ある平日の昼 2
R15のタグが入っているので平気だと思いますが、
軽くシモネタ注意です。
ざわめく、教室内に異様に目立つ髪の人間が居る。彼は窓から漏れる太陽の光を浴びて瞬いていた。私はそれを遠目に見ながら、指差し点検を行う。
昼ご飯も食べた。話す内容も考えた。香水の瓶も手元にある。
準備は万端だ。
「何、さっきから面白いことしてんの? レイちん」
さっきまで居た場所から、一瞬でここまで移動するなんて人間技じゃないだろう。きっと、私が目を放してしまったわけじゃないだろう。ち、違うと思う。いや、違わない。
動揺が頭を真っ白にした。だって、計画とは違う。
まず、私が声をかけて、人気のない場所まで誘い込み、一気に――流れる速さで聞いてみる。
そんな考えが一瞬で吹き飛んだ。
どうしよう……。
「まあ、言いたいことはなんとなく分かるけどね」
楽しむようにして言葉を紡いでいく彼に、軽く心配になる。
何が聞きたいのか分かってるということは、つまりこの香水がどんなものなのか知っているということだろう。
彼は完璧に吸血鬼の関係者。
「ここじゃ話せる内容じゃないから、どっか行こうか」
周りの人たちがざわついている。
私、何もしてないんだけど!
誤解されるような言い回しをされ、背筋を冷たいものが走った。
ニコニコ笑っている彼は人気者だから、殺気を向けられるのは確かにありえる。しかし、男の子もギラギラした目で見てくるのはなぜ!?
四郎君が歩き出し、私はそれを恨めしげに見た。
「ほら、行くよ」
ここにこれ以上居るわけにも行かず、ちまちまついて歩き出す。
彼、良い意味でも悪い意味でも目立つからなあ。変な因縁をつけられないことを願う。
四郎君は廊下、階段を抜け、空き教室に入った。
「ここに入るの、初めて……」
「だろうねえ」
彼は意味深に笑った。
「何それ。この瓶も、教室も、やっぱり何かあるの?」
「なかなか確信には迫ってこないんだね、レイちんは。それは優しさかな? それとも自己防衛? 何にせよ、それだと俺と話ができないよ」
これだけヒントを与えて、尻尾を出さない彼に苦い気持ちになる。
「貴方は吸血鬼なの?」
そうだとすると、疑問は死ぬほど上がってくるけどもね。
ストレートに聞けば、落ち着いて対応される。まあ、私が彼に勝てる要素なんて一つも無い。そりゃ、余裕で居ることが出来るだろう。私には、余裕なんてないけど。
「ご名答。しかし、微妙に違うよ。吸血鬼の血が入っているだけで、吸血鬼らしい部分なんてほとんど存在していないからね」
「うへぇ!?」
「立ち話もなんだし、座ろ」
そう言うと、彼は椅子を引いて、そこに座った。私も彼に倣い、腰掛ける。
「僕は別に血を主食とはしていないし、太陽光も平気。残虐な性質は……人間自体が残虐だから、何とも言えないね。けど、薬の調合したりとか、人を誘き出すための心理には興味はあるけど。まあ、この教室みたいに、結界張ることくらいはできるけどもぉ」
結界!? じゃあ、この教室って……。
私の考えていることが分かったのか、彼は答えをくれた。
「普段は、昼寝用に使ってるんだ。誰も入れないしね」
やっぱりか!
なんとなく、サボり用に使われているような気がしていたんだよ。だって、誰も来ないって聞いたばっかりだし。
「私の知ってる吸血鬼とは、全然違うんだけど……」
「そりゃ、君の吸血鬼は始祖に近い方だからねー」
当たり前のように言われても、ファンタジー過ぎてついていけないのよ。
半泣きになりながら彼を見れば、首を傾げられた。
「始祖って何よ!?」
軽くヒステリーになる。彼のことなんて、私は知らない。
「まさか、何にも聞いてないの? これだけマーキングつけられてるのに」
「マーキング!?」
「君の匂いの中に、その人の匂いがしたから、忠誠とか捧げ物の意味で渡したんだけど。ちなみに、鈍そうだから言っとくけど、捧げられたのはレイちんね」
「勝手に捧げるな!」
「しっかし、大事にされてんだね。まさか、清い関係?」
「清い!?」
「あれ、まさかの展開? 吸血鬼って、文字通り血を吸うんだけど、その時がまさに快感でさ。つまり、絶ちょ」
「ぎゃー!?」
両手で彼の口を押さえにかかる。何を口走るんだ、この男は!
半泣きになりながら、何とか止めることに成功した。あ、危なかった……。
「私、聞きたいことがあるの!」
「何かな、レイちん。残念ながら、僕にはあの方の不利になるようなことは言えないんだよね。それ以外なら、出来る限り答えてあげるよー」
「この香水、どうやって処分するべき?」
私の疑問に、四郎君はぽかんと口を開いたまま、固まった。
何その反応……。私、メチャクチャ困ってるんですけど。
「使えば良いじゃん。きっと悦ぶよ?」
「いちいち四郎君が言うとやらしく聞こえるんだけど!」
「だって、そういう内容だしね。仕方ない仕方ない。僕が言えるのは、捨てないで使うのも一興かなって思ってるってことだけ。まあ、捨てたいんなら、水で薄めて流せば何とかなるでしょう。うん」
そんなこといわれても困る。でも、私はそれ以上何も言えなかった。
「じゃあ、僕はお先に教室帰るよー! 報告、楽しみにしてるからね。レイちん」
ドアが開き、私が挨拶すらしないうちに閉じてしまった。
いきなり静かになった教室の中で、ぽつりと佇む。
ずるい私が、使ってしまえとささやく。あんなもの、彼の尊厳とか気持ちとか、全て踏みにじってしまうだろうと、もう一人が反抗する。
結局、こうやって一人で考えなくてはいけないのだ。
だって、満月もネズミも騒がしい友人も、今は居ない。
「どう、しよう……」
次の満月まで、やっぱり悩み続ける私はずるくて馬鹿なんだろう。