどの奥行きはないはずだった。
ビ・アランド艦長は腰にさしたビエアレイザーガンを引きぬいた。
唸り声の中心に、狙いをつける。
激しい唸り声とともに、巨大な爪が襲ってきた。
思わず腕で払ったがその腕に傷を負った。激しく出血する。重傷だ。
奴は見えない。見えないが確実に存在する。
これは現実だ! 吹き出した血液がそれを証明する。
唸り声の中心にあたりをつけて、ビ・アランド艦長はレイザーガンを発射した。
ヒットする。奴の輪郭がレイザーガンの光線の残像で見えた。
巨大な怪獣だ。肉眼では見えない。
この巨大さは何だ。何故この部屋に存在できる?
唸り声がさらに大きくなる。レイザーガンの攻撃は効果があったのか?
もう1発、レイザーガンを発射する。再びレイザーガンの残像で輪郭だけは、1瞬だけはっきりする。レイザーガンの破壊効果はまったく無いようだ。
次の瞬間。ビ・アランド艦長の身体はその巨大な顎門に捉えられ、噛み砕かれた。
巨大な牙を心臓に打ち込まれ、ビ・アランド艦長は瞬間に絶命した。
勇敢なビエアラン人にしては、あっけない最期だった。
肉や骨が噛み砕かれる音が聞こえている。そこかしこに赤い血液が撒き散らされた。
ビ・アランド艦長は正体がわからない巨大なものに喰われている。
彼の身体を飲み込もうと、その見えない『怪物』は死体を咥えたまま首を左右に振ったようだった。実体が見えないのでビ・アランド艦長の身体だけが動いているように見える。そのたびに、血のシャワーが室内に降り注ぐ。
やがて、ゴクリっと嚥下するような音がする。
たぶん、牙の間とおぼしきあたりからぼとりと身体の一部が落ちた。
残ったのはレイザーガンを持ったビ・アランド艦長の右腕だけだった…………
ビ・アランド艦長は、凶暴なる何かに喰われたのだ。
ブリッジ(司令室)では、後を任されたチュルク・ガリアル副長が、新たな『キダー・スフィア』の脅威がないかを探査範囲を2光年先まで拡大して調べている。
「2光年周辺まで、『キダー・スフィア』は見当たらない」
リークス中尉が感情がない顔でチュルクに報告する。
実際、リークス中尉には感情がない。そのような機能が無いのだ。
彼は、通信に特化した生命体。リークスという集合生物の一部だった。
彼らはその子実体を各地に送り込みサイコ(精神感応)レーダー網を構築する。
鎮遠にいるリークス中尉はその子実体の1体だった。
「副長」
操縦担当のガンドン・ロック少佐だ。
「0.5光年先に、時空の裂け目があります。コース上です」
「リークス!」
「確かに、存在する」
「何故、報告してくれなかったの?」
「要求事項にない」
その、能面のような(ガリアラング人が『能』を理解するとは思えないが……)リークス中尉の顔を叱責するように見たが、鏡に唾するようなものなのでやめた。
「ロック少佐、時空の裂け目との衝突コースを回避して。新たなコース設定」
「了解」
「ロック少佐、あなたも1人じゃ大変ね。優秀なナビゲーターが必要だわ。艦隊本部に申請しておきましょう」
「艦隊本部でも、人出不足じゃないですかね。
『キダー』の攻勢が激しいようですし最前線へ送られる戦艦が優先されるって話ですよ」
「鎮遠は最前線防衛艦じゃなかったかしら」
「そうですけど、やっぱり優先順位は低くなると思いますよ」
ロック少佐との打ち合わせを終了して、リークス中尉に向き直る。
リークス中尉は、リークスの子実体であるため、艦隊クルーとしての訓練を受けていない。惑星連邦の一員であるが、連邦艦隊という認識は薄かった。中尉という階級も便宜的に付けてある。
「リークス中尉、要求事項を拡大します。本艦に取って脅威となる可能性のある全てのものを対象に探知して下さい」
「要求を受け入れる」
「よろしい」
これが、イラツキというもの?
ガリアラング人といえども感情がまったく無いわけではない。
感情の動きを見せない事が強く美徳と認識されているのだ。
彼らの額から伸びる2本のツノ。大きさは自我の強さを表す。
また、その色の変化は感情の強弱を表している。それを変化させないことが彼らの社会では美徳なのである。
そして今、チュルク中尉のツノは少しだけ原色に近づいた。と、いっても他者からはわからない程度である。
「副長」
「何?」
リークス中尉だ。
「艦長室に侵入者」
「えっ! どこから」
「不明。突然現れた。大質量。全長15m。重量約12t」
「危険度は?」
「不明」
「ビ・アランド艦長、聞こえますか?」
ツノに付けた通信装置から発信する。
「応答がない!」
チュルク中尉は艦長室へ向かう。
「フェニク大尉、一緒に来て頂戴」
ブリッジの出入口を固めている艦内保安責任者のフェニク・デ・アランジュ大尉を同行させる。彼の腕には、ビエア突撃銃があった。
フェニク・デ・アランジュ大尉は、艦長と同じビエアラン人だった。
勇猛さでは誰にも負けない。
チュルクも腰にさしているレイザーガンを改めてドアフォンに声を掛けた。
艦長室は、ビ・アランドが執務しやすいようにブリッジのすぐ隣にあった。
「ビ・アランド艦長、大丈夫ですか?」
返事は無い。チュルクはフェニクに目配せをした。フェニクも頷く。
緊急解錠コードを音声入力するとドアが開いた。
フェニクが飛び込んでいく。チュルクも後に続いた。
室内は惨憺たる有様だった。
鮮血に彩られている。足を踏み出すと圧倒的な血の量にすぐに靴が濡れてしまいそうだ。
フェニクは、さらに部屋の奥に飛び込んでいった。まだ、何者かがいるかもしれない。
「リークス。侵入者はどこにいるの?」
ブリッジのリークスを呼び出した。
「艦長室に反応はない」
「どこへ行ったの?」
「艦内にはいない。突然消失した」
「消失? 転送したってこと?」
「転送の痕跡はない」
本当に、突然消えたってわけね。
「フェニク、もういいわ。侵入者はもう消えたらしいわ」
フェニクは、レイザーガンを持った右腕を持って戻ってきた。
チュルクは思わず足ずさる。
「ビ・アランド艦長の身体の1部のようです。他にはありませんでした」
「じゃあ、室内にある大量の血痕はビ・アランド艦長のもの?」
「そのようです」
ビエアラン人の血の色は赤いのだ。唐突にチュルクは思った……
『準惑星セレス』が、地平線に沈んでいく。
地球人類は『セレス』をテラフォーミングして植民することに成功した。
全体的に技術力の低い地球人にとってみれば、画期的なことだったのだ。
惑星全体を地球型環境に変えて住める星とする。たった、これだけのことが地球人にとっては難事業であり、地球人にとってみれば大土木工事だった。
直径952km。火星と木星の間に拡がる小惑星帯の中では最も大きい。
地球の経済力から考えると、最も適した投資対象だったろう。
今の地球の科学力を動員してもこのくらいのテラフォーミングしか出来ない。
それでも当の地球人は自分たちの科学力に満足している。
今では、1000万人規模の地球人が移り住みそれぞれの生活を営んでいた。
銀河系惑星連邦宇宙艦隊の士官候補生である『王朗・マクセル』の両親もセレスに住んでいた。
『地球は遅れている』
彼は、宇宙艦隊アカデミーの窓から沈みゆくセレスを見つめている。
宇宙艦隊アカデミーの建物のあるこの星は、何と『月』である。
『月』……
地球の衛星であったあの『月』である。
ビエアラン人を中心とする銀河系惑星連邦の科学力で内太陽系と外太陽系の境界線である小惑星帯のこの軌道上に『月』を移動させてきた。
そして、逆に『セレス』を衛星としたのである。
『月』には、銀河系惑星連邦の主要組織を集合させた。
『月』は、惑星連邦の『キダー』に対する本拠地となっていた。
ワープ技術はワープ25まで発達していた。
銀河系は約2時間で横断できる。ここまでになってくると空間移動が意味を持たない。
転送技術が飛躍的に発達。物体の移動は瞬時に可能となった。
意味を持つのは、武器を搭載した戦闘艦だけである。
輸送艦、探査艦などは既に無い。
強力な戦闘力を持った、宇宙戦艦だけが『キダー』と闘う手段だったのだ。
『キダー』はますますその勢力を拡大していく。今では、銀河系の半分以上をその勢力範囲に置きそうな勢いである。
その力の源はどこにあるのだろう。今では銀河系のそこかしこに『キダー・スフィア』を飛ばして、力を誇示していた。
銀河系惑星連邦も、もっと力をつけなければ。
戦闘生物に征服されてはならないのだ。
何故こんな生物がいるのか? 存在価値があるのか?
たぶん、存在価値があるのだろう。進化の法則は無駄なものは造らない。
何らかの存在意義があるからこそ、因果律として存在しているのだ。
地球の古い弁証法なる哲学を持ちだして、ワン・ローは『セレス』を見つめながら考える。
彼は、まだ弱冠17歳だった。
ホモ・サピエンスの寿命から考えてみても、相当に若い。母親の身体から自己増殖して17年しか経っていない。
もっとも、大銀河の生物の中には親から分岐してすぐに、親と同等の仕事をこなす生命体もたくさんいたのであるが……
母親の身体に包まれていた頃を思い出した。あの感触が懐かしくも感じる。
父親は、家族に餌を運ぶ手段として仕事を確保し懸命に働いていた。
両親とも科学者だった。だからこそテラフォーミングされた『セレス』などに移住したのかも知れない。
祖父は、銀河系惑星連邦とのファースト・コンタクトに立ち会った1人だった。
その頃、人類はやっと外宇宙の間口へやって来た。
海王星に基地を設置して、さらにその外側のエッジワース・カイパーベルトをうかがっていた。
その頃の地球は銀河系内の異常状態を知らず純粋に学問的探究心だけでここまでやって来たのであった。
その頃の彼らの興味は、カイパーベルトの中に発見された太陽の伴星の発見だった。
太陽には兄弟がいたのだ。と言っても太陽のようにコロナを放っているわけでもなくひっそりと伴星として、太陽に従っている様子だった。
だが、そのすぐ近くに小型のブラックホールが発見された。
『チビクロ』と命名されたブラックホールは、格好の彼らの研究対象となった。
相変わらず固形燃料を主体とする彼らのエネルギー体系を根本から変える爆縮形のブラックホールを捕まえてエネルギーとする計画である。
これが出来ればホモ・サピエンスは、恒星間宇宙に進出することが出来る。
彼らは、情熱を持ってこの仕事を完遂させようとした。
そんな時に、『キダー』に追われたビエアラン人たちが現れたのである。
彼らは爆縮型のブラックホールを内蔵したエンジンを既に完成させ銀河系内を移動していた。
彼らは『キダー』に追われ、銀河系外縁部にある太陽系にやって来たのだ。
そして、地球人類の、のんきさに呆れる。
銀河系内は大変な事態に陥っている。深淵部から現れた戦闘生物『キダー』の侵略により銀河系中央部のたくさんの知的生命体が避難中だったのだ。
ビエアラン人は、『キダー』の脅威に果敢に立ち向かったが力及ばず母星であるビエアラン星を放棄して外縁部へ逃げてきた。
そして、これから外宇宙へ進出しようとしている地球人類に出会ったのである。
ファースト・コンタクトもそこそこに、ビエアラン人は『キダー』の脅威を語った。
そして、ビエアラン人を中心として銀河系内の知的生命体が連合し、『銀河系惑星連邦』を形成していた。
『キダー』の脅威はすぐにやって来た。
『キダー・スフィア』の大群が太陽系に攻め込んできたのである。そして、太陽系内の各惑星にあった人類の植民都市はすべて破壊された。母星である地球そのものも攻撃を受ける。
この時人類は、『キダー』に対して為す術を持っていなかった。
戦闘生物である『キダー』に対してはどんなコンタクトを取ることも出来なかった。
地球上の各都市は破壊され、残った人類も『キダー・コマンド』によって狩りだされていく。
『キダー・コマンド』は、意志を抜かれ、闘争本能だけが発達した捕虜を改造した兵士たちである。
地球は壊滅状態となった。
そこに、銀河系惑星連邦の宇宙戦艦隊が救いの手をさしのべて、少しずつ『キダースフィア』を駆逐していき、地球人たちもレジスタンスで『キダー・コマンド』を追い返していった。
こうして、なんとか『キダー』を追い返して、太陽系の危機は救われた。
これを銀河系惑星連邦では、『太陽系戦争』と呼んでいる。
かつて100億以上あった地球の人口は7億人以下にまで落ち込んだ。
地球は、銀河系惑星連邦に加入しようとした。そうしなければ、再度『キダー』が襲来した時には対抗できないと考えたからである。
しかし、これに異を唱える者もいる。
ホモ・サピエンスは知的生命体として完成していないのではないか。
つまり、加入資格が無いのではないか。
かれらは人類について徹底的に調査した。
身体組織はもちろん、歴史的に、またその思想観念などについても。
そして、一貫した観念の持続が出来ないことを発見するに至った。
人類は、宇宙に進出するには完全ではなかったのだ。
地球内の紛争の歴史がそれを証明していた。
何故人類は、他の人類を駆逐しようとするのだ。捕食動物は同種の捕食動物を襲わないというのにこんな簡単な理屈がわからないのか?
