ある悩ましき朝 2
いつの間にか居なくなってしまったお隣の悪魔様を恨めしく思いつつも、ドアを閉めた。
回覧板を玄関の入り口の靴を脱いで上がるスペースに置き、急いで準備を再会する。といっても、ほとんど終わっていたので特に遅刻しそうということもない。急がなくてはいけないのは、そうなんだけど。
ふと充電器に差しっぱなしの携帯が目に入ってくる。真っ赤な携帯は、もうそろそろ買ってから二年目に入り、電池が弱くなってきていた。緑色のランプがチカチカ光っている。
携帯を開けば、新着メールが2件。
なんだろうと思って開いてみれば、1件目は迷惑メールだった。怪しい件名に若干苛立ちながら、拒否リストに登録を済ませ、もう一通を開く。
差出人は四郎君になっていた。件名は「Re:」となっている。私もよくやるのだけれど、開けてみるまで何のメールだかわかりゃしない。
朝っぱらから何の用だ、まったく。
そう思って、開いてみると……。
<どうだったあ? 上手くイった?>
よし、削除。迷惑メールより悪質なメールだ。メアドを拒否リストに入れないだけありがたいと思って欲しい。さくさく作業を終え、携帯を閉じれば、もう出ないといけない時間になっていた。
荷物を確認し、指差し点検で、火の元と戸締りの確認を行う。今日も帰ってこなかった母親にメモを残し、そのまま家を出た。
重い足を前後に動かしながら、思考を深く沈めていく。
私は考えなくちゃいけない。彼のことも私のことも。
とにかく、昨日やってしまった失敗について考えていこうと思い、1つ1つを挙げていくことにした。
1、淫薬と聞いていたのにそのままにしていた
2、ゼロにそれを悟らせてしまった
3、ゼロにきちんと告白できなかった
4、ゼロにきちんと謝ることが出来なかった
5、食料で良いと思ってしまった
6、あの人が欲しくて……
やっぱり最低なことしか思い出せない。足だけではなく、頭も重くなってきてしまい、これから学校かと思うとさらに憂鬱になる。
なんで、さっさと捨てなかったのだろう。フィフにわざわざ家に来てもらったり、四郎君に話を聞きに行ったりもしたいうのに。
自分の浅はかな欲望に抗えなかったのだ。
アレのせいで、フィフにも迷惑をかけてしまった……。
あんなに仲の悪かった彼に、こんなに悪いという気持ちになるのも、不思議だった。長く一緒にいて、情でも沸いたんだろうか。まあ、なんだかんだで、フィフが良い子だと知っていたからなんだろうと思う。あの黒々とした丸々太った奇妙な体つきも、見慣れれば可愛く……はないよなあ。残念ながら。
後ろから走ってくる音がして、思考から現実へと帰ってきた。
「おはよう、レイちん! メール無視してくれちゃってー。返事楽しみにしてたのに」
お前はストーカーかと思うほど、絶妙なタイミングとしつこさを持って彼が声を掛けてきた。っていうか、あの内容に返事をするとでも思っていたのが驚きだ。むしろ、彼にメアドを教えてしまった自分が悔やまれる。
さくっと無視して、その少し後ろに立っていた彼女に声を掛けた。
「おはよう、セツナさん」
「お、おはよう……」
四郎君について走ってきたのか、少し呼吸が乱れていた。
朝からそんな風に可愛らしい色気を出せる能力が私も欲しかったなあと思いつつ、にこりと笑って返す。すると嬉しそうに横に並んでくれた。
じりじりと太陽がアスファルトを焼いていく。そんな中、風が少しだけ涼しさをくれていた。
「今日も暑いね」
「うん。麗ちゃん暑いの嫌い?」
「暑いのはやっぱダメだな。セツナさんは好きなの?」
とぼとぼと後ろを歩いてついてくる音がする。きっとしょんぼりしているんだろう。セツナさんの手前、私に危害を与えることは出来ないし、寂しいしで落ち込んでいるに違いない。そんな姿を思い浮かべながら、セツナさんと会話を続ける。
「私はわりと好きかな。スイカとか美味しく食べれるのが良いと思う!」
「食いしん坊さんだね」
はにかみながら、そんな可愛いことを言うセツナさん。彼女の隣は、とても落ち着く。時間がゆっくり流れている気がして、でも現実から離れない雰囲気がいいんだろう。
長い髪を揺らし、綺麗な彼女を羨ましいと思う。私はこんなにドロドロしているのにな。
「悩み、聞くよ? たぶん、しろちゃんが余計なことしちゃったんでしょう?」
「うん……」
だから、私のところに来てくれたんだよね。
セツナさんの優しさに感謝しつつ、学校への足取りが軽くなるのを感じた。