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野本さんと佐々木君の場合 2

 僕は暗くて地味で、教室の隅で燻っているような人間だった。普段は読書をしていて、いわゆるはみ出し者ってやつなんだろうと思う。虐められているわけでもないし、何かあったら話ができるくらいの友人はいる。しかし、最近その現状を変えてくれてしまった人がいた。

 席替えという、あまり好きではない行事がやってきたときのことだ。僕は目立たないようにくじを引きに行き、その数字の通りに机を動かした。幸い、窓際の前から二番目という位置に落ち着くことになった。

 僕が机を動かし終わると、隣には女子がやってきた。


「隣は佐々木君か。よろしくね」

「……うん」


 何で話しかけてきてくれたんだろう。女子の場合、無言か残念そうな顔をされるのが常なのに。まあ、どうせ直ぐに態度を変えてくるんだろう。僕はそう思って気にもしていなかった。

 でも、この時にそれが寂しいことのような気がした。

 それでも、何か特別変わるわけではなく、そのまま一週間が過ぎた。


「あ、筆記用具忘れた……」


 隣で呻いている声がする。確か、野本さんだったよな。


「野本さん」


 僕に話しかけられたのが意外だったのだろうか。目をぱちくりさせている。忙しなく動く表情に、内心小動物みたいだなと思った。

 僕は筆箱の中を見て、彼女の前にシャーペンを一本差し出す。

 やはり、僕の行動に少し戸惑っているようだった。それはそうだろう。あの席替え以来、話らしい話などしたことがなかったから。


「消しゴムは一つだけだから」


 そう締めくくり、僕は彼女との間に白い消しゴムを置いた。

 これで話は終わりとばかりに口を閉じる。彼女は差し出されたシャーペンと消しゴムを一瞥し、そして僕に視線を戻した後に笑った。


「ありがとう」


 彼女は笑顔が可愛い子、だった。

 舞い上がってしまって、僕は気がついていなかったのだ。この一目惚れってやつに。


「ど、どういたしまして……」


 どもる僕はやっぱり格好良くない。

 対して、彼女はちょっとおっちょこちょいで、少し男らしくてやっぱり可愛い子だった。いつも姿勢を伸ばし、前を見ている。特別、おしゃれに気を使っている様子も無いが、周りに合わせて行動することもでき、みんなから信頼されているようだった。


「これ、お礼ね」


 すっと渡されたのはポッキーだった。どうしていいのか分からず、首を縦に振ると、「甘いもの嫌いじゃないよね……?」と不安げに聞かれた。

 むしろ、僕は甘いものが好きだ。

 僕は今度は首を横に振った。

 ようやく、彼女は安心していつものように笑ってくれた。


「野本さんは甘いもの、好きなの?」

「うん、大好きだよ」


 僕はしっかりその言葉を覚えた。

 それから、コンビニなんかで新商品をチェックするのが日課になってしまった。確かに甘いものは好きだけど、ここまでする必要は無いよな、と思いながら。僕は気づいていなかったのだ。彼女に骨抜きにされてしまっていることに。


 彼女はよく忘れ物をしてくるので、僕はさりげなく彼女に物を貸した。彼女はいつも「ありがとう」と恥ずかしげに笑って、僕の貸したものを使う。そして、たまにお礼だといってポッキーとかキットカットとか甘いお菓子をくれた。


「おはよう」


 毎日繰り返されるこの言葉が、こんなに嬉しいものだなんて初めて知った。

 彼女と話ができる日は嬉しかったし、顔には出ていないが一日中浮かれていた。対する彼女は、僕と話す日というのは忘れ物をしてしまった日だったりしたから、少し落ち込んでいる風なのが悲しいが。


「……おはよう」


 たどたどしく返せば、にっこりと笑ってくれる彼女。

 そんな穏やかな関係を壊すのは、決まって彼だった。


「よー! 野本」

「はいはい。おはよう、市橋」


 野本さんは市橋君みたいなのが好きなんだろうか。楽しそうに会話をしている二人を見て、苦しくなる。

 なんで、僕以外に話しかけるの? なんで、そんな男に笑いかけるの?

 胸に痛みが落ちてくる。

 なんだろう、この感情。

 僕は別に市橋君を特に嫌いだと思ったことはないし、そんなに関わりがない。今もそうだが、彼と関わっているのは、隣の彼女だ。

 僕以外の人間に笑いかける野本さん。

 これがこんなに不快な事だなんて、どうかしている……。


「何見てんだよ、佐々木」


 どうやら、この不可解なことを考えていたら、二人をじっと見詰めた状態で停止してしまったらしい。

 自分自身に驚いて反応を返せないでいたら、どうやら市橋の怒りに火を点けてしまったらしい。


「おい、佐々木」


 怒鳴り声とともに、詰め寄られる。襟首を掴まれ、怒った表情の市橋が目に飛び込んできた。

 眼鏡がずれて、声も上げられない僕はどんなに情けなく君の瞳に映っているんだろう。


「ちょっとやめてよ!」


 市橋君を止めにかかる野本さんにやはり焦燥を覚える。


「もしかして、野本を好きだったりしないよな? 最近仲良いしな、野本」

「市橋!」


 声を荒げた野本さんに悲しくなる。

 そうだよね。こんなのに好かれていても、嬉しくないよね。周りに勘違いされそうなのが嫌なんだろうか、とても焦っている彼女。苦しいよ、本当に。


「……別に」


 それしか返せない僕は、やはり苦しかった。

 隣の彼女を思う。そうすると、胸が締め付けられるように痛む。

 ああ、何かの本で書いてあったな。これが、恋なんだ。

 すとんと胸に降りてきた安心と、それ以上の動揺が僕を不安定にする。


「市橋の言ったことなんか気にしないでね、佐々木君」

「う、うん」


 そうだね。彼の言った事は気にしない。でも、君が「気にしないで」と言ったのは気になるんだよ。ごめんね、野本さん。

 僕が君の隣に立つためには……。


 僕は次の日、好きな子に「誰?」と言われることになる。

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