そう、わからないから過ちとわかっていてもそれを繰り返すのだ。
だから、宇宙に進出するのにこんなにも時間が掛かってしまったのだ。
銀河系惑星連邦は地球人の加入を迷った。
知的生命体でなければ、銀河系惑星連邦として統一した使命感で動くことが出来ないのだ。地球人にその資格がない。
しかし、このままでは『キダー』の支配下に組み込まれ『キダー・コマンド』として自分たちの脅威となってしまうかもしれない。
そんな時に彼らの迷いを解き放ったのは、人類の中に備わっていた新しい遺伝子の発現だった。
それは、今までの人類の観念的欠点を補完しさらに合理的に発展させる画期的な遺伝子だった。
それが、残った人類たちに急速に拡散していき、新しいホモ・サピエンスが出現した。
彼らは、欠点を克服して余りある存在だった。惑星連邦内のどの種属よりも賢かった。
ここにいる、『ワン・ロー』もその1人である。
彼らは、自分たちの欠点の根本を探り当てた。
それは、250万年前。人類が誕生してまもなくの頃だ。
アウストラロピテクスと呼ばれた彼らは、砂漠化の進行により住み慣れたジャングルから追われサバンナに放り出された。
彼らは、ジャングルにいた頃は基本的に果実食だったがサバンナに降りた以上は肉食も含めた雑食にならざるを得なかった。
彼らは集団で狩りをすることを覚え、捕食獣を襲っていた。
しかし、常に豊食に恵まれるわけでもなく、まったく狩りが不良な時もあった。
そんな時、彼らの脳裏をよぎったのは、彼らの後にサバンナに降り立った同種であるアウストラロピテクス・ロブストウスの存在だった。
彼らは、彼らの先輩たちほど狩りをすることが出来ず、半分ジャングルの生活も捨てていなかった。
アウストラロピテクスは、狩りが不猟なときには、ロブストウスを食料として狩った。
同種を襲って喰らったのである。
そのことが、深いトラウマとなって人類の遺伝子に残ってしまった。
同じことが、ホモ・サピエンスの時代になってからも起こる。
ヴュルム氷期の最盛期。
ホモ・サピエンスのクロマニョン人達は狩に失敗した。
氷に閉ざされた中で、彼らの獲物はほとんどいなかった。
細々と火にあたり、空腹を紛らわす以外に方法が無かった。
人口も4万人以下にまで減少し、滅亡の危機にある。
そんな時、親戚筋にあたるネアンデルタール人が親切にも援助してくれた。
ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスほど脳の構造が発達しておらず特に発声能力に劣っていた。その為、コミュニケーション能力に欠け、家族単位以上の集団を形成することが出来ずにいた。
しかし、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスに比べれば驚異的な身体能力を持っていた。
その為、この雪に閉ざされた大地でも獲物の匂いを嗅ぎ分け、必要な量を確保していた。
その彼らが、自分たちの獲物を分けてくれたのだ。しかしホモ・サピエンスはその獲物だけでは満足せず、ネアンデルタール人たちを狩りだしてこの親切な隣人の家族たちも含めて喰らってしまったのである。
ホモ・サピエンスの闘争性と精神的な欝性はそのように形成されて、歴史時代になっても食人の風習を残してしまったのである。
人類の闘争性は筋金入りだった。これでは地球上では他者を排除しようとする紛争が絶えなかったわけである。
『ワン・ロー』たちが発現した遺伝子を持つ者は歴史の合間を細々と命脈を保っていた。
あまりにも、少数派であったため人類の歴史に介入することが出来なかったのだ。
それが、『キダー』の攻撃により闘争性の高い遺伝子を間引く結果となった。
そして、賢い遺伝子を発現させたホモ・サピエンス・ハイパーが出現し、信頼が置ける数に達した。
ホモ・サピエンス・ハイパーは、惑星連邦に加入する種属と較べても遜色が無い。
太陽系が生み出した、最高の知的生命体だった。
このようにして銀河系惑星連合は、人類を惑星連合に加入させることを承認し受け入れた。
『ワン・ロー』は、この艦隊アカデミーで首席だった。それが、ホモ・サピエンス・ハイパーの優秀性を証明している。
弱冠17歳にして、ほとんど科目が他の惑星連邦の士官候補生に比べ優っている。
誰もが、それを認めざるを得なかった。
彼は、興味を抱く分野をまたたく間に吸収し理解した。それは一貫した観念から導き出される凄まじいばかりの集中力だった。
その日、彼は艦隊司令部に呼び出されていた。
艦隊司令部は初めてだ。
他の惑星種属が徘徊する長い回廊を歩いて行く。
彼らの肌の色は千差万別であった。原色に近い色や、グレーに近いもの。また網膜に映りにくい透過性の肉体を持ったもの。
中には、明らかに植物型生命体の特徴を宿している者もいた。
共通しているのは、銀河系惑星連邦の赤と濃緑の配色の正式士官服を着用していた。もちろん形状の上で服として着用出来ない身体的特徴を持っているものもいるが、その者らも身体の一部に士官服の1部を着用し同一集団の一部であることを誇示している。
彼らには、ある共通の特徴があった。
皆、ヒューマノイドタイプなのである。
4肢を持ち、後ろ足2本で立ち上がり、残った2本の足に指を発達させ器用に文明を築いた。そのような、発生過程を持つ知的生物たち。
これが、銀河系惑星連邦に所属する惑星の知的生命体の共通的な特徴だった。
何故なのか? 今のところこの疑問に満足のできる回答を得ることは出来ない。
銀河系生成時に、何かがヒューマノイド型の生物の種を撒いていったとしか考えられない。しかし、それが何で、目的は何なのか?
ともかく、この回廊はそのような生物で溢れていた。
ワン・ローもそれらに混じり目的地を目指している。
そんな風景の中、対面から歩いてくる士官服をキチンと着こなしている地球人に出会った。
何度か、艦隊アカデミーの授業で一緒だったことがある。
性別は雌。艦隊運行シミュレーションでは何度も彼女に打ち負かされている。
唯一、ワン・ローがトップに立てない科目だった。
識別名は……確か『礼門院 高子』日本人女性。19歳。
ワン・ローの連想記憶スィッチが入った。立体的感覚に非常に優れ、その能力はナビゲーションシステムを超えるほど。
道理で、運行シミュレーションでは勝てないはずだ。
日本人女性か。『太陽系戦争』では日本列島は『キダー・コマンド』との最前線となりそのほとんどが犠牲になったと聞く。
そんな中で命脈を保った稀有な家系だったのだろう。
注目すべきは、その容姿的な可憐さだった。日本の美というものを本質的に理解できていないのかも知れないが、その顔を鑑賞して余りあるものだとワン・ローは感じている。
可憐……触れれば落ちていきそうな危うさ……
その美しさに触れたい。
ワン・ローとて、17歳の少年に過ぎないのだから……
「あなたも、艦隊本部に呼ばれたのね」
実務的な話がもったいないような気がした。
「うん。何の話かわからないけど。君の方は?」
「私は、宇宙戦艦へナビゲーターとして勤務することが決まったわ。少佐待遇よ」
「宇宙戦艦? 実戦部隊なのか」
「今ある宇宙戦艦はすべて実戦部隊のはずよ」
「それはそうだが……」
「あなたもきっとその話よ。艦隊は今人手不足なんだから」
「だからって、君はまだ若すぎる。女性なんだし、ええと……礼門院」
「女性は関係ないわ。そんな差別は600年も前に無くなってたと思ってたけど。
ええと……ワン・ロー・マクセル」
「そうだな。ごめんよ。
そうだ、同じ地球人のよしみで終わったら食事しないか? 艦隊本部のレストランは初めてだし」
「いっちょうまえに女の子をナンパしようってわけね。2歳も年上の女の子をつかまえて。
それにナンパっていうやり方も廃れているっていうのに……」
「形こそ違えど、やり方は何百年経とうが変わらないさ。レストランで待っていてくれ」
「あなたが終わるまで、女の子を待たせるってわけ?」
「何食べててもいいしさ、僕のIDでリラックス・シャワーを浴びてくれていてもいいよ」
そう、言い置きながら、ワン・ローは既に歩き出して行ってしまった。
「リラックス・シャワー!」
それは、それを浴びた後互いの身体の接触を楽しむ前の準備行為ではないか。
礼門院 高子は、回廊を歩いて行くワン・ローの後ろ姿を見送りながらこの2歳年下の少年にシンパシーを感じ始めていた。
艦隊本部の受け付けに立つだけで、個体識別装置が働いた。
「『ワン・ロー・マクセル』、入りなさい」
ドアが開くと、植物生命体アンゼリスの女性がいた。
もっともアンゼリスの性別はすべてが雌なのだ。単性生殖して個体数を増やしていく。その個体もまた雌となる。
アンゼリスの女性は行くべき場所を示してくれた。
自分から案内する気はないらしい。動きが鈍い植物生命体らしい対応だ。
ワン・ローは、示された部屋に入っていく。
「ワン・ロー・マクセル。出頭しました」
自然に艦隊言葉になる。
部屋の中には、4体の生物がいた。
4人の男と言えないところが違和感がある。
個別識別装置を通して、自然に頭にインプットされてくる。
ガリアラング人、アッティラ・ガレアル提督。
地球人、アレキサンダー・バンクロフト提督。
ビエアラン人、カッシート・ド・アレンゲリア提督
それぞれが、惑星連邦艦隊本部に詰めている各星系の代表だった。
それと、もう一人……もう一人と言えるのだろうか?
こんな場面には必ずいる、『リークス』子実体。
通信に特化した生命体。リークスという集合生物の一部。
まあ、必要ならば子実体を通して親実体が発言することも出来るのだから。
男と言えなかったのは、ガリアラング人がいるからである。
ガリアラング人には性別は無い。性差もない。
精神的な側面として、オスらしい特徴を持つもの。メスの特徴を持つもの。があるが性差が無いため外見ではわからない。
雌雄の分岐は進化の過程で必要だったはずだが、彼らはそれをどうやって克服したのだろう。興味深いところである。
「よく来てくれた。『ワン・ロー・マクセル』」
地球人である、バンクロフト提督がホスト役をかって出てくれた。
「我が地球の希望の星だ。座りたまえ」
円卓のバンクロフト提督の隣にフロアから椅子の形のものが現れる。
ワン・ローが座るとアッティラ・ガレアル提督がすぐに用件に掛かった。
実務的な、ガリアラング人らしい対応だ。
「『ワン・ロー・マクセル』、君には艦長として宇宙戦艦『鎮遠』に赴任してもらいたい」
「鎮遠……ですか?」
「現在アルタイル星系で、『キダー』からの防衛ピケットを張っている。その先のアルデバランが最前線だ」
「太陽系から600光年ですね」
「距離は関係ない。転送すれば5分で到着する」
「現在、鎮遠には艦長がいない。艦隊本部は君を艦長に任命する。階級は大佐だ」
「いきなり、大佐待遇で艦長勤務ですか?」
「何か問題があるかね?」
「まだ、艦隊アカデミーも卒業していません」
「アカデミーは、今卒業した。これが証明だ」
バンクロフト提督が、卒業を証明するバッジを示す。
「立ちたまえ」
ワン・ローが立ち上がると、右腕の付け根のあたりにそのバッジをバンクロフト提督みずから付けてくれた。
「卒業、おめでとう」
バンクロフト提督は、宇宙艦隊の見事な敬礼をした後、握手を求めてくる。
「私は、まだ17歳ですが……」
「年齢は関係ない。君はもう卒業に必要なすべての科目を取得している。あと必要なものは経験だけだ」
「教えてください……」
「何だね?」
「緊急事態ですか?」
ワン・ローは察してきた。
自分を飛び級させてでもピケット艦とはいえ宇宙戦艦の艦長に就任させようというのだ。何かある。
その艦に緊急事態が起こったに違いない。
「その通りだ。前艦長が本日艦長室で何者かに喰われた」
「喰われた?」
アッティラ・ガレアル提督が話を続ける。
「『キダースフィア』3基と交戦。撃破した後、艦長室で休憩中に何者かに襲われたらしい」
「何者ですか?」
「不明だ。それを君に探してもらいたい」
「えっ?」
「前艦長ゼッド・ビ・アランド大佐が何かに喰いちぎられ、残ったのはレイザーガンを持った右腕だけだった。残りの死体が発見されない……」
「乗員以外の反応は?」
「侵入者があった。全長15m。重量約12t」
突然リークスが反応する。ワン・ローは思わずたじろく。
このリークスは、チンエンのリークス中尉では無いのだがサイコレーダーを通じて経験を共有している。臨場していたといっても良い。
「全長15mの侵入者? 艦長室はそんなに広いのですか?」
「いや、通常の居室だ。艦の中では一番大きい個室ではあるがね。全長15mの怪獣は入れないよ」
「でも、リークスはそれを感知したわけですね」
「そうだ」
「『キダースフィア』と交戦後すぐに襲われた。そこが気になる……」
「『ワン・ロー・マクセル』」
「はい」
今まで、口を開かなかったカッシート・ド・アレンゲリア提督である。
「ゼッド・ビ・アランド艦長は、私の最も信頼していた男だ。
直情径行のビエアラン人の中にあっては内省的で冷静沈着に対応できる士官だった。
ビエアラン人である以上は多少の無鉄砲さはあったがね。
だが、戦闘においては失敗は一度も無い。
だから、君に探ってもらいたい。何故あんな死に方をしなければならなかったのかを……」
カッシート提督は、腰に下げたビエアレイザーガンをガンベルトごと外してワン・ローに差し出した。
「これは、わしが若い頃からずっと使っているレイザーだ。これを君へ餞として贈ろう」
ワン・ローは、それを受け取りガンベルトを腰に巻きつけた。
「光栄であります。カッシート提督」
ワン・ローは見事な敬礼を返す。
「『ワン・ロー・マクセル』、任務は理解したか!」
「はい。必ずご期待に沿いたいと思います」
「よろしい。これが、『鎮遠』の乗員名簿だ。こちらは、ビ・アランド艦長の艦長日誌だ」
アッティラ・ガレアル提督が資料用のタブレットを渡す。
ワン・ローはそれらを受け取ると、
「セレスの両親に卒業の報告をしたいのですが……」
と、言った。
「転送室を使えるように手配しておこう。『鎮遠』への赴任は3時間後だ」
「わかりました。ご配慮、感謝します」
ワン・ローは、3人に敬礼した。
個人用の転送室は狭い。
反対側の壁際には出力の大きい外宇宙転送用の部屋が並んでいる。自分もあと2時間40分後にはあの部屋に入ることになるのだ。
急転直下の行動になった。艦隊アカデミーは今日卒業した。
そのまま、宇宙戦艦の艦長として赴任する。
母さんはどんな顔をするだろうか? その結果はすぐにわかる。
「転送場所の座標設定をして下さい」
音声入力が告げている。
「セレスシティ、1458番転送集合ボックス」
「了解」
転送装置が入力を受け付けると同時に、転送が始まり、すぐに視野が開けた。
目的地に到着したのだ。時間経過の観念が働かなかった。
先ほど、月にあった艦隊本部の窓から見ていた『準惑星セレス』の懐かしの我が家の前だった。タイムラグなしで目的地に到着する。
1458番転送集合ボックスは、マクセル家の目の前にある。
ワン・ローは、マクセル家の玄関前に立った。
「ワン・ローなの?」
探知センサーを通して、玄関前に立つ者の正体を知ったらしい。
玄関が開き、ワン・ローの母『キャサリン』が顔を覗かせた。
「今日は、休暇?」
「違うよ母さん。今日艦隊アカデミーを卒業した」
ワン・ローは腕の卒業バッジをを示す。
「えっ、どういう事なの?」
「まず、母さんの入れるジャスミン茶が飲みたいな」
台所では、父親の『王直』がジャスミン茶を飲みながらシフォンケーキをパクついていた。飲み食いの量は多いのに相変わらず身体つきはしっかりしている。肥満の傾向が出ていない。
「父さん、また違法行為を……」
ワン・チーは、自分の部屋と勤務先である遺伝子研究所を転送装置で結びつけていた。ドアを開けると職場というわけである。
とんでもない奴だ。
「3時の習慣は欠かせないからな。母さんのジャスミン茶をあきらめるわけにはいかない。アカデミーを卒業したのか?」
「うん、飛び級になったらしい」
ワン・ローは父親にも腕の卒業バッジを見せる。
「めでたい。やはり『マクセル家』は優秀な遺伝子を継いでいる。何かお祝いをしなけりゃならんな」
「いいよ。時間が無いんだ」
「時間が無い? どこかへ出かけることになるの?」
キャサリン・マクセルがジャスミン茶のポットを持ってキッチンから現れる。
「宇宙戦艦へ艦長として赴任することになったんだ」
ワン・チーがシフォンケーキの欠片を喉に詰めて気道を塞いでしまった。
