ある再会の夜 2
恋愛描写あり。注意!
目の前には温かい紅茶、手作りのクッキーに手作りのケーキ。それに青白い顔をした吸血鬼。
ちょっとおかしな光景は、私にとっての日常になりかけていた。
しかし、私は間違いを犯し、その罪のせいで彼を追い詰め、また元の生活に戻りそうになっている。
「最近寒くなってきたね」
「……そうだね」
なんとかして、普通の会話を取り戻そう!
そう思って話しかける。
しかし、相手の態度が冷たすぎて、そんな気持ちが負けてしまいそうになる。
そんな時こそクッキーだ!
手を伸ばし一つ摘まんで、ゼロに差し出した。
「クッキー食べる?」
「……要らないよ」
残念な回答に悲しくなりながら、私だけ一口齧った。
この触感も甘みも、我ながらうまくいったと思ったので、その絶望は一入だ。
「ゼロのために作ったのに……」
「そうみたいだね。……フィフと一緒に作ってくれたんでしょう?」
「うん!」
初めての好感触な話題!
そう思って、嬉しそうに首を縦に振ったら、気温が下がった気がします。
何故だか分からないが、視線がより一層冷やかになりました。美形な分、残念ながら恐怖も格別だ。
何をそんなに怒っているのか、全く分からない。
「そう。いいね」
吸血鬼は青白い顔をしたまま、そう言った。本当に「いいね」なんて思っているようには全く見えない。
何を思って彼はここに居て、会話をしてくれているのだろう。
とにかくこの極寒の地から抜け出るべく、次の策に出る。
「一口だけで良いから、ゼロも食べて。味は保証する」
「……」
「どうしたの? ゼロ」
「名前……」
そう言えば、彼の事を名前で呼び始めたのは本当に最近、つまり一か月前の事だった。彼がこうやって驚くのも、無理は無いだろう。
私は彼に魅入られ無いために行っていた「吸血鬼呼び」を改めた。
それは、もう魅入られてしまったからであり、それに覚悟も決めた。
「ゼロの名前、ちゃんと呼びたいと思って、そうしてるんだけど……やっぱり駄目?」
「……麗なら、いいよ」
嫌だったら諦めようと思った。しかし、それはどういう意味と捉えるべきなんだろうか。
私だけ特別、なんてとても嬉しい現象は、いつも私を絶望に追いやる。私と食欲は常にセットで、思い出す度に悲しみが襲う。
綺麗過ぎる吸血鬼は本当に残酷だ。
「じゃあ、ゼロって呼ぶことにする」
私の決定に、まだ顔を強張らせたままの吸血鬼は、首を縦に振ってくれた。
結局、彼は私には少しだけ甘いということが証明されて、嬉しいんだか悲しいんだか微妙な気持ちになる。いや、やっぱり嬉しい。
彼の特別になるためには、血の美味しさは重要だろう。自らの肉体を盾にとって、彼に要求を叶えて貰うことだって出来るようになるかもしれない。
そう思うと、この肉体に感謝しなければいけない気がした。
「炬燵を出そうと思ってるんだ」
「……それはいいかもしれないね」
青白い顔をしてそんな返事をくれる吸血鬼。
今まさに貴方に温かさが必要な気がしますが、そこのところはどうですかね?
「ねえ、ゼロ」
こんな時、あのキイキイ五月蠅いネズミがいてくれたら、少しは話に活気が出るのかもしれない。
さっきから、何の話を振っても反応が鈍く、曖昧な回答しか得られていない。彼が自発的に話してくれたのは、「クッキーをフィフと作った」うんぬんかんぬんだ。そんなに使い魔が大切なのだろうか。なんだか、面白くない。
「私の血がそんなに欲しい?」
一番聞きたくなくて、一番聞かなくてはいけない事を聞いてみた。
「……欲しいよ」
それが、貴方のためになるのなら、私はそれで良いと思う。
「私、好きだから。だから、いいよ」
その悲しげな吸血鬼に右手を伸ばすと、彼はさらに青ざめて、軽く震えていた。最初に出会った時の彼と被って見える。
触れるのは、彼からで。そうでないと意味がない。
泣きそうな彼の顔を見て、力無く微笑む。
「嫌じゃないんだよ。でもね、少し悲しいし、寂しいんだ。だって、気持ちが一緒じゃないんだもん。私と貴方の求める物が同じだったなら、良かったのに。そうだったら……」
そんな有り得もしない想像をして、何になるんだろう。
何の意味も為さないだろう。
「ごめんね」
このタイミングでその謝罪は結構つらい。
彼は伸ばされた手を取り、立ち上がって私の右側に来た。そして、引き寄せる。ぎゅっと抱きしめられ、何故かキスを交わす。
吸血鬼にとって、この行為は何か意味があるんだろうか。優しすぎる唇に、少しだけ胸が温かくなった。
「麗。君が欲しいのは、「誰かのいる生活」なんでしょう? それは、フィフでも僕でも良いよね。ねえ、そうだよね?」
「違うよ! だって、傍に居てほしいのは」
「黙って」
彼は、私の唇を塞ぐ。何度も、何度も。抵抗しようと試みるけれど、無駄だった。彼は執拗に私の舌を絡め、呼吸も出来ないくらい激しいキスをする。
――私が欲しいのは、貴方なんだよ。
そう伝えたいのに、思考がぐちゃぐちゃで言葉にならない。だんだんと荒くなっていく息に、喜んだような彼の顔が見えてきた。
そして、彼は肩口に顔を埋めると、私の血液を接種し始めた。
言い様も無い快楽が全身を襲い、思考を完全に奪った。真っ白になる感覚は二度目だ。
「……っかないで……」
前回、目が覚めたら、彼は居なくなっていた。そんなの嫌だ。傍に居てほしい。
いつも、貴方が居ない間が寂しくて、それでいて怖い。
貴方に会うと、次に会える日を考えてしまうから、寂しい。
「……僕でよければ、傍に居るよ」
悲しく微笑んだ月は、とても綺麗で。
まだ伝えたい事の半分も理解してくれていない事を悟った。