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ある再会の朝

「何故ここにいる!?」


 思ったことははっきり言う私ですが、今日こそはっきりきっぱり憎しみを込めて発言したのは初めてだと思います。

 しかし、それも仕方のない事だとも思います。

 正直言って、邪魔だ。邪魔でしかない。まさに邪魔だ。ああ、もう……とにかく。


「邪魔なんだけど」

「……」


 脂肪がぶるぶる震え、どうやら怒りを抑えているという事は分かるんだけど。黒い塊がぶよぶよと動く様は気持ち悪いというより、滑稽だ。

 軽く笑顔になってしまったじゃない……。っていうか、本当に……。


「だから、どうしてここに居るの?」

「ぬきぃいいいいい」


 隣りでニコニコしているゼロに恨みがましい目を向けて、手を組み(ネズミ姿なので組めてない)余裕風に見せつつも、まだ震え続けているフィフを睨みつける。とりあえず、この奇声を何とかしたいと思うのだけれど、無理っぽい。何か言えば、倍になって返ってきそうだ。それはご免被りたい。


「とりあえず、邪魔者は無視するとして」

「す、するんじゃない! この小娘め!」

「……ゼロ」

「まあまあ」


 いつもの光景に戻ってきているのは良いとして。


「ゼロも、どうしてここにいるの? やっぱり、夢なの?」

「夢じゃないよ!……君の傍にいたいから。だから、僕はここに居る」


 やっぱり、いつもの光景とはちょっと違う。

 朝になって、寝ぼけていた私は、きちんと目覚める事が出来たと思う。ゼロもフィフも朝なのにしっかりと私の隣にいて、満月の時と同じ雰囲気がここに在る。

 朝の光の中にいるゼロは、なんだか困った顔をし続けているけれど、いつもの儚く消えてしまいそうな彼ではない。きちんと私の現実に存在している。


「ねえ、麗。僕はね、吸血鬼なんだ。吸血鬼は血を飲むと元気になるんだよ」

「それは、そうだろうね」


 動くためのエネルギーを取り込んで、元気が無くなるなんて聞いた事がない。私の血が、ゼロの役に立っているかと思うと、複雑な気持ちはあるけど、少し嬉しかった。


「君は特別だって言ったでしょう? 最初に言っておくけど、僕にとって特別なんだ。君のためだったら、僕は僕自身の抗いがたい衝動を抑えることも出来るんだよ」


 抗いがたい衝動、とはなんだろう。その言葉に、彼の彼たりうる理由が隠されている気がするのは、何でだろう。知りたいけれど、まだ聞いてはいけない気がする。だから、私は話を変えた。


「ねえ、ゼロ。いつまで、一緒に居れるの?」


 期待したら、いつも裏切られている。だから、自然とこういう質問になったのだ。

 でも、ゼロは笑顔を崩さなかったし、余計に優しく笑ってくれた。


「いつまでも。君が与えてくれる限り」


 優しく彼の指が頬を撫でる。

 一瞬で真っ赤になった私は、照れ隠しにそっぽを向くと、「可愛いな」と呟かれ首を取られた。

 座っていたベットに優しく押し付けられ、首元に彼の吐息を感じる。

 この体勢、結構マズいんじゃ……!?


「美味しい君とずっと居たい」

「やっぱり、食べる目的なんじゃない……」


 ぺろりと首筋を舐められる。


「ひゃっ」

「あ、ごめん」


 「あ、ごめん」じゃない! まったく悪いと思って無いでしょ!?

