特異な技術
登場人物
元緒…………異国の方士。
如羅…………鮮卑の部族の娘子。
投鹿侯…………鮮卑の部族の大人(部族長)。如羅の夫。
李平…………如羅の父が連れて来た漢人の使用人。
破多羅…………如羅の母。
檀石槐…………如羅が産んだ男児。鮮卑の部族の少年。
陳正…………北の湖畔で暮らす李平の知人。漢からの亡命者。捕虜となった漢人を収容する施設の監督者。
其至鞬…………破多羅の夫。如羅の父。生前は鮮卑の部族の大人。
素利…………鮮卑の部族の少年。
慕容…………鮮卑の部族の少年。
慕容は、手にしていた棒を檀石槐に手渡した。
受け取った檀石槐は、その棒をまじまじと見遣った。一丈八尺(二・七m)ほどあった。遠くから見た時は、慕容は軽々と振り回していた。持ってみると、意外と太く、ずしりと重い。
檀石槐は、慕容に眼を向けた。胸板は厚く、腕も太かった。
「毎日、この棒を使って羊を追っているのか、慕容?」
「まあな。長い棒を使った方が、楽に羊を誘導できるからな。誰人かに習った訳じゃねえ。俺が考えたんだ」
慕容は、指先で鼻を擦りながら、自信に溢れた笑みを浮かべた。
「僕にも貸して」
素利は、檀石槐から棒を受け取ると、その眼を剥いた。
「……重ッ!」
檀石槐の部族に、慕容のような少年は居なかった。日々、如羅と李平に鍛えられている檀石槐にとって、部族の子どもたちは退屈だった。檀石槐は、新奇な慕容に興味を抱いた。
「その狼牙の首飾りは、全てお前が仕留めた狼の牙なのか、慕容?」
「これか?」
慕容は、目線を胸元へ下げ、狼牙の首飾りに手を添えた。貌を上げると、自信に溢れた笑みを不敵なそれに変え、檀石槐に熱い視線を注いだ。
「俺んとこの家畜は羊が多いからな。それを狙う狼を仕留めるのも仕事の内だ。その棒さえありゃあ、狼どころか、部族のおとなにも負けやしないぜ。この前も俺を馬鹿にした奴らを十人ほど伸したばかりさ」
「じゃあ、俺と勝負してみるか、慕容?」
檀石槐が、挑むような視線を慕容へ遣った。
「……お前に負ける訳ねえだろ」
慕容は、素利から長い棒を取り上げると、下馬して檀石槐を誘った。
「お互い裸馬だからな。後で文句を云われないよう、地に足を着けて勝負してやる」
檀石槐は口辺に微笑を刷くと、下馬して慕容の後に従った。
「おいおい、二人とも冗談だろ? 仲良くしようよ」
馬上の素利が、心配げな面持ちを晒し、草原で対峙する檀石槐と慕容に声を張った。
慕容は、長い棒を頭上で軽々と旋回させている。
檀石槐は、腰に備えた弓嚢から、李平と剣術の鍛錬で使っている棒を取り出して構えた。
「背負っている剣を使わないで良いのか?」
慕容は、長い棒の先を檀石槐に向けて構えた。
「これで十分だよ」
微笑んだ檀石槐に、慕容は頭に血が上った。同時に猛進すると、棒を勢いよく振り下ろした。檀石槐の左の首筋を狙った。
檀石槐には、慕容が放った棒の動きが緩慢に見えた。左から振り下ろされる棒を更に左に躱す。まるで暴風が頬を打ったようだった。
長い棒を旋回させ、慕容は再び檀石槐の左から胴を薙ぎ払う。それを伏せて躱した檀石槐は、旋風の如く慕容に詰めた。左の首筋に棒を打ち下ろし、胴を払って馳せた。
眼を剥いた慕容の動きが止まった。首筋と胴がひりひりしている。
「こりゃあ……予想以上だったな」
呆気に取られた馬上の素利が、独り言ちた。
檀石槐は、振り返った。最初に慕容が立っていた処に居た。
慕容もゆっくりと振り返った。
「お前……強えな、檀石槐」
「お前も強いさ、慕容。今度、お前の棒術を教えてくれないか?」
慕容は、長い棒を地へ突き立てると、腰に手を当て大笑した。
「お前、面白え奴だな。普通は負けた奴が教えを請うもんだ。気に入ったぜ、檀石槐」
慕容が破顔を見せると、応じたように檀石槐も破顔した。
一陣の風が、草原を優しく撫でた。素利の耳飾りが揺れた。
風が吹いてきた方角に、素利は一度目を向けると、檀石槐と慕容に声を発した。
「もうひとり、見たい奴のいる部族が近くまで来ているようだ。往ってみよう、檀石槐。慕容も往ってみるかい?」
「一緒に往こうよ、慕容」
檀石槐は、馬に歩を寄せながら誘った。
「お前らと一緒だと、何だか愉しそうだな。良し、俺も往くぜ」
頭ひとつ分、上背があった。檀石槐と並んで歩く慕容は、嬉嬉として応じた。
少年の三騎が、草原を駈けて往った。
草を食む裸馬の背に胡座している。それも、後ろ向きで胡座していた。
細身の少年だった。胡服を纏い、腰には弓嚢と胡禄を備え、肩まで伸びた無造作な髪が邪魔にならぬよう、紐で鉢巻いている。眼鼻立ちの整った貌に退屈の色が浮いていた。
先端に重石を付けた矢を、何の気なしに空高く放っている。虚空で弧を描いたその矢は、重力に従って下降すると、草を食む牛の尻に当って落ちた。
それに驚いた牛が駈け出すと、群れの手前で脚を緩め、再び草を食み始めた。
小高くなった草原の頂きから、騎馬の少年たちが注目していた。
「如何だい? 面白そうな奴だろ?」
素利が嬉しそうに云った。
「器用だな。ああやって群れから離れた家畜を、弓矢で操っているのか」
長い棒を小脇に抱え、腕組みした慕容が感心している。
「重石の付いた矢を自在に操るなんて、相当な弓の使い手だ」
左右に素利と慕容を侍らせたような檀石槐は、笑みを浮かせて駈け出すと、素利と慕容もそれに続いた。
雄牛が角を合わせ、喧嘩を始めた。
裸馬の背に後ろ向きで胡座した少年は、胡禄から重石の付いた矢を二本取り出すと、喧嘩する二頭の雄牛に向け、ひゅっと、同時に放った。
放たれた矢が、それぞれ雄牛の蟀谷に命中すると、何事もなかったように静かになった。
「驚いたな。ありゃあ、只者じゃねえ」
駈けていた慕容には、警戒心が芽生えた。
「僕の部族にも、二本同時に矢を放てる成人は居ないよ。しかも、重石まで付いてる」
素利は、更なる興味が湧いたようだった。
「俺も、二本同時は見たことがない」
檀石槐は、嬉しそうだった。
「ん?」
弓の少年が、近付く三騎に気付いた。
「見ない貌だね。他の部族の子かい? 俺に何か用?」
「俺は、檀石槐。お前の弓術に見惚れたよ。如何やったら二矢同時に放てるんだ?」
馬を寄せた檀石槐が尋ねた。
「…………?」
裸馬に胡座した弓の少年は、涼やかな眼で首を傾げた。
檀石槐の後方から素利も馬を寄せようとしたが、それを慕容が横から長い棒で制した。




