あるネズミとの夜 2
彼の全身は闇だった。腰までありそうな長髪は曲がることを知らないように真っ直ぐだ。つり上がった目が、気の強さを表しているかのようだ。
男性にしては少し細い気もするが、確かに私より身長が高かった。
そして、ナルシストなだけはある。かなり顔が整っていた。
加えて、何故か仁王立ちだ。偉そうにしているのが、腹立たしい。
「なんっか、納得いかない」
私の言葉に、やはり気を良くするネズミ。いや、人間もどき。
でも、ゼロと一緒に居たのだから、吸血鬼もどきなんだろうか。
左右に分けられた、長い前髪を右手で上げながら、ニヤリと笑った。
「全身黒いね……」
ゼロは月だった。
フィフは夜だったのか。
通りで気が合わないはずだ。私は闇が苦手だし、夜も好きではない。
ただ、月は夜にならないと綺麗に見ることができないから、いつも夜を待っていたけど。
「私の創造主は、私を闇だと、夜だと言った」
まさに私が思っていた通りの言葉がでてきて、軽く頷いた。
「その通りだと思う。でも、創造主って?」
フィフは一瞬だけ、目を伏せた。だが、すぐに鼻息荒く話し始めた。
「私はゼロ様に望まれて生まれた使い魔なのだ! 創造主は、ゼロ様のご友人で、魔女と呼ばれたお綺麗な方だった」
ゼロの友人で魔女で美女。胸の奥がちくりと痛む。
私とゼロは友人と呼べる程仲が良かっただろうか? 友人になりたいわけではないのだけど、なんか嫌だった。
それに、フィフだって、その創造主さんが好きみたいだ。
どんな人なのだろう……?
「使い魔は創造主さんに作られるの?」
言ってから、後悔した。
あまり良い言い方では無かったからだ。
「私にとって、彼女は母だ」
フィフは、鋭い目をさらに尖らせて、窓の外を睨んだ。
珍しい表情(とはいえ、ネズミ型の時には表情なんて分からないのだが)に、私はやはり悔いる。
彼にも色々あるんだろう。
「そう言えば、さっき何で叫びだしたの?」
話を変えるために言った言葉に、フィフは真っ青になった。私、爆弾踏みまくってるな……。
でも、ここまで青くなるような事があの瞬間に行われていたとは。全く記憶にない。
フィフは何がそんなに……?
「お前が、カリノとか言うから。知り合い、いや知り合いたくない人間にカリノという奴がいて」
「知り合いたくないって、名前知ってるんなら、知り合いじゃない?」
私はおかしいと思った事を指摘していただけだったのだが、フィフは頭を抱えて落ち込み始めた。
キイキイ言わないフィフは珍しく、そんなに嫌いなのかとちょっと可哀想になった。
っていうか、フィフをここまで落ち込ませる人って、どんな魔物だよ!?
確かに、知り合いたくない。そんな人。
「でも、フィフの知り合いたくない人って、人間なの? 使い魔とか、吸血鬼じゃなく?」
その言葉に、フィフは顔を上げた。
ぱちくりした目は鋭く、お世辞にも可愛いとは言えないが、捨てられた犬のように見えなくないような気もする。……やっぱり、見えなかった。
「吸血鬼も使い魔も、今は通信を絶っている。昔は使い魔の友も居たのだが……な」
「そうなんだ……」
っということは、カリノとは雁野先生という可能性もあるな。
「カリノとは、私がこの格好で公園に居た時に発見されて付きまとわれている」
「付きまとわれているぅ!?」
「あいつの目はギラギラしてて……非常に危ない」
「だいたい、なんでそんな所に居たの? しかも、その格好で」
今度は何故かムスッとして答えられた。その顔の方がフィフらしいと思ってしまう私は、絶対間違っていない。
「私にも私の生活があるからな!」
なんだそりゃ。
まあ、深く突っ込まないようにしておこう。
「それより、まだ寝なくて平気なのか?」
「え?」
時計を見れば、2時を回っていた。
あ、明日は地獄かもしれない。私は睡眠がきちんと取れなかった時には、頭痛がするのだ。
「もう、寝るよ。お休み、フィフ」
「ああ。寝れば良い」
そう言うものの、フィフは仁王立ちのままだ。
「帰りなよ」
「ふん。私だってこの場に留まりたいなどとは思って無いが、ゼロ様に任されたのだ」
「はい? 何を?」
「『麗を幸せにするように』とのご命令だ」
「はあ?」
口をぽかんとあけていたら、フィフはいつの間にかネズミになっていた。
ますます意味が分からない。
「ゼロ様のおっしゃられたことは絶対だ! お前を幸せにしてやろう」
「いや、いらん。そんな顔されてもいらんもんはいらん」
「……ならば、こっちにも考えがある!」
そう言ったネズミは一瞬で姿をくらました。
……これは、つまり。
「陰ながら見守ってやろう! 感謝しろよ、小娘!」
頭痛がしてきた。
私が今日を通して理解出来たのは、哀しいかな平穏が遠ざかってしまったという事実だった。