驚いたキャサリンは、懸命にワン・チーの背中を叩く。強く叩いた時、やっとかけらが喉から飛び出た。
ワン・チーの呼吸が荒い。
「艦長だって? おまえはまだ17歳だぞ。そんな若い艦長は聞いたことが無い」
ワン・ローは、キャサリンの淹れてくれたジャスミン茶の香りを楽しんでいた。
「宇宙艦隊では、年齢は関係ないらしいよ。人手不足なんだし」
「だからって、今日アカデミーを卒業したおまえがいきなり赴任できるところじゃない!」
「僕もそうは思うんだけど……もう決まっちゃったしね」
「そのレイザーガンは?」
「カッシート提督から餞に貰ったもんだよ」
「カッシート提督って、あのビエアラン人の提督かい?」
「うん」
「そりぁ相当おまえに期待してるな。カッシート提督は若い頃からずっと戦場暮らしでそのレイザーガンは手放したことがないそうだぞ」
「えっ? そんな想いの詰まったものだったの」
ワン・ローは、先ほど会ったカッシート提督を想った。
「そうか……本当に宇宙戦艦に赴任するんだな」
「ワン・ロー。危ないところに行くんじゃないでしょうね?」
キャサリンが不安そうな顔をする。
「キャサリン。安全な戦場はないよ。ワン・ローは『キダー』と戦いに行くんだ。
覚悟して送り出してやらなければならない」
「危険なところなのね……」
「キャサリン。心配ないさ。我が息子は、地球の希望の星だ。簡単には負けないさ」
「それにしても……」
「母さん」
ワン・ローは、母親を見つめる。
「僕は、大丈夫。必ず帰ってくるさ」
「ワン・ロー」
キャサリンは、ワン・ローの手を握った。
「そうだ、忘れるところだった」
ワン・チーは、ドアを開けて自分の勤務先へ飛び込んでいった。
キャサリンとワン・ローも続く。
本来、ワン・チーの勤務する遺伝子研究所は、物理的な距離としては500kmも離れていた。
この星の裏側にある建造物だ。そことマクセル家を転送装置で結びつけている。
ドアを開けば500kmも移動しているのである。
ワン・チーは、自分の机の中を引っ掻き回した。
「どこに、置いたかな……これじゃない。これでもない。あった!」
ワン・チーは、金属に入った、覗き窓のある小さな箱をワン・ローを渡す。
「じいさんの形見なんだ。おまえに渡すのをわすれとった」
「じいさんって、あのカイパーベルトに1人で住んでたっていう伝説の?」
「そうだ。そのじいさんだ。
そのじいさんが、『チビクロ』の一部をこの箱の中に閉じ込めた」
「チビクロって、マジックブラックホールだったよね。どうやってこんな箱の中へ入れることができたの?」
「企業秘密だそうだ。ともかく、これはマクセル家からおまえへの餞だ。
大切にしろ。代々伝えるんだぞ」
自分は、研究所の机の中に放り込んで置いておいて、ワン・チーは胸を張る。
1458番転送集合ボックスには、誰もいなかった。
中は、相変わらず狭い。
外には、ワン・チーに肩を抱かれたキャサリン・マクセルがいた。
「ワン・ロー・マクセル。がんばるのよ」
ワン・ローは、惑星連邦宇宙艦隊式の見事な敬礼を返した。
「転送場所の座標設定をして下さい」
音声入力が告げている。
「銀河系惑星連邦艦隊司令部個人用転送装置」
ワン・ローが行く先を告げると、彼の姿が消えた……
転送装置の周りは相変わらず忙しそうだった。
ひっきりなしに外宇宙との転送が行われているようだ。
中には、負傷した兵士たちも混じっている。外宇宙では今も激しい戦闘が行われているのだ。
『あと、約1時間……』
ワン・ローは身体内に埋め込まれた電子時計を意識した。
「あっ!」
忘れていた。
『礼門院 高子』は、艦隊本部の食堂でおとなしく待っていた。
「女の子を、こんなに待たせるなんてとんでもない人ね。『ワン・ロー・マクセル』」
「すまない。運命の急変に対応が遅れてしまった」
「何大げさなこと言ってるのよ。私も赴任先に向かうまで1時間を切ってしまったわ。リラックス・シャワー以降は省略よ」
「もちろんだ。こちらもそんな時間がなくなった。 事前に調べ物をしておかなければならなくなった」
「あなたも、やっぱり宇宙戦艦に赴任するのね」
「うん」
「何て船?」
「宇宙戦艦鎮遠」
「えっ!」
「どうした?」
「私もよ……」
「なんだって!」
「なんという奇遇なんでしょう」
「大佐待遇。艦長として赴任する」
「艦長? あなたまだ17歳だったわよね。
艦隊アカデミーを飛び級で卒業していきなり大佐。普通は少佐からよ。
しかも、艦長! いくらアカデミーの成績が良いからって聞いたことないわ」
「人手不足なんだろ」
「だからって、17歳で艦長は聞いたことないわ。私の上司になってしまうし……」
ワン・ローは、礼門院をゆっくり見つめた。
「僕だって不安がある。でも艦隊命令なんだ」
礼門院 高子はワン・ローの勢いに気圧される。
「ごめんなさい。わかったわ。
ともかく、2人とも赴任先の情報が必要だってことよね。
ここは、二人で調べましょう」
「わかった」
ワン・ローはアッティラ・ガレアル提督から渡された乗員名簿のタブレットを捲りはじめた。
宇宙戦艦『チンエン』 諸元
「外形」
機関部と武器類を搭載した円盤部とそれを貫くように直線的な推進部から構成されている。
全長740m、円盤部長径420m、短径310m。
「乗員定数128名。」
「武器体系」
ガリアル・オーバードライブ砲 ブラックホールエネルギーを稠密化させて発射。惑星を吹き飛ばすほどの威力。
光子砲及び曲射光子砲 光子エネルギーを円盤部より分散発射。光子を曲げて命中させることが出来る。
「防御」
ガリアル・バリアシールド
シールド硬度25。ただし、ワープ中はバリアシールドを使うことが出来ない。
ブリッジ(司令室)要員
副長、チュルク・ガリアル中佐 ガリアラング人
操舵員、ガンドン・ロック少佐 ガンダー人
通信員、リークス中尉 サイコレーダー集合生物
航路ナビゲーター、礼門院 高子少佐 地球人
保安部長、フェニク・デ・アランジュ大尉 ビエアラン人
機関部長、マジャール・ガリアル少佐 ガリアラング人
その他
医療室長、ゲレイロ・アンゼリス大佐 植物生命体アンゼリス
料理長、メルメル・メル メルメル人
「主要なブリッジ要員は、こんなもんだな。
礼門院。鎮遠に行けばすぐわかることなんだが、ビエアラン人の前艦長が何者かに殺された……」
「えっ!」
「犯人は、まだ捕まっていない」
「それって、大変な事じゃない」
「艦隊本部では、その犯人を僕に捕まえて欲しいそうだ」
「それが、艦長になる条件なの?」
「別にそういう訳じゃないが……」
「期待されてるってわけね」
「どうだか……」
「私にも、状況を話して」
ワン・ローと礼門院 高子は、タブレットが映し出している『キダースフィア』3基と『鎮遠』の戦闘状況を見ていた。
3基の『キダースフィア』が破壊されてる。
「ゼッド・ビ・アランド艦長の作戦は見事だ。確実に『キダースフィア』を破壊した」
「少し、無謀な気もする」
「無謀?」
「男らしい作戦だけど、勇気を必要とする」
「なるほど、女性の眼でみると、そう映るわけだ。しかし、相手からは射程外だ。こちらに危険は及ばない」
「飛び込んだ時に誘われているとしたら?」
「ビ・アランド艦長は、誘われてないことに賭けたんだ。戦場ではその位の駆け引きが必要だと思う」
「わかったわ。ともかく、この『キダー・スフィア』の攻撃は撃退したわけね。
その後、自室に戻ってすぐに何者かに襲われた。その映像はあるの?」
「ない。ブリッジの様子が映っているものがあるだけだ」
「見せて」
ビ・アランド艦長が自室に引き上げた後のチュルク・ガリアル副長を中心としたやり取りが展開していた。
「なるほど、だから優秀なナビゲーターが必要になったのね。つまり、私」
「そうだな。その後、艦長室で異変が起こっていることがわかる。
チュルク・ガリアル副長は、フェニク・デ・アランジュ大尉を連れて艦長室へ向かう。
そして、喰いちぎられたビ・アランド艦長の右腕を発見する」
「わかっているのはここまで」
「これだけでは、何もわからないな……」
「もう一つわかっていることがあるわ」
「何?」
「ガリアラング人の副長のチュルク・ガリアル中佐は、女性型ってことよ」
「それが何か?」
「宇宙へでるガリアラング人はたいてい男性型よ」
「そうなのかい。そろそろ時間だ。転送室へ行こう」
「わかったわ」
外宇宙への転送室は個人用と較べると比較にならないほど巨大だった。
音声入力装置が、事務的に対応する。
「転送目的を述べよ」
「宇宙戦艦『鎮遠』へ乗員として赴任する」
「氏名を述べよ」
「ワン・ロー・マクセル」
「礼門院 高子」
「『鎮遠』へのメッセージを」
「こちら、『ワン・ロー・マクセル』艦長及び『礼門院 高子』少佐、2名の乗艦許可を願いたい」
少し時間がかかった。ワープ空間を音声が通る時間だ。
「こちら、宇宙戦艦『鎮遠』。
『ワン・ロー・マクセル』艦長、
『礼門院 高子』少佐の乗艦を許可します」
この声は、副長のチュルク・ガリアルのようだった。
確かに、優しい女性の声だ。
「転送開始……」
転送ステージに載ったワン・ロー・マクセルと礼門院 高子の姿が消えていった。
宇宙戦艦『鎮遠』の転送室には、チュルク・ガリアル中佐と操舵員、ガンドン・ロック少佐が待っていた。
遠くに、保安要員としてフェニク・デ・アランジュ大尉が控えていた。
やがて、600光年の距離を超えてワン・ローと礼門院が転送ステージに現れた。
600光年のワープ転送は時間的に約5分掛かる。
その5分間は、転送されている人間は意識が飛んでいるので時間感覚がない。
実体化すると、軽い衝動があった。
「ようこそ、鎮遠へ。副長のチュルク・ガリアルです」
「ワン・ロー・マクセル……大佐です」
初めて自分で名乗る階級である。この中では最も高い。気恥ずかしい気がする。
握手の習慣があるか迷ったが、チュルクがそのような仕草を見せないのでそのままにしておいた。
「そして、こちらが……」
ガンドン・ロック少佐が、高子を見ている。
ロック少佐は、身体つきがしっかりしている。ガンダー星人なのである。皮膚の一部には鉱石が使われているらしい。
「礼門院 高子 少佐、本艦にナビゲーターとして赴任いたします」
「歓迎する」
「お二人の赴任を歓迎いたします。ブリッジへ案内します」
チュルク・ガリアルは事務口調に戻った。
宇宙戦艦のブリッジは初めてだったが、使われているコンソール類に違和感は無かった。
艦隊アカデミーで使われているシミュレーターと寸分と違っていない。
それよりも、事の成り行きだ。
飛び級のアカデミー卒業。大佐待遇の宇宙戦艦への赴任の話は、ほんの3時間前に聞いたことだった。
それが、現実のものになっている。その成り行きにワン・ロー自身が戸惑っていた。
礼門院 高子はロック少佐を相手にチンエンの操舵システムの習熟を始めている。
なるほど、彼女は優秀なナビゲーターとして歓迎されるらしい。
自分は、艦長としてどうなのだろう。
「チュルク・ガリアル中佐」
「はい」
「鎮遠のおかれている位置と任務について説明して下さい」
「はい。説明します。現在の本艦の位置は、アルタイル第4惑星軌道上。本艦の任務は、僚艦の『定遠』とともに、『キダー・スフィア』の攻撃に備えピケットラインを張ることです。
『キダー』との紛争の中心は、この先のアルデバラン星系です。
惑星連邦所属の宇宙戦艦は、ほとんどアルデバラン星系に派遣されています」
「なるほど。『キダー』の動きは押さえられていますか?」
「わかっている限りでは、『キダー・スフィア』の集団がアルデバラン第8惑星の軌道上に集まりつつあることが判明しています。
何故集合しようとしているのかは不明です。
なお、惑星クラスの大きさを持った『キダー・スター』の存在が3基確認されています」
「『キダー・スター』! 惑星クラスの大きさ……」
「現在、本艦は通常任務体制です。戦闘配置についてはいません」
「のんびりとしてるわけだ。ピケットを破って攻撃してくる『キダー』がありますか?」
「時折、斥候の『キダー・スフィア』がやって来る程度です。すべて撃破しました」
「前の艦長は優秀だったようですね」
フェニク・デ・アランジュ大尉がワン・ローをギロッと睨んだ。触れて欲しくないらしい。
「定遠は、今どこですか?」
「アルタイルの反対側にいます」
「呼び出して下さい。着任の挨拶をします」
「わかりました。定遠を呼び出しますが……」
「どうしました?」
「その……定遠の艦長は少し頭が硬い人物でして、新任の艦長に対しては、少しきつい言い方を……」
「定遠の艦長は、ビエアラン人ですか?」
「いえ、地球人です」
「地球人ですか? 艦長が地球人とは、きっと優秀な人物なのでしょうね」
地球は、惑星連邦の新参者なので宇宙艦隊内での地位は相対的に低い。
宇宙戦艦の艦長までになるにはきっと相当な努力をしたはずだ。
ワン・ローは素早く、定遠艦長のプロフィールを確認する。
ライカー・ピカード・御子柴大佐 36歳。
サンバイザーを付けていて表情が確認できない。
「フルスクリーンに出して下さい」
「艦長!」
「大丈夫です。お願いします」
「スクリーンオン」
スクリーンに、恒星アルタイルの反対側にいるはずの定遠のブリッジが映る。
細身の体型。サンバイザー。地球人。ライカー・ピカード・御子柴艦長。
「新しく鎮遠に赴任した『ワン・ロー・マクセル』ってのは?」
「定遠の艦長、ライカー・ピカード・御子柴大佐ですね」
ライカー・ピカードは名乗らなかった。
「鎮遠に新しく赴任しました『ワン・ロー・マクセル』大佐です。
よろしくお願いします」
ライカーは、何も答えずにしばらくワン・ローをスクリーン越しに見つめている。
ワン・ローも負けずに睨み返した。しかし、ライカーは睨んでいるわけでは無かったのだ。
「ゼッド・ビ・アランドは、俺の友達だった。ビエアラン人だったが、地球人の俺と妙にウマが合った。
定遠と鎮遠は最高のピケットラインを張っていたんだ。
奴の方が相当無茶をしたがね……」
「ええ。わかります」
「わかりますだと! お前にわかるのか。ビ・アランドはもうそこにいないんだぞ。
新任の艦長だと! それがアカデミーを飛び級で卒業したばかりの17歳の子供だときた。艦隊本部は何を考えてるんだかわからん」
「年齢が問題だと?」
「そんな事じゃない。アカデミーの成績は良いだろうさ。艦隊本部が送り込んでくるような奴だからな。
だが、宇宙は危険に満ちている。学校の成績では何も決まらん」
「なるほど、実戦がすべてを決めるというわけですね」
「そうだ。実力を示してくれないと挨拶する気になれない。
ビ・アランドは、鎮遠の艦長室で何かに喰われて命を落とした。
それを、お前が解決するんだ。ワン・ロー・マクセル。
すべてはそこからだ」
鎮遠のブリッジも定遠のブリッジも気まずい空気が流れている。
「ライカー・ピカード艦長。敬意を表して欲しいのですが。サンバイザーを取っていただけませんか?」
「お前が、ビ・アランド殺しを解決したら喜んで取ってやる。以上だ」
回線が一方的に切られた。
「ワン・ロー」
礼門院が心配そうな顔をしていた。その顔がまたアルカイックで芸術的だ。
「大丈夫。心配ないさ。でもこれで、僕がビ・アランド艦長を殺した犯人を見つけなきゃならなくなったようだ。
チュルク副長」
「はい」
「艦長室を見せてもらえるかな」
艦長室には、事件から誰も入っていないようだった。
ビ・アランド前艦長の血糊の後がそのまま残っている。
広さは、全長15mの怪獣が入れるほど広くない。
「確かに、ここに侵入者がいたんですね?」
「リークスは、感知したと言っています」
「リークス、間違い無いですね?」
通信装置を通して、ワン・ローはリークスに確認する。
「間違いない。全長15m。重量12t。記録を送る」
艦長用のタブレットにデータが落とされた。
「なるほど。確かに、大質量の何かがここにいたようです。どうしてこの部屋に存在できたのでしょうか? とてもそんな大きな部屋とは思えませんが」
「そうですね。合理的な説明が出来ません」
「それにしても……」
それにしても、何? チュルク中佐は、この新しい地球人の艦長の思考の進め方に興味があった。
「ビエアラン人の血液は、鮮やかな赤なのですね」
同意する。データの上でわかってはいたが、ビエアラン人が赤い血を流すという実感がなかった。
「ともかく、この血糊を何とかしましょう。そろそろ腐敗臭もしてきてる。
コンピュータに命令するにはどうすれば良いのですか?」
コンピュータの使い方を知らない? アカデミーでは教えないのか?
