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コンプレックス。

作者: 杉浦 澪

あたしのコンプレックス…それはこの手である。

太くて短い指。

指の長さより面積の大きい掌。

そして…何よりも大嫌いな小さくて不格好な爪…。

物心ついた時には既に格好悪い手だった。

おまけに爪を噛む癖があったから、爪はいつだって短くてガタガタしていて…。

よく小学生の頃なんかにあった『身だしなみチェック』なんかで、先生に

「爪を切ってこなきゃ駄目じゃない」

なんて一度は怒られたりするものだろうが、あたしのこれまでの人生には一度たりとて

「長すぎる」

なんて言われた事はない。

この手があたしのコンプレックスだと決定的に位置付けた出来事がある。

小学5年生の時、友達の友達…つまりはあたしとは特別仲も良くない女の子に言われた一言。

その子は小学生にしては体も発達していて、かなりの『マセガキ』だった。

当然お洒落にもいち早く目覚めている。

一方あたしは地味で平凡な小学生で。

ある日そんな平凡小学生にマセガキが言ったのだ。

「わぁ〜舞ちゃんの爪ってすっごい深爪なんだね!痛くないの?見せて見せて〜触っていい?」

まるで物珍しい玩具にでも触るかのように。

その子の手は、そりゃあもう爪も形が綺麗だし、指も細くて長くて、ちゃんと手入れが行き届いていて。

まさしく女の子の手だった。

それに比べてあたしの手は…なんて汚いんだろう。


それ以来あたしは手が完全にコンプレックスとなった。


常に手を隠して、袖の長い服ばかり着るようにした。



**********

中学生になっても相変わらずあたしの手は汚かった。


中学なんて特に爪の長さに敏感だったりするから、容易に爪を伸ばすことも出来ない。


適度な長さで切り揃えても、深爪で指も短いこの手では、あの子みたいに女の子の手になるわけもない。


あたしの両手は相変わらず長い袖の中にあった。

確かに相変わらずなあたしではあったけれど、思春期は誰しもが成長するものらしい。

こんなあたしもついに初恋などをしてしまったのである。

相手は同じ委員会でクラスも一緒の男の子。

決して格好いいわけじゃなかったけれど、クラスの人気者ってタイプだった。

あたしとはいつも戯れあってて、ケンカ友達って感じで。

まぁそいつに女の子として意識されてなかった事だけは断言できる。

毎日そいつとふざけあってるのが楽しくて。

あたしの中でそいつはいつの間にか特別な存在になっていった。

だからかな…そいつに手を見られないよう必死に隠して。

この手を見られて、嫌われるのが怖かった。

そいつと戯れあいつつも、この手でそいつに決して触れることのないように気を付けた。

だけどそのくせ妙に色気づいたりとかして…短かった爪をこっそり伸ばし始めた。

そのうち自然と爪を噛む癖はなくなっていて、先生にバレないように透明なマニキュアを生まれて初めて塗ったのもこの時だ。

相変わらず手は隠していたけれど…。

*********ある日、委員会でクラスごとに日頃の成果を模造紙にまとめて一斉掲示することが決定した。

委員は各クラス男女1名ずつだから、あたしのクラスはあたしとそいつ。

放課後残って模造紙を作成しなければならない。

あたしは真面目な生徒だったから毎日残って作業してたけども、そいつはそういった仕事みたいなものがてんで駄目な奴で、面倒がって中々協力してくれない。

結局作業するのはいつもあたしだけだった。

毎日毎日あたしは独りで教室に残った。

大きな模造紙に文字や絵をたくさん書いていく。

今日もやっぱり独り。

孤独な作業も、頑張っていくうちにだんだん楽しくなってきて、1番いいものを作ってやろう!なんて内心張り切りだしていた。

今日も頑張るぞーー無駄にやる気になって、独りなのをいいことに腕捲りをする。

露になる手。

爪はだいぶ伸びて、漸くみんなと同じくらいの長さになっていた。

作業を始めて数十分経ったとき、ふいに教室が開く音がした。

びっくりしてドアに目をやる。すると立っていたのはそいつ。

「何…してんの…?」

帰ったとばかり思っていたので、突然の登場に動揺してしまう。

「帰ったんじゃなかったの?」

すると不機嫌そうな顔して口を開いた。

「帰ってねぇよ。いつも学校に居たし。」


「じゃあ手伝えばよかったじゃん。」

知らなかった。まさかまだ学校に居たなんて。

「部活だったんだよ。もうすぐ最後の大会だから。」


「あ…そっか。」

あたしは文化系の部活だから、部活に関してはたいして活動もしてなかった。

逆にそいつは陸上部で長距離ランナー、他にも水泳で表彰されちゃうほどの選手でもあった。

「それなら初めから言ってよ。じゃ今日も練習か〜。」


「いや…手伝う。」

こっちに来るとあたしの向かい側に座り込んで、黒マジックのキャップを外した。

「今日は…練習休ませてもらってきたから。」


「こっちは大丈夫だよ?いいから練習行けって。」

そう言って促しても

「うるせぇよ。」

なんて言ってあたしの言葉は無視。

仕方がないので、今度は二人で作業を再開した。

黙々と仕事をこなしていく。

何故だかいつもみたいにふざけた雰囲気にはなれなかった。

「悪かったな。」

ふいにそいつが口を開いた。思わずあたしは声の方へ目を向ける。

「いつも藤田ばっかりに仕事押し付けちゃってさ。」

