ある再会の夜 4
汚れのない白いシーツは誰が洗っているのだろうか。僕と彼女がベットに二人で座っているため、皺になっているのが気になる。
やはり、この場は辞するべきなのではないかと思ったが、少しでも動こうものなら彼女の表情が悲しげに歪むので出来なかった。
少し、落ち着いて考えてみようか。
いや、落ち着けないけども。ちょっとは、ほら。別のことを考えないといけない。
斜め上を見ながら、外はどんな様子だろうか……などと考えようとする。だが、僕には彼女の存在を無視することが出来ない。
「麗。お願いだから、少し離して……」
情けない声になってしまったが、まあそれも仕方がない。
「いや!」
これでもかというほど、ぎゅっと抱きつかれました。
色々柔らかいところが当たっているんだが、麗は後で僕のことを避けないよね。ねえっ!?
甚だしく現状らしからぬ今に混乱する。さらに頭の中を乱すように、麗は僕の首に腕を伸ばしてきた。可愛すぎて、僕の頭が沸騰しそうだ。
「ゼロ……」
「麗」
そんな風に名前を呼ばれるとおかしな気持ちになるだろう? ダメだよ、麗。
いつの間にこんな風に色気のある顔が出来るようになったのだか。それが全てフィフのせいだと思うと、どうも……いや、忘れよう。これは仕方の無いことだ。考えるのは、彼女にも彼にも失礼だろう。
しかし、そう考えるとこの状態は奇妙すぎる。でも、考えるのは――。
その瞬間、僕は考えることが失礼だから思考を止める訳ではなく、考えたくないから止めたのだと分かって、情けなくなった。
「ふう……」
ため息を吐けば、身じろぎされた。
麗は何かを求めるように、ぎゅっと抱きついてくる。人から離れたくないと思うのに、上手くいかない彼女は、物理的に距離を埋めることしか考えていないようだった。少しは、僕の事も欲しいと思ってくれているのだろうか。そうだ思えば、僕の気持ちも報われるのに。
こんな考え方、良くない。
「麗、とにかく……」
「嫌!」
即答されると同時に、唇を奪われた。
麗の柔らかくて一生懸命な口づけに我を忘れそうになる。何度も求められているかのように、口を啄まれる。
頭の中で、もっともっとと声がする。
麗、本当はね、僕も色々触りたいって思ってるんだよ。でも、君を傷つけてしまう事が怖いんだ。君と何度か口づけを交わしたが、すればする程、冷静な自分を知ってしまう事に気づく。どうしてかと問われれば、答えは簡単なのだ。
僕は嫉妬で君に触れてしまった。だから、これ以上麗を……汚してしまうのが怖いのだ。
同時にこの良く分からない状態を、きちんと把握できていないのが怖かった。何故、こんな怖い思いしかさせてあげられない僕に、縋りついてくるんだい?
彼女は傍に居てくれる存在を求めていた。それが人間であれ、吸血鬼であれ、……であれ、なんでも良かったのだろう。だから、僕にあれだけ怖がった吸血を許し、傍に居て欲しいと請うた。その事実が切ない。胸が痛い。
フィフに「幸せにしなさい」とあれだけ言ったのに、できなかったのだろうか。
彼女の孤独は、彼女の両親の罪だ。それを知りながら、何故フィフは彼女にこんな事をさせるんだ?
「もっと、ぎゅっとして」
子どもみたいに駄々をこねる麗は、想像以上に可愛いくて……。
胸がぎゅっと締め付けられる。
誘われるるままに彼女の背中に腕をまわして優しく抱き締めれば、彼女の腕から少し力が抜けた。そして、胸元で頬ずりをされる。
……彼女は僕を殺す気なんだろうか。
硬直している僕に、嬉しそうに笑う君。
何なんだ、この状況!
と、とりあえず、喜ぶくらいは許して欲しい。いいよね? 麗。
「ゼロが好きだよ」
何度も言われた一番欲しかった言葉は、どうもしっくり来なかったが、「僕もだ」と答える以外に道はなかった。
少しでも幸せになって欲しい。僕に安らぎをくれる満月に、僕が安らぎを与えられますように。
祈りを込めて、一度だけ額にキスを落とした。
「ゼロ、触ってもいい?」
麗は僕に何を求めているのデスカ?
「もちろん、構わないよ」
止まれ、僕の口!
今の彼女に拒否なんて出来ないのは分かっているのだが。自分で自分の首を締め上げているこの現状はいただけない。
麗は僕の言葉を聞くと、細い指先を僕の唇に当てて笑った。
これは誘惑されているのか!?
麗の考えがよく分からないまま、身体の熱だけ上がっていく。
麗は茫然自失の僕に困ったように笑い、手を頬に持っていった。その手は首筋を辿り、肩まで下りる。
「吸血鬼の血は美味しいと思う?」
純粋に発せられた疑問に、今度は僕が苦笑した。
「吸血鬼の血? そんな物に興味があるのかい? 正直、君以外の血は美味しくないし、飲みたくもないよ。君が僕にとって特別だからね」
「特別?」
「そう。特別」