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あるスムーズな日々

 気づいたら、朝だった。

 夜更けにあんなに話し込んだら、ぐっすり寝込んでしまってもおかしくない。

 しかし、他人が潜んでいる部屋でぐっすりとは、私も案外図太いらしい。いや、どうだろう。これは諦めに近い気もするな。


「……」


 沈黙を守っているネズミに話し掛けるなんて馬鹿はせず、黙々と朝の支度をする。

 そのままでいて欲しいが、姿が見えないと余計に気持ち悪い、言わばあの黒光りする害虫が潜んでいる時の気持ちを味わう。

 すべての用意を終え、玄関を開ける。すると、同時に隣の扉も開いた。


「おはよう」


 無言を貫くと、頭を文字通り掴まれた。


「こら、無視すんな」


 確かに無視はいただけないかもしれない。しかし、私には彼に構っている余裕など無いのだ。


「おはようございます」


 形ばかりの挨拶を口に乗せれば、私の憔悴に気づいたらしい彼は困ったように笑った。

 それがいつの間にか優しい笑みに変わり、手も頭を撫で始めた。

 本当にスキンシップ過多な人だなあ。


「浅間さん、セクハラです」

「隙だらけなお前が悪い」


 続けて小さな声で「隙」だの「これだから」だの聞こえてくる。そんなに私に説教がしたいのだろうか。

 朝から勘弁してくれ。


「なあ、麗。昨日の晩、お前のへ」

「きゃー遅刻しちゃうー! でわっ」


 見事な棒読みの演技をしつつ、その場を立ち去った。

 ダッシュが肝心とばかりに逃げる私を、彼は引き止めようとしなかった。


「席着けー。朝の会始めるぞー」


 どこかやる気のない担任の声がした。

 どうやら疲れ気味らしい。目の下に隈ができている。

 しかし、それでいいのか、先生……。


「今日の三限は雁野先生がお休みだから、静かに自習しろよ」


 そのやはりやる気のない声に、教室中から声が上がった。主に女子の声だが。


「ええ!?」

「何でですか?」

「やだー!」


 自習が嬉しいらしい男子の一部は、ガッツポーズを決めていた。


「何か病気にかかったらしいが、詳しくは分からないな」

「えー」


 つまんないという女子の声が飛び交う中、私はと言えば口の端を引きつらせつつ、ほくそ笑んでいた。

 いや、ほら。ご病気みたいだし、あからさまに喜ぶのは良くないからね。まあ、私はあんまり顔見たくないものだから、仕方ない仕方ない。

 しかし、雁野先生の名前が出る度に天井がガタガタ言っていたのは――気のせいだっ!


 今日は非常に1日がスムーズ。特に怖いことも、焦ること(噂好きの子達は上手くあしらえた)もなく、ぼんやりと過ごす。

 ああ、考えはいけない。どこかに潜んでいるかもしれない有害生物のことなど! 考えたら負けだ!


 なんだかんだで昼休みになる。誰にも邪魔されず、学校生活を謳歌することができる貴重な時間だ。

 私は1人になりたかったので、音のしない方へしない方へと歩いてみた。そうして、図書室の隣の図書準備室の更に隣にある空き教室に潜り込んだ。


「埃っぽいけど、静かー」


 一番後ろの席に陣取り、弁当を広げる。

 大変静かだ。

 忌々しく、少し可愛げがあることが分かったネズミは未だに沈黙を保っている。

 何を考えたのか分からないが、ゼロはフィフに「私を幸せにしろ」と言ったらしい。まるで、恋敵に恋人を渡す振られ野郎みたいな台詞だ。……まさかね。

 酷い事ばかりしている私に対し、どうして幸せにする必要があるのか。そんなに、私の血は美味しいのだろうか。

 私は人間だから、よく分からない。

 でも、目の前に高級な人参がぶら下げてあったら、少しは頑張ってしまうような気がする。人参……美味しい人参……確かに食べたくて仕方ない。


 私の目の前には、お弁当がある。

 これを目の前にして、空腹を耐えろと自分に命令した。

 お腹は空いている。これは、私のご飯だ。

 でも、我慢しろと命令する。変わりに、お茶を飲んでみる。

 確かに飲まないよりは良い。しかし、お腹が空いていることに変わりはない。

 食べ物があるんだ。何故食べていけないんだ?

 つまり、こういう事なのだろう。


「はろーレイちん」

「現れたね、変態君」


 音もなく背後に立っていた四郎君に、さくっと返す。


「四郎ですー!」

「変態の四郎君、こんにちは」

「うわっ、ひどー」


 二人とも感情がないように、淡々とした会話を交わす。

 まあ、いつもと変わりがないな。


「ねえ、レイちん。なんか不思議な気配がするー」


 聡い彼の事だ。絶対気づくと思っていたので、その物体について教えてあげた。

 嘘偽りなく。


「黒い害虫に取り付かれてて」

「ぬきぃ! 誰が害虫だ!?」


 やっぱり、居たか。

 溜め息を吐いて四郎君を見れば、目を真ん丸にして驚いていた。

 むしろ、その顔が珍しくて、純粋にびっくりした。


「しゃべった……」

「使い魔って、一般的じゃないの?」

「使い魔!? 初めて、見た」


 四郎君はどうやら嘘はついていないらしく、興味津々にフィフを見ていた。

 胸を張ってポーズを決めるな、ネズミ。

 どんなに頑張っても腹が出っ張ってて、ただブヨブヨしているだけだろう。


「うぬ?」


 何かの異常を察したのだろう。フィフはそう言った後、険しい気配を出し始めた。


「なんだ? この幼き……人か? だが、人の気配は……」

「四郎君は吸血鬼だよ。たぶん」

「多分っていうか……血が混じっているだけで……」


 困りきった四郎君が言った言葉に、フィフは思いっきり反応した。


「そうか、道理で。っということは、あの淫薬を渡したのは」

「四郎君だよ」


 あからさまに慌て始める四郎君という不思議なものを横目に、ネズミがぷるぷる震えているやはり奇妙な姿を見た。

 正直、気持ち悪い。

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