シミュレーションと同じはずだが……
宇宙艦隊内の誰もが声紋登録され、コンピュータに話しかけると起動される。
「艦長の声紋は、登録されています。音声でただ命令するだけで実行します」
「……」
気に入らないのか。音声入力が……
「この艦のコンピュータの名前は?」
「名前? ですか?」
「そう。名前です」
名前……艦のコンピュータの名前。意識したことは無い。
問いかければ答えてくれる。それが自然の存在だった。
「コンピュータの名前は意識したことがありません。型式及びスペック名は確か……
ハル9500です」
「ハル9500ですか……コンピュータ」
『はい。艦長』
「僕が、君に話しかける時は『ハル』と呼ぶ。いいね」
「了解しました」
「よろしい。では『ハル』。今より、僕が君の事を『ハル』と呼んだ時の記録は極秘扱いとする。解錠コードは無い。必要な時に僕が読みだすだけだ。
了解しましたか?」
「了解しました。艦長」
「よろしい。では『ハル』。艦長室を清掃して下さい」
『命令了解。艦長室を清掃します。一旦部屋を出て下さい』
「チュルク中佐。出ましょう」
「よろしいのですか?」
チュルク・ガリアルは現場保存が気になった。
「必要なら、再現が可能でしょう。血の色ばかりでは、見えるものも見えなくなってしまう」
ワン・ローとチュルクは、艦長室を出る。
「気になっているんですが……」
「何でしょう?」
「チュルク副長。あなたのツノは少し色が着いているように見えますが……」
チュルクは、ひどく狼狽した。ツノの色が濃くなる。
「お恥ずかしい。感情的に少し興奮しています。それがツノを変色させています。
しかし、任務に支障をきたすほどではありません」
チュルクのツノは、みるみる正常に戻っていく。
「それは、わかっていますよ。ところで……」
「はぁ?」
「定遠のライカー・ピカード艦長がいうように、あなたも僕がアカデミーを卒業したばかりの小僧っこだという点が気になりますか?」
「…………」
この地球人は、若いのか。これはたぶん寿命に関するガリアラング人と地球人の考え方の違いがあるのだろう。
「私には、わかりません。艦長は17歳。地球人の年齢としては若いほうなのでしょう。
しかし、何故それが問題となるのかがわかりません。
ガリアラング人は、身体的な年齢よりもツノによる精神的な強さを問題とします」
「一般的に……」
ワン・ローはチュルク・ガリアルに向かってウインクをした。
チュルク・ガリアルはまた背ビレに感じた。
思い出した。あの時もビ・アランド艦長がウインクをして寄越したのだ。そして、ガリアラング人の名残の器官の背ビレが反応した。だが、今回はビ・アランド前艦長に感じたものとはまた違うような気がする。
このことは話すべきか? いや、いいだろう。事件とは関係ない。
「地球人の17歳は、まだまだ小僧っ子です。大人と認めてもらえない」
「しかし、艦長は?」
「僕もまだ小僧っ子です」
『清掃完了。清掃完了』ハルの声がした。
部屋はすっかり綺麗になっていた。
ワン・ローは、精力的に艦長室を歩きまわる。
「チュルク中佐」
「はい」
「ビ・アランド前艦長はビエアラン人なのに地球のことに興味があったのですか?」
「そうです。地球を研究の対象にしているようでした」
「それにしては、趣味が深いですね。コレクションが半端じゃない。
地球のことに関してはありとあらゆるものにおよんでいる。
地質学、古生物学、思想史、歴史学、精神史、仏教、キリスト教、イスラム教、哲学、科学史、宇宙観、生活史、文学、ショービジネス。
まるで、地球文明の博覧会だ。
これだけのコレクションを集めるのは大変だったと思う」
「集めることは、艦隊のライブラリィから簡単に取り寄せることが出来たと思いますが」
「チュルク中佐」
「はい」
「文化に対する認識の違いだと思うが、コレクションをするということは、その内容に関して深く理解し、それを自分のものとしたいという欲求から生じるものだと思いますが」
「……申し訳ありません。我々ガリアラング人には理解不能なことだと思われます。
我々は独自性を主体と考え、模倣するという思考が湧きません」
「模倣とはまた違うのですが……」
ワン・ローはチュルクと話しながらも、精力的にビ・アランド前艦長のコレクションに目を通す。
「『ハル』。ビ・アランド前艦長の地球に関するコレクションの一覧表は存在するのですか?」
『存在します』
「僕のタブレットにダウンロードして下さい」
ワン・ローはコンピュータに対してまで丁寧な口調を壊さない。
『ダウンロード完了』
「チュルク中佐。最近ビ・アランド前艦長が最近興味を持っていたカテゴリー(分野)はわかりますか?」
「私には、わかりません」
「そうでしょうね。チュルク副長。しばらくブリッジを頼みます。ぼくは、もう少し、ビ・アランド前艦長のコレクションを整理します」
「艦長」
「はい」
「ビ・アランド前艦長が『怪獣』に襲われた原因を前艦長のコレクションに絞っておられるようですが。他の可能性も考えなくて良いのでしょうか?」
「あなたはどう考えているのですか?」
「『キダー・スフィア』と交戦直後なので、新たな『キダー』の攻撃手段であるとも考えられます」
「そうですね。そちら方面も考えられますね。確かアッティラ・ガレアル提督はそのように考えておいでのようでしたから。
よし、そっちはチュルク副長が考えて下さい」
「えっ! 私がですか?」
「可能性は全方向性で考えるべきです。出来ることはすべてやりましょう」
ビ・アランド前艦長のコレクションは大した量だった。
とても、押さえ切れない。
「『ハル』。ビ・アランド前艦長が興味を持っていた順番に並び替え」
『並び替え終了』
「ビ・アランド前艦長は、地球の古いSF映画に夢中になっていたのか」
『禁断の惑星』、『地球の静止する日』、『遊星よりの物体X』、『地球最後の日』、『宇宙戦争』、『海底二万哩』、『タランチュラの襲撃』、『金星人地球を征服』。
なかなかの趣味だ。1950年代のSF映画、地球人でもこんなシブい映画はあまり見ないぞ。
だいいち、特撮が初歩的で今の目で見ると鑑賞に耐えない。
ビ・アランド前艦長は、これら地球の古くさいSF映画が面白いと感じていたのだろうか? 僕も見たことないぞ。
だが、これだけではないはず。
「『ハル』。ビ・アランド前艦長の読書傾向を表せ」
『読書傾向の言葉の意味合いが不明確です』
そうか……
君たちには、傾向の意味合いがわからないのか。ならば
「ビ・アランド前艦長が読んだ書籍をカテゴリー別に整理し、量的内容的に整理して彼が最近興味の対象としていたものを類推せよ」
『終了。タブレットへ転送します』
「1.神話。
2.文明の発生。
3.ホモ・サピエンスの歴史。
4.太陽系と地球の地質史。
5.地球上の進化。
6.地球人の精神構造」
ほんと、地球人顔負けだ。ビ・アランド前艦長は、地球のことが本当に知りたかったようだ。最近の興味は、地球人の精神の形成についてのようだ。
「『ハル』。ビ・アランド前艦長が読んだ地球の精神史を新しい順で並び替え」
う~む。おもしろい。
『パンセ』 デカルト。
『純粋理性批判』 カント。
『我思う故に我あり』(方法序説) パスカル。
ビ・アランド前艦長は、哲学の萌芽期における人間の精神と物質との関連性を追求していた。
いや、違う……何か違う。
ワン・ローは、ある問題に詰まった時は、何か別のことを考えるようにしている。
ビュワースクリーンは、この宇宙艦の外を映し出している。
アルタイルが赤く輝いていた。いわゆる赤色巨星である。
太陽の700倍。質量で15倍大きい。銀河系でも大きい部類の恒星だ。
これを廻る惑星は大変だろう。単純に考えると1年は、太陽系の700倍だ。
地球で換算すると1年は255500年。
1年経つ間に一つの生物が形態を変えてしまう。それに匹敵する時間だ。
哲学的考察をするには十分な時間かな。
ワン・ローはビ・アランド前艦長の孤独を想った。
この艦に地球人はいなかった。今は自分と礼門院がいるが……
彼は、誰にも相談できずに地球のことを研究せざるを得なかった。
だが、彼は……彼は何故、地球と地球人に興味を持ったのだろう?
ビ・アランド前艦長はビエアラン人。特に地球と接点はないようにみえるが……
「『ハル』。ビ・アランド前艦長の経歴を出来るだけ詳しくレポートしてくれ」
すぐに、タブレットに転送されてきた。
宇宙暦 592.1 ビエアラン星生まれ。
598.8 艦隊アカデミー卒業。
598.9 宇宙戦艦「真珠湾」航海長 少佐
シリウス奇襲作戦を立案・実施
『キダー』のシリウス基地を壊滅。
600.5 宇宙空母「インドミタブル」 攻撃参謀 中佐
ベテルギウス撤退作戦。
インドミタブルは最後まで踏みとどまり友軍の撤退を援助。
ベテルギウスの伴星を爆破することにより『キダー』に大損害を与える。
605.3 宇宙戦艦「大和」 副長 中佐
アルデバラン進攻作戦を立案。
『キダー』を現行宙域に封じ込めることに成功。
608.7 宇宙戦艦「鎮遠」 艦長 大佐
僚艦『定遠』とともにアルタイル星系でピケットラインを張り、『キダー』を惑星連邦領域内に近づけさせない。
ちなみに宇宙戦艦の名称は、地球型が多い。これは、惑星連邦が戦艦の命名権を実質において放棄しているからである。
彼らには、特に惑星連邦の主要星人である、ガリアラング人はものに固有名詞をつけるということが得意でなかった。名前などどうでも良いと考えているのである。
実務的に役に立つかどうかが重要なのだ。
固有名詞を付けること自体に、優先順位が非常に低い。
対して、地球人は名前にこだわる。まず名前があり、実績はそれに付随する。
その考え方の違いが、戦艦の名前に現れている。戦艦の命名権は実質、地球人が独占していた。
それでも、どこからも文句は出なかった。要するに戦艦の名前を付けるなどはめんどくさいかったのだ。
今では、戦艦の艦名は艦隊本部の地球人参謀によって付加されている。
そして、それは地球史で実際に存在した戦闘艦の艦名に依っている。
『鎮遠』は日清戦争で使われた清国海軍の旗艦の艦名だった。
それにしても、ビ・アランド前艦長は立派な戦歴である。
艦長に赴任したばかりのワン・ローとは較べ様もない。
んっ!
生まれたのが宇宙暦 592.1!
彼は今いくつだった? 20歳。
と、いうことになる。
「フェニク大尉、艦長室に来て下さい」
フェニク・デ・アランジュ大尉は、ビエア突撃銃を抱えてすぐにやって来た。
艦内の保安部長である彼は、突撃銃をいつも抱えているらしい。その精悍な顔つきが勇猛さを表している。
「フェニク・デ・アランジュ大尉。出頭しました。艦長」
付け足しの『艦長』という言葉が皮肉っぽく聞こえる。
「艦長に赴任した『ワン・ロー・マクセル』大佐です。
あなたと、こうやって話すのは初めてですね」
フェニク・デ・アランジュ大尉は無言だった。反抗的な態度だ。艦隊規則に抵触する。
「フェニクって、あなたがたのファーストネームってことで良いのですか」
「……」
「では、フェニク大尉。あなたがたの生理機能についてお尋ねしたいのですが」
「生理機能?」
「やっと言葉を返してもらえましたね。フェニク大尉」
「ビエアラン人のどんな生理機能だ」
「いまひとつですね。フェニク大尉。あなたは少なくとも惑星連邦戦艦『鎮遠』に所属する艦隊士官のはずだ」
「艦長に敬意を表せと……」
「はい。ビエアラン人の資質を差し引いても、それぐらいは出来るはずですよ。フェニク大尉」
やはり、フェニク・デ・アランジュ大尉は不満そうだった。しかし、いつまでも反抗的な態度は続けられないと感じてもいる。
「……失礼しました。艦長」
「私の名前は『ワン・ロー・マクセル』です」
「ワン・ロー艦長。ビエアラン人のどんな生理機能をお尋ねになりたいのですか?」
地球人は敬意を表す時ファーストネーム側は使わないと言おうとしたが、それは思い直した。『マクセル艦長』と呼ばれるよりは『ワン・ロー』の方が良い。
「年齢のことです。ゼッド・ビ・アランド艦長は何歳だったのでしょう?」
「20歳です」
やはりそうか。宇宙暦 592.1生まれ。現在20歳。
生まれて20年で、これだけの戦歴。
「あなたがたビエアラン人の成人年齢はいくつですか?」
「だいたい6歳から8歳です」
「そのくらいの年齢で成人と認められるわけですね」
艦隊アカデミーでもビエアラン人はいた。皆、立派な体格をしていたので年齢を聞いたことがなかったのだ。
「それが何か?」
「20歳という年齢は、立派な経歴を残している年齢なわけですね」
「そうです。ビ・アランド前……艦長は私の模範とするところでした」
「あなたはいくつですか?」
「13歳です」
驚いた。この勇猛そうな保安部長は自分より4つも年下だ。
とても13歳には見えない。地球人なら生理年齢として30過ぎだ。
「ビエアラン星系は銀河系最外縁部にあります。銀河系の最も外側に居住していたため、銀河系外からの外敵にしばしば接触しました。
平均すると7年に一回外敵からの攻撃を受けたことになる歴史を持っています。
ある時は母星そのものを占領されてレジスタンスで取り戻したこともあります。
そのためか、直情径行が強く、戦闘意欲が非常に高い。
一時期は、外敵として銀河系惑星連邦とも敵対していた時期もあります。
そのような歴史を背負っているので、早く成長して一人前の兵士になることが求められます」
「なるほど、それで成人年齢が低いのですね」
「そうです」
ワン・ローは再びビュワースクリーンに近づく。
赤色巨星のアルタイルが赤く輝いている。
「ワン・ロー艦長!」
フェニク大尉は何かに気付いたようだった。ワン・ローは、フェニク大尉を振り返った。
「そのビエアレイザーガンは?」
「ああこれですか」
ワン・ローはレイザーガンをサックから引き抜く。
「アカデミーの卒業祝いに、カッシート・ド・アレンゲリア提督からいただきました。
ここへの赴任祝いかな。なんせ、2つ同時の昇進だったので……」
フェニク大尉は姿勢を正す。
「カッシート・ド・アレンゲリア提督は、我々ビエアラン人の英雄です。ビエアラン人の戦いにはいつもカッシート提督がいらっしゃいました。
そのレイザーガンは、提督がいつも身に着けていたものです」
「そうらしいですね。そんな由緒のあるものをいただいてしまいました」
フェニク大尉は、再び姿勢を正す。
「質問はそれだけですか? ワン・ロー艦長。任務に戻りたいと思いますが」
今度は、敵意じみたものはまったく含まれていない。むしろその逆の感情を感じる。
「ねぇ、フェニク」
フェニク大尉が年下と知ってしまったためか、ワン・ローの口調が気安くなっていた。
「ビ・アランド前艦長は地球のことに興味を持っていたようですが?」
「そのようです。艦内の誰もが知っていました」
「何故、地球を?」
「わかりません。しかし……」
「しかし?」
「漠然とですが、想像はつきます」
「話して下さい」
「我々ビエアラン人から見ると、地球は不思議な星です。知的生命体ホモ・サピエンスは250万年も掛かって宇宙暦を発揮できる星に進化した。
250万年です。驚異的なことです。そこまで掛かって宇宙に進出した種属はいません。途中で淘汰されるのが普通です。
