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野本さんと佐々木君の場合 1

麗とお友達の野本さんのお話。

本当は別の作品として発表しようと思っていたのですが、『吸血鬼と私とネズミ』とクロスする部分があるので、ここに置いておきます。


【あらすじ】

 私の隣の席に、知らない人が座っていた。え? 佐々木君なの?

 隣の席の野本さんは、とても優しい人だ。彼女の隣に立つために……

「……誰?」


 私の隣の席に、知らない人が座っていた。普段だったら、他のクラスの人が紛れ込んでいるだけだろうと思って相手になんかしないんだけど、そういうわけにはいかない。

 私の隣の席は、気の弱い佐々木君なのだ。誰かに席をのっとられていたら、しばらく外でその人がどくのを待っているような人なのだ。

 失礼かもと思ったけど、他のクラスにも見たことのない美形の男の人だ。

 転校生かもしれないと思ったけれど、なおさら佐々木君の席に座っている理由がわからない。

 少しきつく睨み付けてやったら、跳ね上がるようにして体を振るわせた。そこまで、怖いことしてないんだけど……。おかしな行動をする彼を危険人物だと思いつつ、視線を外さない様にした。


「……佐々木です」


 唐突に答えを与えられて驚いた。小さい、消え入りそうな声は、確かに彼のもの……のような気もする。でも、確か彼は目が隠れるくらいの長い髪の毛で、野暮ったい印象を受け、教室の片隅でひっそりと咲く花のごとく静かな人のはずだ。こんな爽やかイケメンではない。原型はどこいった。


「お、おはようございます。野本さん」

「はあああああ?」


 い、いつもと同じ声で挨拶された! こ、この声は正真正銘、佐々木君だ。

 私はそう悟った瞬間に叫んでいた。私の声は教室中に響き渡り、クラスの注目を一身に浴びる。彼は萎縮したように縮こまっていた。

 確かに、佐々木君っぽい。いや、やっぱり佐々木君なのだ。


「あれ。他クラスのやつか? 何だよ、野本の彼氏か?」


 からかう市橋の気持ちもわかる。これは佐々木君には見えない。っていうか、彼氏ではない。まだ。

 黙ってろ、市橋。


「佐々木です、市橋君」

「はあああああ?」


 私と同じような反応をした市橋に、更に佐々木君は縮こまった。ごめんね、佐々木君。後で絞め殺してあげるから、今は我慢して!


「ちょっと叫ばないでよ、市橋。うるさい」

「お、お前だって叫んだだろ!?」

「うるさい。私はいいのっ」


 市橋には容赦なくそう言うと、動揺してあわあわしている。そりゃそうだろう。変わりすぎだ。

 ……なんでいきなりこんな姿になる気になったんだろう。もしかして、市橋の言っていた馬鹿馬鹿しい話をまともに受け取ったのだろうか。

 市橋、後でシメる。


「えー? うそだあ。のもっちゃんの彼氏じゃないの?」

「野本さんの彼氏なんて恐れ多い、です……」

「でも、本当に佐々木くん?」


 恐れ多いってどんな……?

 っていうか、クラスのみんなの盛り上がりがムカつく。

 もう女子に囲まれちゃってるし。みんな友達だけど、敵か!


「あ、あの……もうすぐホームルームが……」

「マジだ! このまじめ具合、マジ佐々木だ!」

「やだー、佐々木君ってカッコ良かったんだねー!」

「佐々木すっげ!」


 どわっとこちらに押し寄せてくる人の波に私も彼も市橋も飲まれてしまった。

 うん、この変貌振りにそういう雰囲気になるのは仕方ないと思うんだけど。

 これ以上、佐々木君を人様の目に触れさせないでえ!

 そう思っていたら、やっと先生が来てくれて、みんな散り散りに席へと戻っていった。


「ほら、チャイム鳴ったぞ。席着け」


 隣の佐々木君は、やっぱりまごついていた。そんな様子をちらほらと見ている子がいる。結局、顔か……。


「ごめんね、野本さん」

「え、なんで謝るの?」

「僕のせいで、人集まっちゃって……」

「いや、平気だけど……。佐々木君も大丈夫? 人に囲まれるの、得意ではないでしょ?」


 私より、彼の方が心配だった。

 こんな大注目を浴びるのももちろんだが、佐々木君は嫌な事を嫌と言えない日本人なのだ。


「うん、でも。変わらなくちゃいけないって思ったから」


 佐々木君はクラスに必ず一人はいる、少し浮いた子だった。でも、私が忘れものをしたらさりげなく(ここ重要)物を貸してくれたり、分からない場所があったらさりげなく(やはり重要)教えてくれるジェントルマンなのだ。そのことは、彼にほとんど興味のない女子ややんちゃ盛りで彼の良さを分からない男子には理解できてない。隣の席の私しか知らない。私だけが知っていた。私だけが知っていればよかったのだ。

 目の前の馬鹿、市橋が騒いだせいで、こんな風になってしまったではないか。

 やっぱり、後でシメる。


「ねえ、似合わない?」


 不安げに問いかけてくる彼にドキッとしながらも、私はなんと言っていいのか分からなかった。だって、間違ってモテモテ君になんかなられちゃったら、私だけを見てくれる彼ではなくなっちゃうし。でも、彼が教室のみんなに馴染む機会を逃させるなんて私にはできない。

 きっと、人気者になっちゃうんだろうな。この一歩引いたところが、とても好きだったのに。

 ……私なんて平凡すぎて、どうでも良くなっちゃうんだろうな。

 人の良い彼が他の人と話して、気に入られて、他の人の物になる。考えてたら、悲しくなってきた。

 私が黙り込んでいるのを勘違いしたのか、彼はやはり消え入りそうな声で聞いてきた。


「……髪の毛切ったの、分かる?」

「いや、さすがにそれは分かるよ」

「似合わない?」

「似合う。けど、昔の髪型の佐々木君も良かったと思うけど」

「……え?」

「あ、いや……」


 完全なる失言! く、口を滑らせてしまった。

 後悔に苛まれていると、佐々木君は花が咲いたように笑った。


「ありがとう」


 私はこれからの苦労を思う。このカッコ良くなってしまった人に、どうやって告白しようか。

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