ある悩ましき夜
疲れた……。正直、疲れた。
今日はジェットコースターに乗り続けたような一日だった。
四郎君にも雁野先生にもやられっぱなしで。もう、勘弁して欲しい。
自分の部屋の床に寝そべり、天井を見つめる。
今、彼は何をしているだろう。
ただただ、寝ているのかもしれない。
彼の寝台は温かいだろうか? それとも冷たい? どんな場所で寝ているんだろう。
満月の夜しか現れない彼に、とても……寂しい気持ちになる。
会いたいけど、もう会えないかもしれない。
「おい、馬鹿娘」
「いきなり何?」
いつの間にか入り込んでいたフィフに、ムッとする。別に会いたくないとか嫌いとか、そんな感情は持ち合わせてないが、プライベートを思いっきり邪魔されているのはいただけない。
このネズミ、私の家を何だと思ってるんだ?
「ベットがありながら、床で寝そべっているとはどんな了見だ!? お家が知れるな」
キーキー言うのも、お家が知れると思いませんかね?
反論するのも面倒になって起き上がり、ベットに腰をかけてフィフをの方を向いた。
彼にしては珍しく、飛び回らずに椅子にちょこんと腰掛けている。
いつもそうしていれば可愛いのに。酷く残念な気持ちになる。
「大丈夫だった?」
私が聞きたかったことはそれだ。
あのキレちゃった吸血鬼に、このネズミが敵うとは到底思えない。何か酷いことをされていたら、私のせいだ。私の浅ましさのせいだ。
そんな私に対して、フィフは鼻息を荒くさせながら言った。
「ふん。私にあのお優しいゼロ様が何かすると思うのか!? 本当に馬鹿なことを言う娘だ」
「はいはい」
お優しいゼロ様に何かされてしまった場合はどうなんだろう。
すごく怒らせてしまった……のだろうな。
あの夜は、何がなんだか分からなかった。彼の憤りだけは、理解できたが。
「だいたい、何故捨てなかったのだ……」
落ち込むようにして、フィフは私に言葉を紡ぐ。
「あんなもの、不要だろうに」
「……うん」
そうだ。あんなもの、使おうなどと思ってはいけないものだった。
私自身使ってはいけないものだったってことに気がついていたじゃないか。
人間は、私は誘惑に弱すぎる――。
「謝りたい」
素直に、ごめんなさいと言いたい。
彼に会って、出来れば本当は好きで好きでたまらなかったと伝えたい。
もう会えなくなったとしても、それでもこのままよりかは大分良い。
優しいゼロに戻ってくれなくても、それも仕方ないことだと思う。
最初に間違えたのは私だから。
「まあ、ゼロ様はお優しいからな。このままお前を放置したりはしないだろう。ただな、小娘! 次にかのお方のお心を煩わせたら、私は許さない」
「うん、分かった」
素直に答えれば、いつもの調子でキーキーと騒がれる。
「だいたいな、すべてお前のせいだからなっ」
「はいはい」
「流すな! これで私たちの関係にヒビでも入ったら……ぬきぃ!」
「入りそうなんだ……」
「そんなことはないっ! そんなことはないっ!」
自分に言い聞かせているネズミは、さっきとは違いどうしてこうも醜いものか。
「ふふっ」
ああ、慰めに来てくれたんだな。
夜に寂しくないのは、彼らのお陰。
小さなネズミ(もしかしたら蝙蝠)と、私の綺麗なお月様。
そして、愛しくて怖い吸血鬼。
なんてファンタジーでなんて素敵な世界なんだろう。
「ねえ、フィフ」
彼はどんなに私のことを「小娘」だの「馬鹿娘」だの言っても、呼びかけると答えてくれる。
「なんだ? 小娘」
「ごめんね。それと、やっぱりありがとう」
お行儀良く座っていたネズミは飛び回り、「馬鹿娘」だの「反省しろ」だの言っている。黒い闇がちらちらと蛍光灯の光を遮っている。
それでも、私は温かい気持ちでいっぱいだった。
私はまだ許されていない。
でも、あの吸血鬼は優しいから。きっと私のような愚かな娘も許してしまうのだろう。
私は狡賢い娘でかまわない。あの綺麗な月が欲しい。
あたたかいひかりがほしい。