ある再会の夜 3
軽度の恋愛描写を含みます。
私に触れる柔らかい感覚がある。それに、なんだかぽかぽかする。もっとその温かい物に触れたくて手を伸ばして、引っ張る。うん、やっぱり温かい。腕に抱き込むようにすると、安心できた。
気だるいから、まだ目を開けたくなかった。でも、早く早くと急かされる。早く起きなければいけない理由なんてあっただろうか。
疑問に思いながらゆっくりと重たい瞼を開けば、目の前には金色の――
髪の毛だった。
「……!?」
声をなんとか飲みこんで、現状把握に努める。この温かいのは、もしかして、もしかしなくともゼロなんだろうか。一瞬で顔が火照っていくのを感じる。こんな風に無意識とは言え、抱きしめてしまう事になるなんて。いや、そもそもこの場所にゼロが居ること自体がおかしいのだが。
私はベットの上で普通に目覚めた。いつもと違うのは、胸にゼロの頭を抱き込んで二人で並んで寝転がっているからで。し、しかも、ゼロは微動だにしていない。これは、一体どんなシチュエーションなんだろう。
布団が掛けられていることに、僅かに喜ぶ。これは、私のためって思っていいよね? ゼロ。
それにしても、これって夢なのかな。いや、今まで寝ていたはずだから、これが現実で……。とりあえず、こんな幸せな事は無いので、ちょっと腕に力を込めてゼロの温かさを堪能する。
「ちょ、れ、れい……」
動揺した声が胸元から聞こえる。「これは少し可愛いかも」なんて、好きだから思うんだろうか。
もう何千年も生きている吸血鬼が私の様な、ネズミに言わせれば小娘に少しでも振り回されてくれるのが嬉しい。私はその何十倍も振り回されているけど。それはそれ、これはこれ。「恋は盲目」の言葉通り、私はゼロに悪感情を抱く事は大変難しい。
「ま、まだ寝てる、から……うん、しかたないしかたない……でも……れいぃ……」
どうやら独り言の様だ。情けない声は私を呼んでいるようだが、勿論返事はしない。都合の良い事に私がまだ寝ていると思っているらしい。
本当にあったかい。ゼロの髪の毛に顔を埋める。良い匂いがするのは、なんでだろう。ゼロは割と清潔だし、吸血鬼もさすがにお風呂には入るだろうから、使っているシャンプーの匂いかもしれない。髪の毛を梳くように触れれば、ゼロがびくっと動いた。どうやら、驚いたみたいだ。
少し動きすぎたかもしれない。私が起きたって気づいたら、離れてしまうかもしれない温もりだからもう少し堪能したい。私は目を閉じ、静かに呼吸をした。心音が少し早くなっているかもしれないが、まだ平気。だって、離せって言われてないもん。
私のベットはキングでもクイーンでも、ツインですらない普通サイズ。だから、ゼロと二人で寝そべるにはかなり密着する。っていうか、少しでも離れてしまえば落っこちるだろう。だから、ゼロは私に抱き込まれるままで、身動きを取れないんだろう。
薄目を開ければ窓とカーテンが目に入ってくる。良く見えないが、カーテンが揺れているので多分窓は開きっぱなしだ。少し寒い気もするが、布団とゼロが居るから問題は無い。まだ外は暗いままだ。時計はゼロを抱え込んだままでは見える位置に無かったので、あれからどれくらい経ったのか把握する事は諦めた。
しばらく、ゼロを手放したくない。だって、満月はすぐに欠けてしまう。そうしたら、また待ち続ける日々が待っている。
「そろそろ、起きて貰わないと困るかな……」
嫌。起きたくなんかない!