しかもホモ・サピエンスは辛抱強く進化のチャンスを待ったわけじゃない。
地球という惑星の表面を統一するのに250万年という時間を掛けたのです。
ビエアラン星のように外敵の刺激で急激に進化したわけじゃない。
ビ・アランド前艦長は、その250万年の重みに興味を持ったのではないでしょうか」
「文明の質の違いなのですね。それはビエアラン人一般の考え方なのですか?」
「あくまでも私の想像です」
アルタイルからコロナの炎が燃え上がった。この赤色巨星はあとどのくらい保つのだろう。
「フェニク。あなたの種属は、自我をどのように考えているのですか?」
「自我?」
「自分と他者を分けて考えるときの、自分という者の認識を確立する方法のことです」
「敵と味方ということですか?」
「いいえ、違います。
様々な意識の中で自分という認識を持てるか? 自分を取り巻いているこの世界でどのように自分を感じていけば良いのか? ということです」
これは17歳の自分がいうことじゃないな。と、ワン・ローは感じた。
同じ地球人なら、生意気盛りとして鼻で笑われてしまう。
しかし……
この経験豊かな4歳も年下の異星人の部下なら答えてくれるかもしれない。
「言葉として答えるのは、とても難しいことです。
ビエアラン人は感じるのです」
「感じる?」
「ビエアラン人の教育はとても厳しい。5歳から戦闘訓練が始まります。
その最後に独りで水と少しの食料を持って砂漠の星に1週間、放り出されます」
「厳しいですね。孤独感が押し寄せてくるはずだ。僕ならとても持たない」
「戦闘訓練の賜物でしょうか。身体はもう出来上がっています。一応、水と食料があるし期間も決められていますので飢えて死ぬことはありません。
しかし、ビエアラン人はここで自分と対決することになります。
自分という存在を知って、自分というものを考えることになるのです。
そこで、自分の強いところ、弱いところを知ることになる。
そして、強靭な精神が生まれるのです。
しかし、それに耐えられない者もいます。精神に支障をきたす者が毎回出るのです。
その孤独に耐えた者だけが、ビエアランの兵士になることが出来るのです。
惑星連邦に派遣されている者は、必ずこの訓練をクリアしています」
「あなたもビ・アランド前艦長もですか?」
「そうです」
「そうですか。中途半端な自我では無いのですね」
「艦長」
「何ですか?」
「艦長はビ・アランド前……艦長を殺した犯人を見つけるつもりですか?」
「カッシート提督はゼッド・ビ・アランド艦長を自分の後継者と考えていたようです。
ここに赴任する時に、僕にこう言いました。
ゼッド・ビ・アランド艦長は、私の最も信頼していた男だ。戦闘においては失敗は一度も無い。
君に探ってもらいたい。何故あんな死に方をしなければならなかったのかをと……
僕はカッシート提督との約束を守ります。必ず」
「期待します。艦長。どんな協力も惜しみません」
「ありがとう。フェニク大尉」
フェニク大尉はビエア突撃銃を抱えて部屋を出て行った。
戦闘意欲の高い獰猛な種属だが、それは彼らが持つ歴史の厳しさから来ている。
本来は、単純思考の人の良い種属なのかもしれない。
「『コンピュータ』フェニク大尉との話は記憶しましたか?」
「記憶しました」
「後半を削除して下さい」
「どこからですか?」
「自我の質問をしてから以降です。
『ハル』」
「はい。今、コンピュータが削除した部分を記憶して下さい」
「記憶しました」
まだ、知り得た内容は秘密にしておきたかった。というよりも内容自体があまりない。報告書にまとめるには材料が足りない。
たぶん、『自我』が問題なのだ。
ビエアラン人は強靭な自我を確立している。しかしそれを理論化していない。
ビ・アランド前艦長は地球人の自我の確立を参考にしたかったのだ。
それで地球人の精神史に興味を持った。
「艦長! デッキへ来て下さい」
ワン・ローは自分の思考を中断した。
チュルク副長からの通信だった。
「すぐ行きます」
デッキでは、緊迫した空気が流れている。
「どうしました?」
「座標2451マーク12に亜空間反応です。質量が大きい。惑星クラスの反応です。例の『キダー・スター』がワープしてくると思います。
戦闘態勢への移行は既に指示しました」
ワン・ローはすぐに決断した。
「マジャールさん」
「マジャールさんとは私のことですか? 艦長」
機関室から通信が入る。
「マジャールさんとは機関室にいるマジャール・ガリアル少佐のことです。
敵の巨大『キダー・スター』がここへワープしてきます。これを迎撃する。
オーバードライブ砲を出力最大で準備。
光子砲もすべて装填しておいて下さい」
「了解。艦長」
「『定遠』を呼び出して下さい」
定遠のブリッジが映しだされた。あちらのブリッジも混乱しているようだった。
サンバイザーのライカー・ピカード艦長が座っている。盛んに艦内に命令を発令していた。
「『キダー』はアルタイル星系に狙いを変えたようだ。こっちも手一杯だ。
坊やの方は自分で何とかしてくれ。惑星連邦の戦艦もおっつけこっちへやって来るはずだ。それまで時間を稼げ」
「了解。テイエン。私は『ワン・ロー・マクセル』です。通信終了」
僚艦の援助は期待できない。ここは『鎮遠』だけで何とかするしかない。
「リークス中尉。敵の武装はわかりますか」
「敵はワープ中だ。ワープ中はスキャン出来ない」
「アルデバラン星系で消えた『キダー・スター』は、感知できるはずですね。そこからどれが消えたか類推して下さい。その類推データで構いません」
「2基ある。武装は同一だ」
「1基は、定遠側に向かったという事になりますね。
ともかく武装のデータを報告して下さい」
「惑星クラスの『キダー・スフィア』。ハリモグラのように武器だらけだ。
長距離砲100。中距離砲500。全方向性短距離砲は無数。支配下『スフィア』無数。
『キダー・コマンド』5万人」
「なるほど、惑星クラスの大きさがありますからね。武器は無数に置けるでしょう。強敵だ」
これはシミュレーションではない。実戦だ。
自分は気負い込んでいないか? ワン・ローは自身に問いかけた。
大丈夫だ。持っている能力のすべてが開花している。興奮度合いも適度だ。冷静さを保っている。
「艦長」
チュルク中佐だ。
「規模が違い過ぎます。ここは撤退しましょう」
「そうはいきません。鎮遠が引いてしまうと、アルタイル星系の半分を明け渡すことになります。定遠に半分を受け持ってもらったとしても、惑星連邦としては大変な痛手になるはずです」
「艦長の意見に同意します」
フェニク・デ・アランジュ大尉だ。本来こういった場面では尉官の発言は許されないのであるが、ワン・ローは黙っておくことにした。
「しかし、ピケット艦1艦だけでは限界があります。すぐに惑星連邦の戦艦群が到着します」
「少なくとも、それまで時間稼ぎをしておく必要があるでしょう。
チュルク・ガリアル中佐、あなたの意見具申は記録しておきます」
「わかりました。艦長」
自分の意見具申は却下された。しかし、だからといって艦内の秩序を壊すわけにはいかない。
「ガンドン・ロック少佐」
「はい」
「初めてあなたに命令しますね。
亜空間領域にオーバー・ドライブ砲の照準を合わせて下さい」
「領域が広すぎて特定出来ません」
「礼門院、類推できますか」
「ええ、たぶん」
「ロック少佐は礼門院少佐からデータをもらって下さい」
「了解」
「マジャールさん」
「こちらマジャール」
「オーバー・ドライブ砲の連続発射は出来ますか?」
「最大出力の場合は、装填し直すことになりますので5分間の装填時間が必要になります。
その間、バリアシールドの強度が半分になります」
「わかりました。オーバー・ドライブ砲と光子砲の準備は?」
「準備は完了しています」
「わかりました。ありがとう」
ワン・ローは通信を切って少し考える。
「チュルク副長。『キダー・スター』の推進部はどの位置にあると思いますか?」
「たぶん球体中心部です」
「そうでしょうね……」
惑星を吹き飛ばすほどのオーバー・ドライブ砲の威力とはいえ一発では心もとない。
「新たな亜空間反応を感知。大型の『キダー・スフィア』と推定。6基です。
質量が軽いのでこちらの方が、時間的に先に実空間に出ます。『キダー・スター』の護衛部隊だと推測されます」
「6基か。きついな。大型だと長距離砲も持っていますね」
「はい。そう考えられます」
「正確な座標を下さい」
「艦長席のビュワーに出します」
ビュワーに想定される座標がビジュアルで映し出される。
ワン・ローはそれを立体スクリーンに移し替えた。
「時間はどのくらいありますか?」
「約2分です」
ワン・ローは立体スクリーンを見つめ、指先で海図(宙図)を引き始めた。
フリーハンド(定規・コンパスなどを用いずに図を描くこと)で線を引いてもきれいな直線に引き直してくれる。色も自由に変えることが出来た。
そんな悠長なことをしていて間に合うのか? 誰もがそれを心配した。
もし、一分を切ったら自分が指揮を引き継ごう。そして、この場所から撤退する。
まだいきなりの実戦はこの新任の艦長では無理なのだ。チュルク・ガリアル中佐はそう決心した。
艦隊本部で問題になるかもしれないが、覚悟の上だ。
きっかり1分でワン・ローが口を開いた。
「作戦を説明します。本艦の位置を(0.0.0)とします。亜空間から現れてくる『キダー・スフィア』を反時計回りにスフィア1からスフィア6と仮称します。
それぞれの座標位置は、(1.2.5)、(1.5.3)、(2.4.2)、(3.1.3)、(3.3.3),(4.5.2)です。
そして『キダー・スター』が現れる位置は(3.0.0)です。
まず我々は(0.3.2)の位置に移動し、現れる1秒前にスフィア6に対し曲射光子砲を6連弾で発射します。スフィア6は、1秒後に現れるとすぐに光子砲に6方向から襲われることになります。致命傷になるかどうかはわかりませんが、動きは止まるはずです。
これに限らず、光子砲は6連弾単位とします。
再び(0.3.2)に進出し、スフィア1とスフィア2を攻撃します。6連弾2単位を発射したあと(2.0.1)に進出しスフィア3を攻撃します。
すぐさま、艦首を(3.0.0)に向けると亜空間から出現するタイミングの『キダー・スター』を捉える事が出来るはずです。これに対してオーバー・ドライブ砲を最大出力で発射します」
驚いた。よく計算されている。スフィア4基を攻撃した後、艦首を向け直せば最大の攻撃目標『キダー・スター』の実体化寸前の状態を攻撃できることになる。
この新任の艦長の作戦立案能力は天才的だ。
「礼門院、移動中の座標補正をお願いします。敵の攻撃もあるはずだから計算通りとはいかないはずです」
「了解」
「スフィア4とスフィア5を攻撃していませんが」
「『キダー』の武器システムが我々のものをコピーしたものだとすると、敵味方識別装置が稼働するはずです。位置関係からするとスフィア5からはスフィア4が長距離砲の射線位置にいることになります。同じくスフィア5のまえには『キダー・スター』がいます。
いずれにせよ長距離砲は使えません。
我々は、オーバー・ドライブ砲が『キダー・スター』を期待通りに破壊してくれることを祈るのみです。
「マジャールさん」
「こちらマジャール」
「データは見てますね」
「見てる。すべて了解した。非常に合理的な作戦だ」
「では作戦開始。ガンドン・ロック少佐、鎮遠の移動開始!」
「了解」
ワン・ロー艦長はわずか1分でこの計算をしたのか。信じられない。しかも敵からの死角まで計算している。
ブリッジ要員の全員が彼の能力を評価していた。しかしこれはまだデスクワークだ。
実戦で計算通りになるかが問題なのだ。
5秒前に座標(0.3.2)に到着した。
「5,4,3,2、光子砲6連弾発射」
「座標(0.3.2)に移動」
「キダー・スフィア全基、亜空間を抜けます」
「座標(0.3.2)に到着」
「座標(1.2.5)、(1.5.3)に対し光子砲発射」
「スフィア1が長距離砲準備中。スフィア2は光子魚雷を発射しました」
「座標(2.0.1)に移動」
「途中で光子魚雷に捕まります。一旦(2.ー1.1)に回避」
礼門員が座標変更を指示する。ロック少佐は指示通りに艦の進行方向を変えた。
敵の光子魚雷は鎮遠の鼻先を通過していった。
スフィア6は、鎮遠が発射した光子砲の6連弾が命中し、動きを止めている。
長距離砲を発射しようとしていたスフィア1にも光子砲が命中し長距離砲のエネルギー充填部に当たったらしく、その青銅色の球体は爆破した。
光子魚雷を放ったスフィア2は、直後に鎮遠の光子砲が命中し武器の装填が出来なくなっている。
すべて計算通りだ。
「座標(2.0.1)に移動させてください」礼門院が指示。
「了解」
「スフィア3が長距離砲を発射しました」
「大丈夫です。前回位置に対して撃たれています」
ワン・ローが冷静に答える。
云う通り、長距離砲の光跡はあさっての方向に向かっていった。
「スフィア3を攻撃」
スフィア3に対して光子砲が発射される。その結果も見ずにワン・ローは命じる。
「ガンドン・ロック少佐、艦首を座標(3.0.0)に向けて下さい。
ガリアル・オーバー・ドライブ砲を発射します。
『キダー・スター』を破壊出来ることを皆さん祈って下さい」
ワン・ローはブリッジ要員に祈ることを命じた。かつてない命令だ。
『キダー・スター』は亜空間を抜けてくるところだった。
惑星クラスの大きさなので少しずつ現れるような印象がある。
「スフィア3に光子砲が命中」
「ガリアル・オーバー・ドライブ砲最大出力で発射」
尾翼部に設けられているオーバー・ドライブ砲の砲身がオレンジ色に輝き、砲口から太い光の束が前方に向かって発射された。
『キダー・スター』に光が集束されていく。
ブリッジ要員は命令通り祈る。
「マジャールさん。オーバー・ドライブ砲次弾装填して下さい」
「了解。5分間必要です」
オーバー・ドライブ砲は『キダー・スター』の赤道付近に命中し、そのまま貫こうとしていた。
「新たな亜空間反応」
「えっ」
新たなキダー・スフィアか? もう対抗する武器がない。
「味方だ。アルデバラン星系からワープした」
「友軍ですか」
「正確ではない」
珍しくリークス中尉が自信なく言う。
命中したオーバー・ドライブ砲は『キダー・スター』に重傷を負わせたようだったが完全破壊とは言えない。
「『キダー・スター』は北極付近と南極付近の中距離砲を準備中」
「こちらの、オーバー・ドライブ砲の充填が間に合いません」
「目標に向け、光子砲を発射」
「了解。光子砲はこれが最後です」
「マジャールさん。光子砲を撃ったら、充填して下さい」
「了解」
光子砲が敵の中距離砲を黙らせていく。しかし撃ち漏らしがある。
やばい。完全破壊出来なかった。このままでは、『キダー・スター』から反撃を喰らう。
バリアーシールドが半減している。鎮遠はもう保たない。
撃破される。
ブリッジの誰もがその光景を想像した。
亜空間から実体が現れた。敵ではない。味方だ。
「こちら宇宙戦艦大和。『キダー・スター』を攻撃する」
「宇宙戦艦三笠。『キダー・スター』を攻撃する」
大和と三笠のオーバー・ドライブ砲はそれぞれ艦首に設けられていた。
そこからオレンジ色の太い光の束が発射される。
