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ある吸血鬼の夢 4

「ねえ、ダン。ちょっと聞きたい事があるのだけど」


 ある満月の夜。僕は仕事中のダンに声を掛けると、彼は嫌そうな顔で答えた。


「何だ?」


 彼の答えは簡潔で、どこかぶっきらぼうだ。

 メテルフィーユへの態度とは全く異なるそれに、僕は苦笑するしかない。


「早く続きを喋ってくれないか? 明日の仕込みがまだ残っている」


 手に包丁を持ったまま威嚇されると、ちょっと怖い。刺されても平気と言えばそうなんだけど。ほら、彼の雰囲気はまたちょっと違うんだよ。

 特にこんな暗がりの中だ。彼は台所の灯りを、最小限にして調理をしている。真っ暗な台所で包丁を持つ男なんて、一種のホラー映像のようだ。

 だが、これも全て彼女のためだと思うと、少し可愛く思える。


「ごめんごめん。あのさ、君はメテルフィーユのどこが好きなの?」


 僕の直球の質問に、彼は固まった。そして、次の瞬間、見たこともないくらい真っ赤になった。

 うん、悪くない感じだ。

 頬を染める「男」はあまり可愛くないかもしれないが、これが女性だったら好ましく思うのだろうな。そんな事を思った。


「お前は……何故そんな事を聞く?」

「さあ、どうしてだろうね。でも、安心して欲しい。彼女に対してそういう気持ちを持っているわけではないよ。僕が欲しいのは、いつだって満月だけだ」

「満月など、手に入れてどうするのか」


 それはきっと彼には分からないのだろう。

 分かった所で、別に彼のためになるとは思えない。


「僕とずっと一緒に居て貰うんだ。そうすれば、僕は狂わないで生きていけるだろう?」


 僕だけの満月が欲しかった。最近は欠けた月でも平気になってきたけれど、どこも失っていない球体を見るほうが落ち着く事は良く分かっていた。


「お前は、本当に罪深い」

「君がそういう事を言うなんて珍しいね、ダン」

「そうかもしれない。今日の月が綺麗過ぎるせいだ」


 本当に珍しく彼は月を褒めた。僕がここに居る原因となった月を、彼は嫌っている節があったので少しだけ驚く。


「人を好きになる気持ちが知りたいのか? だったら、あの女性(ひと)に頼めば良い。パートナーが欲しいと」

「パートナー?」

「そうすれば、お前の求めている「ダンとは何者なのか」という疑問も全て分かるだろう」


 そこまでお見通しだったとは、今度こそ驚いた。

 彼は目をぱちくりさせている僕を無視して、野菜を切り始めた。青菜をざく切りにし、塩で揉んでいく。あまり野菜を食べてくれない彼女のために、少しでも腐らない様に長持ちさせるための工夫だった。

 こうして見ると、本当に甲斐甲斐しい。

 二人の関係が羨ましかった。

 頼んでみようか、彼女に。自分のパートナーとは、何を指しているのかいまいち分からなかったが、それでも良かった。

 永久を生きる上で、少しだけの楽しみが必要だった。



**



「メテルフィーユ、少し良いかい?」

「ええ、どうぞ」


 メテルフィーユの部屋に入ると、一番に目にしたのは色とりどりの布だった。それは床一面を覆い尽くしていて、こんな雑然とした雰囲気を彼女が好んでいるんなんてと驚いた。

 その布達は大きさも質感も柄もばらばらで、古いものが大半だったが、大事にされているようでもあった。


「ゼロ。貴方がここに来た理由は分かっているわ。ダンの考えていることは、だいたい分かるから」


 それは、彼の恋心も見透かしているという事なのだろうか。

 得意満面の彼女に、少し不安になる。


「貴方に相応しい使い魔を造ってあげるわ」

「使い魔……? パートナー? ああ、そういうことなのか。そうか。じゃあ、頼むよ」


 パートナー、つまり使い魔を作りだすと彼女は言った。

 使い魔――生命を作り上げるなんて、そんな事が可能なのだろうか。だが、彼女の動きは迷いがない。


 彼女の黒い瞳は愉しげに瞬かせ、細い手は黒い糸と布を手繰り寄せた。

 つまり、彼もそういった存在なのだ。


「もう、貴方にあげるものは決まっているの。なんて言ったって貴方は、吸血鬼だもの」


 まるで魔法のように綺麗に縫い合わされていく布と布。何の抵抗も無く通っていく針と糸も芸術のように綺麗だった。 彼女は呼吸をするのと同じように、なんの問題も無くそれを作り上げていく。

 だた、縫いぐるみを作っているだけにも思える。

 しかし、その布と糸には生命が感じられる気がした。


「これが私の能力なのよ。ああ、そうだ。貴方の血を少し頂戴」

「好きなだけどうぞ、メテルフィーユ」

「不思議な気分ね。吸血鬼から血を貰うなんて」

「確かにね」


 僕は彼女に血を少しだけ分けると、彼女はすぐにそれを布に染み込ませた。


「何か意味があるのかい?」

「こうすることによって、貴方のために生きる使い魔になるのよ。血を入れないと私の使い魔になってしまうみたいなの」


 彼女はそう言うと、少し顔を曇らせた。


「僕の部屋の隣に、開かずの間があったね」

「そこまで言うのなら、分かるでしょう。ダンは少し妬きもちが過ぎるわ」

「それだけ、君の事が好きなんだね」


 僕はそう言うしかなかった。

 彼女は彼を縛ると同時に縛られているのだと、この時初めて分かった。

 ダンは誰より彼女の事を愛していて、時折それに彼女は怯えていたのだ。だから、僕の介入を喜んだ。

 きっと彼女は彼に他人が居る状態になれてほしかったのだと思う。


「不思議な縁ね。吸血鬼と魔女と使い魔が揃っている家なんて、他には無いわ」

「それに、もう一人仲間が増える予定だしね」

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