初めて見るような顔をしていきなりそんな言葉を吐くから、益々雰囲気が固くなる。

「どうした…?急に…」

あたしまで何だか胸がぎゅっと苦しくなってきて。

「別に…言ってみただけだよ。」

それだけ言うと、そいつはそれっきり口を閉ざしてしまった。

あたしは上手い言葉も見当たらなくて、止まっていた手を再び動かした。

気付けばもう日もだいぶ傾いていて、窓から私達の方へ緋色の光が差し込んでいた。*********

「藤田の手…綺麗なんだな。」

あれっきり言葉もなく、沈黙が支配した教室にそいつの声が反響した。

そいつの目は腕捲りしたままペンを動かすあたしの手をじっと見つめていた。

はっとしてあたしはペンを落とし、急いで袖を下ろした。

こんな手を好きな人に見られるのが怖かった。

「なんで隠すんだよ。」

動揺したあたしのおかしな行動に怪訝そうな顔をする。

「せっかく誉めたのに。」


「やめてよ、こんな手…」

見られてしまったショックで涙が出そう。

「初めてちゃんと見たけど、意外と綺麗じゃん。」


「大嫌い…最悪だよ、こんな手。」

懸命に涙を堪えた。

そいつの前で泣くわけにはいかなかった。

泣いたら何かが壊れてしまうような気がして…ただ下を向いて、いつもみたいに手を袖の中へ隠して、あたしは必死で下唇を噛み締めていた。

二人きりの放課後の教室はどちらかが声を出さない限り静かで。

あたしは涙を我慢するのって大変なんだなぁなんて無駄なことを考えたりとかしていて。

そいつはそいつでこの重苦しい空気に、居心地が悪そうにもぞもぞして。

意を決して口を開いたのは…あたしじゃなく。

「今日一緒に帰ろうぜ。もう暗いし。」

一緒に帰るっていっても、あたしとそいつじゃ家が正反対なのに。

「方向違うじゃん。」

震える声であたしが精一杯の毒を吐く。

「…本当に可愛くねぇなぁ。」

呆れたような声。可愛くないことなんて随分前から自覚してるもん。

「お前も一応女みてぇだから、夜道を独りで帰ったら危ねぇだろ。」

一気に涙が引いて顔が熱くなる。予想だにしない発言。

「うるさい。仕方ないから送らせてやってもいいけど…」

照れ隠しの一言。女の子らしさの欠片もない。

「それが物を頼む態度かよ…しょうがねぇから送ってやるけど…。」

**********初めてそいつと一緒に帰った。

横に並ぶのは恥ずかしくて、あたしはそいつの一歩後ろを歩いた。

距離とか微妙すぎて解らなくて、とりあえず出来るだけ離れるようにした。

あたしが少しずつ離れていくから、そいつは何度も何度も立ち止まっては振り返る。

「遅ぇよ!」


「そっちが早いんだって!」

嘘だけど…だってあんまりくっついて歩いちゃいけない気がして。

“立ち止まっては振り返る”をそいつは5回繰り返して、6回目でとうとう痺れをきらしたのかあたしの前まで駆けてきた。

「これじゃ一緒に帰ってる意味ねぇだろー。」

そう言って、あたしの右手を掴む。

「ち、ちょっと!!」


「一緒に帰ろうって、俺言ったよな?」

無理矢理手を繋いだ形になってしまった。どうしても隣に並ぶことになる。

「離せーっ!何すんだ!!」

もうあたしはこの状況についていけない。

おまけにコンプレックスのこの手を握られているのだ。

「あのさ…お前さ…」

そいつが何か言いかけたが、あたしは全く聞いていなかった。

「これって手繋いでるみたいじゃん!ねぇ!?」


「オイ…聞けって。」

けれどあたしは手を離そうともがくばかり。

ついにそいつはぐっと繋いだ右手を自分の方へ引き寄せる。

必然的に体が接近することになってしまう。

「あのな、俺は!俺はお前の手を綺麗だと思った。何か知らねぇけど、お前はいつも手隠してっけど…隠すことねぇよ。堂々としてりゃいいんだよ。」

どうしたことか、そいつがいきなり変なことをを言い出して、あたしの動きが止まってしまう。だけど頭の中は余計に混乱。

「なっ…!!」

何なんだ…?これはどうしたことか…?

「な、何…?あんた…あたしのこと好きなの?」

そう言うとそいつは真っ赤な顔して全否定しやがった。

「ハァッ!?好きじゃねぇよ!ふざけんなよ!!」

…思わず吹き出してしまった。そんなに必死に否定しなくても…。

「だっ…だけどいつも偉そうなお前が、手ぇ隠してんのが気になってただけだよ。」

相変わらず真っ赤な顔で呟いた。

釣られてあたしも真っ赤になった。

とりあえずそいつの気持ちだけは伝わってきて、もう少しだけこの手をそいつと繋いでてもいいかな、なんて思った。**********

「…ありがとう。」


「…おぅ。」

日も暮れた帰り道を二人手を繋いで歩いた。

手は暖かくて、心も同じように暖かかった。

あたしは好きな人が好きだと言ってくれたこの手を、もう少し大事にしてやろうかと思った。

微妙なお話でしたが…初恋の淡い気持ちを思い出して貰えると幸いです。コンプレックスは克服するためにあるのかもしれませんね♪

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― 新着の感想 ―
[一言] 手の悩みなんて些細な事だと思うけれど、気にする年頃の心理描写が一人称でうまく表現されていると思います。 ”そいつ”の照れたような感じの仕草、台詞も良かったです。
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