『キダー・スター』は、鎮遠を攻撃しようとしていた中距離砲の砲台を含めて、北極付近、南極付近が破壊された。
『ほっ』とするため息が聞こえる。味方の応援だった。
「こちら、宇宙空母イラストリアス所属の戦闘機隊。脅威となる砲台の位置をくれ」
礼門院少佐が、すぐにデータを送る。『キダー・スター』の武器の位置は礼門院の努力により完全に把握されている。
イラストリアス所属の戦闘機隊は、効率良く砲台を潰していく。
スフィア4、スフィア5は別の戦艦により既に破壊されていた。
やがて、戦場は静かになった。この宙域に脅威となる敵はいなくなる。
「艦長。『大和』より通信が入っています」
「スクリーンに出して下さい」
司令官章をつけた軍人がスクリーンに現れる。
「銀河系惑星連邦宇宙艦隊アルデバラン任務部隊のクリタ中将だ。現在、宇宙戦艦大和座乗している。
よく踏みとどまってくれた。アルタイル星系が『キダー』の手に落ちるところだった。
礼を言う」
「鎮遠の『ワン・ロー・マクセル』艦長です。
応援を感謝いたします。もう一歩で撃破されるところでした。
定遠側はどうなりましたか?」
「あちらも、ライカー・ピカードが踏みとどまってくれた。君とは別の方法を取ったがね。
『キダー・スター』の掃討が終わったら、大和に来てくれ。
作戦会議を開きたい。1900時に集合だ」
「了解」
ブリッジ内は極度の緊張から解けた空気が流れている。
そして、この地球人の17歳の少年の賢さに呆れてもいた。この地球人は艦を救った。
クルー全員の尊敬に値する。
チュルク・ガリアル中佐は、ワン・ロー・マクセルを尊敬しそれ以上の感情も持ち始めていることに気付いた。
ツノの色がそれを証明している。
「リークス中尉。キダー・スター内をスキャン。生命体反応は?」
「キダー・スター上に多数。ただし少しづつ弱まっている」
有機体である『キダー・コマンド』たちは真空に放り出されたことになる。生命活動を維持出来なくなってきているのだ。
彼らは、もうすぐ死を迎える。もともと、こちら側の人間だったのだ。
『キダー』に操られていたに過ぎない。
助けたいが、数が多すぎる。それに……
『キダー』の洗脳システムが未だに解明出来ていない。助けたとしても敵としての認識は変わらないことになる。
これが、戦場の現実なのだ。戦場では敵を撃破しなければならない。敵もこちらを攻撃することしか考えていない……
今、『キダー・スター』の内部では足の踏み場もないほど死傷者に溢れているはずだ。
「艦長。強い生命反応。破壊されていない遮蔽物の中にいる」
リークスの報告。
「拡大して、スクリーンへ出して下さい」
青銅色の巨大な『キダー・スター』が破壊され、宇宙空間に剥き出しになっている部屋のようなものがある。
「生命反応の数は?」
「2つ。1つは精神感応が弱い。負傷しているようだ」
「他に生命反応は?」
「もうない。あの2つだけだ」
「わかりました。では、あの2人を助けに行きましょう」
「艦長」
チュルク・ガリアルのツノが変色している。きっと今は複雑な心境なのだろう。
自分は、臆病だったのか。この新任の艦長は自分の責任をまっとうした。自分は逃げることを提案した。
どちらが、正しかったかは、結果が証明している。自分は臆病だったのだ。
その、後悔の念が強い。
しかし、副長として自分の意見は言わねば……
「相手は『キダー・コマンド』と考えられます。助ける必要性がありません」
「艦隊規約には、『キダー・コマンド』だから救助してはならないとはなっていません。それに、まだ敵か味方かは不明です。
フェニク大尉は、必要だと思われる人数の保安要員を選抜して私と同行して下さい」
「了解」
「艦長!」
礼門院だ。
「あの部屋へ直接、転送できません。特殊フィールドが張られています。中の様子がスキャン出来ません」
「中に入るにはどうすれば良いですか」
「昔ながらの方法。入り口のドアをノックするしかないようです」
「わかりました。フェニック大尉。船外活動の準備もして下さい。全員突撃銃を携帯」
「艦長が直接降りるのですか?」
「はい。私が降ります」
「危険です。艦長に危険を負わせるわけにはいきません。私が降ります」
チュルク副長は、上級士官としての威厳を見せる必要性を感じていた。
ガリアラング人は、合理的に考える特性があるだけだ。勇気が無いわけではない。それを今すぐに証明したいと思っている。
場違いなのだが……
自分を見失っている。変色してしまっているツノの色がそれを証明していた。
「わかりました。チュルク副長。一緒に降りましょう。ロック少佐。ブリッジをお願いします」
「了解」
船外活動服はさすがに動きにくい。宇宙線防護の為という目的は既に完全に解消されている。
船外活動服がかさ張っているのは、船内と同様の機能を求めるため機械類が内蔵されてしまったからだった。
話をするためには、ただ普通に話せば良い。
「じゃあフェニク大尉、昔ながらの方法でノックして下さい」
フェニク大尉はドアのノブを突撃銃で狙う。周りの人間に目配せした。
「やって下さい」
代表で、ワン・ローがうなづく。
フェニクが突撃銃の銃爪を引いた。ドアが吹っ飛ぶ。
「飛び込め!」
フェニク大尉は、部下たちに突撃を命じる。
決着はすぐに着いた。
2名の捕虜が抵抗の意志を示さず大気の流出に苦しんでいる。
「彼らを武装解除して、船外服を着せて下さい」
「『キダー・コマンド』が6体、その部屋に近づいて行きます」礼門院からの連絡。
「フェニック、彼らをここに近づけないで下さい」
フェニックと保安部員は、外に飛び出していく。
チュルク・ガリアルも続く。
レイザーガンの応酬が始まった。驚いたことに『キダー・コマンド』たちは防護服を着ていない。
宇宙空間に生身のままでこの部屋を守ろうとしているのだ。
フェニクは、右に左に動き突撃銃で敵を倒していく。さすがに勇猛なビエアラン人だ。
「『キダー・コマンド』の数が増えていきます。どうしても、中の2名を我々に渡したくないようです」
チュルク・ガリアルが、急に立上り突っ込んで行った。
「副長、無茶だ!」
フェニクが叫び、チュルク副長を追いかける。
「チュルク副長。戻って下さい」
ワン・ローも声を掛けるが、チュルク副長に聞こえた様子はない。ビエラ突撃銃を乱射する。
くそっ。何とかしなければ。
ワン・ローが、室内の機械類を観察する。
「艦長。その室内の特殊フィールドを切って下さい。転送出来ません」
そんなことは、わかってるよ。どれかわからないんだ。
『キダー・コマンド』の数はますます増えていく。
それに従い、チュルク副長の無茶ぶりも大きくなっていく。
ワン・ローはやっとそれらしいコンソールを見つけた。素早く操作する。
チュルク副長の無茶ぶりも限界が来たようだ。レイザーが左腕に当たる。真空に素肌を晒すことになる。
「特殊フィールドを切った。礼門院、転送できるか?」
「全員そのまま動かないで下さい」
鎮遠の船外活動隊は転送フィールドに包まれすぐに全員が消えた。
鎮遠の転送室は混乱した。
ワン・ローは、負傷しているチュルク副長に駆け寄り腕で抱く。
「なんであなたは、そんなに無茶するんですか?」
チュルク副長は、意識を保っていない。
「礼門院。チュルク副長と捕虜2名を医療室に再転送。」
ワン・ローの腕の中からチュルクが消えた。
鎮遠医療室の医師は植物生命体アンゼリスのゲレイロ・アンゼリス大佐である。
医療室スタッフもアンゼリスで統一してある。
植物生命体の方が、動物生命を客観視することが出来るという配慮であるが、内科的なことはともかく、外傷に関してはどうだろうか。
敏捷な動きが鈍いのが彼らの欠点なのだ。
「ドクター・ゲレイロ。どうでしょうか?」
「あなたが、新任の艦長『ワン・ロー』大佐ね。着任そうそう医療室を一杯にした艦長は初めてだわ」
ドクター・ゲレイロの声は低く、それが2重に響くような感じだった。
だが、確かに声は女性の声だ。アンゼリスは雌しか生まれないのだ。
「挨拶が遅れまして申し訳ありません。本日着任しました、『ワン・ロー・マクセル』艦長です」
「ドクター・ゲレイロよ。階級は大佐待遇。もっとも艦隊の船医はすべて大佐だけどね」
「それで?」
「捕虜2名は、フォス人よ。だいぶ弱っているけど、命は助かるわ。今は眠ってもらっている。『キダー』の洗脳がどこまでなのかはっきりしないわ。
保安部員を付けておいてもらうと助かるけど」
「わかりました。フェニク大尉。2名選抜して監視任務に付けて下さい」
「了解しました」
「問題は、こっちよ。チュルク副長は何でこんな無茶をしたのかしら?」
「どんな具合でしょうか?」
「船外活動服が破れて、宇宙線が直撃してる。宇宙線焼けが始まって組織が変化しつつあるようね」
「大丈夫でしょうか?」
「どこまで進行するかが問題よ。ガリアラング人の医師に相談してみるわ」
「お願いします」
「それにしても、彼女は何でこんな無茶な戦い方をしたのかしら?」
それは、こちらが聞きたい。彼女は無理して降りる必要も無かったのだ。
強引に志願して戦闘に加わった。そんなに無理をする必要も無かったのだ
彼女の心情がわからない。
彼女? チュルク・ガリアル中佐は女性なのか。
ガリアラング人は、そもそも性別が無い。女性か男性かの識別もない。
性差が無いからである。
「フォス人といえば、地球人はどう思っているのかしら?」
「フォス人ですか?」
「そう、母星を捨てた種属ね」
「母星?」
「そう、地球よ。フォス人の母星は地球なのよ。知らなかった?」
「知りませんでした。そうすると、彼らと僕は親戚だってことですか?」
「そうね。遺伝子のどのくらいかわからないけど、一致する部分が多いはずよ」
「興味深い。フォス人は地球で生まれ、宇宙へ出て行った。そして、地球に戻らなかった。何故だろう?」
「確かに、興味深いわね」
「『ハル』フォス人の形態から地球が誕生してから今までに存在したすべての生物の中で相当するものを特定して下さい。それをスクリーン3へ出して下さい」
スクリーン3に恐竜が映し出される。とさかが長い。
ランベオサウルス。草食性。地質年代:白亜紀後期。
「彼らは独自の文明を作り上げ、宇宙まで進出し…… そして地球に戻らなかった。
何故ですかね?」
「地球は戻るに値しない星だったんじゃないかい」
「彼らは惑星フォスを見つけ、そこに住み着いた。地球より自分たちにとって環境が良い星だった」
「そして、今では全然違う星の住人になってしまった」
「それはともかくとしてこの雌の方は意識を取り戻しつつある」
「ドクター・ゲレイロ。彼らの『キダー』に対する洗脳の深さは?」
「わかりませんね。ともかく今の状態では洗脳されていると考えるべきでしょうね」
「彼女の生活年齢は、いくつくらいですか?」
「地球人でいえば17歳くらい。ちょうどあなたと同じくらいかしら」
フォス人の雌はゆっくり覚醒した。
保安要員が。レイザーガンを突きつける。
怯えている。ワン・ローは、保安要員にレイザーを降ろさせる。
「言葉はわかるかい?」
フォス人の雌は、ゆっくり首を廻した。凶暴性が計りきれない。
と、思った瞬間、ワン・ローに襲いかかり腕に噛み付いた。
保安要員が慌てて、レイザーを射とうとする。
「射つな!」
ワン・ローは、保安要員の行為を止めさせた。彼女は興奮しているだけだ。
噛み付いているフォス人の首筋に手を当てる。興奮が治まってきた。知的な瞳が戻ってきている。『キダー』に洗脳されているわけでは無いようだ。
彼女は、噛み付いていた腕を離した。
「言葉はわかるかい?」
フォス人の少女は、2~3歩下がる。
「言葉、わかる」
「僕は、ワン・ロー。君の名前は?」
「私は……私は……」
「まだ、混乱しているようね。もう少し眠らせるわ」
ゲレイロが鎮痛剤を用意しようとする。
「私は『ネオ』、フォスのネオ」
フォス人のネオという少女は不安げに医療室内を見渡した。そしてもう一人のフォス人が寝かされているのを見つける。
「ダルゴアル……」
慌てて駆け寄っていく。そしてその枕元で興奮する。
「ダルゴアル! ダルゴアル!」
「大丈夫よ。気を失っているだけ。彼ももうすぐ目が覚めるわ」
「兄妹かな」
「恋人かもしれない」
話が聞けるのは、もう少し興奮が収まってからだろう。
ここは、ドクター・ゲレイロに任せよう。
「鎮遠と定遠の働きは勲章に値する。
二人ともご苦労だった」
宇宙戦艦大和の作戦室。
銀河系惑星連邦宇宙艦隊アルデバラン任務部隊のクリタ中将は、ワン・ローとライカー・ピカードに対して握手を求めた。
奇しくも3人とも地球人だったので握手という行為に違和感が無かった。
大和の作戦室は、アルタイル星系に急遽移動してきた、宇宙戦艦の艦長と副長たちが集まっている。
善後策を決めなければならない。
「さて、我々はこれからどうするべきだろうか?」
「『キダー』は何故このアルタイル星系に攻撃の矛先を変えてきたのでしょうか?」
ガンダー人の艦長が言う。
「わからんな。科学技官たちは何かわかっているのか?」
「いいえ。彼らにも何もわかっていません。基本的にアルタイルは死にかかっています。赤色巨星の段階で、いつ超新星爆発してもおかしくない状態です。
こんなところに『キダー』の欲しいものがあるとは思えません。
もしかしたら、我々の目をアルデバランから遠ざけるための陽動作戦かもしれません」
「うむ、そうとも考えられる。『キダー』の欲しい物とは一体何だ?」
「基本的には、資源とエネルギーです。それは、我々の方も同じですが。
ともかく、アルタイル星系にはめぼしいものは何もありません」
「クリタ司令」
勇猛そうなビエアラン人の艦長が立ち上がる。
「アルデバラン第8惑星にビエアランの上陸部隊を残してきてしまいました。
我々が戻らなければ、置き去りにしたことになり我が同胞は全滅の危機に晒されます。
一刻も早くアルデバラン星系に戻ることを進言いたします」
「わかっておる。君はすぐにアルデバランに帰りたまえ。我々も軍を再編成して、すぐに戻ることにする」
クリタ中将は、そのビエアラン人の艦長に告げる。
「はっ。ありがとうございます」
そのビエアラン人は素晴らしい敬礼をして出ていった。
「アルデバランとアルタイルの両方に戦力を裂かなければならん。
太陽系からは、どのくらいの援軍がもらえるんだ?」
「戦艦を25隻、クリタ閣下の配下に派遣するそうです。それと……」
「何だ?」
「敵の『キダー・スター』に対抗するため、小惑星に武装を施したものを派遣するそうです」
「小惑星に武装って、もともとあったものを無理やり要塞化したってことだろう」
「艦種は、『小惑星空母』ということであります。自力航行は無理で、ワープ航法でのみ動くそうです。
乗員定数は各1024名。もうすぐ到着します」
「『小惑星空母』か。なかなか考えたもんだ。自然物を利用して戦艦にする。いいアイディアだ。次は、ハレー彗星をミサイルにするかもしれんな」
クリタのジョークに笑おうとしたが、『キダ・スター』に対抗するためにはいいアイディアかもしれないと本気で皆が思い直した。
「それでその『小惑星空母』は何杯もらえるんだ?」
「艦名を申し上げます。『小惑星空母』は小惑星の呼称をそのまま使用します。
『アークティカ』、『アンタークティカ』、『ウラル』、『クロンシュタット』、『ラプラス』、『シュヴァルツシルト』、『シャーロック』以上7隻です」
