野本さんと佐々木君の場合 4
どうしよう……。どうしよう!
ちゃんとお誘いすることができたのに、僕は頭が真っ白になってしまった。後ろをついて来てくれるのが嬉しいのに、それ以上に緊張してしまっている。彼女がこんなにも近くに感じられるなんて、夢のようだった。
今までの僕だったら、きっとこんな大それた事できなかっただろう。彼女との小さなやり取りでいっぱいいっぱいで……。
しかし、少し見た目も変われたし、周りの人たちからの評判も悪くないようだ。彼女だって、きっと好きになってくれる――!
好みじゃないかもしれないけど。
彼女は怪しげな僕のお誘いにやはり落ち着かなさげにして斜め後ろを歩いていた。そわそわと手を擦っているのが可愛いと同時に、僕に対して警戒心を持っているのだと分かって切ない。
次の角を曲がったら、僕は彼女に告白する!
「あの、佐々木君?」
「は、はいいい!?」
後ろから声をかけられて、僕は驚いて大きな声で返事をしてしまった。しかも、声裏返ってるし……。
かっこ悪すぎる……。
そして、やっと出来た決心も見事にボロボロになってしまった。悲しく思いながら、後ろを振り返る。
「なんですか?」
「いや、どこに行くんだろうと思って」
目的地は決まってません、なんて言ってしまったら「ふざけるな」と帰ってしまうかもしれない。だって、場所は特に……いや良くはないんだけど、僕がしたいのは告白なのだ。彼女と話をするのが目的なので。ああ、もっとちゃんと計画しておけば!
「ふ、不安ですよね。こんな風にいきなり連れ出されたら。すみません。もうすぐ着くので、我慢してもらってもいいですか?」
我慢とか……自分で言ってすごく凹んだ。っていうか、もう少し言い様があるだろうに。
僕は本当にどうしようもないやつだと思いつつ、先を急いだ。
もう一度、彼女に聞かれてしまえば、僕は答えないわけにはいかなくなるだろう。だって、彼女の質問に答えないなんて……僕は最低なやつだ。
「佐々木君?」
「いえ、なんでも……」
ああ、どうしよう! こんなうじうじした奴、好きになる訳ないよね。
半泣きになりながら、誰も居なそうな場所を探す。
ふと窓の外を見れば、中庭が目に入ってきた。あそこだったら、いいかもしれない。
今のところ誰も居ないようだし、確かベンチがあったような気もするし。
「あの、中庭……で話がしたいんだけど……ダメかな?」
これで嫌だなんていわれたらお終いだけど、野本さんはそういうことを言うような人ではないし。
「了解」
やっぱりだ。やっと力を抜いてくれたらしい野本さんに、僕も頬が緩んだ。
断られるかもしれないけど、それでも近くに行きたいと思う。彼女には相応しくないかもしれないけれど、でも一緒にいたい。
リズム良く階段を下りていくと、外に出られるようになっている場所に着いた。上履きだったものの、ベンチの周りは特に履き替える必要が無いように、廊下とはまた違うけどそんな風に造られていた。
「とりあえず、座ろっか」
やっぱり緊張して、上手く動けない僕は野本さんに促され、ベンチに座った。
さ、さあ……。告白するんだよな。
簡単なことだ。ただ思ったとおりの言葉、「君が好きです」と言えば良いだけなんだから。
野本さんに表情を合わせる。怪訝そうな顔で見られ、僅かながらこの顔にして失敗だったのかと疑問に思う。だいたい、元々の僕を知っているんだから意味無いのかも。
「ねえ、佐々木君」
「は、はいぃっ!?」
「熱あるんじゃない? 顔赤いよ」
おでこにひんやりとした感覚が有り、それが野本さんの手であることを認識した。隣に座っているというのはいつものことなんだけど、同じ椅子に座っているのだ。いつもより近い。
茹蛸のように顔が火照っていくのを感じ、思考が麻痺していく。
ただでさえ熱いのに……って、彼女だって体温があるんだから、ひんやりするのはおかしいよね。
「さ、佐々木君!?」
ふらっと、意識が遠くなっていくのを感じた。
瞼が落ちていく。僕の目には、彼女の焦った顔が映し出された。