ある日常の日々
腕時計を見ながら、ため息を吐く。
「行かないで欲しい」とか、「今日は一日中一緒に居たい」とか言って引き止めようとするゼロをなんとか振り切り(殴ったり振り回したりなんかしていない……よ?)、家を出た頃には1限が始まっていた。
半泣きになりながら走っていると、キイキイと耳障りな音が聞こえてきた。
「おい、小娘!」
とりあえず、無視しながら走る。とにかく、走る。
だいたいしゃべりながら走ると、喉も渇くし息がしづらいしで、疲れも二倍以上になるのだ。勘弁して欲しい。
「あ、そうだ……」
ふと思い出して呟いた声に、若干嬉しそうな声が返ってきた。
「なんだ?」
「野本さんと約束してたんだった」
最近、おかしな程、周りが目まぐるしく変わっていたから、忘れていた。
彼女の恋も応援してあげなければいけないなあ。
なんて、かなりの期間放置してしまっていたことを思い出す。これも、余裕が出てきたって事だよね。
でも何故か向こうから何も言ってこないんだけど……。気を回しすぎちゃうのは、良くないかな。
ちょっと男らしい彼女の、ちょっと可愛い面を見れるかと思うと、微笑ましくてニヤニヤしてしまう。
朝っぱらからこんな顔して走る女子高生……。変態と間違われるから、自粛しよう。うん。
「おい……私は完全に無視なのか!? 聞いているのかー!? この小娘め! ぬきいいいいいい」
うるさい。ちょっと黙れ。
走っている私にわざわざ付いて飛んでいる太ったネズミに、心の中で悪態をつく。
「小娘えええ! ぬきいいいい!!」
「ちょっと、黙っててっ。声出すとっ、疲れるのっ!」
ゼロが今までのように眠り続けなくてもよくなったのに。学校にまで付いてくるらしいネズミ。
これは、ゼロの私に対する監視役って事なんだろうか? この小うるさいフィフが、自ら望んで私の傍に居たいなんて言い出さないだろうし。しかも、ゼロを部屋に残して、っていうのは、やっぱりおかしい。
正直、邪魔になるだけだと思うんだけど。
吸血鬼の考える事はいまいち分からない。
息が完全に上がってしまったその頃には、学校に着いていた。
「はあ……」
怒られるのかな? 無断遅刻なんて初めてだったから、どうしていいのか分からない。
しっかりしなくちゃ。こんな事で先生方に目をつけられたくない。
とりあえず、教室に向かって歩く。
今日って、1限は何の授業だっただろう?
一度家でちゃんと時間割を確認して持ち物の用意をしたのに、酸素が欠乏して鈍った頭では思い出す事が出来なかった。
教室に着くと、やっぱり授業の最中だった。
中を気づかれないように覗き込もうとした瞬間、こちらを向いた先生の険しい目が私を捉えた。
「では、次の問題を……遅刻してきた月島さん」
「うわっ」
数学の授業でしたか、雁野先生。
っていうか、みんなこっちに注目して恥ずかしいのなんのって。
縮こまりながら教室に入り、自分の席に着く。
「次の問題って……?」
小さい声で耀に聞けば、教科書で問題の場所を示してくれた。
ああ、それだったら解けるかもしれない。
「黒板に出て、問題と答えを書く様に」
「分かりました」
ちょっと陰険だな、と思ったけど、悪いのは遅れて来た私だよね。そう思って納得し、教科書を持って前に出る。
頭の中で問題を素早く解き、黒板に書き写していく。
間違ってるかもしれないけど、やり方は合ってるはず。
「で、出来ました……」
自信がないのが丸わかりだったけど、雁野先生は一つ首を縦に揺らして「正解」とだけ言った。
もう、席に戻っても良いみたいだ。……良かった。
事情を聞きたそうにしているクラスメイトの視線を無視し、席に着く。耀も目をキラキラさせている。何にもない……とは、言えないけど。どう追及の手から逃れれば良いんだろう。
こんな事なら、休めば良かったかな。いや、でもあの場に留まっているなんて私には出来ない。多分、文字通り美味しく頂かれてしまっただろうし。
……真昼間から、こんな事考えたくないよ!
どんなエロい子になっちゃったんだ、私!
若干、落ち込みながら、ひたすら黒板の文字をノートに移す作業に没頭するべく頑張る。
雁野先生の字は、とても見やすい。生徒のノートを取る速度より、少しだけペースが早いのが先生らしい気がする。
私にだけ当たりが強いのをなんとかして欲しいけど。
「はい。じゃあ、今日はここまで」
先生の声と共に、号令がかかる。
「月島さんは、職員室に来るように」
「……はい」
これが、今日最大のピンチって事でしょうか?
いや、クラスメート達も何とかしなくちゃいけないし。