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第2番 春すぎて夏来にけらし ──香具山を塗りつぶす、残虐なまでに眩い「執念の白」

春すぎて 夏来にけらし 白妙の

衣ほすてふ 天の香具山


【一般的な現代語訳】

春が過ぎ去り、いつの間にか夏がやって来たようだ。神聖なる天の香具山には、真っ白な衣が初夏の風に翻っている。


─────────────────────


「……先輩! 二番、持統(じとう)天皇。これって(あま)香具山(かぐやま)に洗濯物干してる歌ですよね。天皇なのに『あー夏だね、シーツ干そ』って、生活感が主婦すぎませんか? ドンキで洗剤買ってそう!」


私は持統天皇の札をペチペチと叩きながら笑った。


「お前なぁ……女帝を主婦扱いする気か? 俺なら恐ろしくて、そんな口は叩けないな」


先輩は呆れたように私から2番札をすっと抜き取ると、窓から差し込む眩しい夏の日差しにそれを透かした。


「いいか水瀬。持統天皇ってのは、古代最大の内乱『壬申の乱』を勝ち抜き、日本初の本格的な計画都市・藤原京を築き上げたゴリゴリの女帝だ。あの日、彼女の目に映っていたのは、のどかなお洗濯風景じゃないぞ」


「え、お洗濯じゃないんですか? 白い衣を干してるって書いてあるのに」


「そうだ。父である天智(てんじ)天皇が、秋の田んぼで泥にまみれた1番の歌とはあまりに正反対だろ」


「正反対? 一番は秋で、二番は夏だからですか?」


「季節だけじゃない。立っている場所の『地面』が違うんだ。天智天皇は庶民の苦労に寄り添うために、泥まみれの粗末な小屋にいた。だが、娘の持統天皇が立つのは、堅牢で揺るぎない石畳の都。日本で初めて、広大な範囲に石を敷き詰めた最新の都だ」


先輩は、窓の外の校庭を指差した。


「そこから神聖な香具山を見上げた時、目に痛いほど眩しい『白妙の衣』が翻っているのを見たんだ。……お前、その白さが何を意味してるか分かるか?」


「えっと……『私がこの国をピカピカの真っ白に保つわよ!』みたいな?」


「……まあ、遠からずだ。だがそれは、掃除の手軽さなんてレベルじゃない」


先輩の指先が、スッと札の上の「白妙」という文字をなぞる。


「いいか。(こうぞ)や麻をそのまま織れば、布はくすんだ生成り色だ。それをあそこまで、目に痛いほどの『白』に晒すために、どれだけの手間と人手が注がれたと思う? それは『潔白』なんて可愛いもんじゃない。自然のままの色を許さず、力技で理想の色に塗り替えた、統治者としての凄まじい執念と権勢の白だ」


「……ピュアな白じゃなくて、『力ずくの白』……なんですね」


私が呟くと、先輩は満足げに頷いた。


「そうだ。真っ白であればあるほど、その裏には泥にまみれて布を叩き、水にさらした無数の手の跡がある。……それは、先行きの見えない闇さえも力でねじ伏せて、この国を永遠に照らし続けるという『光の重さ』なんだ。逃れられない天命を、自らの色で塗りつぶした女帝の覚悟なんだよ」


「覚悟、かぁ……。でも、お父さんの歌はもっとしんみりしてましたよね。夜に一人で泣いてるみたいな」


「そう。一番の父の袖を濡らしたのが、先行きの見えない暗闇の『冷たい露』だとしたら、二番の娘の袖を重くしているのは、逃れられない『光の重さ』なんだよ」


私は、思わず窓の外の眩しい日差しから目を逸らした。

太陽に晒され、白さを極めたあの札が、今は幾千回も叩き鍛えられた刃のように鋭く見えたからだ。


「……先輩。ただの夏のおとずれじゃなくて、新時代を背負う女帝のスケールのデカすぎる決意だったんですね」


「その光の重さを知らぬ者に、国は治められないってことだ」


私が眩しさに瞬きをしている隙だった。先輩の手が、初夏の風を切り裂くような速さで二番札を払い飛ばした。


「……ああっ! 先輩、卑怯です! 目がチカチカしてる隙に払うなんて、女帝の覚悟どころか、ただの奇襲じゃないですか!」


私が抗議すると、先輩は当然だという顔で肩をすくめた。


「奇襲で国を奪り合った時代の歌を読んでるんだ、これくらい当然だろう」


「むぅ……。でも、お父さんの一番札が『濡れた袖』で、娘の2番札が『乾いた衣』。……なんだか、出来すぎた親子リレーですね」


「そうだ。父が泥を被り、娘がその上に白を塗った。……水瀬、お前のノリも、いつか誰かの泥を拭えるくらい真っ白になればいいんだがな」


「え、今ちょっといいこと言いました? 先輩、今の録音していいですか!?」


「……うるさい。さっさと片付けろ。洗剤を買いに行くなら付き合ってやるから」


先輩がぶっきらぼうに鍵を鳴らす。

私は慌ててカバンを掴み、その背中を追いかけた。


「やっぱりドンキじゃないですか! 先輩のその『白』へのこだわり、私、録音どころか語り継ぎますよ!」


「……勝手にしろ。ただし、その前に自分の汚れ(煩悩)を落とせ」


道場を出ると、夕暮れの空はまだ、持統天皇が愛した夏の名残を惜しむように白く、高く、どこまでも突き抜けていた。


私の魂も、いつかあの衣のように、誰かの目印になれるだろうか。


「……あ、先輩! 柔軟剤はフローラルでいいですか!?」


「香具山にジャスミンなんて咲いてないだろ。……無香料だ、無香料」



【札の裏側──備忘録】


■ 日本最初の計画都市「藤原京」

日本で初めて中国風の条坊制を取り入れた本格的な都。

持統天皇は「国家」としての永続性を願い、広大な石敷きの都を築いた。


■ 女帝が手にした「夏」

古代最大の内乱「壬申の乱」を戦い抜いた彼女にとって、「夏」は勝利を掴み取った季節であると同時に、多くの犠牲を払った季節。

眩しいほどの「白」の裏側には、新しい国を力強く統治していく女帝の壮絶な覚悟が秘められている。

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