ゼロと離れ離れになるのが嫌で、必死にしがみ付くとゼロは今度こそ私と間を取った。
「起きてるの? 麗」
返事が出来ず、でも腕をゼロにかけたままぶら下がる。どうしよう。こんな事して、また嫌われてしまうかもしれない。
「起きてる? 麗」
再度聞かれて、仕方無しに目を開き「うん」と言う。なかなか手を離せなくて、ゼロにやんわり手を開かされたのでやっと離した。
「君の考えてる事が、分かんないよ」
「私の考えてる事?」
確かに伝わっていないと思った。じゃあ、なんて伝えればいいんだろう。
私が目を瞬かせ少し悩むと、ゼロは立ち上がった。
「行かないで!」
背中を向けたゼロの腕を掴み、引き寄せようとする。でも、当たり前のようにゼロの方が力が強いので、止めることしか出来ない。
「窓を閉めても良い? 寒いでしょう」
「そんなの、ゼロが居るから良い。必要無い」
これは私らしくない言い分だが、寝惚けているのかそう思いたいだけなのかは知らないが、すんなり言葉が出てきた。らしくないけど、本当の事だ。
「いや、あの、麗……?」
動揺している吸血鬼に、上目遣いでお願いする。四郎君もネズミも、対ゼロ対策で「女性の上目づかいはけっこう効き目がある」と言っていたから、使ってみる。私相手だと、効き目も何もあった物ではないかもしれないが、一応私も女性だし。
「……っ、わ、分かったから。は、離してもらっても良いかい? やっぱり、風邪を引くのは良くないし」
風邪なんて引こうが構わなかったが、ゼロにお願いされてしまったら頷くしかない。けれど、腕は離したくないので、私も立ち上がった。
「窓まで、一緒に行く」
「あ、ああ、そう……」
視線を逸らしているゼロに疑問に思いながらも、窓まで二人で歩いて行った。ゼロが窓を閉め終わると、またベットまで二人で帰ってきた。
ゼロはやっと何かに気がついたような顔をして、自分の上着を脱いだ。皺くちゃになっているのは、私のせいだろう。少し罪悪感が湧く。
「ごめん。早く気づいていれば良かったのに……」
何をだろうと思って、ゼロの顔を見上げたら、視界を彼の上着が覆った。どうやら、頭からすっぽりと上着を着せられたらしい。
「寒いんでしょう?」
寒くなんかない。だって、隣にゼロが居る。
この震えは怖いんだ。あなたが居なくなるのが、怖くて怖くてしょうがない。
泣きそうになりながら、彼のシャツの裾を掴んだ。彼は何故か私を優しく抱き込んでくれ、あまつさえ頭を撫でてくれた。
なんで、こんなに優しくしてくれるの? 怒っていたんじゃないの?
嗚咽にしかならない疑問に、彼はずっと謝り続ける。
それこそ、意味が分からなかった。
だって、吸血鬼が血を求めるのは本能じゃないか。私が貴方を好きなのは、私の人間の感情じゃないか。求める物が違うのは最初から分かり切っていた事だ。
それを謝られても仕方がない。
「……すき……好きなのっ……」
声になっているのか分からないが、「好き」という二文字が次から次へと漏れてくる。こんなの私だけでは抱えきれない。だから、お願い。聞くだけでもいい。
「ゼロが好き……私のこと……食べものだ……ておも……ててもいい……」
だって、好きなんだもん。
「すき、すき、すき……」
壊れた人形のように、独りよがりの言葉を続ける。
どうか、貴方の重荷になりませんように。
でも、届いて欲しい想いが、ここにある。
「すき……ぜろぉっ……」
しゃくりあげた私の頬に吸血鬼はキスを落とした。私はもう何も考えられなくて、ただただ涙を零し続ける。子どもを宥める様なキスに、悲しい気持ちになる。
「僕の事が好きなの? 麗。嘘でもいいから、うんって言って」
「うそ……じゃない……ぜろが……すきっ……」
何で、こんなに何度も同じ言葉を言わせるんだろう。
そう思った瞬間に、私の口は塞がれていた。ゼロの口によって。
焦って、じたばたともがくものの、離してくれない。苦しくなって胸を叩けば、一呼吸置いてくれ、また同じように唇を塞がれた。
奪うように、求めるように口の中が蹂躙されていく。呼吸が苦しくて、やっと鼻で呼吸をするが追いつかない。あまりの激しさに、涙が出てくる。それでも、ゼロは止めてくれない。
「麗、僕も君の事が好きだ」
「え?」
荒い呼吸を繰り返す私に、ゼロは綺麗な頬笑みを見せた。闇を抱えたその表情に魅入られる。
「逃げたいって言っても、逃がしてあげないから」
それが嘘でも良い。逃げたりなんか絶対にしない。
だって、私は貴方を――愛しているから。