あるネズミの夕
まったくもって、不可解極まりない!
何で我が主であるゼロさまはあんな小娘に興味を惹かれているんだか。
顔は人並み程度で、特にスタイルがいいわけでもない。ゼロさまが好きだというには、普通すぎる人間だ。そう、人間なのだぁっ!
ゼロさまは吸血鬼で、何百、何千年も前から生きている。
そんなお方が、あの小娘に何度も求婚なされるなど……正気の沙汰とは思えない。
しかも、あの小娘ときたら、求婚されていることすら気がついていないときている。
あんな獲物を捕らえるときの瞳で見られていたら、普通の生物だったら危機感を覚えるというのに。あの小娘は頭が悪いのか、夜に窓の鍵をわざわざその捕食者のために開けているという馬鹿っぷりだ。
――僕が彼女の部屋を訪れる日には、鍵を開けている!? 嬉しいけど、そんなの……嬉しすぎて襲ってしまいそうだ。
――ゼロさま……。
何となしに伝えた時の、あの主の動揺は凄まじかった
――ただでさえ、麗はすっごく可愛くて良い匂いで、美味しそうなのに……うん、そろそろ食べごろだよね。
軽く前かがみになっているのは、使い魔としては突っ込んではいけない領域であろう。
さすが、私っ! ゼロさまの高貴な使い魔だ!
――窓を開けて待つと言うことは。あの小娘もゼロさまのことを少なからず想っているのでしょう。
――う、嬉しいけど……でも、危ないよね。ねえ、フィフ。麗のこと、見守ってくれない?
――ぬきぃ!! あの小娘っ、ゼロさまを煩わせるなどぉおお!
――違うよ、フィフ。
まあ、ゼロさまに魅入られるのは仕方ないとしよう。
しかし、そのせいで私が、この高尚な私が、あの小娘の見張りをしなければいけないというのが腑に落ちないのだっ!
鍵を開けている馬鹿娘のために、どうして私がその瞬間を見届けなくてはいけないというんだ!?
まあ、ゼロさまの頼みならやるが。いくらでもやるが。
――あの小娘め、私をネズミなどという馬鹿娘のくせにい! きぃいい!
――それは個人的な恨みだね。はは。
そりゃ、どうでもいい相手だったら良いのですよ!
しかし、あの小娘はゼロさまのものでしょう。だからこそ、余計に腹立たしくてたまらないのです。まあ、聡いゼロさまのことですから全てお見通しであるとは思うのですが。
――僕が彼女を、食べてしまいたいのがいけないんだ。
いつ気づくのか。
あの小娘に血を吸う行為が、食欲ではなく性的欲求を満たすための行為であると言ってしまえば、きっと全て解決してしまうのだろう。
しかし、しかしだ。
そんなの面白くないじゃないかっ!
それにあの小娘には、借りがあるからなっ!
私を崇め奉るまでは、決して教えてなぞやらんのだ!
ふん。まあ、いい。
せいぜい気づいてゼロさまに血を吸われてしまえばいいのだ。
だいたい、吸血鬼に血を吸われる時の快感というのは、一度味わってしまえば病みつきになると聞いたことがある。あの小娘のことだ。自身を保ちつつも、ゼロさまを欲して耐えられなくなる刻がくるに決まっている。
まあ、私が一番二人のことを良く知っているからな。
少しむかつくが、あの小娘にも見所はないことはないし。
――麗が欲しくて、たまらないよ。
貴方様の望みはきっとすぐに叶いますよ、我が 大事な主。