「それに、通常戦艦25隻か。十分な打撃勢力だな」
「よし、わかった。
『三笠』と『イラストリアス』、そして新しく派遣されてくる25隻のうち10隻をアルタイル星系に残そう。ここに第2戦線を構築する。
小惑星空母とやらも残してやろう
『アークティカ』、『アンタークティカ』、『シャーロック』はここに残す。
指揮官は、定遠のライカー・ピカードとする。
各員、ライカー・ピカードの指揮下に入るように。
ライカー・ピカード」
「はっ」
「『キダー』をアルタイル星系に入れるな。健闘を祈る」
「了解いたしました。必ずご期待に添います」
軍人たちは、それぞれ敬礼をする。
ライカー・ピカードが、ワン・ローの前までやって来た。
見事な敬礼をする。ワン・ローも、恐る恐る敬礼を返した。正直に言うと艦隊アカデミーでは、軍事教練をあまり真面目な気持ちで出席してなかった。艦隊内での、このしきたりが正しいかどうか自信がない。
「ワン・ロー。見事な作戦だった。実力は認めなきゃならんな」
ライカー・ピカードはサンバイザーを外す。
その眼は白濁していた。
「俺には、視力がない。サイトヴィジョンを掛けてないと何も見えん」
ワン・ローは『しまった』と思った。だからいつもサンバイザー型のサイトヴィジョンを掛けていたんだ。こちらを愚弄していたわけじゃなかった。
「失礼しました。ライカー・ピカード大佐」
「お前も大佐だ。階級に差はない。見事な撃退作戦だった。本当は、お前のような作戦参謀が欲しいくらいだ。
さて、もう一つの宿題はどうなってる?」
「ビ・アランド前艦長の事ですか?」
「そうだ。艦長室で艦長が正体不明の怪物に喰い殺されるなんざ、前代未聞だ。
おまえは、その冴えた頭で必ずこの事件を解決しなきゃあならん」
「わかりました。もう少し時間を下さい。必ず犯人を見つけます」
「頼む。ビ・アランドは俺の数少ない友人だったんだ」
ライカー・ピカードは、寂しそうな顔を作って行ってしまった。
鎮遠のブリッジに戻ると、明らかに空気が変わっていた。
乗員に頼りにされている。その雰囲気が伝わって来る。
『キダー・スター』にワープされた時、鎮遠は絶体絶命だった。
どう足掻いても、勝てそうになかった。それをこの17歳の地球人が救ったのだ。
皆の見る目も変わってきて当然だった。
「6万キロ先に、小惑星空母『シャーロック』がワープしてきます」
礼門院 高子少佐が報告する。
「皆さん。その小惑星空母とかいうものを見てみたいと思いませんか? ロック少佐。スクリーンに出して下さい」
「スクリーンオン」
見た目は、ただの小惑星だった。『シャーロック』は本来太陽系の火星と木星の間にある小惑星の一つに過ぎない。今、アルデバラン星系にあるのが不思議な気がする。
『シャーロック』という名称は、コナン・ドイルの推理小説の主人公から来ている。
いわゆる、シャーロキアンには嬉しい名称だ。
自身で推進することは出来ないらしいが、ワープ航法で移動が可能のようだ。
そのような施設は、点在している。一カ所に施設を集中させると集中的に狙われてしまう。分散させるのが賢いやり方だ。
これの中には1024名の運用要員が乗り込んでいる。
頼もしい味方だった。
「スペック表によると、ガリア・オーバー・ドライブ砲を50基以上持っているようです。
それ以外にも、武器には事欠かないようですね。『キダー・スター』に十分対抗できるでしょう。
それでは、皆さん。通常任務に戻りましょう。
今は、定遠だけでなく、10隻の宇宙戦艦と3基の小惑星空母があります。ここも、随分賑やかになりました。
防御力は格段に良くなっているはずですよ」
確かに、ほんの少し前に較べたら格段に違う環境の変化だった。
「ロック少佐。チュルク副長はどうなりましたか?」
「まだ、医療室です。意識不明の状態が続いています」
「そうですか。ロック少佐。あなたが先任です。ブリッジをお願いします。僕は医療室へ行ってみます」
「了解」
先任とは、この場合ワン・ローはブリッジの指揮の代行を頼みたいのだが次の階級は少佐であり、少佐の階級を持つものは、ガンダー・ロック少佐と礼門院 高子少佐がいる。
このような場合は、古くから任務に就いていたほうを優先するのである。その為ロック少佐を指名したのだ。
医療室に入ると、アンゼリスのドクター・ゲレイロが居眠りをしていた。
よく見ると、他のアンゼリスも同様だった。
ゆっくり、ドクター・ゲレイロが目覚める。
「ごめんなさい。さぼっている訳じゃないのよ。我々、アンゼリスは必要ないと思われる時は消費エネルギー量を極端に落とすのよ。何か状態の変化があればすぐに目覚めます」
「と、いうことはチュルク副長はまだ意識不明の状態だということなんですね」
「残念ながら…… しかしおかしい事があるのです」
「おかしい事?」
「ビエアラン人の医師に症状を尋ねたのですが……
ビエアラン人は、その歴史の早い時期から宇宙に進出していたので宇宙線に極端に強いのです。免疫が発達していたといっても良い。宇宙線焼けが始まって組織が変化するなんてことはあまり例がない。
特に、宇宙での任務に経験豊富なチュルク・ガリアル中佐ではあり得ない話だとそのビエアラン人の医師が言っています」
「経験豊富…… チュルク・ガリアル中佐の宇宙での任務歴はどのくらいなのですか?」
「160年以上ですね」
「160年! 160年も宇宙艦隊に勤務しているのですか? 『ハル』チュルク・ガリアル中佐の経歴をタブレットにダウンロードして下さい」
『完了しました』
「宇宙暦 462.7から銀河系惑星連邦宇宙艦隊に勤務している。確かに160年以上だ。
だが、何故まだ副長なんですか? これだけの経歴を持っているのに」
「適性でしょうね。彼女は艦長よりも副長に向いていると艦隊司令部は判断しているようね。ガリアラング人は合理的に考えるから」
「適性? たったそれだけの理由ですか?」
「彼女は、女性型なのよ」
「よくわからないのですが、かれらガリアラング人は性がないということですね。
それって、生物学的にどうなんでしょう? いろいろ不都合があるように思われますが……
聞きにくいのですが、生物としての生殖行為はどうしているのでしょう? 雌雄の別がないと生殖活動も出来ないように思われますが」
ドクター・ゲレイロもその質問に関しては答えにくそうだった。
「答えに困るわね。ガリアラング人の生理機能は、まだ自分たちが隠している部分があって我々他種族からみるとわからない事が多いのよ」
「たとえば、どういった事ですか?」
「あなた、ガリアラング人の幼生を見たことがある? 要するにガリアラング人の子供?」
「そういえば…… ありません」
「そう、彼らは我々の前に現れる時は既に一人前の大人として現れるわ。
幼生の状態は隠されているのよ。
それから、彼らの寿命」
「寿命ですか? 寿命が長いのですか?」
「チュルク副長が大人になってから既に160年以上経過しているようね。チュルク副長が特別だとは思えないから、平均寿命が非常に長いのよ。
その間、彼らはほとんど形態を変えないようだわ」
「老化もしないということですか?」
「そうね。それに、160年前と云えば、まだ銀河系惑星連邦も形成されていなくて『キダー』の攻撃もなかったわ」
「そんな長い間、彼女は宇宙勤務を続けていた。同じ形態を保って、確かに不思議な生物だ」
「ここから、どんなことが考えられる?」
「たとえば……わかりません。生物学は得意じゃなかったんです」
「あら、天才艦長にも弱点があったのね。
ここから先は、私の想像よ。そう思って聞いて頂戴」
「お願いします」
「彼らは、ある種の粘菌のような生物で、子孫を残すのは株別れか直接の細胞分裂に依るのじゃないかしら。そうすると、彼らがオス、メスの識別がないことも説明がつくわ」
「なるほど、そうすると一種の『かび』なんですね」
「そうね。でも『かび』といっても、幼生の状態を抜けると立派な知的生命体になるの。 幼生の時は『子実体』(しじったい)という状態。
『子実体』は胞子をばらまいて発芽させて増えていく。
光合成を行うかどうかはわからないけど植物的な性質を持っているはずよ。
我々アンゼリスにも同じような状態があるわ。
そして、ガリアラング人の本来の状態が『かび』でいえば「変形体」のとき。
つまり、能動的に動きまわることが出来るの。知的生命体としてのガリアラング人はこの状態なんじゃないかしら」
「なるほど。そうするとすべての説明が付きそうですね」
「でも、これはまだ私の想像よ。これが本当だとするとガリアラング人は『子実体』の時に襲われると、全滅の危険があるわ」
「わかりました。誰にも話さないようにしましょう。
ところで、その『変形体』のときのガリアラング人は男性型と女性型があるようです。
これは、何か意味があるのでしょうか」
「ガリアラング人にとってセックスによる差はないわ。第1次性徴も第2次性徴もない。
だからガリアラング人にとっては単なる外見上の差でしかないのよ。
彼らは、見た目上男性型にも女性型にもなれるわ」
「それは、自分の意志でなれるのですか?」
「たぶん。そうだと思う」
「チュルク副長が、女性型なのはどうしてでしょうか? 通常、宇宙へ出ていくガリアラング人は男性型になると聞いたのですが……」
「そうね。私もそう聞いたわ。これは直接チュルク・ガリアル副長に尋ねてみないとわからないと思うわよ」
「そうですね。チュルク副長は、まだ意識が戻りませんか?」
「眠りが深いわ。刺激を与えてみたけど意識が戻る気配がない」
「そうですか。もうしばらく待ってみましょう。フォス人たちは?」
「それがね……」
フォス人の少女『ネオ』は、もう一人のフォス人。彼女自身が『ダルゴアル』と呼ぶオスの個体に泣きすがり、そのまま眠っていた。
「ずっと、この状態なのですか?」
「そうなのよ。あれからずっとよ」
「『ダルゴアル』という男の子の方はどうなのでしょう?」
「男の子といってもあなたと同じくらいの歳よ。
そうね。いろいろなところに擦過傷があるけど、一番重いのは左の脇腹の突き傷ね。
誰かに突き刺されたらしいわ。貫通してた。でも大丈夫よ。治療して塞いだから。
今は、眠ることね。あと12時間も眠ると回復するわ」
「それは、『ネオ』には話しました?」
「ええ。話したわ。安心したようだけど、彼の前を離れようとしないの。彼らは恋愛関係にあるようだわ」
「恋人同士なんですね」
「そのようね」
『ネオ』が目を覚ました。そして何気なく医療要員のアンゼリスの腕に噛み付いた。
アンゼリスが悲鳴を上げる。
保安要員がレイザーガンを抜き『ネオ』を狙う。
「待て、射つな」 ワン・ローは保安要員を止めさせた。
『ネオ』は怯えながらも、手でお腹のあたりを押さえる。
「そうよね。彼女にしてみれば我々アンゼリスはごちそうにみえるわね。植物食だもの。 お腹が空いたのだと思うわ。
植物性タンパクのエキスを与えて頂戴。きっと食べるはずよ」
ドクター・ゲレイロが医療要員に命じる。
もう一人のアンゼリスがボウルに盛った植物性タンパクを『ネオ』の前に置く。
『ネオ』はおずおずと手を伸ばして一つを手に取り口に運んだ。きっと美味だったのだろう。次々に手に取り食べている。
『ネオ』に噛み付かれたアンゼリスは繊維質が切断されていた。
医療用の回復器を当てると見る間に繊維質が回復していく。こちらの方は心配なさそうだ。
「お腹が空いていたんだね『ネオ』。話はできるかな?」
「出来る」
と、言いながらボウルの中の直物性エキスの塊を離さない。よっぽど空腹だったらしい。
「君と『ダルゴアル』は何故あの部屋に閉じ込められていたんだ」
「『ネオ』にはわからない。『ダルゴアル』ならばわかるかもしれない」
「あそこに連れて行かれる前に、君たちはどこにいたんだ」
「フォス星。『キダー』の戦う機械がたくさんたくさんやって来た。大人たち戦ったけど敵わなかった。『ネオ』の母さんも『ダルゴアル』の父さんも戦って死んだ。
大勢の人たちが戦って死んだ」
そうか、フォス星は『キダー』の侵略に遭ったんだ。抵抗を試みたけど敵わなかったのだろう。
銀河系惑星連邦は、フォス星に援軍を出したが、間に合わなかったのだ。
あっという間にフォス星は『キダー』の支配下に入ってしまった。
そのフォス人のつがいを『キダー』はこのアルタイル星系へ送り込んできた。
『キダー・コマンド』としての洗脳処置は行なっていないようだ。
このことに何か意味があるのか?
『ネオ』と『ダルゴアル』を我々に奪われないようにするため、真空状態で瀕死の状態に陥っている『キダー・コマンド』までも大量に投入した。
よほど、彼らの存在が重要なはずだ。
「君は、その……何か特別なことができるのかい?」
「特別なこと?」
「空を飛べるとか、魔法の剣を持っているとか、怪獣を呼び出せるとか……」
「そんなこと出来るわけない。あなたは出来るのか?」
「いや、出来ない」
魔法使いじゃないんだから、できたらおかしい。
「『ダルゴアル』は大丈夫か?」
「心配ない。あと12時間眠ると目を覚ます」
「12時間は聞いた。ネオはダルゴアルが起きるのを待つ」
時間感覚が地球人と同じだろうか。自信がないが。
「一晩と少し。『ネオ』待つ。『ダルゴアル』が目覚めるのを待つ」
どうやら、時間感覚は地球人と同じようだった。母星が一緒ということなのだろうか。
さて、ビ・アランド前艦長が喰い殺された事件を解決しなくてはならない。
少し、整理してみよう。
まず、はっきりしている具体的な事実から考えてみる。
ビ・アランド前艦長は、艦長室で『喰い殺された』。
誰に、又は何に? それがわからない。わからないが、大質量の巨大なものだ。
全長15m。重量約12t。間違いなくそれだけの質量を持ったものが艦長室にいてビ・アランド前艦長を襲った。
これは、間違いない。リークスが大質量を艦長室で検知している。
では、それは何だ?
艦長室はそれほどの奥行きを持たない。そこに15mの怪獣は存在することさえ無理だ。
それなのに怪獣は、ビ・アランド前艦長を襲い、右腕だけを残して身体を飲み込んだ。
その為、ビ・アランド前艦長の身体は未だに見つからずにいる。
ビ・アランド前艦長のレイザーガンから2発のエネルギー弾が発射されている。
2発とも命中したと考えられるが、怪獣には効果が無かった。
それほど、外皮が強いということか?
ともかくこのような事実により、怪獣は間違いなく存在する。
トリックでは無い。
怪獣が現れたという証拠はたくさんある。
次だ。
どこから、現れた?
それは、突然艦長室に出現した。
前兆を知らせるものは何もなかった。突然現れたのだ。
どこから来たかについては今は解決できない。本当に前触れ無く突然だったのだ。
次だ。
どこへ行った?
それもわからない。リークス中尉によれば突然反応が消えた。
ワープも転送された記録もない。実際に転送されたとすれば、これだけの大質量だ。どこかしらエネルギー変位が起こるはずである。
結局……
何もわかってない。怪獣は突然艦長室に現れビ・アランド前艦長を喰い殺して突然痕跡なく消えた。
こういう事実が残っただけだ。
「『ハル』同様な事件が起こっていないかを検索して下さい」
「同様の事件の定義が曖昧です」
そうか、曖昧だ。定義するとしたらどうなるか?
