ある再会の夜 5
ゼロは私の血が特別だと言う。私が人間だからなのか、彼の考えていることはさっぱりだ。何が特別なのか全く分からない。
でも、私以外の人間に興味が湧かないっていうのは、正直とても嬉しかった。この綺麗な赤い目が、知らない女の人を請うように見るなんて、私には耐えられない。私だけ、見ていて欲しいと思う。
まさか私がこんな独占欲を持っていたなんて。そう思うのに、どうしてかその感情はすっぽりと胸の中に収まってしまった。
「ねえ、ゼロ。私の血が特別っていうのは、味が違うってこと?」
「……ち、違うよ! 麗、もしかして全く分かってなかったのかい? 僕は血を吸うのは好きじゃないんだ。飲みたいのは麗の血だからなんだよ!」
私の疑問に目をぱちぱちさせながら、ゼロはそんなことを言った。
さらに謎は深まる一方で。混乱しながら、ゼロの手を強く握ったら、彼は一度大きく震える。そして、ぎこちなく微笑んだ。
私が傍にいると、血が欲しくなるんだろうか。でも、きっとその欲望を抑えてくれてる。
その微笑みは私を怯えさせないようにしてくれているんだろうか。
そんな考えに少し嬉しくなって、頬の端が上がる。
ねえ、ゼロ。少しは自惚れてもいいよね?
「私もゼロが特別」
どうしても言いたくなって、そう口にした。しかし、ゼロの反応は思わしくない。
やっぱり、迷惑なんだろうか。
眉間に皺を寄せながら、やっと口を開いたと思えば。予想外の返答に戸惑うことになった。
「フィフよりも?」
驚いて声にならなかった。
どうしてここで小憎たらしいネズミの名前が出てくるのか? 確かに少しは仲良くなったけど、お互いを特別なんて思うはずがない。
私達の特別は、貴方だけ。
そんなの分かりきっている事だから。
「あのネズミよりも」
「……え?」
「ゼロの方が大切に決まってるじゃない」
求めているなら、何度でも言うから。
特別なのはゼロだけ。
彼の手をそっと握り、頬に当てる。
どう見ても人間と変わらないのに、とても遠い。
隙間を埋めたくて頬摺りしたら、抱きしめられた。
嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい。羞恥によって、もがきたい気持ちを抑え、彼の胸に頬を当てる。猫にでも、なったみたいだ。こんなに心地良い場所は、他には無いだろう。しかし、眠い。目蓋がだんだんと下がっていく。
眠気に抗いつつ、彼の背中に手を伸ばした。
「だから、困るんだ……」
「なに……?」
「なんで、こんなに……」
ゼロの苦悩した声が入ってくる。慰めてあげたくて、腰に回した手を頭に伸ばした。
初めて会ったときと同じ、金の髪はさらさらと指の間を抜けていく。どうしてこんなに綺麗なのだろう。やっぱり彼は月の化身なんだろうか。
「ねえ、麗。君が……本当に食べたいんだ」
ゼロだったら良い。
どうしてこんなことを思ってしまうんだろう。
もしかしたら、ゼロに完全に飲まれて、その後に命は無いかもしれない。それなのに。それなのに、それでもいいかとさえ、思ってしまう。
どれだけ、彼のことを求めているのか。私にはその底が見えなかった。
「私もゼロのこと、食べてしまいたい」
それだけ、好きだよ。貴方の傍にいたいんだよ。
だから、少しだけ私自身を見て。私の心を愛して。
「ゼロがすき」
「……っ!?」
今度こそ、絶句して。彼はそのまま固まってしまった。
まあ、今日の私は私らしくないことをしているし、それ以上に食べたいと言われているのに、それを拒絶していない。
そりゃ、頭がおかしいと思われても仕方ない。
自ら食べられるのを望むなんて、本当有り得ない。でも、それで貴方と一つになれるんだったら、それも悪くないかもしれない。
頭の中がふわふわする。ゼロだけ。ゼロが欲しくてしょうがない。
「僕も……麗が好きだ。好きだよ」
だから、幻聴が聞こえるんだろう。彼が私を好きなはずがない。
こんなに必死に、「好き」を何度も何度も言ってくれるはずない。
「麗。聞いてる?」
「聞いてない」
そんな振りをすれば、もっと言ってくれるかもしれない。この夢が覚めないかもしれない。
「聞いて」
「やだ」
「じゃあ聞いてくれるまで、言う」
そんな拗ねた様子に噴出しちゃったせいか、彼はムスっとしながら、「好き」を続けてくれた。
胸の奥が熱くて、瞳に込み上げてくるものがある。
ずっと、欲しかった物が近くにある。手を伸ばさなくても、近くにある。これが、光なんだ。