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ある再会の夜

 人はどうして悩むのか。


 何故なら人には心があるからだろう。


 人はどうして迷うのか。


 何故なら人は複数の道を見つけることが出来るからだろう。


 人はどうして間違うのか。


 何故なら人には――



「夜だな。静かな夜だ」

「うん、そうだね」


 ネズミが隣に居るのに慣れてしまい、さらに暗闇からそのネズミが人間の姿で現れても平気になってしまった私はおかしいのでしょうか……?

 いや、こいつが当たり前のようにこの場所に居て、当たり前のように私と会話をしているんだから、仕方ない。最近増えてしまった「仕方ない」に内心苦笑しながら、首を回した。

 腕が震えている。肩が固まってる。だが、それ以上に胸から響く心音が私の思考を支配していた。


 怖いけど、会いたい。

 会って、声を聞きたい。


 やっと回ってきた機会に、今度こそ間違えないようにと気合を入れる。

 今日は手作りのケーキにクッキー―小五月蝿いネズミのリクエストだ―をきちんと用意。机の上に綺麗に並べてある。お湯も沸かしてポットの中に入れてあるし、カップも洗って新品のようだ。

 そして、何も言えなかった時のために、手紙も用意した。

 あんな恥ずかしい文章は見直したいとは思わなかったが、何十回も推敲した。きっと、きっと大丈夫だ。


「クッキーの味はまあまあだな。まあ、私の手伝いのお陰だろう!」

「はいはい。調理器具運んだだけで、随分大きく出るよね」

「ふん。そんなこと言って、強がっても無駄だ。失敗を恐れて身体が悲鳴を上げているぞ」


 言われた通りだったので、悔しいが黙るしかなかった。

 ネズミの姿だと、ただ飛んでキイキイ五月蝿いだけに思えるのだが。人間の姿だと、少しは言っている事を聞いてやろうという気持ちになる。

 やっぱり姿形は大切なんだと思った。

 真っ黒い大きなフィフは、椅子に座ったり月を見上げたりと、落ち着かない様子だった。

 なんだ、フィフだって緊張してるんじゃないか。

 珍しく微笑ましい光景を見て、口の端が上がる。

 私は椅子に腰を下ろし、ポットからカップにお湯を注いだ。


「白湯か。私も貰おう」


 本当に勝手だよな、こいつ。

 私が用意してやるのを当たり前だと思っているから腹が立つ。

 だが、まあ私を少しだけだが微笑ましい気持ちにしてくれたので、今回は許してやろう。

 二人分のカップにお湯が注がれると、そのまま静かになった。

 月明かりだけが存在する部屋に、私とフィフは二人で座っていた。

 目の前に上がっているだろう湯気に顔を近づければ、湿度と温度を感じられた。

 早く来い。

 そうすれば、この気まずくてつらい気持ちから開放される。


「そろそろ、目覚めるだろう」


 フィフはそういうと、白湯を片手にベランダに出た。

 私がその行動をぼんやりと見つめていたら、彼の姿が突然消える。


「うわっ」


 いつもの事なのだが、心臓に悪い。

 ゼロが驚かないようにと気を遣ってくれていたことに、また感謝が沸き起こる。


「ふう」


 肩に入っていた力を抜き、まだ若干熱い湯を口に含んだ。

 落ち着かなければ、いけないんだ。

 そう自分に言い聞かせてみるものの、ゼロと最後に一緒に居た時間が思い出されてくる。

 違うことを! 違うことを考えなきゃ!


「今晩は、お嬢さん」


 フィフが出て行ったときに開けっ放しだったベランダから、彼は現れた。

 その立ち姿は、出会った時と変わらない。


「良い夜ですね」


 どこか寂しそうな目を向けてくるゼロに、私は精一杯の笑顔を見せた。

 彼は少しずつ私に近づいてくる。


「まだ、怒っているのですか? それとも、恐怖で声が出ないのかな?」


 口元を不気味に歪めたまま近づいてくる吸血鬼に、私は僅かに後ずさりした。


「怖いわけじゃない。ただ、少し……」


 私はフィフと約束した!

 どんな乙女乙女しい事を考えて、砂とか口から吐きそうになったとしても!

 それを素直に伝えると!

 軽く罰ゲームなその約束に従い、ゼロに答えを返した。


「心臓が早くなって、苦しいの」

「ふうん」


 ちょっと待て。その反応はおかしいだろ!

 こんなうら若き女性が、こんなラブアプローチをしておいて、「ふうん」の一言で済ませるってどうなの?

 いや、おかしくないんだろうか。

 経験が少なすぎて判断がつかない私は、ゼロに提案した。


「とりあえず、座って。お茶を淹れるよ。このケーキもクッキーも手作りなんだ」


 頑張って笑うものの、ゼロの視線は冷ややかになる一方だ。

 何も言わずに、私が引いた椅子に座ってくれたのは、少し仲直りの期待をして良いって事だと思いたい。

 彼のために紅茶を淹れる。

 それだけの行為なのに、どうしてこうも緊張するのだろうか。

 私を穴が開くほど見つめる強い視線に、どうしても目を合わせられなかった。


「そんなに見られると、恥ずかしくて死にそうだよ」


 くそう! こんな言葉を使う羽目になるなんて。

 心の中で半泣きになりながら、私はそのまま手を動かし続けた。

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