「突然、怪獣に襲われて原因がわからない事件を網羅して下さい」
『検索範囲は?」
「過去100年間です」
「4件ヒット。タブレットに転送します」
「宇宙暦511.6 アルタイル星系 ジルコア人探検隊が見えない怪獣に襲われる。
緊急脱出して全員無事。原因不明
宇宙暦547.2 射手座 宇宙戦艦アレキサンダーが『キダー・スフィア』と交戦中突然爆発。船内に制御不能の怪獣が存在していた模様。詳細不明。
宇宙暦582.4 プレヤデス星団 鉱物資源確保のためビエアラン人の部隊が上陸。 見えない怪獣と交戦の末、全員戦死。詳細不明
宇宙暦597.9 オリオン大星雲 宇宙戦艦「綾波」内の医療室にて加療中の地球人が、怪獣に襲われ死亡。
過去100年で4件の怪獣遭遇事件が起きてるんだな。
見えない怪獣? 怪獣は見えないのか。
一番最初の事件なんか、ここアルタイル星系で起こっている。
「『ハル』最初の事件を詳細にレポートしてくれ」
「宇宙暦511.6 ジルコア人探検隊がアルタイル第4惑星に調査の為着陸。そこで『クリレール人』の遺跡を発見。
巨大なエネルギー発生装置。しかし起動方法が不明。
出力装置も不明。何のための装置か? 目的もわからない。
キャンプを張っているところに、見えない怪獣が出現。レイザー最大で攻撃するも撃退できず。
そのまま、全員星を離脱した。
これ以上詳細なレポートはありません」
「ありがとう。『ハル』」
巨大なエネルギー発生装置。
それは、今でもあるのだろうか?
見えない怪獣が多い。
このあたりに何かがあるのかもしれない。
だが、まったくの材料不足だ。
被害者が何故、ビ・アランド前艦長なのだ?
ビ・アランド前艦長はクルーに恨まれていたか?
新任の僕には細かい事情がわからない。しかし、有能な艦長だったようだ。
定遠とピケットラインを組んで、『キダー』の戦闘機械を1隻も通さなかった。これは尊敬に値する。
だが、それだけではない事情が存在するのかもしれない。
「『ハル』ブリッジ要員の履歴をタブレットへ落として下さい」
「完了しました」
「ガンドン・ロック少佐。ガンダー星人。
性別:オス
操縦員
唯一、エネルギー保存則を破ることができる存在。
身長・体重を増大。
1.8m~12m 0.07t~7t
彼ら独自の物理学が存在する」
エネルギー保存則を破ることが出来る?
どういうことだ。
そんなことが出来るわけがない。エネルギー保存の法則はこの宇宙のどこにいても適用される。例外はないはずだ。
「ガンドン・ロック少佐。シャトルデッキへ来て下さい」
ワン・ローは後ろ手を組み、シャトルベイを歩き廻っていた。
鎮遠のシャトルは2基。
最近は、移動手段がほとんど転送なので小型宇宙艇であるスペースシャトルを使うことがほとんどない。
「『ハル』ロック少佐がやって来たら、私との会話を記憶して下さい」
『了解しました』
シャトルが定位置に収まってしまうと、シャトルデッキには広いスペースが出来る。
「艦長」
ガンドン・ロック少佐だ。
「何か?」
「あなたの経歴書を見させて頂きました」
「……」
「エネルギー保存則を破ることができる存在。という意味がわかりません。
説明を求めます」
「艦長がこの場所を選んだのは、私がそうなる状態を見たいためでしょ」
今度は、ワン・ローが黙り込んだ。その通りだったからである。
「見てもらったほうが早い」
言うが早いか、ロック少佐の身体が光で輝き巨大化を始めた。
身体を包んでいる服も惑星連邦宇宙艦隊の制服ではない。
銀色に輝く巨人だった。飾りなのか、何らかの必要性があるのか赤と紫のストライプが身体にあった。
顔も見慣れているロック少佐のものではない、どこか無表情的な虚無さがあり卵型の目が輝いている。
身長12m体重7t。ワン・ローは自分自身の目で特殊相対性理論が壊れてしまう処を見てしまった。
確かにガンドン・ロック少佐は、銀色の巨人への変身能力がある。
ビ・アランド前艦長が遭遇した怪獣の質量は全長15m。重量約12t。
ちょうど頃合いの大きさだと思ったのだが、前艦長に襲いかかる怪獣のイメージが、銀色の巨人とは違う。牙が無い。それに凶暴ではない。知的生命体を保っている。
「ロック少佐」
「はい」
口を動かしているようには見えないが、口の位置から声はする。
「このままの状態で話は出来るのですか?」
「出来ますが3分間だけです。私がこの状態を維持できるのは3分間だけなのです。もうすぐ元に戻ります」
「わかりました。元に戻ってから話しましょう」
時間が来ると、ガンドン・ロック少佐の身体は見る間に小さくなり始めた。
身体つきの大きな人型の姿に戻る時は惑星連邦の制服姿に戻っていく。
「艦長。見た通りです」
「まさかと思ったんですが、どんな手品なんですか」
身体がすっかり元に戻ると、ロック少佐はシャトルの翼に腰を降ろす。
「あなたが、ビ・アランド前艦長を襲ったのですか」
ロック少佐は吹き出して笑った。
「いいえ。私はビ・アランド前艦長を襲っていません」
「よろしい。僕も信じていませんよ。第一あなたはアリバイがある。
ビ・アランド前艦長が艦長室で襲われた時、あなたはブリッジにいました。
さて、説明して下さい。何故エネルギー保存則を破ることができるのか?」
「私には合理的に説明することができません。ガンダー人にはガンダー人の物理学が存在します」
「では、地球人の私から説明しましょう。
エネルギー保存則とは、閉じた系の中では『エネルギーの総量は変化しない』とする法則です。この場合エネルギーだけではありませんね。質量も変化したわけですから、エネルギーと質量ということになります。
特殊相対性理論では『質量とエネルギーの等価性』から、閉じた系において保存されるのは『質量の総和』ではなく『質量とエネルギーの総和』です。
つまり、先ほどあなたがやって見せてくれたようなことは、物理上あり得ません」
「そうですね。我々ガンダー星人も他の惑星連邦の人々と初めて接触した時大変驚きました。つまり、その……我々の物理学と見解が違うのです。
しかし、現実問題として我々ガンダー人は、先ほどのように銀色の巨人に変身することが出来る」
「ガンダー人の物理学によれば、銀色の巨人に変身することは、どのように説明されるのですか?」
「艦長たちの物理学でいうところの量子力学でしょうか。
『不確定性原理』から、『質量とエネルギーの総和』でさえ変動する。
というところに根拠を置くしかないでしょうね」
「量子力学は、確率の物理です。また、観察者の視点の問題でもあります。
あなたが、銀色の巨人として巨大化する。その確率は確かに0%ではありません。
しかし、……」
「『ワン・ロー』艦長」
ロック少佐は、フェニク大尉と同じようにファーストネーム側で尊称を呼んでくれた。なんだかそれがとても嬉しい。
「もう一度やれ。って言っても同じことが起きるのでしょうね」
「はい。何度やっても同じです」
「量子力学的な回答。そうですね。それしかないか……」
「しかし、艦長」
「はい」
「我々はそんな理屈がなくても生まれつき変身することができるし、質量も増大します」
「そうですね。無理矢理、物理の法則で縛り付けているのは我々の方ですね。
あなた方は、子供の頃からエネルギー保存則を破っていた。そのことで、この世界に矛盾は生じなかった。宇宙が消滅することも無かった」
「我々が銀河系惑星連邦に加わってから、惑星連邦の多くの物理学者がガンダー星にやってきて我々の身体を隅から隅まで調べました。
結局わからなかったのです。それでも我々ガンダー人には変身能力があります」
「わかりました。私も見てしまったんだから、信じるしかありません。
では、ロック少佐。ブリッジをお願いします。
私は、艦長室にいます」
「わかりました」
ガンドン・ロック少佐がシャトル格納庫を出ていくと、ワン・ローは次の容疑者を呼んだ。
「リークス中尉。艦長室へ出頭して下さい」
ロック少佐は、容疑者リストから消えた。
艦長室のソファーに座って、次を考える。
「『ハル』リークスと私との会話を記憶して下さい」
『了解しました』
「何か用か?」
相変わらず、上官に対する礼はないな。まぁ仕方ないか。これがリークスの特徴なのだから。
「私は、鎮遠のブリッジに配置されている。あまり離れるとまずい」
「わかっていますよ。今日はあなたの親と話したいのですよ。取り次いでもらえますか?」
「親実体と? 親は太陽系の惑星連邦本部にいる。少し、待て」
リークスは、通信に特化した集合生物だ。通信は、サイコレーダーをエネルギーとしている。
つまり、精神波だ。彼らの種属はテレパシーというものを極限までに高めて銀河系中に網を張った。それにより銀河系惑星連邦はタイムラグなしの通信を行うことができ、非常に助かっていた。
リークスがいなければ、惑星連邦内の通信体系はガタガタだ。
惑星連邦に貢献してくれている。
「出た。話して良い」
「宇宙戦艦鎮遠艦長の『ワン・ロー・マクセル』です」
「リークスです。うちの子供が何か仕出かしましたかな」
「いえ、そういうわけではありません。あなたに少し質問がありまして呼び出させて頂きました」
「質問? 珍しいですな。宇宙艦隊の士官が質問とは」
随分と、くだけた物言いだ。これは彼本来の気質なのか、それともどこかの人工知能に移っているその人格なのか?
「質問をどうぞ」
「あなた方、リークスは銀河系全体にネットワークを張られているようですね」
「ええ」
「それも、サイコレーダーですね。そのエネルギーはどこから供給されるのですか?」
「それが、何か問題になるのですか?」
「エネルギー体だけの存在を想定しています」
「生物として身体を構成する要素がエネルギーだけという意味ですか?」
リークスは賢い。ワン・ローが尋ねたいと思っている本来の意味に質問を変えてくれた。
「そうです。全長15m。重量12tの質量を持った、エネルギーだけの存在を想定しています」
「うむ、興味深い。それほどの大容量を持ったものがエネルギーだけで構成されていると想定するわけですね。非常にユニークだ。
それで、ええと……『マクセル』艦長」
「『ワン・ロー・マクセル』です」
何故か、今度は名前の方を呼んで欲しかった。
「それで、『ワン・ロー・マクセル』艦長。その大容量のエネルギー体が出現している持続時間は?」
時間? そうか持続時間。人一人を喰い殺すくらいの時間。
「たぶん約5分間くらいだと思われます」
「エネルギー体として5分間存在できるような、エネルギーを出力出来るような存在。
それで、私を想定したわけですね。『ワン・ロー・マクセル』艦長」
「その通りです。リークス」
「私の子実体は銀河系に12億個存在します。それらはすべて有機体であり生きています。生きている以上、生体エネルギーを発します。その総和は……
計算が得意なコンピュータにやらせてみて下さい。ともかく大変なエネルギー量になるはずですよ。全長15m。重量12tの質量を作り出すなど軽いものです」
「では、鎮遠の艦長室で前艦長のゼッド・ビ・アランド大佐を襲い、喰い殺したのは、リークスあなたですか?」
「いいえ、違います」
「十分嫌疑の掛かる立場だということは理解していただけますね」
「ええ。それはわかります。しかし、私ではありません」
「証明できますか?」
「それだけのエネルギー体を現出させしかも、5分間も維持させることは鎮遠に搭乗しているリークス子実体だけでは不可能です」
「はい。それはわかります。実際彼はアリバイがあります。彼は、他のクルーに怪獣の存在を報告してくれました。怪獣を出現させたのは彼ではありません。しかし、親実体であるあなたならどうなるのでしょう?」
「そうですね。私ならその実力はある。しかしやはり無理です」
「何故ですか?」
「大容量の生体エネルギーを使うためには、近くのリークスの子実体をたくさん使う必要があります。鎮遠のリークスはさきほど考えたようにアリバイとして残しておかなければなりません。
そうなると、一番近い定遠から使うことになります。またそれだけではとても足りません。アルデバラン星系に派遣されている戦艦に載っているリークスも次々に使うことになります。そうやって、やっと目的とするエネルギー体を作り出すことが出来ますが、その間それらの艦に乗っていたリークスは意識を失っている状態になります。
そうすると、本来の我々リークスの任務であるレーダー監視が出来なくなります。
それにこの場合は明らかに外部からエネルギー体が侵入した痕跡を残すことになります」
「あなたが言われるような結果になりますか?」
「疑われるなら、実験してみましょう。シャトル格納庫に行って下さい」
またシャトル格納庫か。リークスはここで自分の無実を証明するという。
シャトル格納庫で先ほどガンドン・ロック少佐が無実を証明したばかりだ。
ワン・ローはシャトル格納庫に向かう。
「フェニク大尉。突撃銃を持ってシャトル格納庫へ来て下さい」
シャトル格納庫へはフェニク大尉の方が先に到着していた。
「艦長。何事ですか?」
ワン・ローは、シャトルの翼の上に乗る。
「フェニク大尉は隣に来て、私を護衛して下さい」
ワン・ローは、カッシート・ド・アレンゲリア提督から貰ったレイザーガンをガンベルトから引き抜いた。
「フェニク大尉。これはどう使えば良いのですか?」
「使ったことが無いのですか?」
「下士官教育を受けたことが無いので」
フェニク大尉はあきれたような顔をする。軍人ならばどんな武器も使えなければならないというのがデ・アランジュ家の家訓だった。
「このシリンダーが安全装置です。右に倒しておいて、銃爪を引けばレイザーエネルギーが発射されます。左に倒しておけば、銃爪を引いても何も起こりません」
「わかりました。ありがとう。
今から、怪獣が出現します。そうですね、たぶんあの一番広いあたりです。
怪獣が出たら、攻撃して下さい。」
「怪獣が?」
ワン・ローが指示したあたりの空間が揺らぎ始める。
「怪獣が出ます! リークス、報告して下さい」
「外部よりエネルギー反応。シャトル格納庫に集中しています」
ワン・ローはレイザーガンの狙いを付ける。
フェニク大尉は肩からビエア突撃銃を下ろして、安全装置を外した。
怪獣が現れる。黄金色だ。ライオンのようなたてがみを持っている。
大きな唸り声を上げた。
先に、ワン・ローがレイザーガンを発砲した。
効果がなかったが、怪獣は自分を攻撃した相手を認識した。
続いて、フェニク大尉が攻撃する。やはり効果がないようだった。
フェニク大尉は連続で攻撃する。
その攻撃を、ものともせず怪獣は、大きな唸り声を上げながらワン・ローに近づいてくる。
そして……
消えた。
フェニク大尉が息を吐く。
「あれは、何ですか? もしかしたらあれがビ・アランド艦長を喰い殺した犯人ですか?」
「リークス。報告して下さい」
「消失した」
「艦長」
ブリッジの礼門院だ。
「定遠、三笠、榛名、プリンス オブ ウェールズ、シャルンホルストの各宇宙戦艦より亜空間通信が入りました。
各艦のリークスが人事不省に陥ったためリークスによる通信は不可能」
「各艦に返信。リークスは5分後に回復する予定。理由は説明不可能。以上」
「了解。チンエンにいたこちらのリークスが今消失しました」
リークスは、ワン・ローの目の前にいた。
「と、こういう結果になってしまうのです。ビ・アランド艦長の時は定遠だけしかいなかった。
つまり、エネルギーが絶対的に足らない」
「わかりました。認めざるを得ません」