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魁の紡ぎ  作者: 熊谷 柿
第4幕 悠久の果て
38/43

涼州の梟雄

登場人物

〈漢〉

霊帝れいてい…………漢のみかど

竇武とうぶ…………漢の大将軍。宦官かんがんにより自害に追い込まれる。

張奐ちょうかん…………漢の歴戦の将軍。要職から身を引き、故郷の涼州にて隠棲する。

夏育かいく…………涼州北地郡富平県の太守。謀略を得意とし、次代を期待される将軍のひとり。

王衛おうえい…………張奐に仕えていた勇将。張奐の許を去り、夏育に仕える。

韓約かんやく…………涼州りょうしゅう軍閥ぐんばつを形成する梟雄きょうゆう

鮮卑せんぴ

檀石槐だんせきかい…………鮮卑の部族の大人たいじん。各部族の大人を束ねる鮮卑のかい

素利そり…………鮮卑の部族の大人。鮮卑の軍師的存在。東部鮮卑を束ねる。

慕容ぼよう…………鮮卑の部族の大人。万夫不当の豪傑。中部鮮卑を束ねる。

宴茘游えんれいゆう…………鮮卑の部族の大人。鮮卑随一の狙撃手。西部鮮卑を束ねる。

成律帰せいりつき…………鮮卑の部族の大人。素利の弟。東部鮮卑に属する。

厥機けつき…………鮮卑の部族の大人。素利の兄的存在。諸民族との盟約に奔走する。東部鮮卑に属する。

弥加びか…………鮮卑の部族の女大人。剣術の手練者てだれ。東部鮮卑に属する。

李平りへい…………檀石槐に仕える漢人の使用人。老衰にて世を去る。

趙娥ちょうが…………檀石槐の妻。漢人。捕虜の収容地を統括する。

破多羅はたら…………檀石槐の祖母。巫者ふしゃのような特性を持つ。

其至鞬きしけん…………破多羅の夫。生前は鮮卑の部族の大人。

如羅じょら…………檀石槐の母。其至鞬と破多羅の娘。あやかしの雷獣らいじゅうにより檀石槐を身籠みごもる。

和連かれん…………檀石槐と趙娥の子。

投鹿侯とうろくこう…………鮮卑の部族の大人。如羅の元夫。漢の王衛おうえいにより討たれる。

槐頭かいとう…………鮮卑の部族の大人。成長株の大人。東部鮮卑に属する。漢の王衛おうえいにより討たれる。

烏丸うがん

丘力居きゅうりききょ…………烏丸の部族の大人。成律帰の弟分。

南匈奴みなみきょうど

居車児きょしゃじ…………南匈奴の単于ぜんう。鮮卑の部族の大人、闕居を討った過去を持つ。病にて世を去る。

屠特ととく…………居車児の子息。南匈奴の新たな単于となる。

〈独立勢力〉

公孫延こうそんえん…………幽州遼東郡ゆうしゅうりょうとうぐん以東から朝鮮半島北部の楽浪郡らくろうぐんを本拠に漢から独立する。

 先年の戦から、情報が命取りになることを学んだ鮮卑せんぴでは、通信網の構築に力を注いだ。

 趙娥ちょうがの提起だった。投降した漢人で、読み書きのできる者を、各大人に補佐官として配備した。これにより、東部、中部、西部間の疎通が容易になった。

 加えて、素利そりが各部に早馬隊を配属した。戦線を離脱した戦士が担っている。公孫延こうそえんからの情報を素利、もしくは、成律帰せいりつきが書簡にしたため、早馬隊を利用して各部に発信する。場合によっては、素利が使っている間者も利用した。部族間で共有すべき情報が、またたく間に伝播するようになった。

 今回、素利が放った情報は、主に二つだった。

 ひとつは、公孫延がもたらしたものだった。

 ――漢将夏育かんしょうかいく涼州北地郡りょうしゅうほくちぐんに配置さる。内地の紛争、その鎮定で功を成す。急遽きゅうきょ大抜擢故だいばってきゆえ、油断なきよう。

 そして、もうひとつは、素利が発信したものだった。

 ――南匈奴単于屠特みなみきょうどぜんうととく、盟約破棄、漢に寄る。漢将王衛かんしょうおうえい、夏育に付く。東部の大人たいじん槐頭かいとう、涼州北地郡にて夏育に討たる。

 槐頭の死は、侵攻の失敗と敗戦を意味していた。侵攻すれば、必ず成果を上げていた鮮卑に、北辺に配属された新将の夏育が歯止めを掛けた形だった。

 その槐頭に同行していた弥加びかも、提唱した事案があった。檀石槐だんせきかい直属の近衛兵このえへいの新設だった。弥加によれば、夏育の戦い方は、大群の中から大人の居る一群を孤立させ、大人諸共殲滅するものだったという。

 この戦略を漢に常用されると、檀石槐の命も危うい。何よりも、黒尽くめの檀石槐は、戦場で目立っていた。これをくらますため、黒尽くめの精兵三百を檀石槐に付けるというものだった。勿論もちろん、その精兵三百は、弥加自らが率いるという。

 素利には、悪い話ではないように聞こえた。東部鮮卑の戦士を率いる大人が薄くなる気がしたが、檀石槐の息子の和連かれんが力を付けてきていた。東部には、自分と成律帰もいる。場合によっては、厥機けつき烏丸うがん丘力居きゅうりききょが助力になる。

