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ある悩ましき昼

「大丈夫? 顔色、悪いよ?」


 セツナさんは、覗き込むようにして私を見た。元気とは言い難かったが、心配をかける程ではない。


「ん、平気。セツナさんが話聞いてくれるらしいし」


 気丈に笑ってみせれば、セツナさんは頷いてくれた。


「長くなりそうだから、話はお昼休みにしよう。あと、無理はしないでね。つらくなったら、保健室でも早退でも迷わずさせてもらうんだよ!」

「うん。ありがとう、セツナさん」


 四郎君で慣れさせられているのか、彼女は結構世話焼きのようだ。


「しろちゃん、いつものとこ使わせて貰って良い?」

「セツナ、使いたいんだ? うん。いーよー」


 何を考えているのか分からない顔と声だ。ちょっと不気味だと言ってしまえば、失礼だろうか。


「じゃあ、で。どこまでしろちゃんから話聞いてるか分からないけど、空き教室って分かる? そこに入れるから」


 それは前に四郎君と話をした場所ではないか! あそこだったら、確かに他人に聞かれる心配はない。


「了解。大丈夫だよ」

「じゃあ、またね」

「うん。本当にありがと、セツナさん」

「じゃあね、レイちん」


 四郎君を軽く無視しつつ、私は歩き出した。少し可哀想な事しちゃったかな。後で謝ればいいよね。

 私は少し油断してた。四郎君の執着と、沸点をまだ把握できていなかったらしい。



**



 靴箱に靴を収め、鞄をもったまま、教室に入った。


「おはよ、麗」

「あれ、野本さん。今日はこっちの教室に用事でもあった?」


 見慣れない顔があると思ったら、野本さんだった。

 私の事を待っていたんだろうか。何やら、言いたいことがあるらしい。


「何?」

「……や、あの」


 うーん。でも、暗い雰囲気では無いから、大丈夫だろう。

 しかし、一体何を言いたいんだろうか。

 彼女は天井を見たり床を見たり、目を合わすことができない。軽く顔が赤いので、どうやら恋愛絡みらしい。

 そういえば、先日二人で話してた時に男の子に声かけられてたな。しかも、結構格好良かった。サバサバした性格の彼女がこんな風になるのは珍しくて少し嬉しかった。


「ふふ。早く話してくれないと、チャイム鳴っちゃうよ?」

「あの、この前話してた絵の作者、うちの学校の先輩なんだって」


 ああ、そうだ。廊下に貼られていた満月の絵を見て、そんな話をした気がする。

 青い満月。彼の瞳のような、満月。

 心を揺さぶられるのは、いつも空に浮かぶ、天体だった。


「そうなんだ」

「それでね……。その先輩に会いに行くことになったの。だから、ついてきて!」

「はい?」

「私一人じゃ……ね?」


 物怖じする人では決してない。だから、こんなお願いをされるのが意外だった。その先輩に興味ないんだけどなあ。困ったように彼女を見れば、恋する乙女オーラが出ていた。まさか、その先輩とやらに興味があるのか?

 それはないと思ったんだけど、彼女の周りにいる好きな子に意地悪してしまう男子を思うと、先輩に恋をしてしまったというのは有り得るかもしれない。

 恋は堕ちるもの。最終的に相手を選ぶのは自分だが、恋をしてしまう感覚は自分でコントロールできない。

 そう考えれば、納得できた。

 私が「仕方ないなあ」と返してあげれば、彼女は飛び上がる程喜んでいた。


「告白はいつするの?」

「ま、ま、ま……も、もうすぐかな?」


 また視線を泳がせる彼女を可愛いと思いながら、彼女とも分かれた。


 席に着けば、教室全体のざわめきが一気に押し寄せてきた。独りじゃないと思えるから音の中にいるのは嫌いじゃない。でも、どこか寂しいと思ってしまう。こんなに大勢の中の一人であると思うと。

 だから、欲しかったのかもしれない。

 私の特別(フルムーン)

 傷つけて欠けてしまわないように、もっと大切にしなくちゃいけない。


「席着けー」


 先生の声に我に帰る。

 いつものようにホームルームが始まった。


「ねえねえ、麗」

「うん?」

「一限、雁野先生じゃん。楽しみだよね?」


 前の席の燿は、わざわざ後ろを向いて話しかけてきた。哀れな担任の話を私も話半分にしか聞いてなかったのだけれど。

 雁野先生か……。


「あんまり興味ないんだけど」

「えー? 雁野先生クールで格好いいよ。こっそりだけど、ファンクラブあるくらいだよ?」


 ファンクラブがあろうとなかろうと、あまり興味が無かった。

 あの冷たい目をただクールだと言い切る事は私にはできない。なんだか、怖いのだ。見透かされている気がして。たまに見せる笑顔も目が笑っていないように思えて、あまり好きじゃない。半分以上、勝手な妄想だけどね。


「まあ、確かに麗は若い先生にキャッキャ言うタイプじゃないよね」

「止めて。想像しちゃったじゃない」


 本当にそんな薄ら寒い事を想像してしまい、嫌な気持ちになった。「あの先生イケメン!」と喜びながら友達に話す私。キャラではない。確実に!


「あ、来たっ!」


 彼女は私の話は割とどうでも良かったらしく、燿は前に向き直った。

 静かにドアを開け、例の先生が入ってきたのだ。一瞬で女子がざわめき、静かになった。これだけの雰囲気というか貫禄というか……この年でよく得られたものだ。


「では、授業をはじめましょう。号令係の方、お願いします」


 姿勢をロボットのように伸ばす先生の教壇に立つ姿は、女子の視線を一点に集めていた。切れ長の瞳も、横一直線の口元も、歪みを許さない。

 確かに、綺麗な顔をしている。でも、違うのだ。

 静かに闇の中で輝く、彼と見比べてしまう。人間離れしてしまった、綺麗なあの人と。

 大概、私も野本さんの事は言えないなと思いつつ、窓の外を見続けていたら、いつの間にか一限の授業は終わっていた。


「もう。麗以外の女子はみんな先生に夢中だったよ!」


 そんなこともあるまい。静かなグループに入っている子が何人かあまり興味が無いが、話を合わせる為に「カッコイイ」と言っているのをどうして気がつかないのか。

 二限目も三限目も何もなく、気づくと昼休みを迎えていた。

 セツナさんの所に行かなくちゃ。

 席を立ち、弁当を片手に持つと声を掛けられた。


「あれ、麗どっか行くの?」

「うん。ちょっとね」


 そのまま廊下へ出て、言われた場所へと向かう。

 この時、嫌な予感はしていたのだ。しかし、それを無視してもセツナさんと話をしたかった。

 後悔は、やっぱりしたが。

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