 言い返したいのに、異常なほど活動している心臓が邪魔をする。

 やっぱり、この状態には慣れそうにない。恥ずかしくて、左手で顔を隠すと、小さな笑い声が聞こえてきた。


「食べることが目的っていうか、君を好きだから食べたいって言ってるんだけど」

「……何それ?」

「……え?」


 私の言葉に、ゼロは少しだけ固まった。


「あの……まさか、麗」

「何?」

「文字通り、麗を食べるために僕が君と一緒にいたと……思ってたの?」

「さっき、好きだから食べたくなるっていうのを聞いて、ちょっと違うのかな……とは思ったけど。でも、やっぱり血が美味しいっていうのはゼロの中で大きい意味を持つんでしょう? すごくラッキーだったね、私」

「ち、違うよ! 僕はずっと麗に告白しているつもりでっ! ま、まさか……」


 頭を抱えてしまったゼロに、私は過大な期待をしてしまっている。


「私の事、好きなの?」


 目と目を合わせて、即答される。


「愛してる」

「愛してる?」

「麗だけを、愛してるよ」


 何度目かの問いで、やっと理解できた。彼は、私が思っていた以上に私の事が好きなんだ。

 真剣な瞳は私だけをとらえている。


「麗、もう逃がさないよ」


 押さえつける様に唇を合わせてくるゼロに、なんとか応えようとするも、無駄なようだった。

 経験値が違うせいだろうか。私は息が上がってきたのに、ゼロは更に舌を奥深くまで絡めてくる。彼の背中を叩けば、気づいたように離れてくれた。私が軽くむせると、彼は眉を下げながら申し訳なさそうな声を出す。


「ごめん、麗。性急過ぎたね。大丈夫かい?」

「ん、平気……」


 まだ、息は上がっているけれど、大分落ち着いてきた。

 背中を撫でてくれているゼロの手が優しくて、温かい気持ちでいっぱいになる。


「麗、いいよね?」

「……」


 その意味は鈍い頭の私でも、よく分かった。


「逃げないで、麗」


 頭の中を彼の声が支配する。ゼロの声は、ずるい。耳から入って、全身に指令を送ってしまうんだ。

 そんな私は、本当にいっぱいいっぱいだったのだろう。どうでもいいことを思いだし、口にした。


「でも、フィフが居るし……」

「居ないよ」

「何故居ない!?」


 一瞬にして目が覚めた。

 こういう時になると今度は空気を読むネズミ。まったく役に立たないそのスキル。

 忌々しい。忌々しいぞ、その意味不明な行動が!


「ねえ、麗」

「ん?」

「なんでこの状態でフィフのこと、話すの?」


 笑っている……はずなのに、背筋がぞっとしました。


「いや、ほら。ゼロといちゃいちゃするのを見られるの、やっぱり恥ずかしいし……」

「それだけ? 本当は、やっぱり僕よりフィフの事を好きなんじゃないの?」

「それはない」


 すっぱりと言った筈なのに、納得してくれていないらしい。

 駄々を捏ねられるのはちょっとだけ嬉しいし、これがヤキモチだとするなら、もっと嬉しい事だ。でも、さすがに私は変態ではない。


「あれは恋愛対象って言うより、ただのネズミでしょ」

「フィフは僕の使い魔だよ。ネズミじゃなくて蝙蝠だし、人型にもなれるし……」


 もしかして、一番のネックになっているのは、フィフが人型になれるというところなのだろうか。


「いや、確かにそうかもしれないけど。ネズミの時の印象が強すぎるから、無理」


 どこからか超音波の様な雄たけびが聞こえてきた気もしたが、気のせいだろう。うん、そうに決まってる。私には関係ない。


「分かった。麗は本当にフィフの事、そういう目で見てなかったんだね。良かった」


 今の、「良かった」の時の笑顔は反則だと思う。

 だいたい、私は彼の柔らかい雰囲気が好きな訳だから、余計に……笑顔はダメだと思う。


「じゃあ、続きをしようか」

「こら、待て。っていうか、朝なので勘弁して下さい」

「僕に朝も昼も夜も関係ないよ」


 それは、どういう意味でですか!? 追求したくない。追求したくないよ、ゼロ!

 危険な香りが再び漂い始め、私は焦った。彼を拒絶したい訳でも、嫌だと思っているわけでもない。でも、でもね。


「今日は……学校があるから」


 私、遅刻? むしろ、学校行けないかも?

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