 素利は、書簡をしたためた。檀石槐、慕容ぼよう宴茘游えんれいゆうに意見を求めた。返書は、一律に快諾だった。

 黒い胡服こふくまとった三百騎を伴っている。腰には弓嚢きゅうのう胡禄ころくを携え、短刀をびていた。それに加えて、剣を背負うか、長柄を手にしている者があった。

 天から見れば、黒い三百騎が群れを成して駈ける様子は、ひとつの巨大な黒い生き物が移動しているようだった。

 その先頭を駈ける檀石槐の姿は、涼州武威郡りょうしゅうぶいぐんにあった。

 誘ってきたのは、向こうからだった。涼州の風を肌で感じ、一度会ってみようと思える相手だった。

 二千ほどの騎馬軍が、縦横無人に駈けている。調練というより、遊んでいるようにも見える。その奥に、穹廬きゅうろがひとつ見えた。

 檀石槐は手綱を引くと、黒雷こくらいの脚を止めた。黒い巨大な生き物のような群れの動きが止まった。

 穹廬からひとり出てきた。馬にまたがると、こちらに馳せ寄っている。かぶとを被り、軽鎧けいがいを纏っていた。その上から胡服を着ている。外套がいとうのように羽織った獣毛をはためかせていた。

 韓約かんやく――。涼州で軍閥ぐんばつを形成する梟雄きょうゆうだった。きょう族を恭順きょうじゅんさせる一方で、朝廷の行いが気に入らなければ、自ら羌族を率いて州内を荒らす、三十も半ばの漢人だった。

 その韓約から盟約の打診があった。会って話がしたい。面白そうな男だった。

 檀石槐は、単騎、黒雷を前へ進めた。

「あんたが、鮮卑のかい、檀石槐だな? 驚いた。こりゃあ、噂以上の威風だ」

 韓約は、馬脚を緩めながら檀石槐に近付いた。口許に携えたひげからは、笑みを浮かべているのがわかった。

「韓約か。鮮卑でも、お前の名は聞こえている」

 檀石槐は、韓約の人となりを見極めた。簡単には信を置けない。だが、何か譲れないものを胸中に宿している。芯のある眼をしていた。

「足を運ばせて悪いが、此方こちらも時間がない。勝手に話を続けるが、良いか?」

 檀石槐は、頷首がんしゅした。

「既に漢は、国ではない。みかど宦官かんがん傀儡かいらいと化し、民に重税を課す。朝廷の臣は、民より搾取さくしゅした税で私腹を肥やし、辺境の民への恩恵は、ほとんどない……」

「…………」

「騎馬民族を外敵と称し、親兵を派遣しては掃討そうとうを繰り返す。怨恨えんこんの念を抱いた騎馬民族は、辺境の民に牙をく」

「…………」

「おかしいとは思わないか?」

 韓約は、檀石槐に同調を促すようにして続けた。

「俺は、漢をひっくり返そうと思っている」

 原野に、一陣の風が吹いた。韓約が羽織った獣毛がはためいている。

「だが、それには時を要す。その間に、あんたに背後を狙われては、元も子もないからな。鮮卑の後ろ盾が欲しい」

「お前が兵を率いて、洛陽を襲うのか、韓約?」

 檀石槐の問いに、韓約は素っ頓狂とんきょうな顔をさらすと、呵呵かかと大笑した。

「俺が先頭に立って、朝廷に兵を向けることはない。一度で漢をひっくり返せるとは限らないからな。それに、この涼州には、俺と同じことを考えている奴が多く居る。俺は、しびれを切らせた奴に、精兵を貸してやるだけさ。それなりの見返りを条件にしてな」

 韓約は、不敵な笑みを浮かせた。

「俺は、漢をひっくり返そうなどとは思っていない。だが、漢人が漢をひっくり返すことには同意する。漢に落とし前をつけさせるならば、手を下すのは漢人が相応ふさわしいだろう」 

 檀石槐の言に、韓約は一度頷いてみせた。

「羌族だろうが、鮮卑族だろうが、気に入った奴としか手を組まないことにしている。漢人に異民族と呼ばれるのは嫌か、檀石槐?」

「もう慣れた。気にしていない」

「どうも、漢の周辺で生きる民族を、異民族と呼ぶことに抵抗があってな。俺にとっては、漢人だろうが羌族だろうが、同じ人だ。何でも自分たちを中心に線を引きたがる漢人が理解できん。これも漢朝をひっくり返そうと思う理由のひとつだ」

 檀石槐の思想と近いものがあった。手を組むに値すると判断した。檀石槐は、爽やかに笑った。

「手を貸そう。何でも云ってくれ、韓約」

「恩に着る、檀石槐」

 檀石槐の言に、韓約は瞳を輝かせると、ふと思い出したように続けた。

「そういやあ、夏育に侵攻を阻まれたそうだな」

「多くの戦士と、有望な大人をひとり失った。だが、我らの志もまた消えることはない」

「大きな力を持つと、厄介視するのが漢という国だ。かつての匈奴きょうどが良い例だろう。気を付けろ。朝廷には、鮮卑の掃討に力を入れそうな気配がある」

 檀石槐は微笑を返すと、黒雷を棹立さおだたせるようにして馬首をひるがえした。黒い三百騎がそれに続いた。黒い巨大な生き物が、移動して往くようだった。

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