ある吸血鬼の夢 3
それから、私は彼女と彼と三人で生活することになった。とはいえ、私が起きれるのは満月の夜だけなので、ほとんど彼女と彼の生活に私が割り込むという形をとったのだが。
一年が過ぎ、 私は満月の夜に目覚めることに何の苦痛も感じなくなっていた。
果たして、これは正しかったのだろうか。
棺桶の中でひたすら考える。
今日は満月だ。だって僕は寝ていないし、身体は重いが自分の自我をしっかり持って思考をしているのだから。だから、この周囲の不穏な雰囲気は気のせいだ。
そう思って蓋を開けた。最初とは違いゆっくり開いたその出口の前に、見慣れた顔が二つあった。
メテルフィーユとダンだ。
彼女は僕を見てニコリと微笑み、彼は僕を見て目を細め睨みつけた。あまりに対照的なその表情に、内心面白いと思いながら、僕は目覚めた時に人間が使う挨拶を彼女たちに言った。
「お加減はいかが? さて、気づいているかもしれないけれど、外を見てみたらいいわ」
「……何となく、わかったよ」
僕は彼女の勝ち誇った、しかし下品にならない笑顔に苦笑して返した。
「早く行けば良い。そして帰ってくるな」
「ダン。そんな言い方貴方らしくないわ。どうしたの? そんなにゼロに悪感情を持つなんて……やっぱりおかしい」
メテルフィーユの言葉に、ダンは一層苦い顔になる。
やはり、この使い魔は「主」として以外の感情で彼女を見ているのだと悟った。分かりきってはいた事だが、今更ながらに少し不憫になる。
このお嬢さんは、出会った頃からあまり成長していないようだった。
メテルフィーユは、僕が出会った中で一番美しい容姿をしていた。それでいて、他人が受け入れ難い何か秘めたものを持っているようでもあった。
だからこそ、ダンが彼女に惚れこむのはこれ以上なく理解できる。しかし、何故彼女がこれ程までにダンの気持ちに気がつかないのか、全くもって不思議なものだった。
こんなに熱く、それでいて優しげな瞳を常に向けられているのに。
僕はダンに「残念ながら出ていけないよ」と告げると、彼は申し訳なさそうな顔をした。
ここ数年一緒に居て感じたのだが、ダンは別に私の事を嫌っている訳ではないようだった。だからと言って、優しい気持ちで接して貰えるわけでもなかったのだが。
僕は棺桶の中なら足を出すと、窓際まで歩いて、そっとカーテンを開けた。
「君は素晴らしい魔女だね」
僕は本当に感嘆の声を漏らすことしか出来なかった。そして、彼女は天才で、出来ない事が無いようにも思えた。
僕が見たのは、左側が少し欠けている月だった。
その温かい光が僕を受け入れてくれているような気がして、とてもワクワクする。
僕は、満月の日以外にも、平静を保てるようになったのだ。
ダンを見れば、仕方ないと思っているのか。苦笑した後にお茶を入れる為だろう、立ち上がって退出した。狭い空間で二人、窓の外を見上げていた。
「貴方の言葉遣いが割と良くなってきたからね。お返しみたいなものかしら?」
「私」を「僕」に改め、言葉遣いも女性が好きそうな優男風に直してみた。そうすると、何故か彼女は喜び、僕に「こういう喋り方をして」と言って本を渡してきた。ダンに渡せばいいのにと一瞬だけ思ったが、必要無い事は明白だ。彼は誰よりも彼女に優しく、完璧だったからだ。きっとそれは彼女のためであり、自分のためだろうと思う。何故か彼はいつも彼女に捨てられるのではないかと、怯えていたから。
僕は確かに彼女のために満月の夜に花束や、女性の好きそうな宝石などを買ってきたりもした。お金を稼ぐ術は持ち合わせていたので、特に問題も無く、嫌がられることも無く。
だが、彼女のくれた特別な、奇跡のような贈り物を彼女に与えた事は無い。
「お返しだって? 僕はメテルフィーユには貰ってばかりで何も返せていないよ」
「あら、そんなことは無いわ。私の研究材料として役に立ってくれているし、月を見つめる楽しさも、時間の流れを楽しみ余裕もくれたもの。そんな物、普通の人には与えられない物でしょう? だから、私は貴方に感謝しているわ」
「じゃあ、それで今は納得しておくよ」
「外に行くのね? なんだか、目がキラキラしてるわ」
「それは仕方無い。だって、今日は特別だから」
僕は窓の外へ飛び出し、空を堪能した。
いつもより、少しだけ暗い空は、僕の何かを呼び覚まそうとしている。
いや、夜がいけないのではない。僕が悪いのだ。
僕の中に眠る魔物が、いつだって他人を苦しめるんだ。
最近は人間の血を全く飲んでいなかった。口にする物と言えば、人間の食事だ。ダンは僕の事を少しだけ考慮してくれているらしく、レアのお肉を調理して出してくれたりもした。
しかし、彼女の薬で生計を立てているとはいえ、こんな山の中。人が殆ど関わりを持たない土地で、豪勢な生活などできない。
彼女たちは何故、こんな土地で暮らしているのだろう。
僕はそこで初めて、今まで彼女たちにあまり興味が無かった事に気づいた。